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NHKラジオ Nらじ <特集 一本勝負>

台湾で何が起きているのか ~中台関係の行方~

2018年11月27日19:35-19:55 放送
東京外国語大学
小笠原 欣幸

司会男性:先週の土曜日、台湾で統一地方選挙の投開票が行われ、与党民進党が大敗を喫しました。民進党の蔡英文総統は、責任を取って党主席を辞任しました。中国が主張する「一つの中国」の原則を認めず、独立志向を持つ民進党の蔡英文政権。そうした姿勢が今回の選挙に影響を与えたのでしょうか。

司会女性:台湾は日本と国交がないにもかかわらず、東日本大震災では世界で一番多額の義援金を送ってくれました。私たちとは深い縁があるんです。その台湾で、今何が起きているのか、中国と台湾の関係は今後どうなっていくのか、台湾の人々は今何を求めているのか、専門家の方に伺っていきます。ゲストをご紹介します。台湾政治が専門で、台湾社会の変化をつぶさに見てこられた、東京外国語大学准教授の小笠原欣幸さんです。小笠原さん、よろしくお願いします。
小笠原:よろしくお願いします。
司会女性:小笠原さんは、昨日台湾の現地調査から戻られたということです。

司会男性:まず伺いたいのは、今回の選挙は地方選挙ですが、この選挙の持つ意味とはどのように考えれば宜しいですか?
小笠原:はい、台湾の地方選挙は、全ての県市で同時に投票を行うということで、有権者の数が総統選挙と同じなんです。ですから、この指標性はものすごく大きいです。それから、この統一地方選挙が終わってから総統選挙までは、1年と2か月(2020年1月予定)しかないんですね。ですから、中間選挙とか前哨戦という言い方もあるんですが、非常に近いと。同じ人が1年2か月後に投票するということで、影響は非常に大きいということができると思います。
司会男性:では、この統一地方選挙の結果というのは、総統選挙にも影響が出てくるということでしょうか?
小笠原:はい、これまでの事例ですとそういう風になっています。今回の地方選挙の結果を政党別に言いますと、民進党は39%で、国民党は49%、無所属が12%です。この数字は、地方選挙ですからそのまま総統選挙に当てはまるわけではないんですが、国民党は今49%取っていますので、無所属の12%の中は、私の見方では半々に分かれると思いますので、この地方選挙の結果というのは、国民党が大体55%くらいの力を示したことになり、総統選挙に向け国民党は非常に有利な状況になったということができると思います。
司会女性:台湾にとって中国との関係をどうするのかは大きな政治的課題です。しかし今回の選挙では、台中関係は争点にならなかったということなんです。では、有権者は投票にあたって何に注目したんでしょうか。台湾の大学生、南部の高雄に住むヨウメイケンさんに伺いました。

ヨウ氏:僕は経済や生活をよくしてくれるかどうかに注目して、地域創生による経済などをよくしてくれる人を選びたいと思いました。

司会女性:今台湾では、若者の失業率も高いんですよね。経済状況をどう感じていますか。

ヨウ氏:そうですね。僕は今大学4年生ですが、卒業しても就職先があまりいいところがなく、最初の給料は22,000元(約8万円)という厳しい状況にあります。特に大都市ではこの給料では暮らしていけないため、海外に行って就職しようという若者が少なくないと思います。

