2016年台湾総統選挙の見通し(1)
 

 台湾の総統選挙は 来年1月16日(土) に投開票が行なわれることが決まった。これから9か月の間,選挙戦を通じて台湾の将来についての議論が展開される。その動向を何回かに分けて解説していきたい。(2015.3.29記)

小笠原 欣幸


はじめに

 台湾の総統選挙(大統領選挙)は 2016年1月16日(土) に投開票が行なわれることが決まった。民進党は蔡英文主席の出馬が内定しているのに対し,国民党は誰が候補者になるのかわからず党内は混沌としている。昨年末の地方選挙で国民党が大敗した流れを受けて,総統選挙は民進党に有利な状況で進行している。蔡英文が当選した場合台湾政治がどう変わるのか,そして中台関係がどうなるのか,中国,周辺国,国際社会が注視している。
 1996年に総統直接選挙が導入されて早くも20年が経過しようとしている。今回が6回目となる総統選挙は台湾で完全に定着し,「台湾アイデンティティ」の重要な礎となっている。台湾の民主政治には多くの問題があるが,民主的選挙が確立し運用されているのは華人社会の中で台湾だけであり,台湾が中国に対して擁する重要なソフトパワーである。 2012年に続き今回も総統選挙と立法委員選挙(国会議員選挙)とが同日選挙となる。今後4年間の台湾政治の方向が来年1月に一気に決まってしまう。これから9か月の間,台湾では二つの選挙を通じて台湾の将来についての議論が展開される。その動向を何回かに分けて解説していきたい。

 1.2014年地方選挙

 昨年11月の地方選挙の結果が国民党の大敗であったことには疑問はないが,それが民進党の勝利であったのかどうかは議論がある。筆者は「民進党の勝利であった」という結論を提示した。その理由は,国民党はただ負けただけでなく,負け方が非常に悪く,短期間に勢いを盛り返すことは難しくなったからである。民進党勝利説の根拠は次の3点である。

①緑陣営全体で見ると史上最も高い得票率を達成した
 県市長選挙の得票率の変化を前回と比べて見ると,国民党は前回の45.8%から40.7%へ5ポイントも減少したので大敗したことがわかるが,民進党は48.2%から47.6%へとわずかに減って,増えたのは6.0%から11.7%へ増加した無所属である。このため,「民進党への支持は伸びてはいない」という見方が出ている。しかし,数年後には第三勢力が台頭して二大政党の構造が変わるかもしれないが,2016年総統選挙に関しては,依然として国民党と民進党の二大政党,つまり既存の藍緑二大陣営の対決構造となり,無所属候補の支持は分割される。
表1 無所属候補の得票を泛緑・泛藍に割り振った数字
泛緑陣営泛藍陣営その他
得票数6,711,5665,364,254185,964
得票率54.74%43.75%1.52%
出所:中央選挙委員会の資料を参照し筆者作成
 そこで,今回の無所属候補の得票数を無理やり泛緑と泛藍に分類し両陣営の勢力比を計算する。計算方法は,無所属候補の得票をその属性に合わせ8対2の比率で泛緑または泛藍に組み込む。具体的には,台北市の柯文哲,新竹県の鄭永金,新竹市の蔡仁堅,彰化県の黄文玲の得票の8割を泛緑,2割を泛藍に組み込む。花蓮県の傅崐萁,基隆市の黄景泰,苗栗県の康世儒,金門県の陳福海の得票の2割を泛緑,8割を泛藍に組み込む。試算の結果は《表1》のようになる。その他の1.52%を二分割し両者に配分すれば,泛緑55.5%:泛藍44.5%となる。数字を丸めると,55対45の勢力比となる。もちろん,この数値がそのまま総統選挙に転化するわけではないが,これは緑陣営の選挙の成績で最も高い数値である。

