フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪  「韓國瑜現象」- 高雄市長選挙の異変

東京外国語大学 小笠原 欣幸

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 4年前の台湾統一地方選挙を特徴づけたのは「柯文哲現象」であった。今回の選挙を特徴づけるのは「韓国瑜現象」であろう。国民党の韓國瑜候補が民進党の地盤の高雄市で旋風を巻き起こし,台湾メディアの支持率調査で民進党の陳其邁候補を上回った(図1)。民進党が20年も市政を掌握し,民進党の躍進を支えてきたこの高雄という地で,無名に近かった国民党候補の支持率が民進党の有力候補を上回ったという事が「現象」といってよい。
 韓國瑜は61歳,現在の新北市の外省人の家庭に生まれた。韓國瑜が国民党立法委員として活躍していたのは1993年-2002年で,その後は夫人の実家のある雲林県で政界引退状態であった。韓は2012年に台北市青果市場の総経理に就任したが,それは特に注目されるポストではなかった。韓が今年の4月に国民党の高雄市長候補に決まった時も,選挙関係者はみな陳其邁の楽勝と考えていた。
 その韓國瑜がネットで人気が爆発し,支持率が上昇し,地方選挙の話題を一身に集めるようになった。韓が国民党の救世主となり,選挙戦の流れは国民党の側に傾きつつある。つい2か月前は想像もできなかったことだ。この「現象」をどう評価するかは韓が当選するかどうかで変わってくるので脇に置くとして,「現象」はどこから始まり,どのようにして「現象」になったのか,現時点で「韓国瑜現象」が発生した要因を簡単にメモしておきたい。(原文は2018年11月4日執筆,図1は11月13日更新)

《図1》高雄市長選挙支持率の推移(TVBS民調)

(出所)TVBS民意調査を参照し筆者作成(11月13日更新)

1.「現象」の背景

①蔡政権への失望・不満
 これなしには始まらない。蔡英文と民進党への失望・不満が広がり,閉塞感となっていた。その閉塞感の打開への渇望があった。期待は普通の人ではなく型破りな人に集まる。

②高雄の民進党への飽き
 謝長廷・陳菊の両市長の20年で民進党が体制化・権威化していることへの潜在的不満がある。旧高雄県で見れば実に1989年から連続して民進党籍の県長が続いた。民進党のスローガンの「高雄はすばらしい」に飽きがきているのではないか。
 また,蔡政権が発足すると高雄市政府の幹部が次々と中央に引き抜かれた。これは高雄市民にとって高雄市の人材が評価されたという面と,高雄の地元が軽視されたのではないかという面と両面がある。人気が高かった陳菊市長も今年3月北上し総統府秘書長に就任した。現在は代理市長が市政を担っている。

③民進党予備選挙
 陳菊市長の後任となる市長候補を決めるため,民進党は今年3月,党内予備選挙を行なった。予備選挙のルールは,高雄市民を対象とする民意調査で支持率1位が公認候補になるというものであった。5人の立法委員が争い,陳其邁が勝ったのだが,高雄市では民進党が非常に強いので,党の公認を得さえすれば市長に当選確実という空気があった。そのような,選挙民を軽視する民進党内の露骨な態度に反感が生じたのではないか。
 予備選挙の期間中の激しい相互の人格攻撃により,誰が公認候補になっても支持の気持ちが失せてしまう,そういう状況ができていた。民進党の党内争いは以前から激しかったが,以前は一強の国民党と戦うということで支持者も許容してきた。完全執政した今になっても変わらない体質に嫌気がさしたという人が結構多かったのではないか。

