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東京外国語大学 小笠原 欣幸 |
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台湾の県市長選挙の投票日が近づいてきた。台湾の地方政治の勢力図を塗り替える4年に1度の統一地方選挙である。国民党主席を兼任した馬英九と,昨年5月に民進党主席に就任した蔡英文とが初めて対決する選挙でもある。投票1ヶ月前の情勢を簡単にまとめてみた。 | ||
4年に1度の統一地方選挙 2009年12月5日(土),台湾の17の県市において,県市長選挙,県市議会議員選挙,郷鎮長選挙が行なわれる。4年に1度の恒例の統一地方選挙であるが(台北市と高雄市は別),今回は特殊な状況になった。というのは,今年7月に台湾の地方自治体の再編成があり,台北県が単独で直轄市(台北市・高雄市と同格扱い)に昇格,台中市と台中県,高雄市と高雄県,台南市と台南県もそれぞれ合併して直轄市に昇格することとなり,新自治体の市長選挙は来年12月に台北市・高雄市の市長選挙と同時に実施されることになったからである。本来は23の県市で選挙が実施されるはずのところが,17県市に減ったのである。
過去において県市長選挙は台湾政治のダイナミズムを作り出してきた。1997年は,23県市のうち民進党が12名,国民党が9名,無党籍が2名(いずれも民進党に近い)の当選となり,民進党の大勝,国民党の惨敗となった。2005年は,逆に,国民党が14名,民進党が6名,無党籍その他が3名(いずれも国民党に近い)の当選で,民進党の大敗,国民党の圧勝となった。1997年の後,2000年総統選挙で陳水扁が当選し,2005年の後,2008年総統選挙では馬英九が当選していることから見ても,地方選挙でありながら地方に留まらないインパクトがあることがわかる。
国民党と民進党の状況 本来今回の県市長選挙は2008年5月に登場した馬英九政権への中間評価となるはずであったが,上述のとおり人口が多い6県市で選挙が来年に先送りされたので,指標としての意義および選挙結果のインパクトは低減されることになった。今回選挙を迎える17県市のうち民進党の現有はわずか3県市で,それがいわゆる勝敗ラインである。それでも各県市の勝敗が今後の政局に影響することは必然であり,国民党,民進党の両党とも必死で選挙戦に取り組んでいる。今回は,党主席を兼任したばかりの馬英九と,昨年5月に主席に就任した蔡英文がぶつかりあう初めての大型選挙であり,両者の党首力が試される場でもある。
馬英九・国民党にとっては政権運営と党運営で失策が相次ぐ中での選挙であり,一部県市で苦戦となっている。今年8月,台湾は大きな台風被害に遭い多数の犠牲者が出た。その時の馬政権の対応の不手際は広範な批判を浴び,馬総統への満足度も大きく低下した。馬英九は行政院長を劉兆玄から呉敦義に交代させて政権の建て直しを図ったが,今度はアメリカ産の骨付き牛肉と牛内臓の輸入を解禁したことをめぐりまたしても大きな批判にさらされている。一方,2008年1月の選挙で当選した国民党の立法委員のうち,李乙廷(苗栗県),張碩文(雲林県),江連福(台中県),廖正井(桃園県)の4名が選挙違反にからむ裁判で当選無効の判決が確定し,そして李慶安(台北市)が二重国籍問題によって辞任に追い込まれた。また,国民党の中央常務委員選挙では,法律の届かない党内選挙という場で買収行為があったことが発覚した。いずれも国民党の大きな失点となっている。公認候補決定のプロセスにおいても,いくつかの県市で地方派閥間の確執および地方と党中央との確執が表面化し,花蓮県と新竹県は国民党の人物が無所属で出馬し分裂選挙になっている。確かに県市長選挙は地方固有の争点があり,それが勝敗を決する最大の要因であるが,こうした政権と政権与党の不人気というものがどのように票に反映されるのか注目される。
