2020年台湾総統選挙の見通し(11/30)

 台湾総統選挙は1月11日の投票日まで1か月半を切った。選挙戦は蔡英文が優勢のまま終盤戦に入り,焦点は,同時に行なわれる立法委員選挙で民進党が過半数を維持できるかどうかに移っている。ここでは,11月30日時点での簡単な情勢認識を書いておきたい。

小笠原 欣幸





2019.11.30記
 選挙戦の経緯と蔡総統優勢の原因については,月刊誌『Voice』1月号に「米中対立下の台湾総統選」を寄稿したのでそちらを参照していただきたい(12月10日発売)。
                        

 蔡英文リード固まる

 11月29日に発表された「美麗島民調」の支持率は,蔡51.2% 韓23.7% 宋5.2% であった。蔡と韓の差は27.5 で,選挙戦始まって以来最大の差がついた。10月下旬と比べて,蔡は8.3上昇,韓は2.3下落,宋も3.9下落した。
 前日の11月28日,韓陣営が「民意調査の支持率はあてにならない。実際には我々がリードしている」として,調査の電話がかかってきたら「蔡英文支持」と答えるように支持者に呼びかる奇策に出た。この奇策も「美麗島民調」の数字を見るとわかりやすい。韓陣営は支持率が下がるのを見越して「奇策」に出たと考えられる。今回の調査日は 11月25-26日 で,蔡と韓の差が開いた背景を考えると興味深い。ちょうど私が選挙区を回っていたのが11月20-26日で,その時の雰囲気も少し紹介したい。
 まず,11/24の香港の区議会選挙で民主派が圧勝した。その前の週には香港理工大学への警察の突入があった。これらの香港情勢は台湾でも大きく報道され,支持率調査に影響を与えたと考えらる。
 次に,台湾の内部要因で,大きな争点となったのは国民党の比例区名簿だ。これは私が面会した国民党関係者全員が不満,無力感を表明した。民進党はまさに棚からぼたもちで,各候補がFBや演説で批判を集中させ,私が聞いた頼清徳副総統候補,鄭文燦桃園市長の演説でも重点的に取り上げていた。それが調査の数字に反映されたといえる。
 国民党の比例区名簿の問題とは,親中派人士が当選圏の順位で載ったことと,呉敦義主席が自分を当選圏に入れたことの2点だ。うち,前者の批判は,2016年に中国共産党の孫文記念イベントに出席し,中華人民共和国国歌斉唱で起立し,習近平の訓示を拝聴した国軍の退役将軍呉斯懷と,香港警察支持を表明した台湾の警察大学教授葉毓蘭(退官)に集中している。葉は前回の2016年立法委員選挙では新党の比例区名簿第1位に載っていた。
 台湾で対中警戒感が高まっている中で,この2人を比例区名簿上位に入れた呉敦義主席の思惑について,自分が安全圏に入るために,深藍に人気がある2人を入れる取引をしたという「噂」がある。これが事実だとすると,1月の習演説と6月以降の香港情勢で,国民党に逆風が強まる状況で,呉主席の私心がさらなる状況の悪化(あるいは,最後の一撃?)を招いたことになる。蔡英文にとっては終盤戦で格好の贈り物となった。これは今回の台湾の選挙における中国要因としてさらにフォローしていきたい。ほかに,中国スパイとされる人物王立強の発言もあったが,これは真偽・真相がまだ不明なので,影響したかどうかはわからない。
 韓候補はあいかわらず独特の発言が継続的に話題になっている。最近では「民調がよいと痔になる」という意味不明の発言もあった。また,議論の的になる事例も続いている。夫人名義の豪華「農舎」自宅問題に続いて,2011年に台北の高級マンションを購入・売却していたことも11月初旬のメディア報道で明らかになり,「庶民の代表」というアピールは陰ってきた。
 親民党の宋楚瑜主席の出馬は,当選には影響しないが,蔡,韓両者の得票率に影響する。最後の1か月で求心力が弱まった方が,宋楚瑜に票を食われるであろう。

 立法委員選挙情勢は?

 以上が,総統選挙情勢であるが,立法委員選挙情勢についても今回の「美麗島民調」は,新たな傾向を示している。政党支持率では,昨年来民進党は国民党に大きく離されて苦戦していた。これは,昨年噴出した,地方における民進党不満の雰囲気がまだ残っていることによる。10月にようやく国民党に追いついたという状況であった。
 今回の調査では,「立法委員選挙ではどの党に投票しますか?」という調査で,民進党が33.9%,国民党が22.9%と,民進党リードに局面が転換した。選挙区でも比例区でも民進党が差をつけてリードとなったことで,個別選挙区の選挙情勢も今後変わる可能性が出てきた。
 さらに民進党にとって有利な材料は,蔡総統の満意度がついに,不満を上回ったことだ。2016年の政権発足直後から低位低迷していた蔡総統の執政満意度こそ,昨年の民進党大敗の最大要因であった。それが投票1か月半前に逆転したというのは,選挙の基本の動きとして有利といえる。満意度が不満を上回っていれば現職は通常負けない(他の国の場合は政権支持率)。その点で,満意度のグラフは最も重要な指標である。
 実は政権のやっていることは実務レベルではそれほど変わっていない(ネット対策などは大きく改善したし,蘇貞昌が意外にがんばっているということはあるが)。 おそらく,解釈として,蔡政権が急によくなったというより,韓國瑜・国民党の蔡政権批判に耳を傾ける人が昨年より減ったということであろう。一度は胸を躍らせて会うのを楽しみにしていた人が,いまは「話もあまり聞きたくない」となったら,なかなか元に戻れない。少なくとも1か月で元に戻るのは難しいであろう。
 今回新たに台湾民衆党が登場し,4年前の時代力量や他の小党も合わせるとかなりの諸政党が参戦した。しかし,現時点で選挙区で当選できそうな候補はいない。狙いは比例区で,議席を得ることができる5%の壁を突破し1議席でも上積みすることである。ただし,与党民進党にとっては,選挙区で小党候補が複数出馬したことで,票を固めきれないでいる選挙区もある。  今回の総統選挙は8月が天王山で,9月以降は専門家の関心は立法委員選挙に移っていた。私が訪れた選挙区では国民党候補がけっこう健闘しているが,選挙はやはり最後の1か月の風がものをいう。現時点でも選挙区の10-12議席は非常にせっていてわからない。台湾は国会議員半減の影響で1議席がものすごく重たい。10-12議席といえば,日本の衆議院の40-50議席に相当する。
 台湾の選挙は終盤に大小のサプライズが発生するのが常である。中国が何かしかけてくるかもしれない。残り1か月半,投票直前まで注視が必要だ。(2019.11.30記)

図 蔡英文総統満意度の推移(2016年5月-19年11月)

(出所)美麗島民調 「2019年11月國政民調」


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