②民進党の勢力拡大は県市長のレベルだけでなく基層の県市議員のレベルにも及んだ
表2 県市議員選挙における得票率の変化
2002年2005-6年2009-10年2014年
国民党34.5%40.3%40.6%36.9%
民進党20.3%23.8%31.3%37.1%
無所属その他45.2%35.9%28.1%26.1%
※「無所属その他」に入っている親民党と新党を国民党と合算した泛藍陣営の得票率は2002年45.2%,2005-6年45.9%,2009-10年42.7%,2014年39.5%である。
出所:中央選挙委員会の資料を参照し筆者作成
 台湾の全県市の議員選挙の得票率を見ると,国民党36.9%(前回と比べて3.7ポイント減),民進党37.1%(前回と比べて5.8ポイント増)で,民進党が史上初めて国民党を上回った。全議席907の内訳は,国民党386議席(前回と比べて33議席減),民進党291議席(前回と比べて33議席増)で,国民党が依然として優勢なように見えるが,これは国民党が,農漁村・丘陵地帯の過疎地域の選挙区において効率的に議席を確保していることによる。国民党の県市議員の多くは,地方派閥や地方政治家族が自分の後援会を基礎に国民党の看板を掛ける形態であり,民進党が長い間それを打破することができず苦戦してきた分野である。陳水扁時代の2002年の民進党の得票率はわずか20.3%であった。表面的な反馬政権の風が吹いただけでなく,民進党の党勢拡大という地殻変動が発生したと見るべきである。

③民進党は戦略的拠点を掌握した
 地理的要所を奪取した台中,地方派閥を打倒した雲林,相手の拠点に楔を打ち込んだ桃園の3県市の事例を紹介したい。

(a) 台中市-胡志強43.0%:林佳龍57.0%
 地理的重要性が非常に大きい。言わずと知れた中部決戦の舞台である。林佳龍は国民党の支持者の票を奪い,予想以上の大差をつけた。彰化県の勝利と合わせて,民進党の執政が屏東から台中までつながった。
(b) 雲林県-張麗善43.0%:李進勇57.0%
 生き残りをかけた国民党地方派閥との激闘を制し,その反撃の可能性を潰した。国民党の張麗善は,雲林県の地方派閥張榮味派の最後にして最強のカードであった。候補者の魅力は張麗善が圧倒的に優っていたので民進党の李進勇は苦戦した。しかし,民進党は同時に行なわれた郷鎮長選挙で着実に支持を広げていた。郷鎮市長選挙(計20)の当選者は,民進党12,国民党1,無所属7であった。民進党の郷鎮長は地道に町おこし(地方振興)の努力をし,ローカル・ガバナンス(地方治理)の手腕に対する評価を得ていた。その実績によって,例えば虎尾鎮の林文彬,水林郷の陳怡帆らが地方派閥候補との1対1の戦いを制して再選を勝ち取った。こうした基層の実力が最後は県長選挙での李進勇の当選を後押しした。
 無所属の中に地方派閥の当選者が多くいるので国民党の勢力は決して弱まっていないという人もいる。しかし,その多くは国民党の看板を背負うことが選挙にマイナスになると考えたから無所属を選んだのである。したがって,次の総統選挙で彼ら彼女らが「国民党は素晴らしい党です」と言うことは難しい。地方派閥は今後も存続し一定の影響力を持つが,大型選挙の決定的アクターではなくなった。
(c) 桃園市-呉志揚48.0%:鄭文燦51.0%
 桃園市での民進党の当選は今回の県市長選挙で最大のサプライズであり「棚からぼたもち」のようなものであるが,泛藍の北部大票田の一角を崩し,国民党の組織に楔を打ち込んだことは大きい。市政府がそのまま民進党の選挙マシンになるわけではないが,少なくとも国民党がこれまで持っていた行政系統を断ち切る効果はあり,総統選挙で民進党に有利に作用することは間違いない。

