フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ 2017年10月12日

アジア調査会シンポジウム

台湾と国際社会-台湾社会の動向を視野に
フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪

日時:2017年10月12日13:00-16:00
場所:日本記者クラブホール
司会:吉田 弘之(アジア調査会常務理事)
報告:坂東 賢治氏 (毎日新聞東京本社論説室専門編集委員)
   劉 世忠氏 (台湾貿易センター=TAITRA副董事長)
   竹内 孝之氏 (日本貿易振興機構アジア経済研究所副主任研究員)
   小笠原 欣幸氏(東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授)
主催:一般社団法人アジア調査会


当ページでは小笠原の講演内容を紹介します。
パネリストの発言全文および質疑応答は 『アジア時報』2017年12月号 をご覧ください。



台湾社会の動向-台湾アイデンティティの定着

小笠原欣幸


 私は「台湾社会の動向-台湾アイデンティティの定着」というテーマで、台湾政治の変化を振り返りながら、蔡英文政権が重視している新南向政策を説明したいと思います。
 最初は今年の国慶節の写真です(図1)。竹内さんの話にもありましたけれど、伝統的な民進党の支持者の中には「中華民国は嫌いだ。中華民国の国旗は見たくない」という人もいるわけですけれども、そういう支持者を抱えている蔡英文政権がどういう形で国慶節を祝うのか注目されていましたが、今年は国旗が少なくなったという指摘もありました。

《図1》 中華民国106年国慶節の画像(2017年10月10日撮影)

出所:知人提供の画像につき転載禁止

二つのナショナリズムの間に台頭した台湾アイデンティティ

 この20年、30年の台湾政治の構造の変化については、すでに多くの研究者が学説を発表しています。大きく言って、民主化と台湾化のプロセスが進行しました。民主化については、国民党の一党支配体制が終了した。台湾で民主的な選挙が行われるようなったことが普通の民主化の完了です。台湾で台湾の選挙民による選挙が行われた。通常ですと、自分たちが主権者であることを認識し、完結します。
 しかし、そこで留まらない。どういうことかというと、中華民国の枠組みは、略すると中国です。ですから中国の枠組みは残っているけれども、台湾で台湾の選挙民が投票するという行動を通じることで、台湾政治は台湾という地理的範囲で完結する体制になったわけです。これによって、国家権力の正統性の根拠が中国から台湾に移った。こうしたことを指して、台湾化と呼んでいます。
 この中で特に大きな影響があったのは、総統直接選挙です。1996年、李登輝総統が第1回総統直接選挙に出馬し、圧勝しました。そこから数えて、昨年1月の総統選挙は6回目で20年、一世代を経る形となりました。総統直接選挙は、民主化の到達点であると同時に、その後の台湾政治、中台関係の出発点という意義を持っていました。総統選挙をやるたびに、中華民国あるいは台湾は、主権国家である、あるいは主権の範囲は台湾という地理的範囲であることを自然に意識させたからです。自由な選挙、政党活動、そして総統であれ気軽に批判することができる。こういう台湾の自由と民主が台湾の政治体制だけではなく、生活様式として定着していった。これが、総統直接選挙がもたらした非常に大きな効果、変化です。分かりやすく言うと、4年に1回、選挙をやるたびに「台湾は中国とは違う」ということを台湾の人々に意識させる効果を持ったわけです。

《図2》 過去6回の総統選挙における各陣営得票率の推移

出所:中央選挙委員会の資料を参照し筆者作成

 歴代総統は4人です。この20年間の各陣営の得票率の変化ですが、1996年の段階では民進党候補の支持は20%ちょっと超えるぐらいでした。その後デコボコはありますけれども、2016年の選挙では、過半数を超えるところまできました。台湾の政党政治の変化がはっきりとわかると思います(図2)。これを概念の方から説明すると、台湾にはイデオロギーあるいは物の考え方として、二つのナショナリズムが軸になります。一つは台湾ナショナリズム、もう一つが中国ナショナリズムです。この2極の対立が台湾政治の構造です。この真ん中に「台湾アイデンティティ」という緩やかな立場が登場してきたと整理すると、この間の台湾政治の動きが良くわかると思います。
 中国ナショナリズムは、最終的には統一を指向し、台湾ナショナリズムは台湾共和国という形で独立を指向する。台湾アイデンティティとはどういうものなのか。台湾と中国は別で、台湾の主体性を重視している。一方で、国家選択については、台湾ナショナリズムと中国ナショナリズムが唱える国家のどちらでもない。つまり、民主化して台湾化した中華民国の体制を支持する、あるいは受け入れるという立場です。ですからこれは二つのナショナリズムとは違って、台湾のあり方については現状維持の勢力ということになります(図3)。