司会女性:大学生のヨウさんですが、台湾南部の高雄に住んでいます。高雄は日本でいえば大阪のような大都市なんですが、そこでも就職が難しいということなんですよね。

司会男性:今回の選挙では高雄市の地方選挙も注目を集めましたよね。当選した国民党の韓國瑜さんは、当時泡沫候補と見られていたんですが、圧倒的な人気を集めたということなんですが、これは韓國瑜さんが今のインタビューにもあったように、有権者が関心を持っている経済政策を前面に打ち出したことが大きかったんでしょうか?
小笠原:そうですね。高雄は台湾の経済成長を支えた工業都市で、台湾第二の大都市だったんですが、最近台中に抜かれて第三位になったということがあります。そこで韓さんは、高雄は落ちぶれている、それは民進党の長期施政のせいだと正面から批判して、自分なら高雄を再生できると大胆な主張を展開して注目を集めたんです。そして、韓さんは馬英九政権からも蔡英文政権からも冷遇されていたんです。そのことを逆手にとって、庶民の立場をアピールする、そして庶民の中にあるエリート層への反感をうまく利用することに成功したといえます。ですから、いわゆるポピュリズム型の政治家の一人であると。そして政策については、高雄の農産物の輸出を増やすであるとか、観光客を増やすとか、失業者を減らすとか、おおざっぱなんですよね。しかし、その話し方が官僚臭さがなく、芸人のような面白い話し方をするので、人々の喝さいを浴びました。
司会女性:PR上手だったんですね。
小笠原:そうですね。
解説委員:やっぱり、SNSとかが選挙で活躍したんでしょうか?
小笠原:ええ、ものすごく大きな影響を持ちました。韓國瑜さんは最初はネットSNSでうまく自分への関心を高めていく。それが、ネット上で人気が出てから、色々現場で選挙活動を打つという非常に上手な選挙戦略を展開していきました。それで「韓流」と呼ばれるような現象を引き起こすようになったんですね。
解説委員:そうすると、韓さんの選挙運動は高雄市だけにとどまらずに、全国的なブームに結び付いたということなんでしょうか?
小笠原:ええ、おっしゃる通りです。国民党は2016年に大敗したわけです。ところが、大した変化はしていないんですよ、そのままなんです。しかし、韓さんは国民党の候補なんですが、国民党とあまり関係ないような印象を与えることに成功して、人気を伸ばしたわけですね。人気が出てくると、今度は国民党がそれにうまく便乗して、蔡英文政権への不満をうまく自分の選挙に利用する、そういう流れになったんです。そこでは韓國瑜さんが果たした役割というのは非常に大きいです。つまり、国民党は民進党に敗れて意気消沈していました。それで国民党支持者からするとイライラするような展開が続いていたわけです。特に南部では民進党が圧倒的に強いですから、南部の国民党は、少数の人が民進党を批判するようなことはあったんですが、何となく民進党への批判を遠慮するような空気があったんですね。そこに韓國瑜さんが、弱くなった国民党からはバックアップもない、自分1人で民進党の一番強い牙城、本丸に切り込んでいく。そんな姿をアピールしたのがネットで注目を集めるようになった要因だったと思います。ですから、今回の選挙で「国民党が勝った」とはなかなか言いにくいと思います。それは現実に合っていなくて、「民進党が一方的に敗れた」、そしてそれは「蔡英文政権が自滅した」ということだと思います。
司会男性:つまり、蔡英文さんに期待していた期待感が破れてしまったと。例えば、経済をもっとよくしてほしいという思いがあったとしても、それを政権としてうまく引っ張っていけなかった。その失望感が高雄の場合だと韓國瑜さんを有権者が支持したということですか?
小笠原:そうですね。そこを韓さんは非常に上手にうまく利用したと思います。逆に蔡英文政権の方に、そこにつけこまれる隙が生まれていたということだと思います。
司会男性:このように、今回の台湾の地方選挙は、台中関係が色濃く反映されたというよりは、今暮らしている方々が何を望むかというところが色濃く結果に出た感じがするんですが、どうも選挙の背景、影の部分には中国という存在も見え隠れするんですね。