 2.民進党の候補

 民進党は2012年総統選挙の敗北後,蔡英文前主席(当時)と蘇貞昌主席(当時)の主導権争いがあり「二つの太陽」と称される状態が続いた。2013年当時,筆者は,民進党の県市長,立法委員,中央常務委員,地方党部主委らの蔡・蘇の支持動向を整理し一覧表を作成した。民意では蔡が大きくリードしていたが,党幹部レベルでは蘇もなかなかの浸透を見せていた。それが2014年に入ると党幹部レベルで蔡の支持が徐々に広がった。同年3月に発生した「ひまわり学生運動」は党内の世代交代を促し,蔡を後押しする効果があった。
 続く5月の党主席選挙で,再選を目指した蘇貞昌に対し,蔡英文が挑戦し,ベテランの謝長廷も立候補した。党内の大勢は蔡支持に傾き,蘇も謝も選挙を辞退し,蔡が党主席にカムバックした。この時点で,民進党の2016年総統候補は蔡に事実上決まったのだが,蔡が党内で圧倒的な指導力を確立し党運営の主導権を握れるかどうかは不透明であった。党内では蔡に対する「雑音」が存在し,蔡のリーダーシップ,カリスマ性に対する不安を口にする人もいた。
 そのような状況を一変させたのが昨年の地方選挙であった。蔡は選挙情勢をよく把握し,戦略的拠点の県市に繰り返し入って党の公認候補を支援した。特に,終盤戦で自身が主導した中部三県市(台中市,彰化県,南投県)に的を絞る選挙戦略が見事に的中した。蔡の党内指導力は一気に高まり,いまや党内で蔡主席にネガティブなことを言う人はいない。これまで蔡に批判的な発言をしてきた独立派の長老辜寬敏も蔡支持を表明した。蘇貞昌,謝長廷,游錫堃,呂秀蓮らのベテランは独自の動きを続けるであろうが,蔡にとって脅威ではなくなった。陳水扁は蔡の指導力を攪乱する力があるが,立法委員を目指していた息子が党内予備選挙で調整に応じて辞退したことから,選挙前に動く可能性は低いと思われる。
 党内では若返り・世代交代が進んだ。民進党は,トップは蔡(主席,58歳),ナンバー2は賴清德(台南市長,55歳),三番手に林佳龍(台中市長,51歳)という布陣ができた。県市長では他に,鄭文燦(桃園市長),魏明谷(彰化県長),潘孟安(屏東県長),林右昌(基隆市長)らもいるし,野心満々の立法委員も多々控えているので,民進党はこの先20年くらい人材に困らないであろう。
 賴清德は,昨年の台南市長選挙で実に72.9%という高得票率で再選を果たした。その後は,選挙違反が疑われる国民党の市議会議長と対決し喝采を浴び,タイミングよく『看見未來:賴清德的新政實踐』を出版した。出版元の天下雑誌によると,この本は今年2月の発売開始から1か月くらいで4万5000冊の売り上げがあったという。党内ナンバー2のアピールに十分成功した。賴はまた独立派の受けもよい。蔡が指名する副総統候補は賴であろう。副総統というポストは4年間または8年間身動きがとれなくなるリスクがあり賴にとっては悩ましいが,蔡賴の組み合わせが民進党の最強コンビであるので,要請に応じるであろう。ちなみに,蔡が当選した場合,行政院長には筆者の予想では蘇嘉全を指名するのではないかと思う。
 立法委員選挙の公認候補選定作業もこれまでのところ比較的順調に進んでいる。民進党はいつもごたごたが発生する政党なのでこの先もトラブルは続発するであろうが,他方で民進党という政党は「勝てそうだ」となると求心力が働く。党内情勢を比較すると民進党の方が国民党よりも明らかに有利である。蔡にとって最大の課題は対中政策であるが,選挙前はあまり踏み込まず(戦略的曖昧性を保ったまま),当選後に調整してくるのではないか。

