フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪    蔡英文政権論 1

スタートダッシュに失敗した蔡英文政権

―「現状維持」を取り違え「安全運転」が裏目に―
東京外国語大学
小笠原 欣幸


 台湾の総統選挙で蔡英文が当選したのはちょうど1年前である。民進党は立法委員選挙でも勝利し,行政と議会の両方を掌握する「完全執政」の夢を実現させた。しかし,蔡政権の満意度(満足度)は早くも低下し政権運営に暗雲が立ち込めている。


1.スタートダッシュができない仕組み

 蔡英文は1月16日の当選から5月20日の就任まで4か月も待機期間があった。2月1日からは立法院の新会期が始まり,民進党が過半数を占めながら行政院は国民党という不正常な状態が続いた。
 「新政権は最初の100日が肝心」とよく言われる。陳水扁や馬英九の場合は3月投票,5月就任で待機期間は2か月であったのでハネムーン期間はある程度はあった。それが変わったのは馬英九が再選された2012年からである。馬政権が経費削減を理由に総統選挙と立法委員選挙とを同日投票にすることにし,そのため選挙が1月に行なわれ,4か月の待機期間が生じるようになったのである。
 2012年は馬英九が再選されたので空白期間の影響はないかと思われたが,実は大きな影響があり,馬の満意度は1月の再選時から5月の就任までの間に大きく低下した。政権の人事が,立法院新会期に合わせた行政院長・閣僚人事と,総統就任に合わせた総統府・総統指名人事の二段構えとなり,その間が過渡期となるため政策推進がやりにくくなる。先走るわけにもいかないし,態勢が整うのを待っていては時期を失するのである。
 この4か月は,誰が総統に当選しても陥る「呪いの4か月」と言えるであろう。馬英九はそこに改革案を無理に詰め込んで頓挫した。蔡英文は就任前にハネムーン期間が終わってしまった。

2.秋の日はつるべ落とし

 一方,蔡英文自身の政治スタイルもスタートダッシュを感じさせるものではなかった。
 スタート自体は悪くはなかった。5月20日の就任式で,若者の雇用の重視,経済構造の転換,年金制度改革など政府の取り組むべき課題を表明した就任演説については,民意調査を見ても基本的に好感されたと言える。蔡総統の就任演説を見たり聞いたりした人の中で演説に満足した人は68%,不満は8%,意見なしは23%であった(TVBS「蔡英文總統520就職演説民調」2016年5月21日。ただしこの調査は蔡英文への満意度ではない)。
 就任から1か月後の蔡総統の満意度は47%,不満意18%,意見なし35% と,よい数字がでていた。高い人気を誇った馬英九の就任1か月後の満意度は41%であった(TVBS「蔡英文就職一個月滿意度民調」2016年6月16日)。
 しかし,蔡総統の満意度はその後下がり続け,就任から半年後の満意度は 30%の防衛線をいきなり割り込んで26%に下落した。不満は大幅に増加し46%,意見なしが29%であった(TVBS「蔡英文總統就職半年滿意度民調」2016年11月20日)。その1か月後,2016年年末の調査では満意度は27%で下げ止まったように見えるが,不満は48%とわずかであるが上昇し,6月と比べると30ポイントの上昇となった(TVBS「蔡英文總統就職七個月滿意度民調」2016年12月22日)。
 つまり,年初に高い期待を背負って当選した蔡英文は,1年の終わりには期待の貯金をほぼ使い尽くしたことになる。これを馬英九の満意度のグラフと重ねてみると,ここまでの推移はよく似ている。
 しかし,満意度の低下で政府与党が浮足立っているかというとそういうことはない。最大野党の国民党は党内の混乱が続き,政権返り咲きの展望は見えていない。

《図1》 蔡英文総統と馬英九総統の満意度の比較
(馬総統の満意度の調査日をすべて8年後に補正)