《図3》 台湾アイデンティティと二つのナショナリズム

出所:筆者作成

 この物の考え、概念に政党がどうかぶさるのか。民進党と国民党は元々、出発点はナショナリズムです。民進党は台湾ナショナリズム、国民党は中国ナショナリズムに基盤を持っていますが、選挙では票を取らなければなりません。過半数の支持を取るためには、どちらも中間の台湾アイデンティティの立場の人たちの票を得なければならない。もし、それぞれの基盤に基づく政党が三つあれば分かりやすいのですが、そうではなく台湾では三つの立場があり、しかし二大政党制で競争が繰り広げられます。このため両党とも台湾アイデンティティの立場を重視せざるを得ません。
 一方、どこの国にも中間派、浮動票があり、新聞などの解説では、台湾アイデンティティは真ん中にあるため、これは中間派ととらえる論説もあります。それは少し誤解を招きます。真ん中にあって無色透明な中間的な立場ですと、選挙のたびにどっちに転ぶかわからない。確かに選挙でどちらが台湾アイデンティティを取り込むのか競争が繰り広げられますが、台湾アイデンティティは20年の年月を重ねるにつれ、台湾の色が濃くなってきました。ですからこれは無色透明ではなく、台湾の民主主義とか台湾への強い愛着と結びついた中間的立場であるということになります。このため民進党にとっては比較的親和性がある。一方、国民党にとっては非常にやりにくい政治状況になっていたことが分かります。

台湾民衆の自己認識「自分は台湾人」が約6割に

 よく引用される調査ですが、台湾民衆の自己認識調査というものがあります。これは政治大学選挙研究センターが1992年から毎年2回、同じ質問をずっと繰り返しているので、その変化がよくわかります。調査を始めた1992年、「あなたは自分を台湾人と考えますか、中国人と考えますか、あるいは両方と考えますか」という質問で、「台湾人」と答えた人は17・6%、「両方」と答えた人が46・4%、「中国人」と答えた人が25・5%でした。2016年のデータを見ますと、「台湾人」と答えた人が58%でほぼ6割です。「台湾人でもあり中国人でもある」と答えた人が34%です。「中国人」と答えた人は3・4%しかいません。台湾の民衆の自己認識については、一定の傾向が出たと言えます(図4)。

《図4》 台湾の民衆の自己認識(台湾人/中国人)の変化

出所:国立政治大学選挙研究中心の資料を参照し筆者作成

 総統選挙の20年を見て台湾政治の変化を示しましたが、これでどういうことが言えるのか。次のような一定の結論を言うことができると思います。今、台湾の人々の自己認識は、「台湾人」あるいは「台湾人であり中国人である」のどちらかで、「中国人アイデンティティ」を言う人はいますが、全くの少数であるということです。投票で総統を選んでいるのだから「台湾あるいは中華民国は主権国家である」と思うのは当然です。そして中華民国と台湾が融合してきて、全く同じではないけれども一般の人にとってはだいたい同じように置き換え可能な形で使われることが多くなってきています。「中国による統一は拒否」もはっきりしてきた流れと言えます。
 台湾アイデンティティは「台湾への愛着」という形で社会的に広まっています。例えば台湾主題の映画がヒットしています。魏徳聖監督の3部作は、いずれも台湾の歴史を題材にしていますが、それがヒットする。古い建物や古跡を保存し、それを再利用する。台湾の人たちの自分たちの歴史に対する関心を示しています。面白いところでは、自転車で台湾を一周するのがブームになっています。台湾という島に対する愛着を表す行動だといえます。台湾アイデンティティの最も爆発的な形態は、「ひまわり学生運動」です。必ずしも全員が台湾独立を考え主張しているわけではありませんが、広いところで台湾を大事にしたいという思いがこうした行動になって表れてきた。