 3.国民党の候補

 国民党は地方選挙の大敗後混迷が続いている。馬英九が党主席を辞任し,予想外に早くポスト馬時代が到来した。3月29日現在,国民党はまだ誰も出馬の意思表示をしていない。つまり,候補者がいないのである。党主席は朱立倫が新北市長との兼任で引き継いだ。朱は就任して2か月であるが早くも独自色を出し,国民党支持者の期待も非常に高い。しかし,朱は「総統選挙には出馬しない」と明言し,「新北市長の任期(4年)をまっとうする」と繰り返している。
 もともと馬英九後継の一番手につけていたのは呉敦義副総統であった。党秘書長として馬の当選に尽力し,行政院長として馬政権第一期において実績をあげ,第二期で副総統に就任し,「次」に向け布石を打ってきた。馬も呉を支持していると見られた。ところが,呉の人気は低いままで,支持率は一向に上がってこなかった。そして,地方選挙での国民党の大敗の主要因は馬政権であるから,そのナンバー2である呉は出馬しにくくなったのである。選挙後の本人の言動は非常に慎重で沈黙を続けている。各種の民意調査を見ても呉が出馬して蔡に勝てる可能性はほとんど皆無であり,一般的には呉はレースから脱落したと見られている。しかし,呉がこのまま引退するはずはないと考えている人もいる。呉の動きは最後まで見ておく必要がありそうだ。
 地方選挙後浮上してきたのは王金平立法院長(国会議長)である。王は1999年以来立法院長の座にあり,在任は16年に及ぶ。2005年に党主席の座を馬と争って敗れて以来,馬との関係はよくない。2013年9月に馬が王の追い落としを図った「馬王政争」が発生した。王は民進党の立法委員の司法事件の口利きをしたとして立法院長の座から降ろされそうになったが,馬の手法が強引であったため逆に王への同情が集まり,王は危機を脱した。その後の民意調査で王の人気が高まり,総統選挙出馬が取りざたされるようになった。
 王のもともとの狙いは立法院長の続投と考えられる。そのためには立法委員に当選しなければならないが,比例区選出の王にとってこのハードルがかなり高い。王の地盤である高雄は民進党の勢いが増し,高雄市の9つある選挙区で王が勝てそうな選挙区はない。北部の国民党優勢選挙区は現職がいて簡単には出馬できない。王としては国民党の比例区名簿に載ることが最もよいが,党の規則で比例区は2期までと決まっている。2012年選挙では馬が王を優遇する例外条項を作ることを認めたので王は比例区で3期目の当選果たし,立法院長を続けることができた。この方法を使うためには王のためにもう一度例外条項を作らなければならないが,党主席の朱立倫はその意思はないと見られている。そうすると王は立法院長を続けることができないので,支持者らが盛んに王に総統選挙への出馬を促しているという状況である。王は幅広い人脈を擁し,知名度も高く,バランスが取れた政治家という評価もある。しかし,74歳という年齢がネックになり,58歳の蔡英文とは戦いにくいという見方もある。王本人は総統選挙の出馬についてまだ態度を明らかにしていない。