(出所)TVBS民意調査を参照し筆者作成

3.「安全運転」の人事

 なぜ満意度が急落したのかについては台湾内部で様々な議論が出ている。多く指摘されているのは人事の問題である。行政院長の林全は民進党に近いが無党籍で,行政院の閣僚には無党籍や国民党に近い人物が多く名を連ねる。閣僚人事は林全が主導したようであるが, 年齢が比較的高く国民党系の男性が多いということで,「老藍男」と揶揄された。
 林全院長は政策通の実務型の人物であり,発信力・存在感を示す政治家ではない。閣僚も同じタイプのベテランが多く,新鮮味に乏しいのも特徴である。激変を避ける「安全運転」の人事配置である。民進党の支持者および民進党に投票した人は長年の国民党政権下で堆積した悪弊の一掃を期待しているが,蔡政権の顔ぶれとは大きな落差があった。つまり,ふたを開けると蔡英文・民進党の「活力・若さ・女性重視」という選挙中のイメージとは大きく異なっていたのである。
 少し具体的に見てみたい。経済関係では林全とよく似た経歴の人物が閣僚を務め「淡々」と業務を進めている。経済政策については選挙民の期待が高いのだが,これまで李世光経済部長,許虞哲財政部長ら経済閣僚からの積極的な発信はほとんどない。
 8月に兆豐銀行のニューヨーク支店がマネーロンダリングに関与したとしてアメリカの金融規制当局から多額の罰金を科される事件があった。社会的に大きな関心を集めた事件であるが,担当閣僚である丁克華(金融監督管理委員会主任委員)は迅速に対応できず,辞任に追い込まれた。林全内閣の辞任第一号である。蔡政権は台湾の金融業界の膿を出し改革するというメッセージを発信することはできなかった。ちなみに,許虞哲と丁克華は,林全の大学院生時代(政治大学財政研究所)の同期生である。
 国防部長の馮世寬は「老藍男」の典型的人物で,「4万発の弾薬を(中華民国が実効支配する南シナ海の)太平島に運び込む」と失言し,メディアの格好の餌食となった。馮世寬の責任ではないが,国防部では陸軍の戦車が演習中に橋から転落し4人が死亡,海軍の艦艇から対艦ミサイルが誤って発射され漁船に命中という重大事故が連続して発生した。また,兵士が犬を虐待し殺しYouTubeに投稿する事件もあり,国防部には抗議が殺到し,批判を鎮めるために馮世寬が謝罪したことがまた別の批判を呼んだ。
 賀陳旦交通部長,張景森政務委員(無任所大臣に相当)は陳水扁時代に活躍した人物で,存在感はあるが,就任前後に不用意な言動で批判を浴びた。賀陳旦は,就任するや大型連休中の夜間の高速道路料金無料化の措置をいきなり取り消した。張景森は,Facebookで都市再開発に反対する市民運動を揶揄し物議をかもした。2人の閣僚の発信力は,民意を逆なでする方向で活かされた。
 蔡政権が進める重要課題のうち,労働部は「一例一休」と呼ばれる変則的週休二日制,衛生福利部は日本食品輸入制限緩和の課題を抱え四苦八苦している。それを担当する労働部長の郭芳煜,衛生福利部長の林奏延は,それぞれ馬英九政権で労働次長,衛生福利次長(次官に相当)を務めていた。2人の閣僚の存在感は薄く,政策実現にかける必死さというものが伝わらない。
 民進党の邱太三法務部長,曹啟鴻農業委員会主任委員(農相に相当)は,党内で実務能力が高いと見なされていた人物だが,閣僚になってからの存在感は薄い。
 台湾の行政院は閣僚が42人もいて,担当・権限がただでさえ複雑でわかりにくい。林全内閣が改革を志向していることは間違いないが,それがメッセージとして伝わらない。改革を推進するリーダーシップが見えない。逆に,小さな不手際が繰り返し発生し,それがメディア・ネットで大きく取り上げられ,満意度の低下という形でじわじわと効いてくる。その間に既得権益勢力の抵抗が強まるという状況である。

