フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪    習近平の包括的対台湾政策

「習x点」はいつ発表されるのか?
東京外国語大学
小笠原 欣幸

 中国共産党の歴代指導者は,任期中に包括的対台湾政策を発表してきた。
鄧小平は「台湾同胞に告げる書」と「葉九條」,江沢民は「江八点」,胡錦濤は「胡六点」である。「台湾同胞に告げる書」(以下「告げる書」と略称)は国共内戦後初めて「三通」と「軍事対峙状態の終結」を呼びかけた歴史的文書である。そのあとの3件は重要講話という形で発表され,発表者の名前と項目数を合わせた名称で言及される。
 台湾に対し強い思い入れがある習近平もいずれ台湾向け重要講話を発表し,それは「習x点」と呼ばれるであろう。中国の学者らは2015年あたりから習近平の対台湾思想・対台湾政策を賞賛し体系化の努力を続けているので,準備はかなりできていると見られる。
 「習x点」の内容を推測すると,おそらく,①分離独立の動きは実力で粉砕する,②「一つの中国」を認める台湾人には中国公民と同等待遇を与える,の硬軟両様が骨子となるであろう。そのロジックを精緻なものにすることによって* 「統一のプロセスが進展」と描き出し,鄧小平の「平和的統一・一国二制度」を超える「新時代」の両岸統一論,統一へのロードマップといったものが出てくるかもしれない。 * 例えば,独立の粉砕は統一の前進,同等待遇により実態面で統一状態が出現,といったロジックがある。
 それを号砲として対台湾工作が全面的に展開されるので「習x点」がいつ発表されるかは重要な関心事項である。その発表時期を予想してみたい。

  政権についてからの期間
 まず,過去の事例の発表のタイミングを《表1》で整理する。江沢民と胡錦濤は,総書記に就任してから6年前後,党大会で再任されてから2年(江)か1年(胡)経過した時期に発表した。いずれも権力基盤が固まった時期である。鄧小平の場合は,文革期の失脚と復権および総書記に就任しない最高指導者という特殊要因があり同列には論じにくいが,権力基盤が固まっていた点は同じである。つまり,鄧,江,胡の3者とも権力基盤が固まったところで台湾問題を動かそうとしたことが見て取れる。
 発表の日付に注目すると,「告げる書」が1月1日の元旦,「江八点」が1月30日(旧暦の大晦日),「胡六点」が12月31日(西暦の大晦日)で,これら3件は新年を迎えるカレンダーに合わせたものであり政治的意味合いは薄い。一方,「葉九條」は中華人民共和国の建国記念日を選んでいて政治的意味合いが濃い。
 もちろんこれらの文書・講話は台湾の変化および台湾を取り巻く環境の変化に対応するものであり,発表時期も主としてそれに影響される。「告げる書」は米中国交正常化に合わせたタイミングで台湾統一のゆるぎない決意を台湾および関係国に表明し,統一に有利な環境を作り出そうとした。「江八点」は,台湾が総統直接選挙に向け動き出したタイミングで,李登輝政権を牽制しつつ統一の流れに引き込むことを意図していた。「胡六点」は馬英九政権が登場し中台の交流が活発化するタイミングをとらえ「両岸関係の平和的発展」で主導権を握ろうとした。
 さて,それでは習近平が「習x点」を発表するタイミングはどのように絞り込めるであろうか。江沢民,胡錦濤の例にならうと総書記就任から約6年,再任された党大会から1~2年という時期が見えてくる。これを習近平にあてはめると,今年の後半から来年いっぱいの時期である。

《表1》中共歴代指導者が発表した包括的対台湾政策
台湾同胞に
告げる書
葉九條 江八点 胡六点
発表年月1979年1月1日1981年10月1日1995年1月30日2008年12月31日
最高指導者鄧小平鄧小平江沢民胡錦濤
総書記就任
からの年月
5年7か月6年1か月
党大会
からの年月
1年4か月4年2か月2年3か月1年2か月
発表のねらい 米中国交正常化(米華断交)の新情勢への対応。初めて台湾同胞へ呼びかけた歴史的文書。 全人代常務委員長葉劍英の名義で発表されたが,鄧小平の「平和的統一・一国家二制度」の理念を表明。 第一回総統選挙に向け動き出した台湾情勢に対応。李登輝政権を牽制しつつ統一への道筋をつけようとした。 馬英九政権登場後の新情勢に対応。「両岸関係の平和的発展」で中台関係の主導権を握る。
(出所)筆者作成