 朱立倫陣営は,昨年末の新北市長選挙で圧倒的な得票率で再選を勝ち取り,その勢いで総統選挙に出馬するシナリオを描いていたといわれる。しかし,結果は,民進党の古参の游に勝つのがやっとというありさまで,陣営のシナリオは転換を余儀なくされた。朱は53歳で焦る必要はない。今回出馬しても選挙は厳しいし,仮に当選できたとしても,党内には馬英九派,王金平派,連戰らの長老派,立法委員のグループ,各地の地方派閥など,様々な勢力がうごめいていて,政権運営は容易ではない。馬政権と同じようにすぐにつまずく可能性もある。まず党内権力を固め,党改革をアピールし,それから2020年総統選挙出馬を目指すというのが朱にとって合理的な選択である。
 実際に党内情勢は朱に有利な状況にある。馬英九派は主要人物が次々と政権を去り馬本人が退任すれば影響力は低下する。連戰,呉伯雄らの長老は,息子が落選したことで影響力は低下した。このまま呉敦義を引退に追いやり,王金平を片付ければ,党内運営はやりやすくなる。しこりを残さず王金平を片付ける上策は総統候補に祭り上げることである。総統選挙への出馬は,選挙マシンを形成し,資金を集め,人脈を広げ,知名度を上げる効能がある。中堅の人物が出馬したら朱のライバルとなる可能性があるが,王は年齢からしても今回落選すれば次を狙うのは困難であり,権力の源泉であった立法院長のポストも失うので,影響力は減退していく。
 蔡英文は当選しても政権運営は決して楽ではない。経済関係,中台関係で問題が続出し,4年後には弱体化している可能性もある。朱陣営としては,2020年に蔡に勝負を挑むというのが賢明なシナリオである。ただし,このシナリオの欠陥は,呉敦義も王金平も出馬をしなかった場合,朱が党主席としての責任から出馬せざるを得なくなる可能性を残していることだ。現在,国民党の立法委員64名のうち40名ほどが朱の出馬を促す署名にサインしたとされている。朱陣営としてもそこは考えているようで,候補決定を先送りして時間を稼ぎ,どちらに転んでもよいように自身の権力基盤の強化を進めている。王も出馬の可能性をにおわせつつ,党内の支持動向を見極め,立法院長と総統選挙出馬の両にらみで動いている。この両者の駆け引きが続き,国民党は誰も立候補の名乗りをあげないのである。これが「国民党は負けそうなので誰も出たくない」と解釈され,国民党の選挙情勢に更なる悪影響を与えている。
 しかし,先送りにも限界がある。6月中に内定しないと投票日まで半年を切る。逆算すると,5月か6月には朱,王,呉らがカードを見せて結論を出さなければならない。この駆け引きがどのように転んでも国民党にとっては棘の道が続く。朱が出馬となった場合,王派を取り込まなければ戦いにならないので,王に立法委員参選の機会を与え院長続投の道を開くことが必要になる。現職の馬英九との関係もかなりやっかいである。新北市長は当面続けるにしても,どこかで辞職し市長選挙の日程を明確にしなければならない。さもなければ本気度を疑われる。しかし,いったん選挙となれば,国民党が新北市を守れる保障はない。この新北市長選挙も朱陣営にとって頭が痛い問題である。朱はへたをすると総統選挙でも負け,新北市長ポストも失う可能性がある。
 王が出馬することになれば,人脈が藍緑両陣営に通じるので目先を変える効果があるが,馬英九派の反発は必至であるし,挙党体制が作れるのかも疑問がある。それを乗り越えるには朱が副総統候補となって身を捧げる王朱コンビで行かざるを得なくなる可能性もある。老獪な政治家で南部・本土派の王と若手で北部・外省系の朱の組み合わせは一定のアピールはするであろう。逆に朱が正,王が副の組み合わせの可能性はない。

