閣僚会談後の中台関係の見通し

 2014年2月11日,南京で中台の閣僚会談が行なわれた。中台関係は政府同士で直接対話する新たな段階に入り,馬英九と習近平のトップ会談の可能性も探ることになる。中国側は,政治対話は和平協定の入り口であり和平協定が締結されれば統一への道の半分まで到達するという認識でいる。台湾側は,中国が武力行使を放棄する和平協定を求めているが統一協議に入るつもりはない。同床異夢の矛盾を表面化させずに進むことができるのか正念場に来ている。

東京外国語大学
小笠原 欣幸

 1.馬英九政権の動向

 馬英九は2012年の再選以降,国内改革で失敗し低支持率にあえいでいる。馬の支持率は,2012年の再選後からじりじり低下し,2012年後半からは13%という状態が続いている。2013年は,景気の低迷に加え,原発反対運動,軍の体質に対する抗議行動,土地の強制収用への抗議行動が広がり,政権は逆風にさらされた。2013年9月に王金平立法院長の司法口利き事件が発覚し,馬は政権運営に必ずしも協力的でない王金平を一気に追い落とそうと動いた。しかし,馬の狙いは裏目に出て,政権の求心力はかえって低下した。
 今年11月に実施される統一地方選挙で与党国民党が得票総数を減らすのは確実な情勢である。この先馬が支持率を回復するのは困難な情勢にあり,2016年総統選挙で政権交代が起こる可能性も考えられる。馬には,中台関係で大きな実績を上げて形成を逆転し自身の歴史的評価を確立したいという動機が強まるであろう。考えられる最も華々しい成果は今秋北京で開催されるAPEC首脳会議への出席である。
 昨年は馬からの仕掛けがあった。6月に呉伯雄国民党名誉主席が訪中し習近平と会談した際,「一つの中国枠組み」を提起した。7月に馬が国民党主席に再選された際,習近平から祝電が送られたが,その返電で,「92年コンセンサス」について従来の台湾側の解釈である「一中各表」に触れなかった。11月に中国が防空識別圏を一方的に設定した時も,台湾の反応は非常に抑えたものであった。これは,台湾海峡の現状維持にこだわってきた馬の一歩後退である。また,今年1月12日と1月19日,馬がフェイスブックで安倍首相の靖国参拝を批判するコメントを発信した。いずれも中国にとっては好ましい動きである。

 2.習近平政権の動向

 胡錦濤時代,中国にとって台湾問題の優先順位は下がったと言われたが,中国共産党の正統性にかかわる大問題であることに変わりはない。習近平が中国共産党総書記に就任してから台湾の政治家との面会が5回(2013年2月連戰,4月蕭萬長,6月呉伯雄,10月蕭萬長,2014年2月連戰)あった。これらの面会で習は「中華民族の偉大な復興という中国の夢を両岸同胞が団結し実現しよう」と呼びかけている。発言を分析すると,台湾統一を成し遂げてこそ中国の夢の実現という習近平のロジックが明確に現れていて,胡錦濤より民族主義の要素が強い。
 今回の南京での閣僚会談後,台湾の王郁gは孫文の墓を参拝したが,その間中国の張志軍は南京大虐殺記念館を訪問した。また,つい最近の連戰との面会で,習は「釣魚台」の防衛に言及した。こうしたことは胡錦濤時代にはなかった特異なやり方で,中台関係の改善を民族主義の中に位置づけ対日強硬戦略に結び付けようとする習指導部の意向を反映していると考えられる。習が総書記に就任してから1年あまりで対台湾政策を主導していることも注目に値する。昨年10月の蕭萬長との会談で,習は「双方の主管部門責任者が会って意見交換することも可能だ」と発言したが,それが5か月後に閣僚会談となって実現した。習の政権掌握力・執行力はかなりのものと見るべきである。
 習は2期10年の時間があるとはいえ,台湾の選挙日程を考えると時間はそれほど多くはない。2016年に登場する台湾の新政権は2020年の再選を念頭に置くので,中国の思惑通りに交渉を進めるのは簡単ではない。そうなると習の任期終了が近づき不確実性が高くなる。「一代また一代と先送りはできない」と宣言した習としては,トップ会談をやれる時にやって任期中に和平協定を締結し統一への道筋をつけるという展望を持っていると見るべきであろう。
その前に,中国としては2016年選挙での民進党の勝利はどうしても回避したい。中国の対台湾政策の担当者・ブレーンらは胡錦濤時代から「両岸関係の平和的発展」を推進してきた。その結果台湾で民進党政権が登場したとなれば,彼らは中国共産党内部で強烈な批判にさらされる。中国が馬を突き放すと国民党の選挙情勢はさらに険しくなる。中国は台湾の選挙民を刺激しないように注意を払いながら,馬を持ち上げ国民党政権継続を確保する対策をとらざるを得ないであろう。政権第二期に入り馬英九の権力基盤が弱まったことは,実は中国にとっても重要な要素なのである。馬と習のそれぞれの思惑がここで交差する。