  台湾総統選挙の前か後か
 次に,台湾情勢との関連を見ると,台湾では2020年1月に総統選挙が控えている。この選挙で蔡英文が再選される可能性が高いが,それを前提として,選挙前と選挙後のどちらが「政治的に正しいか」を考えると選挙前となる。なぜなら,中国共産党の論理からすると,邪悪な民進党政権が台湾の選挙民によって再選されるなどということはあってはならないのであり,習近平としてはやれるだけのことをやっておかなければならないからだ。
 選挙前に「やれることはやった」とはっきりと行動で示されれば,結果として蔡英文の再選を阻止できなくとも納得は得られる。仮に蔡再選を容認したかのような言動があれば,習近平といえども内部の批判にさらされる。それくらい台湾問題は殺傷力がある。
 「習x点」があろうとなかろうと,2019年に中国が様々な方法で台湾に圧力をかけることは間違いない。その時に,包括的な政策と蔡英文を押し込む枠が示されている方がやりやすい。 また,蔡英文は再選されるにしても得票数は減る見込みなので,先に発表しておけば,「習x点の効果があった」と宣伝することもできる。これらのことを考えると,選挙前に発表しておきたいと考えるのが自然であろう。
 では,台湾の総統選挙から逆算して適当なタイミングはいつなのか。2020年1月の投票日にあまりに近いと選挙への介入だとして反感を招く可能性があるし,ニュースとしての価値が台湾の選挙報道の中で薄まってしまう。前回2016年選挙ではその2か月前の2015年11月に馬英九習近平会談という大きな動きを見せたが,台湾においては選挙報道の中でその話題性はすぐに薄まった。選挙戦が始まる前の方が,「あーでもない,こーでもない」と喧々諤々の議論が巻き起こり効果がある。
 選挙後であればどうであろうか。選挙直後に発表すれば後手に回った印象を与える。また,蔡英文の再選は予想されていても実際に再選されると中国の世論の反発は高まる(2004年の陳水扁再選の事例がある)。そこで重要講話を発表すれば,必要以上に強硬な文言が入り,硬軟両様というより威嚇の講話になってしまうであろう。2021年になれば中国共産党結党100周年イベントがあり,2022年は20回大会が控えていてあまり適当なタイミングではない。
 そうすると,選挙の1年前から半年前あたり(つまり2019年1月から6月の間)が適当であろう。実は,「江八点」も台湾の初めての総統直接選挙の約1年前に発表された。

  どの日付が適当か
 日付からも検討してみたい。中国共産党の指導者が重要講話を発表するのは歴史的な日付,そして,切れのよい何10周年というタイミングが多い。《表1》の4つの文書・講話で習近平が敬意を払って紀年講話を発表するとしたら,歴史的意義の高い「告げる書」であろう。しかも,上記の期間中にちょうど「告げる書」発表40周年という日付がある。それは,2019年1月1日だ。
 実は,「胡六点」も「告げる書」30周年のタイミングで発表された。習近平にとって「告げる書」40周年をメインとして鄧小平に比肩する(あるいは鄧小平を超える)指導者をアピールし,ついでに「胡六点」10周年にも言及しておくのは悪くはない。
 「葉九條」を紀念するとしたら,2021年10月1日が40周年となる。ただし,「葉九條」は,中身は鄧小平の対台湾政策であるが,当時の全人代常務委員長葉劍英の名義で発表されているので,習近平がこれを紀念する必要性は低いであろう。それに10月1日に発表すれば,台湾の受け止め方は一切気にかけないという強い意思表示になり「習x点」の趣旨にそぐわない。「江八点」を紀念するなら2020年1月30日が25周年であるが,台湾の総統選挙とぶつかるし,そもそも習近平がわざわざ江沢民講話を紀念するとは考えにくい。
 過去の3件の文書・講話が大晦日か元旦に発表されたのは偶然ではない。台湾統一という高度に政治的な議題を政治的な日付ではなく,民衆(中華民族)の家族が実家に帰り団らんする日付に合わせるという政治的計算がされている。これは習近平も踏襲するのではないか。
 「両岸一家親」を好む習近平にとって,大晦日・元旦はやはり適当な日付であろう。西暦であれば今年の12月31日,旧暦であれば2019年2月4日が大晦日である。事務作業の観点からは元日に重要講話を発表するのは何かと不都合なので,大晦日に発表し日付は1月1日あるいは春節の2月5日とすることも考えられる。