 4.選挙を左右する重要な要因

①台湾内部
 国民党の総統候補が誰になるのかを見なければならないが,それとは別に台湾内部で観察すべきことが三点ある。

(a) 立法委員選挙情勢
 国民党は立法院の過半数維持を目標にしているが,現時点では難しくなっている。台湾の立法院は定数が少ないので(計113議席),国民党が安定多数といっても過半数を7議席上回っているにすぎない。8議席落とせば過半数割れである。現時点で筆者が数えたところ,国民党が危ない選挙区は8つある。国民党は党中央の威光が弱まっているので公認候補選定の調整がもつれる選挙区がでてくる可能性もある。比例区で2議席は減る可能性が高いので,この流れが続けば,国民党が過半数割れとなる可能性が高い。そうすると,二つの選挙は共鳴するので総統選挙も民進党に有利に展開する。逆に「国民党の現職はやはり強い」となれば,行政院と立法院をわざわざ「ねじれ」させる必要はないと考える選挙民が出てきて蔡英文の勢いが弱まる可能性もある。
(b) 昨年初当選した県市長のパフォーマンス
 柯文哲(台北市長),林佳龍(台中市長),鄭文燦(桃園市長)らの今年1年間の動向が昨年彼らに投票した選挙民の次の投票行動に影響する。これらの市政でポジティブな話題が続けば民進党に有利に展開する。
(c) 選挙民の投票意欲
 若者の選挙民は昨年末の選挙結果を見て手ごたえを感じている。1年後もこの勢いで投票するであろう。一方,昨年国民党に投票しなかった国民党のコアの一部支持者は,8年間の失望の蓄積なので投票意欲が急に回復するとは考えにくい。この点でも国民党に不利な状況がある。
②中台関係
 中台関係は当然選挙に影響を与える。海外の専門家・国際メディアの関心もここに集中する。国民党は誰が候補者になろうとも対中政策は「92年コンセンサス」を主軸とするであろう。焦点は,蔡英文の対中政策はどうなるのか?習近平は台湾の政権交代を座視するか?中国の介入の手段はどのようなものがあるのか?そして,台湾の選挙民の反応は?にまとめることができる。これらについての本格的検討は次回に回し,ここでは現時点での観察を示すにとどめる。
(a) 「ひまわり学生運動」の影響
 「ひまわり学生運動」と地方選挙を通じて,馬政権の対中政策に対する不信感が広がっている。この状況はまだしばらく続くであろう。
(b) 「92年コンセンサス」
 「92年コンセンサス」は依然として国民党のプラスになる争点ではあるが,その効果は低下するであろう。2012年総統選挙では「92年コンセンサス」を認めておけばうまくいくという印象を作り出すことに成功したが,昨年9月に習近平が「一国二制度」のカードを出し馬英九に冷や水を浴びせたので,「92年コンセンサス」がどの程度の効果を発揮するのか観察が必要である。
(c) 経済的恩恵の偏り
 中台関係が改善したことで,中国人観光客の増加,農産物・養殖魚の買い付けといった利益がもたらされたが,それらの経済的恩恵には偏りがあり,選挙民の多数は実感していない。中台関係改善の恩恵を受けた台湾企業は主に中国大陸で事業展開している。選挙民の多数が実感するのはやはり難しい。昨年の地方選挙で企業家が地元投資を餌に国民党候補の応援をしたが,かえって反感を買った。中台関係改善の経済的恩恵が偏っていることは中国側も問題視するようになり,対策を始めている。その方向性は正しいが,成果が出るには時間がかかるであろう。

まとめ:現時点での暫定的な見通し

 台湾では「振り子理論(鐘擺理論)」という用語がよく使われる。政治の流れが二大陣営の間で行ったり来たりすることを指す。台湾政治の振り子は,いま民進党側に一番振れたところにある。民進党は結党以来最強の状態,そして,初めて国民党の勢力を上回った状態で総統選挙に臨む。国民党は地方選挙の大敗を引きずり,誰が立候補するのかも見えず,党内では焦りが目立つ。振り子はいずれ戻り始めるが,それは選挙後に蔡英文政権が発足してからなのか,それとも選挙前なのか。細かく観察を続けていきたい。 (2015年3月29日記)


日本の学者との意見交換のため東京大学を訪
れた賴市長。2014年9月12日,小笠原撮影。

民進党の党内予備選挙に立候補を届け出た蔡主席。党内に競争相手はいない。2015年2月15日撮影。知人提供の画像につき転載禁止。


国民党の「立法行政部門議事運作研討会」に出席した馬総統,朱主席,王院長。
3人が並ぶ珍しいシーン。2015年3月2日撮影。知人提供の画像につき転載禁止。


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