ウッドロー・ウィルソンの名は、特に自由主義の広がりによって国際平和が達成されると信じる人々の歴史的代表格として、頻繁に言及される。特に英米圏においては、「ウィルソン主義(Wilsonianism)」という言葉が流通しており、ウィルソンはしばしばアメリカ政治史における理想主義あるいは進歩主義、さらには国際社会における自由民主主義の象徴として参照される。しかしそうした言説の中には、必ずしもウィルソン自身の思想体系やアメリカの外交政策思想を検討することなく、単に国際関係学の学派分類の中でウィルソンの名を参照するにすぎないものもある。そこで本章は、国際関係学の分類の中にウィルソンを押し込めようとするのではなく、むしろアメリカの伝統的外交政策やウィルソン自身の思想的立場を参照することによって、ウィルソンが標榜した「グローバル・ガバナンス」の姿を再構成することを試みる。ただしウィルソン自身は、主に英米の国内政治についての著作を残した政治学者から政治家になった人物であり、必ずしも「グローバル・ガバナンス」それ自体を体系的に論じたわけではない。そこで本章では、特にウィルソンの「介入主義」の問題に焦点をあてた上で、「モンロー・ドクトリン」の観点から、そして「国家主権」概念の観点から、ウィルソンの国際秩序観を分析し、ウィルソンの「グローバル・ガバナンス」論の糸口をつかみとることを目指す。
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