2.韓國瑜を有名にした人物

①王世堅
 韓國瑜は,立法委員時代は国民党の軍系組織の支援を受けていたが,その後は雲林県の地方派閥張榮味派(王金平と近い)と近い人物と見られている。夫人の李佳芬は雲林県議員を務め張榮味派であったことから韓國瑜も張榮味と近くなり,韓が2012年に台北市青果市場の総経理に就任したのは張榮味の押しがあったからといわれている。
 しかし,台北市青果市場の総経理といってもそれは特に目立つ仕事ではなかった。それを目立たせたのは,蔡政権が強引に韓國瑜を辞めさせようとしたからである。蔡政権は青果市場での張榮味の影響力を断とうとしたと見られている。ここで出てくるのが,王世堅と吳音寧である。
 王世堅は民進党のベテラン台北市議員で,派手な言動で有名な人物だ。王議員は,2016年11月台北市議会で韓國瑜を「流氓」(ならず者,チンピラ)と罵倒するのだが,その映像は王の方がよほど「流氓」に見えるのでネットで話題になった。そのYouTube動画の再生回数は実に960万回に達するのだが,それは後になって多くの人が動画を見たことによる。その時点では話題になる範囲はまだ限られていた。
(注)動画再生回数は11月4日時点。これは4年前の柯文哲関連動画をも大きく上回る再生回数で,台湾の政治家関連動画の最多再生数になるのではないか。 https://www.youtube.com/watch?v=0TWwAHGHNNs

②吳音寧
 韓國瑜は2017年1月国民党主席選挙に出馬するため総経理を辞任した。国民党主席選挙でも韓はほとんど話題にならなかった。台北市青果市場の総経理の後任には吳音寧が就任した。吳音寧は農業や環境に関心を持ち理念的に活動していたが農産物の市場取引の経験はなく,当初から,父親が独立派系の有名な郷土作家吳晟であるから抜擢されたといわれた。
 それが話題になるのは,2018年2月3月にかけて台北市青果市場が立て続けに市場を休みにし批判が出た時に,責任者の吳音寧が姿を見せず説明責任を果たさないという事件があってのことである。吳音寧は「年収250万元の実習生」「青二才」とメディア,ネットのバッシングにさらされる。
 批判は吳音寧を起用した蔡政権にも向かった。その過程で蔡政権が引きずり降ろそうとした前任者の韓國瑜に関心が集まっていったのである。それでも韓國瑜はまだブレークしていない。4月に韓は国民党の高雄市長候補に決定するが,誰も韓が勝つ可能性があるとは考えなかった。
 その後も吳音寧は市議会で答弁するしないであるとか,海外視察をするしないなどで論争を引き起こす言動が続き,吳音寧批判は拡大した。蔡政権は人事で何度も失敗をしている。吳音寧は若手で女性で緑の背景であるから「老藍男」とは逆だが,能力・適性に疑問を持たれたのが致命的であった。悪いことに,蔡総統本人が吳をかばう発言をしたため,政権上層部が関与した人事という印象を一層強めた。
 吳音寧の人事を主導したのは農業委員会の陳吉仲副主任委員(副大臣相当)と台湾メディアでは報じられている。もしそうであるなら,まったくの浅知恵であった。「この不慣れな若い娘さんのために追い払われたかわいそうなおじさんの韓國瑜ってどんな人?」という感じで韓國瑜の人気が爆発していくのである。

3.ブレークの要因

 陳其邁陣営は当初韓國瑜をまったく相手にしていなかった。韓の話題を一過性のものと見ていたのであろう。陣営が気がついた時には,韓はブレークしてしまっていた。

①個人特質
 韓國瑜は話し方がおもしろい。お笑い芸人的で,自分をさらして笑いのネタにする。話が軽妙だから失言も多い。おそらくは政治家をやめたつもりでいたから自然体になっていて,それが与野党の既成政治家とは違うという印象を与えた。