4.「現状維持」の取り違え

 蔡英文は選挙戦で「現状維持」を公約し評価を得た。これは,中台関係そして台湾の進路についての「現状維持」で,台湾ナショナリズム(建国独立)の方向には進まないという意思表示である。それを裏付けるため,大陸委員会主任委員,外交部長には国民党色の強いベテラン外交官僚である張小月,李大維を指名した。この人事は民進党や独立派から批判を受けたが,中国を刺激せずアメリカの支持を得るという戦略があってのことである。
 「現状維持」の路線は,蔡英文の選挙期間中の訪米でアメリカの理解・支持を得ていたし,また中国も口先で「92年コンセンサス」を認めないと中台関係が悪化するという警告を発していたが,強硬な行動にはでなかった。蔡英文が選挙期間中終始優位を保ち,選挙結果も圧勝となったことで「現状維持」路線の正しさは証明された。
 ところが,1月の当選から「現状維持」が政権運営の態度全般に拡大していったように見える。当選演説で蔡英文は,「謙虚に,謙虚に,なおも謙虚に」と党員に呼びかけた。これは民進党の主張は控えめにし台湾社会の融和を優先しようとする適切な呼びかけであるが,何事も「現状維持」でよいのだという心理が政権関係者に蔓延したのではないか。「現状維持」を取り違え,漫然と試合に入ったような印象になった。
 民進党関係者は,安倍首相が第一次政権の失敗の反省に立ってアベノミクスを掲げスタートダッシュを成功させたことをよく知っている。蔡英文自身は政策を地道に実行していくことを好むので政治的な冒険をせず「安全運転」でいくことにしたのであろう。それが政権人事に反映された。
 他方,行政院の政務次長(日本の副大臣に近い)クラスには民進党系の中堅人材が多く配置されている。蔡英文・林全の意図としては,中堅世代に経験を積ませいずれ閣僚に起用するが,それまでの間はつなぎとして馬英九時代の人材を使うということなのであろう。馬政権が先送りした実務的諸問題を優先的に処理していかねばならず,そのためには前政権からの継続性も重視せざるをえない。それらを着実に処理して馬政権との違いを出すという狙いであったと思われる。
 しかし,漫然と行政を進めているうちに満意度が下がってしまった。実際には何もしていないわけではなく,すでに多くのことがなされている。しかし,「淡々,粛々」という政治スタイルでは人々の関心,興奮を高めない。これは政権運営のあり方として本来正しいことなのであろうが,こういう時代には不利になる。政権発足直後に「何かやってくれる政権」というイメージを確立できなかったのは大きな痛手だ。「安全運転」は,優柔不断,責任回避という印象にもつながる。慎重に行こうとした「安全運転」は裏目に出たといえる。
 現在の主要閣僚らのパフォーマンスが急に変わるとは思えないので,この先は,とにかく「淡々,粛々」を続けて実績を積んで評価を待つか,行政院長の交代および内閣全面改造で耳目一新を狙うか,であろう。

5.議論を呼ぶ重要課題

 蔡政権が直面する課題で大きな議論を呼んでいるものについて,就任半年後のTVBSの民意調査を参考に少々検討したい。この調査では,①「一例一休」と呼ばれる変則的週休二日制,②年金改革,③福島周辺4県の食品輸入開放,④同性婚を認める法改正の4件について,政府の処理に対する満意度または賛否を質問している(TVBS「蔡英文總統就職半年滿意度民調」2016年11月20日)。
 「一例一休」と年金改革では,改革に不満の人と政府の改革案が中途半端なことに不満な人が合流し,満意より不満意が大きく上回っている。この二つは蔡英文の満意度にも影響したと考えられる。日本食品の輸入制限緩和問題については,賛成13%,賛成せず73% と,反対の声が圧倒的に多い。これを押し切るのは難しいであろう。一方,同性婚を認める法改正については賛否が拮抗している。蔡政権は身動きがとれないでいる。

《表1》 議論を呼んでいる重要政策についての民意調査
- 政府の一例一休
の処理
政府の年金改革
の処理
福島周辺4県
の食品輸入開放
同性婚を認める
法改正
満意/賛成満意22%満意26%賛成13%賛成42%
不満/賛成せず不満意53%不満意47%賛成せず73%賛成せず43%
意見なし意見なし25%意見なし27%意見なし14%意見なし15%
(出所)TVBS民意調査を参照し筆者作成