司会女性:経済、中国との関係について今の台湾はどうなっているのか。高雄の様子をヨウメイケンさんに伺いました。

ヨウ氏:今高雄のホテルの数が減りました。多くの人が失業して家に引きこもっている状況です。
司会男性:小笠原先生、ヨウさんの話だと、台湾のホテルが減ってきていると、つまりそこを利用する人たちが減ってきているということなんですが、その影響にどうも中国の影があるようにヨウさんは感じていたんですが、このあたりはどう見ればいいですか?
小笠原:はい、蔡英文政権が登場してから中台関係は冷却化しました。台湾を訪れる中国人観光客が大きく減っています。馬英九政権時代のピークと比べると大体4割減となっていて、馬英九時代は中国人観光客がものすごく多く、爆買いなどもあったので、関連のホテル業界、お土産業界、観光バスですね、そのあたりが投資をしていたんです。しかし、急に来なくなったので、そういう業種の人たちは結構厳しい状況に陥っているということがあります。
司会男性:つまり、蔡英文政権の時に中国側は台湾に対して「一つの中国」という方向性で考えてくれるようなことをそこからじわじわとしていたということでしょうか?
小笠原:そうですね、蔡英文政権は「一つの中国」を認めないので、中国がそれでは相手をするわけはいかないということで、まず中台間の対話を切ったわけです。これは非常に大きなことでした。そして、観光客を減らす、それから台湾が外交関係を持っている国はそもそも22か国しかないんですが、この2年の間にそのうちの5か国を台湾から切り崩すという形で断交に追い込みました。ですから今、台湾と外交がある国は17に減ってしまったわけです。他に、中国の空軍機や海軍の艦船が台湾周辺を航行するなどして、軍事的にも台湾に対して圧力をかけている状況です。
司会男性:そういったことが例えば観光客の減少などにつながっていましたが、それは高雄の話で、台湾全体の経済への影響はどう考えられますか?
小笠原:はい、経済全体でマクロ的に見ますと、あまり大きな影響はありません。
司会男性:え、そうだったんですか。
小笠原:台湾の経済成長率は日本よりも高くて、今年の経済成長率見通しは3%弱です。これは、馬英九政権時代の最後よりもいいんです。中国への輸出額も減少していません。中国からの観光客は確かに減っているんですが、その分東南アジアですとか、ほかの地域からの観光客が増えているので、全体の台湾を訪れる外国人客の総数としては大体同じ水準なんです。ですから、台湾経済への打撃という点では実はあまり大きくないわけです。
解説委員:やっぱり、大陸の中国がどう出てくるかというのは台湾の人にとって非常に関心事だと思うんですが、蔡英文政権は「一つの中国」は認めないと言っていますが、別に独立を求めているわけではないですよね。むしろ現状維持的発想が強いと思うんですが、やはりそれでも中国としては、蔡英文政権へ反発せざるを得ない状況なんでしょうか?
小笠原:そうですね。蔡英文総統は、就任の時に公約という形で現状を維持していくと、そして中国への対話を呼びかけるなど、非常に柔軟な姿勢を中国に対して示したわけです。ところが中国はやはり、「一つの中国」原則というものをものすごく重視していて、これを認めなければだめだということで、実は中台関係の冷却化とか悪化とか言われていますが、これは一方的に中国が台湾に対して圧力をかけている結果な訳です。
司会男性:そうなると、今回の選挙の結果というのは、中国側はどう見ているのか、というところなんですが、台湾は中国との距離を置いていた蔡英文政権が敗北した、これは中国にとっては願ったりかなったりということになるんですか?
小笠原:まさしくそうですね。北京の方では、習近平主席の対台湾政策が成功したと受け止めています。この先、中国の学者やメディアがそのことを色々と宣伝してくると思います。中国は台湾の民主政治とか選挙とかをそもそも目の敵にしています。ですから、台湾の政治が混乱していくことを期待していますし、そのような手を打っているといえます。
司会女性:では、台湾の人たちはこれから中国との関係をどうしたいと思っているのか、今回の選挙で中国寄りの国民党が勝利したことで、中国の影響が強くなりすぎるという不安を感じることはないんでしょうか。ヨウメイケンさんに伺いました。

ヨウ氏:不安は感じます。やはり経済面でも良い面と悪い面があると思います。良い面としては、お互いの経済を一緒によくできることですが、悪い面として、中国との関係が強くなりすぎてしまうと、台湾からの若者、特に高等人材が中国に行ってしまう可能性があるんじゃないかと思います。

司会男性:ヨウさんの意見は一つの意見だと思いますが、彼は学生としてこういう意見を持っているんですが。小笠原先生、今の話を聞いていると、経済という部分の結びつきと、アイデンティティの部分と2つの側面があると思うんですが、中国側は「一つの中国」を求めていますよね、これは経済的な結びつきもアイデンティティも含めてですが、ただそれをやられてしまうと、台湾の彼の話では、経済の部分ではメリットがあるかもしれないが、アイデンティティや政治体制の部分まで台湾に来てしまうとなかなか認められないという意見があります。このあたり、台湾の方は今どう考えているんですかね?
小笠原:はい、大きく言って今の台湾で「一つの中国」を認める人は少数派といえます。他方で、台湾独立を主張する人も少数派となります。では、多数派は何かというと、やはり現状維持ということになるんですね。つまり、統一でもない独立でもない、だけどこの現状維持というのは実は「台湾」に対する愛着、今の台湾の民主的な政治や生活様式を大事にしていきたいと、これを前提にした現状維持という人が多数派を占めているという状況です。
司会男性:一時台湾で、台湾生まれの方々を表現する言葉として「天然独」という言い方がありましたよね。こういう人たちの存在は大きくなってきているんじゃないですか?
小笠原:確かに、ひまわり運動などで若者が台湾に対する非常に強い意識を持っていることが示されました。この「天然独」の意味は、「生まれた時から台湾は中国とは別の台湾で、台湾では民主政治をやっているんだ。そのことを当たり前のことと思う世代となっていますよ」という意味で使われたんですね。ですから、この「天然独」という中に「独立の独」という言葉が入っているので、「若者は皆独立支持」と思いがちなんですが、そういう訳ではないんです。
司会男性:そうではない。台湾としてのアイデンティティを大切にしながら、ということなんですね?