 3.APEC出席と中台トップ会談

 二つのオプションがある。まずAPECと関係のない馬習会談である。中国側はこれを党対党の対話と位置づけ開催に積極的である。2005年に連戰・胡錦濤が国共トップ会談を行なっているし,その後連戰,呉伯雄が胡錦濤と会談した時は,国民党名誉主席と共産党総書記の会談という形をとった。問題はトップ会談で何に合意するかである。「一つの中国枠組み」を共同声明で発表するのは一つの落としどころである。馬はこれで現状維持の安定した枠組みが作れると考え,習は台湾を枠の中にはめ込んだと考えるであろう。習は和平協定に進む軌道に乗せようと押してくるので,それを避けようとする馬との攻防戦になる。「中華民族の偉大な復興に両岸同胞が共同で努力する」というような文言が入る可能性があるし,共同声明には入らなくとも習が馬の面前で日本批判の演説を行ないあたかも両者が対日批判で連携したかのような発表がされるかもしれない。馬にとっては台湾の現状維持を切り売りさせられる圧力を靖国参拝批判同調でかわせるなら悪くないと考える可能性がある。
 馬としては,中華民国の存在を中国側が否定しなかったという状況をトップ会談で作り出したい。そのためには国民党主席の身分ではなく中華民国総統の身分で会談に臨みたいが,それは中国が認めない。国共トップ会談であれば台湾内部で懸念の声が強いので,このオプションは馬にとってリスクが大きい。馬はこれについては否定的な発言をしている。双方の指導者がどういう身分で会談を行うのか,現在のところ名案は見つかっていない。
 一方,馬がAPEC首脳会議に出席しその傍らで馬習会談を行なうオプションがある。これは,同じトップ会談とはいえ性質はかなり異なってくる。APECにおいては馬も習も,加盟する「経済体」の指導者である。「経済体指導者」の会談となれば身分の問題は解決するし,議題は経済協議が中心となる。この形式だと馬が追い込まれる心配は少ない。国際舞台から締め出されている台湾にとって,APEC出席は台湾の国際空間の一大突破でそれ自体が大きな成果である。そこで馬が習近平と会談すれば国際メディアが注目する歴史的会談となる。李登輝も陳水扁もできなかったことであり,台湾の民意も支持が多いであろう。しかし,中国の立場からすれば馬の「ただメシ食い」を許すようなことになるので,中国が馬のAPEC出席に難色を示すのは当然と言える。このオプションは成立しないであろう。
 他に第三のオプションがある。馬がAPECに出席しそこで習と会談し,加えてその前後にAPECとは別に馬習会談を行なうというオプションである。これは,馬にとってはAPEC出席であるが,中国側から言うと,馬の訪中を招請し習が馬と会談し,ついでに開催中のAPECにホストの習が特別ゲストとして「中華台北経済体の指導者馬英九」を首脳会議の場で紹介するというおまけがつくシナリオである。馬にすればAPEC出席を勝ち取り,その立場で習と会談を行なうことができれば対等の立場を確保したことになり,第二の馬習会談の敏感度が下がり,党主席の肩書を使う,あるいは肩書きを使わず「馬英九先生」「習近平先生」と呼び合うなど選択肢が広がる。
 このオプションは疑念を抱く台湾の民意にも説明しやすいので,馬はこれに乗ってくる。中国としては馬が食べたいメシを食わせるのだから大きなお土産を要求することになるが,これでは「やはりメシの食い逃げだ」という強い批判が共産党内部で噴出するのは確実で,このオプションの実現は習近平の決断にかかっている。この駆け引きは水面下でぎりぎりまで続く。今年のAPEC出席の機会を逃すと,馬英九の残り任期の中で馬習会談の可能性を改めて追求することになる。いずれにしても難度は高く可能性は高くはない。しかし,可能性はゼロでもない。

 4.日本への影響

 中台トップ会談の合意が東アジア地域の安定に寄与し,そして台湾の民意の多数派が肯定する内容であれば,日本を含む周辺諸国は歓迎することになるであろう。トップ会談が実現し共同声明が出たからといってすぐに中台関係および日台関係が変わるわけではないが,中長期的に中国の影響力が強まるという影響が出る。日本としては備えておくことが必要である。馬のAPEC出席が実現しなくとも,馬の任期中に馬習会談を実現しようという動きは必ず浮上する。
 馬は主観的には中華民国の立場の強化を目指しているし,米日との関係を後ろ盾とする外交戦略も変えていないが,変数が存在する。馬政権がどん詰まりになっていることは注意を要する。中間派の支持を失った馬が足元を固めるため深藍勢力(いわゆる統一派)におもねスタンスを微妙に変えてくる可能性は排除できない。高校の歴史教科書要綱改訂はその一例である。日本との関係では,昨年日台漁業協定を締結したという経緯もあるので,馬が対日批判で中国に同調するような事態は考えにくいが,仮にそのような事態が発生すれば,中国の日本孤立化宣伝と合わさって日本に悪影響を及ぼすであろう。
 日本としては,馬政権との接触を絶やさず,日台の経済的相互利益拡大の協議を進め,日台中のトリプルウィンのシグナルを送り続ける必要がある。日本国内の利害があるので難しいが農漁業分野の取引拡大も後押しすべきであろう。日台の民間の絆は日本にとって貴重な資産であり,だいじにしなければならない。 (2014年2月22日記)

  こちらもお読みください
 
  
馬英九政権期の台湾の対中認識と政策 (PDF)

OGASAWARA HOMEPAGE