① 「一例一休」
 「一例一休」は蔡政権の諸政策の中でも最もわかりにくい。日本向けの説明で,とりあえず「変則的週休二日制」の導入と呼んでおく。多くの労働者・被雇用者にとって,休日が増え総労働時間が減る制度改革である。「変則的」というのは,週1日は完全な休暇日とするがもう1日は労使の話し合いで出勤可能としたからである。この休日出勤の条件,給与の支給が複雑なことがわかりにくさの原因だが,労働団体,経営者団体,国民党,時代力量が異なる立場から反対を叫び,政府が何をしたいのかが見えなくなった。
 反対論は大雑把に言って,完全週休二日制を求める労働団体の立場と,労働コストの上昇を嫌い週休二日制に反対する経営者の立場とがあり,さらに政府案にある移行措置・緩和措置としての祝日の削減を絶対許さないという反対がある。そこに蔡政権をとにかく攻撃したい国民党が反対のための反対を展開し,時代力量は民進党との違いを出すために理念的な立場を主張した。
 週休二日制への移行は台湾社会のコンセンサスであり,祝日の調整も急を要していた。政府案は確かに中途半端であるが,中小企業が多く労働コストに敏感な経済構造を考えれば妥当な改革案である。反対勢力はまったく異なる立場で反対しているのだが,蔡政権はその矛盾を利用することも解きほぐすこともできなかった。また,「一例一休」というのは馬英九時代に検討されて作られていた用語で,蔡政権がそのまま使ったのが敗着である。
 この政治プロセスからは,政府与党での意見統一の不十分さ,改革推進勢力を具体的政策・法案に結集させることの難しさ,政権側の改革アピールの弱さが見えてくる。「一例一休」の労働基準法改正案は12月にようやく立法院を通過したが,施行にあたり,人件費が増えるとして休日の業務を縮小する動きや価格に転嫁する動きがあり現場での混乱が続いている。「一例一休」は蔡政権の手痛い失点となった。

② 年金改革
 「一例一休」は各種の改革の序の口で,本丸は年金・退職制度改革である。台湾の軍人・公務員・教員の退職制度は特異なほど優遇され,退職後の給付金の所得代替率は80,90%から100%越えも珍しくないとされる。これらの人々は,退職後の年金と優遇金利預金の利息を合わせると現役時の給与とほとんど変わらない水準の給付を受けている。
 これは当人が現役時代に納めた保険料よりはるかに大きなリターンであり,その差額は税金で賄われているので,近い将来の制度の破綻は避けられない。馬政権もこの改革に取り組んだが,軍・公・教は国民党の支持基盤の中核であり,改革は頓挫した。
 少子高齢化が急速に進む台湾社会において,改革とは多く納め受給を遅くすることで負担を増やすことは避けられない。民間労働者,農漁民の年金改革も合わせ取り組むので制度改革の範囲と影響は膨大である。担当閣僚の林萬億政務委員は制度設計の方向について比較的よく発信している。しかし,既得権益勢力の反対・抵抗活動はすでに活発で,この先一層強まるのは確実であり,政権運営は厳しさを増すと見なければならない。
 数からいえば軍・公・教は少数派であり,蔡英文は「公平正義」を唱えて当選した。この構図を見ると,小泉政権の「抵抗勢力」と戦うという劇場型の政権運営を思い浮かべる人も多いであろうが,蔡政権はこれまでのところ小泉方式は採っていない。それは台湾社会の融和を重視し「安全運転」で行政を進める蔡英文のスタイルに合わないのであろう。しかし,この大改革は,内閣がつぶれてでもやり抜くという覚悟がなければとうてい無理であり,2017年は正念場だ。台湾の内政の観点からいえば,年金・退職制度改革ができなければ蔡英文政権が登場した意味もなくなるであろう。