現状維持と緊張含みの中台関係

 一方、政治については馬英九政権の8年を経た2016年に劇的な変化が発生しました。これは分かりやすく言うと台湾アイデンティティの広がり、定着に国民党が乗れないところに大きな要因があったと思います。民進党はそもそも台湾土着の政党ですから、民進党がどれぐらい台湾の有権者の信用を得たのかいろいろ議論はあると思いますけれども、この間の政治的、社会的流れが民進党に有利に働いたことは間違いありません。
 2016年選挙は「歴史的選挙」という形で言及されることが多いですが、その歴史的意味ははっきりと確認しておきたいと思います。これは国会の過半数を伴う初めての政権交代であることです。日本のメディアでは3度目の政権交代とか、8年ぶりの民進党政権と書かれますが、実際には前回の民進党政権は国会の過半数を持っていません。台湾の政治制度からすると、国会で過半数の議席を持たないと、成立させたい法律が一つも通らないため、実質的な意味は薄いのです。今回、初めて政権交代が実現したと言っていい。
 そうすると、歴史的意義は何なのかですが、二つあります。一つは、国民党が圧倒的な支配政党として権威主義体制時代、そして民主化後も台湾政治で果たしてきた役割は終わったことです。私は国民党がなくなると言っているわけではありません。国民党はこの先、おそらく3分の1ぐらいの勢力を維持すると思いますけれども、これまでの支配政党としての役割は終了。もう一つは、国民党の役割は、分かりやすく言えば台湾に立てこもって中国共産党に対抗することでしたが、これもおそらく終わった。今後は、中国共産党といろんな方法で連携し、台湾の中で存在感を見出す政党になっていくと思います。
 そして登場してきた蔡英文政権は、台湾政党政治から言うと民進党の優位、国民党の凋落を背景にしています。しかし一方、坂東氏が触れたように、様々な改革に一気に取り組んでいるため、一つの改革だけでも抵抗勢力があるのに、そうした改革を五つも六つも手を付けているため支持率が低下しています。しかし国民党も凋落しているので、民進党にすぐに取って代わる勢力は当面、出てこない状況です。次の2020年選挙で蔡英文総統が再選され、2期8年、2024年まで蔡英文政権が続くと見ておいていいと思います。
その蔡英文政権ですが、内政に関しては公正・正義、公平な分配を掲げています。また地方再生、若者重視、グリーン・エネルギーも掲げています。台湾の地位に関しては、これまで触れてきた台湾アイデンティティの流れを受け継いで、台湾化した中華民国の現状維持を表明しています。ですから独立は主張せず、統一は拒否ということになります。一方、中国が要求している「一つの中国」も認めません。蔡英文総統の立場を総合すると、李登輝氏や民進党の初期を支えたオールドな独立派とは違うと見ることができます。
 それではこういう政権が台湾に登場してきたことで、中台関係はどうなるのか。蔡英文総統は、確かに中国に対しても善意を表明すると言い、現状を変えない、中国が最も警戒している独立の方向に動かないと言っています。また、中国を挑発しないとも言っています。しかし、「一つの中国」は認めない。中国はこれを認めなければ駄目だと言っていたわけですけれども、これを認めないことがはっきりしたので、中国側は昨年、蔡英文政権が登場してから1カ月後には対話を拒否すると通告しています。それ以来、中台間では対話が行われていません。双方が演説、新聞のインタビュー等を通じてメッセージを発するという不正常なやりとりが行われているだけです。
 一方、台湾をどうするのか。中国からすると非常に腹立たしい。台湾を締め上げるのかどうかは習近平氏の判断次第です。今は、何とも言い難い。共産党第19回大会でどう言及するのか。また19回大会後、おそらく来年あたりに習近平氏の包括的な対台湾政策が発表される見込みですが、そこでどう言うのかを見ないといけない。現状は、中台関係は膠着状態、緊張含みという状況です。この状況で、台湾の国際参加を考えるとなかなか厳しいものがあります。
 まず,習近平氏の方は、「中国の夢」を掲げています。習近平氏の論理を追って行きますと、「夢の実現のためには、中華民族の偉大なる復興が必要である」「偉大なる復興のためには台湾統一は欠かせない」というのがその論理です。中国は、習近平氏の指導の下で富国強兵大国への道をまっしぐらに進んでいます。習近平氏の頭の中にあるのは2021年の中国共産党100周年で、自分が掲げている「中国の夢」に向けて今、どうなっているのか、その進展を示したい。ですからこの先、台湾の問題が非常に重要になってきます。