解説委員:「現状維持」というと否定的なニュアンスもあるんですが、むしろ現実主義的な選択だという気もするんですが、そういう面もあるんですか。
小笠原:そうですね。ここはかなり難しく専門的になるんですが、台湾は今、総統選挙をやっていることからもわかるように、中国とは全く別の政治実体として存在して、人々がそこで経済を営んでいるわけです。この現状を維持していきたいというのが台湾の多くの人々の願いなんです。ただし、他方で台湾の経済を考えると、お隣の中国がすごい経済成長を達成して経済規模もものすごく大きいですから、そこともっと密接になれば、経済的利益を得られるのではないか、しかしくっつきすぎると中国に取り込まれ、政治的ないろいろな権利を失うのではないか、そのジレンマが台湾にはあります。簡単に言うと「自立と繁栄のジレンマ」ということになります。
解説委員:国民党が今回の選挙で勝利したことで、台湾の政治の流れが今後、中国寄りに向かっていくと考えてよいのでしょうか?
小笠原:はい。中国は台湾人への優遇策を次々と発表しています。そして台湾アイデンティティの人たちを取り込もうとしている訳ですね。国民党はどうかというと、台湾での基盤が弱まっています。そこでどうするかというと、中国が提供する利益に乗っかることで台湾の中で支持を得ようとなっていかざるを得ない訳です。そこで結果として国民党は中国寄りになりますし、日本に対しては冷淡になっていくと思います。そして国民党の路線ですが、これまでは「統一しない」とはっきり言っていたわけですが、今後は「統一も排除しない」方向に変わる可能性があります。
解説委員:ただ、これまでのお話を伺っていると、現状維持を望む人が多数派だという場合、そういう国民党の選択に対し、支持するような動きになっていくんでしょうか?
小笠原:ここが難しいところなんですが、総統選挙の時に国民党がどういう公約を打ち出すかもかかわってきます。また、候補者が誰になるのか、その時に中国はどういう態度をとるのか、こういったことがまだはっきりしていませんので、それを見極める必要がありますが、一般論として台湾の人たちは主権者意識が非常強いので簡単に中国のいいなりなることとは考えにくいと言えると思います。
司会男性:今日の選挙結果で、小笠原先生は国民党を積極的に支持するというよりも、今の政権に対する不満が相手方の政党を躍進させたとおっしゃいましたよね。そうすると中国との関係ではない部分で政治が動いているわけですから、中国がこれでいいんだ、台湾の人たちも中国寄りでよいんだと介入してくると、逆に台湾の方々は反発して、中国と距離を置く元の政権を選択することも考えられますよね?
小笠原:そうですね。それは十分あると思います。ただそれが、次の総統選挙がすごく近いんですね。そこで台湾の人たちがそのあたりをどう見極めるのか、というのは中々難しいと思います。例えばこの勢いのまま、国民党にやらせてみようと、国民党がまた馬英九政権時代のように中国と非常に接近するのであれば、次の選挙で変えてしまえばいいという考え方もあるわけです。
司会男性:これから中国はその間どうでてきますかね?
小笠原:ここが難しい点ですが、習近平主席は台湾を統一に向けて一歩でも動かしたいと考えているのは明確です。こういう風に言っているわけですから。その障害になっていたのが民進党政権で、その政権が今回の地方選挙で敗北したわけですよね。そうすると、中国からすると、まさにチャンス到来となるわけです。ただ、現在米中関係が険悪です。この状況で中国が台湾に対して強い態度を示すかは不透明なんですね。米中関係がよくないですから、台湾に対しては静観するのではないか、という見方もあります。一方でアメリカとの関係が、中国からするとアメリカに貿易戦争という圧力がかけられていますから、逆にアジア太平洋の中で非常な重要な位置にある台湾について、中国は非常に強い影響力を持っているんだ、そこにアメリカの影響力は及ばないんだということをアメリカに見せつけたいという思いもあるわけです。ですから、この中国の台湾に対する動き自体は、止まることはないと思います。
司会女性:台湾の若い方と年配の方たちの意識は違うのか、という質問がリスナーから来ているんですが。
小笠原:そうですね、年配の人たちにとっては中華民国という体制の中でずっと生活してこられたというこだわりがいろいろな意味で大きいわけですが、それに対して若い人たちは先ほど言ったように、生まれた時から民主化されているし、総統選挙も行われているし、そして台湾は台湾だという意識ですからね、やはり世代的な違いはあると思います。
司会女性:台中関係が変わることで旅行者への影響が出てくるのか、という質問もあります。
小笠原:日本の旅行者ですか?それは特にないと思います。
司会男性:今日は台湾の統一地方選挙から見た現状の台湾及び中台関係について専門家に話を聞きました。

司会女性:東京外国語大学の小笠原欣幸さんでした。小笠原さん、ありがとうございました。
小笠原:ありがとうございました。


フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ この原稿は番組を聴いたリスナーの方が作成してくれました。お礼申し上げます。小笠原

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