フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ 台湾の公民投票(2021年)の分析

― 投票結果と意義 ―
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小笠原 欣幸

《図1》公民投票の議題と投票結果
図1 公民投票の議題と投票結果
出所:中央選挙委員会の資料を参照し筆者作成

1.投票結果

 2021年12月18日,台湾で18歳以上の中華民国国民を有権者とする公民投票(国民投票)が実施され,4つの議案すべて,同意票が不同意を下回り,否決された。投票率は41%であった。4案についての賛否の比率は,同意票が47~49%,不同意票が51~53%であった。注目のラクトパミンを含む豚肉の輸入禁止案については,同意48.8%,不同意51.2%であった(図1)。
 今回の4議案について,野党国民党は「全部同意」,蔡政権・民進党は「全部不同意」を掲げ激しく争った。結果は国民党の敗北となった。これらの議題は野党陣営が提案し,与党民進党は蔡政権の政策を守るため受け身で戦ったのが経緯なので,蔡政権・民進党は安堵したであろう。

2.米国産豚肉と食の安全

 米国産豚肉禁輸問題をめぐるこの1年間の民意の動向は,輸入禁止賛成派がほぼ6割,輸入解禁派がほぼ3割で,大差がついたままほとんど動かなかったが,最後の11月の調査で,差が大幅に縮まった。これは,蔡政権・民進党が公投説明会を台湾全土で開催し,ラクトパミンの含有規制値内では健康への影響は報告されていないこと,輸入禁止措置は自由貿易を進める立場の台湾にとって不利になること,そして対米関係に悪影響を与えないことが台湾にとって重要であることを説明し,有権者に一定程度の理解を得たからと見ることができる。
 これまで指摘してきたように「食の安全」に対する台湾人のこだわりは極端に強く,民進党の支持者の中にも輸入禁止賛成派が少なくない状況であった。そのため蔡政権の米国産豚肉輸入解禁の政策は,「対米関係のために台湾人の健康を犠牲にするのか」という批判が絶えなかった。国民党は,この矛盾をうまくついて,公民投票の土俵に載せた。
 公投は,野党時代の民進党が重視してきたもので,本来の政治参加の意味の他に,野党が政権与党を攻撃する手段になる。多くの有権者は公投のために投票にいくという意欲は高くないが,野党支持者は熱心に投票する。しかも議案成立の要件を民進党が引き下げていたので,蔡政権は厳しい状況に陥った。

3.国民党の敗因

 しかし,最後は,国民党がこれを「政権への不信任投票」と位置づけたことで勝負が決まった。なぜなら,ここ数か月蔡政権の支持率(満意度)は安定し,過去の政権と比べて非常に高い水準にある(図2)。そして,米との連携を強めるスタンスは基本的に支持されている。国民党が政権への不信任と結び付けたため,食の安全は心配だが蔡政権は支持するという有権者は棄権に回ったと考えられる。
 また,国民党も一枚岩にはなれなかった。蔡政権憎しの深藍の支持者が「政権への不信任」を叫び,朱立倫主席もそれに乗る一方で,新北市の侯友宜市長と台中市の盧秀燕市長は党中央と距離をおいた。これは,朱立倫執行部の「全部同意」方針は多数派の民意とズレていると察知した鋭い政治判断であった。
 両者は市政の満意度が高く(つまり民意が読めている),なるほどという対応である。このため深藍からは批判が向けられたが,両市長とも,投票は呼びかけるが賛否は明らかにしない姿勢を貫いた。両市長は来年の市長選挙で再選が有力視されていて,それがさらに固くなったと見ることができる。

4.地方選挙・総統選挙の展望

 今回の投票率は41%なので,勝敗を過度に解釈すべきでない。総統選挙や統一地方選挙の投票率とは異なる(図3)。だが,豚肉輸入解禁問題は,福島産食品禁輸問題と並んで民進党にとって一番弱い選挙議題であることを考えると,民進党が負けなかったことの意味は大きい。台湾のあり方が争点となる総統選挙では民進党の優位は動かないであろう。
 他方,来年の統一地方選挙については,むしろ民進党に厳しい流れが改めて確認できる。そもそも同意・不同意の差はわずかである。また,生活関連議題では,有権者は台湾のあり方という議題と分けて考えている。公投の県市別の得票状況からは,国民党が有望視される県市で,国民党に賛同する投票傾向が見える。国政選挙では「民進党の相対的優位時代」に入っているが,地方選挙レベルでは別のロジックが働くという流れだ。

5.民主主義の実践

 今回,民進党,国民党の両党が台湾全体で数えきれないほどの説明会を開催した。政権与党の公投説明会の数は,規模の大小を問わず(1万人規模から10数人規模まで)全部含めるとおそらく1000回に達するとのことだ(民進党関係者の話)。民進党はすべての県市長,立法委員,地方議員らに自分の選挙区で説明会を開くよう指示し,数十回も開催した議員もいた。正確な開催数は,民進党中央もまだ把握できていないそうだ。
 公投に関心のない人も,投票しない人もいるわけだが,これだけの政策説明会が成り立つこと自体がすごいと評価できる。投票率41%も決して低いとはいえない。日本であったら,説明会も投票率もまったく台湾に及ばないであろう。
 説明会の数だけではない。この公投のプロセスで,蔡政権は,天然ガス集積基地の建設問題で環境保護団体と対話し,計画を一部修正した。藻礁の保護に配慮し建設場所を沖合に移動させたのである。環境保護活動家の中から蔡政権を評価する見解も出てきた。これは地味だが,政権が批判に柔軟に対応したことで,公民投票全体の流れを微妙に変える要因になったと見ることができる。

6.まとめ:公民投票の意義

 公民投票は,直接民主主義の理念に基づき2003年の「公民投票法」により制定され,重要政策について有権者が直接意思を表明する手段と位置づけられる。中国の台湾への軍事的な威嚇が強まる中,与野党とも説明会に全力を傾ける状況は,海外から見ると「台湾はずいぶんのんきだ」という感想も出るであろう。
 しかし,台湾が中国に「統一はお断り」と主張する最大の根拠は台湾の民主主義である。台湾ではそれは単なるスローガンではなく,こうして日常的に実践されている。台湾の活発な民主主義を再確認した意義は,公投の勝ち負けよりもよほど大きい。

(2021年12月19日)


《図2》蔡英文総統と馬英九前総統の満意度の比較
図2 蔡英文総統と馬英九前総統の満意度の比較
出所:TVBS民意調査を参照し筆者作成(蔡総統満意度の最新調査日は 2021年12月6日)

《図3》台湾の地方選挙・総統選挙・罷免投票・公民投票の投票率(2018-21年)
図3 台湾の地方選挙・総統選挙・罷免投票・公民投票の投票率(2018-21年)
出所:中央選挙委員会の資料を参照し筆者作成

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