「アジア太平洋の中の台湾」を志向する新南向政策

 では、蔡英文総統の方はどうなのか。習近平氏に「中国の夢」があるのなら蔡英文氏にも「台湾の夢」があるわけです。これを一言で言うと、おそらく「小さくても確かな幸せがある台湾」という台湾の若者が好きな言葉になると思います。実質的には、台湾の自立の強化、中国依存からの脱却を図りたいということです。蔡英文総統は現状維持を公約しています。では、どう台湾の自立の強化、中国依存からの脱却を図るのか。蔡英文政権が中国への言葉の使い方に非常に注意しながら実質的に台湾の中で進めているものとして注目しておきたい政策の一つが、新南向政策です。
 蔡英文政権の説明によると、貿易、投資、人の移動、その他たくさんありますけれども、これを中国だけでなく、アジア太平洋に広くシフトさせるという政策です。もちろん狙いとしては、中国依存からの脱却なのですが、さらに蔡英文総統が中国を刺激しないようにあまり語っていませんけれども、本当の狙いは、これを通じて「アジア太平洋の中の台湾」という位置を志向していると見ることができます。つまり台湾が国際社会の中でもっと活躍したいというのは、台湾全体の願いでもあるわけですけれども、それがなかなかうまくいかない。正面からいってもうまくいかない。そこで、新南向政策という形で国際社会との実質的な繋がりを強めていきたい。そういう狙いがあるわけです。
 新南向政策は、劉さんがすでに説明されていましたけれども、簡単に触れたいと思います。アジア太平洋の18カ国を対象にしています。ASEANの加盟国10カ国全部と南アジアのインド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカに加えてネパール、ブータンも入っています。そしてオセアニアのオーストラリアとニュージーランド。この18カ国を対象に、台湾との繋がりを深めていきたいということです(図5)。ただ言うのは簡単ですけれども、実際には非常に難しいものがあります。

《図5》 新南向政策対象18か国

出所:経済部国際貿易局新南向政策サイト( https://www.newsouthboundpolicy.tw/index.aspx

 台湾の苦境はすでに竹内さんが説明されていますけれども、中国の圧力によって台湾のFTA締結が停滞しています。ASEAN+アルファにも入れないし、今議論されているRCEPにも入れません。期待していたTPPは、トランプ大統領によって頓挫してしまった。台湾としては地域の中の協力機構に正式に入って行けないので、個別の経済活動を積み上げてしていくしかないという状況です。しかも中国は一帯一路というものすごく大きな構想ぶち上げて、ヨーロッパやラテンアメリカの国々まで引き付けるという求心力を示しているわけです。これも台湾にとっては非常に不利な状況です。
 一方、台湾にとってもチャンスがあります。それはASEAN、インドの経済成長が見込まれることです。経済成長があれば当然、大中小様々な規模の公共事業が行われます。中国の一帯一路は巨大プロジェクトですが、すべてが一帯一路で全部管轄されてしまうわけではないので、そこからこぼれる中型、小型の公共事業に台湾は入り込もうと考えています。重要なのは、台湾の経済界はこれまで中国しか眼中になく、中国に出て中国でビジネス展開をしなければどうにもならないくらいに、中国一辺倒だったのが、変わってきています。蔡英文政権が言う前から、製造業の拠点工場を中国から東南アジアに移す、投資の流れが変わるなど、いろいろな動きがすでに発生しています。統計で見ますと、台湾の対中投資は馬英九時代の2010年がピークで、その後、減少しています。
 こういう政策は、政府がいくら音頭を取っても民間が動かないことはよくあるわけですけれども、今回、蔡英文政権にとって少し有利なのは、台湾の民間の方が動き出していることです。そして政府がそれを後押しする体制を今、取ろうとしているところにあります。その具体的なサポートとして、新南向政策のための関連予算を今年から付けましたが、来年さらに拡大します。日本円で266億円と、台湾の予算規模から見ると結構、大きなお金を出しています。そういうものをベースにして貿易、人材の育成、そして台湾とASEAN諸国、オセアニア、インドなどとの交流事業を拡大していく。具体的に学者や青年交流のプロジェクトが上がってきています。さらにNGOなどの活動も支援していくということです。
 特に、東南アジアは台湾にとって非常に重要になります。東南アジアからの観光客を増やすため、昨年、タイとブルネイに2週間のビザ免除が出され、実際にタイから台湾への観光客が増えました。それをこの10月からフィリピンにも拡大します。こういうことを研究して政策提言に生かすために、「台湾アジア交流基金」という新しい交流基金会が政府主導で立ち上げられます。
 蔡英文総統は、「これは中国に対抗するものではない」と再三、強調しています。「これは実務的な展開です」と言っていますけれど、中国は脱中国の動き、いわゆる隠れた台湾独立の動きとしてものすごく警戒しています。このあたりは少し緊張含みで、台湾としては正面から構想の意味を掲げず「貿易を拡大したいだけです」と言うことで、中国の正面からの強烈な圧力を回避したい、ということだと思います。

台湾と東南アジアとの繋がり

 最後に、台湾と東南アジア諸国との繋がりについて統計的なデータ用を見て可能性を考えてみます。まず、貿易です。ASEANは台湾にとって第二の貿易パートナーです。輸出市場から見ると第二位です。台湾にとって中国が輸出市場で圧倒的な比重を占めています(図6)。確かに40%ぐらいで、馬英九政権時代も伸びていないのですが、蔡英文政権としてはこの比重を少し下げたい。新南向政策と聞いて、中国をやめて、取って代わるものとしてASEANやアジア太平洋を位置付けると連想されるかもしれませんが、政権はそれを考えているわけではありません。