  任期制限撤廃の影響は
 ここまで主として江沢民,胡錦濤の事例を参考に検討してきたが,それは2期10年という任期が前提であった。いまや習近平にはその制約がなくなったので,あるいは,従来とは異なりもっと長い時間軸で考えているかもしれない。そうすると「習x点」は2022年以降に発表という選択肢も開けてくる。
 例えば,蔡英文は2020年に再選されても政権第二期は今よりひどい状態になることが予想される。そこで2024年総統選挙前に台湾政治を一層の混乱に陥れるタイミング,さらには2024年総統選挙後に,統一に「王手」をかけるようなタイミングで「習x点」を出すことを考えているという可能性もある。
 ただ,そうすると習近平の就任から10年以上経つことになり,共産党内部でどうなのか疑問が出てくる。中国共産党は,台湾統一のため中央・地方に台湾事務弁公室を設置し膨大な数の人員を抱えている。さらに,多数の台湾研究機関があり研究員がいて,各地方には台湾研究会がある。ある意味,台湾統一のための膨大な「産業」が形成されている。これらの台湾工作人員の士気を保ち意思統一を図るための学習教材が必要で,「江八点」も「胡六点」もその役割を担ったのに,習近平になっていつまでも「習x点」が出ないというも都合が悪いであろう。
 したがって,習近平の任期制限撤廃でタイミングの幅は確かに広がったが,やはり江・胡と同じく再任後の二期目で発表すると考える方が合理的であろう。

  朝鮮半島情勢
 見逃せないのが朝鮮半島情勢の影響である。「江八点」も「胡六点」も発表の1-2年前から朝鮮半島情勢が緊張状態になり,それが緩和したタイミングで発表されている。つまり,対台湾政策はそれ自体として準備されているが,中国共産党指導部としては朝鮮半島情勢が落ち着いたところで台湾を動かすという順番・発想があると考えられる。これは習近平にとっても同じであろう。「習x点」は朝鮮半島情勢が緩和していることが前提となる。

  結論
 これらの検討を綜合すると,「習x点」発表の時期は今年の後半から来年の前半になる可能性が高く,具体的な日付は「告げる書」と重ねるのであれば今年の12月31日(講話の日付は年1月1日),切り離すのであれば,2019年2月4日という可能性が見えてくる。ただし,それは朝鮮半島情勢が緩和していることが前提であり,緊張状態が続けば「習x点」も後回しになる。
 最後に《表2》で「習x点」の発表時期を2018年12月31日と仮定して,「江八点」,「胡六点」との比較を整理してこの推論を終えることにする。(2018年4月24日)

《表2》「江八点」,「胡六点」,「習x点」の比較
(「習x点」が2018年12月31日に発表されると仮定)
江八点 胡六点 習x点
発表年月1995年1月30日2008年12月31日2018年12月31日
総書記就任からの年月5年7か月6年1か月6年1か月
党大会からの年月2年3か月1年2か月1年2か月
台湾総統選挙との時間差1996年選挙の約1年前2008年選挙の9か月後2020年選挙の約1年前
朝鮮半島情勢の危機緩和からの時間 北朝鮮の核開発による危機が1994年6月のカーター訪朝で緩和。それから6か月後。 2006年核実験による緊張が6か国協議で緩和。2008年6月寧辺の冷却塔爆破政治ショーから6か月後。 金正恩の弾道ミサイル・核弾頭開発による危機が2018年5-6月の米朝首脳会談で緩和すると仮定すると,それから約6か月後。
(出所)筆者作成

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