蔡英文・民進党にとっては,2008年選挙敗北のショック,陳水扁問題,路線問題など問題山積の中での選挙で,非常に厳しい選挙戦になることが予想されていた。1年前あるいは半年前の状況では,現有の3県市の維持すら難しく,最悪の場合には当選ゼロも杞憂とは言えないという見方もあった。しかし,馬政権の不人気に助けられ,陳水扁問題の衝撃も多少和らぎ,また,党内では徐々にではあるが団結の機運が見えてきて,民進党は今年の前半に最悪の状況からは脱却したようである。その流れをうまくつかんだのが雲林県の立法委員補欠選挙であった。国民党の張碩文陣営による選挙違反事件をめぐる当選無効訴訟の判決が6月に確定したことで,張碩文は立法委員を失職し,9月に雲林県第二選挙区で補欠選挙が行なわれた。この間,雲林県の国民党系地方派閥が分裂し,民進党の劉建國が当選した。劉建國は単に当選しただけではなく,雲林県の従来の支持構造を突き崩すような圧勝であった。このため,国民党の県長選公認候補に決まっていた張麗善が県長選挙出馬を取りやめ,国民党は混乱に陥った。これが雲林県ショックである。民進党は現有の雲林,嘉義,屏東の3県を固め,宜蘭県を伺う情勢である。
主要候補者一覧 各県市の主要候補者は次の通りである。太字は現職を示す。県市の青色は前回2005年に国民党の候補,緑色は民進党,茶色は無党籍その他の候補の当選を示す。
県 市 国民党候補 民進党候補 無党籍その他 基隆市 張通榮(国) 林右昌(民) 桃園県 呉志揚(国) 鄭文燦(民) 新竹県 邱鏡淳(国) 彭紹瑾(民) 張碧琴(無) 新竹市 許明財(国) 劉俊秀(民) 苗栗県 劉政鴻(国) 楊長鎮(民) 彰化県 卓伯源(国) 翁金珠(民) 南投県 李朝卿(国) 李文忠(民) 雲林県 呉威志(国) 蘇治芬(民) 嘉義県 翁重鈞(国) 張花冠(民) 嘉義市 黄敏惠(国) 涂醒哲(民) 屏東県 周典論(国) 曹啓鴻(民) 宜蘭県 呂國華(国) 林聰賢(民) 花蓮県 杜麗華(国) − 傅崐萁(無) 張志明(無) 台東県 黄健庭(国) 劉櫂豪(民) 澎湖県 王乾發(国) 蔡見興(民) 金門県 李沃士(国) − 陳水在(無) 呉成典(無) 連江県 楊綏生(国) 劉撩艨i国) ※国民党は2人を公認
県市別の見通し 11月8日時点での各県市の選挙の見通しを表にまとめた。
国民党候補当選確実 基隆市,桃園県,新竹市,苗栗県,嘉義市,台東県,澎湖県,連江県 国民党候補優勢 彰化県,金門県 国民党優勢であるが今後の選挙戦を見る必要あり 南投県 国民党分裂により無所属候補当選の可能性あり 新竹県,花蓮県 激戦:民進党候補当選の可能性あり 宜蘭県 民進党候補優勢 雲林県,嘉義県,屏東県 民進党は党勢が低迷していたことを考えれば現有3県を維持すれば「勝利」であるが,蔡英文としては宜蘭県で勝って「大勝利」を宣言したいであろう。宜蘭県,新竹県,花蓮県で国民党公認候補が敗れる可能性がある。うち新竹県,花蓮県は国民党の内紛であり,総統選挙になれば票は戻ってくるが,党主席を兼任したばかりの馬英九としてはいやな展開となるであろう。総統選挙の指標という点では彰化県と南投県の得票状況に注目したい。いずれにしても,来年12月の台北市,新台北市,新台中市,新台南市,新高雄市の市長選挙が2012年総統選挙の本当の前哨戦となる。
これらの見通しは2009年11月8日時点でのものである。台湾の選挙は最後の1ヶ月で様々なスキャンダル,奥の手が出てくるので,今後情勢が変わる可能性もある。南投県では最近国民党の現職候補と刑事事件関係者とのつきあいが発覚した。選挙戦にどのような影響を与えるのか観察が必要である。 (2009.11.8記)
選挙結果の分析は 「2009年台湾県市長選挙分析」へ (2009.12.16掲載)
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