《図6》 台湾の総輸出に占める中国とASEANの割合(2017年は1-8月の数値)

出所:経済部国際貿易局統計資料を参照し筆者作成

 成果は4年、8年後にこの数字がどう変化するのかだと思います。中国貿易がいきなりゼロになることなどはあり得ないのですから、今後も高い比重を保っていきますが、これまでの40%が8年後には35%に下がる、そしてASEANは今、20%弱ですけれども、これが25%ぐらいまで上がれば、おそらく成功になると思います。5ポイントの違いでも、そういう傾向が出ることによって社会の中で物の見方が変わることになります。
 次に、旅行者ですが、これは面白い傾向が出ています。坂東氏の話にも出ていましたけれど、中国が蔡英文政権はけしからん、ということで観光客を減らしています。このため中国からの旅行者は大きく減っています。一方、東南アジアでは富裕層が生まれて海外旅行ブームになり、台湾を訪れる観光客が増えています。(中国観光客の減少は)東南アジアだけで相殺されているわけではありません。しかし、韓国や日本も含めると、台湾の観光市場は中国に簡単に左右されると見られていたのが、そうではなくて全体で言うと中国の観光客の減少分は、他の国からの観光客の増加によってほぼ相殺されるという傾向が出ています。この点では、中国が台湾を締め付けようとしたけれど、空振りに終わっています。この傾向を見ると、おそらく来年か再来年くらいには東南アジアからの観光客と中国大陸からの観光客が同じぐらいになると予想することができます(図7)。

《図7》 台湾を訪れる旅行者総数に占める中国大陸とASEANの割合(2017年は1-8月の数値)

出所:交通部観光局統計資料を参照し筆者作成

 その意味は何かと言うと、実は今台湾の観光業界では、東南アジアの言語が出来る通訳が全然いないのです。急遽、養成しなければならない、ということになっています。このため、大学で東南アジアを専攻している学生の定員を増やそうという動きが出ています。この傾向が定着していくと、東南アジア言語の学科を作り、それを増やす。東南アジアに関心を持ち言語を勉強することが職につながる。台湾社会の一定のけん引力になることが考えられます。
 さらに、台湾と東南アジアの繋がりについて面白いデータがあります。台湾における外国籍配偶者の出身地は中国が最も多いのですけれども、東南アジアも結構増えています(図8)。そして外国籍配偶者のもとで生まれ、台湾の小中学校に在籍している子供の比率を見ると、東南アジア出身の親から生まれた子供が一番多いのです(図9)。中国籍の人と結婚した台湾のカップルよりも、東南アジア出身者と結婚した台湾のカップルの子供の方が多いということです。数で言いますと11万人です。台湾の小中学校では10人に一人の親は外国出身で、台湾で定住して台湾で生活している人たちということになります。

《図8》 台湾における外国籍配偶者の出身国・出身地域(2016年)

注:東南アジア5か国は,ベトナム,インドネシア,タイ,フィリピン,カンボジア
出所:内政部移民署統計資料を参照し筆者作成


《図9》 台湾の小中学校に在籍する「新移民子女」の親の出身地域(2016年)

注:東南アジア7か国は,上記5か国に加え,ミャンマー,マレーシア
出所:教育部統計処統計資料を参照し筆者作成

(外国出身者の子供が)全部で20万人で、東南アジア出身者の子供が11万人ですから、比率としてはかなり高い。この子供達が今、小中学生ですから大分いるわけです。この台湾で生まれ育ち、台湾の自由と民主の価値観を身につけながら、東南アジアと台湾の交流の媒介になる。そういうことを蔡英文政権は期待しているわけです。これはかなり気の長い話ですけれども、こういう人材が育ってくることによって、台湾社会がいずれは「アジア太平洋の中の台湾」というふうに立ち位置が変わっていくようにしたい、というのが蔡英文政権の本当の狙いだと思います。
 この政策は、構想だけを見ると、どれぐらい実行できるのか分かりませんけれども、指標としては4年後、そして8年後に、貿易・投資がどれぐらい増えているのか、教育・旅行・文化交流がどれぐらい拡大しているのか。そして今、最後に触れた台湾社会の中にある東南アジアの要素がどれぐらい生かされているのか、こういうことが成否を決めていくことになると思います。とにかく長期的な取り組みが必要だと思います。

【シンポジウム当日の写真】




左より,劉世忠氏,竹内孝之氏,坂東賢治氏,小笠原

シンポジウム・ポスター
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