③ 日本食品輸入制限緩和問題
 台湾は福島,栃木,群馬,茨城,千葉の5県の食品輸入を禁止し,日本側がその解除を求めている。11月に蔡政権が福島以外の4県の食品について制限を緩和する方針を示したが,国民党を中心とする激しい抗議行動が巻き起こり,押し込まれた蔡政権は解決を先送りにした(小笠原欣幸「食品輸入規制問題でかみ合わない日台、「急がば回れ」」『WEDGE Infinity』2016年12月21日
 すでに示したように,民意調査では輸入開放に賛成13%,反対73% と圧倒的な差がついている。TVBSの調査では,蔡政権の進める政策の中で最も反対論が強い。馬英九時代に賛否が分かれる政策は多数あったが,賛否の差が最も大きかったのがアメリカ産牛肉問題であった。ラクトパミンを含むアメリカ産牛肉輸入開放については,当時のTVBSの調査(2012年2月13日)で,賛成7%,反対78% であった。馬英九の満意度は,これを境に急落しその後回復できなかった。今回の日本食品輸入に関する賛否の差は,その時以来の大きさである。
 台湾の人々は,核・放射能と食品安全に対し強い警戒感がある。これは「こわい」という感覚の問題なので,科学的な数値の議論を受け付けない。そこに国民党がつけいって民衆の不安感を増大させているし,政府側も日本食品の安全性について十分な説明ができていない。このまま進めていけば蔡政権も馬政権の二の舞となる可能性がある。
 食品安全を主管するのは行政院衛生福利部の食品薬物管理署である。その署長の姜郁美は馬政権から現職にあり,馬時代は民進党の立法委員から何度も痛い目にあわされた。民進党は馬政権が進めたラクトパミンを含むアメリカ産牛肉輸入開放政策に徹底的に反対した。その人物が民進党政権ために日本食品輸入制限解除を担当するのであるから奇妙なめぐりあわせであるし,政府の説明が力を欠いても不思議はない(「姜郁美臨去秋波 倒打綠政府」『新新聞』No.1555 2016年12月22-28日)。蔡政権がこの問題の重要性を認識しているのであれば先に人事を動かすべきであった(なお,姜郁美は1月16日定年退職した)。
 国民党は存在をアピールできるイシューを探している。党資産問題では民意の支持はなく,「一例一休」や年金改革は馬政権が進めようとしていた経緯があり攻撃の材料ではあるが自分にも矛盾がある。日本食品問題は国民党にとって格好のアピール材料となる。日本たたきで民意の過半数の支持を得られるわけではないが,党内の矛盾を覆い隠し支持者を結集させ政権を攻撃する絶好の材料である。日本側が蔡政権に食品輸入制限解除を求めれば求めるほど,反日傾向を強める国民党に力を貸すこととなる皮肉な構造ができている。

④ 同性婚を認める法改正
 これは蔡政権が法案を提出したのではなく,民進党の立法委員が議員立法の形で民法の改正案を提出した。TVBSの民意調査を見ても法改正についての民意はまったく割れているし,民進党の支持者の中で賛否が割れている。民進党を支持した若い世代では同性婚を認める法改正への支持が強いが,他方で年齢が高い世代では反発がある。蔡英文は同性婚を支持しているが,政権運営に四苦八苦しているこのタイミングで新たな火中の栗を拾いたくないというのが本音であったのではないか。支持者からは優柔不断,信念を貫かないと見られ失望を買う恐れがある。対処が非常に難しくなっている(「同性婚法案、台湾二分 立法院で審議、成立ならアジア初」『朝日新聞』2017年1月16日)。

6.中台関係

 蔡英文は5月の就任演説で,「1992年に若干の共同認識と了解が達成されたという歴史的事実は尊重する」と表明したが,「92年コンセンサス」そのものは語らなかった。中国は蔡政権が「92年コンセンサス」を認めないとして,6月に中台間の対話の停止を一方的に発表した。中台関係は緊張含みの状態にある。
 これについて台湾内部では蔡英文を批判する声があるが,現時点では中国の蔡英文批判に同調しているのは国民党支持者であり,中台関係が蔡政権の基盤を揺るがすという状況ではない。
 最新の『天下雜誌』の調査では,蔡政権の対中政策は一定の支持を得ていることが示されている。「蔡政府が両岸関係の処理において「92年コンセンサス」を出さず現状維持を強調していることについて賛成するか否か」という質問の回答は,賛成(認同)57.4%,賛成せず(不認同)32.9%,回答拒否/わからない9.8% であった(「2017天下國情調査」『天下雜誌』2017年1月)。
 蔡英文の当選は馬英九が進めた対中政策に対する批判・懸念の広がりを反映しているので,現時点で蔡政権が「92年コンセンサス」を認めることはない。中台関係については2月に別稿で論じる。

(2017年1月16日)

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