②反エリート意識・ポピュリズム
 国民党の救世主となった韓國瑜であるが,韓は国民党エリートではなかった。馬英九時代に冷遇されている。そして蔡政権からはやめるよう圧力をかけられた。国民党でありながら,反体制・反権威の雰囲気を出している。それが,高雄の強力な民進党組織に単騎で挑む勇者という,非常にねじれたイメージにつながる。
 韓國瑜の社会的な思想は保守的で反リベラルであり,「韓國瑜現象」は世界各国で見られる右寄りのポピュリズムと共通の性質を持つと見ることができる。これは4年前の「ひまわり運動」とは異なる潮流である。「現象」の登場は,蔡政権の挫折により台湾政治の潮流が変わったことを示すのかもしれない。

③台湾の民主政治
 かつての権威であった国民党は野党に転落し,民衆レベルの反権威の感情はいつでも民進党に向く状況になっていた。蔡政権にはその自覚はなかったであろう。蔡英文の権力の使い方は民衆を喜ばす方向ではなかった。本来は,「民衆はおだてておかないといけない」と考えることが民主政治の侮辱であり,生真面目な蔡英文はそう考えているであろう。だが,それでは台湾の政治はやっていけない。それが悲しいほど厳しい現実なのである。
 民主主義の意識と結びついた台湾アイデンティティの台頭はこの20年の台湾政治の重要な変化であった。しかしそれは,歪んだ「おれさま」意識も膨張させた。何かあれば何でも政府の責任で,海外の空港に取り残された台湾人旅行者を世話するのも政府の責任である。
 いま韓國瑜を批判すると韓支持者によりネットで袋叩きにされる。韓國瑜のやや下品な発言をもっと下品な表現で批判した民進党の女性立法委員邱議瑩のFBには実に80万件(11/4時点)という記録的な書き込みが殺到し,そのほとんどが韓支持者によると見られる邱罵倒の書き込みである。こうした民意も,台湾の外交官蘇啓誠を自殺に追いやった民意も,かつて馬英九を罵倒した民意も,政治傾向は異なるが,底流では共通性があるのではないか。
(注)関西空港の水没を契機に蘇啓誠氏が自殺した経緯については『東洋経済』の劉彦甫記者の記事「大阪駐在の台湾外交官はなぜ死を選んだのか」が詳しい。 https://toyokeizai.net/articles/-/238262

4.「現象」のゆくえ

 執筆時点で投票日まで3週間を切った。韓國瑜人気は短期間で沸騰したので,批判は遅れて出てきた。韓の反リベラルな思想にも批判が出ている。しかし,ネットでの人気はまったく影響を受けていない。こうなると韓の失言や反リベラルの思想を批判したところであまり効果はないであろう。投票日までこの勢いは続くのではないか。いまは柯文哲さえも目立たなくなっている。
 「韓國瑜現象」は基本的に韓個人の現象であるが,当然民進党の選挙情勢には悪影響となり,国民党はある程度の恩恵を受ける。10月の「美麗島民調」では,国民党の好感度が41.7%で,9月と比べて11ポイントも増加した。国民党の反感度は39.2%で,9月より3.8ポイント減少した。他方,民進党の10月の好感度は27.4%,反感度は57.5%で,反感度は9月より5.5ポイント増加した。国民党の好感度が急に上がる理由も見当たらないことから,これは「現象」の効果と考えられる。 http://my-formosa.com/DOC_139614.htm

 「現象」を他県市に拡大させたい国民党と封じ込めたい民進党の攻防戦が最後の3週間の焦点となった。民進党はこの地方選挙を「蔡政権の改革を支持するか否かの選挙」だと位置づける誤った選挙戦略を転換しなければ「現象」の餌食になるであろう。
 韓が当選しなければ「韓國瑜現象」もあだ花に終わるが,当選した場合は,台湾全体の得票数で国民党が民進党を上回ることになり,「現象」はいよいよ本格的になる。高雄市の政治的意味を考えれば,韓の当選は蔡政権に決定的な打撃を与え台湾政治の流れを変えることになる。
 当選後の韓國瑜がどういう市政運営をするのかは分からないが,民進党は台北の柯文哲も高雄の韓國瑜も「中国と同調する人物」という趣旨の批判をしている。両者が共に当選すれば,民進党は極めて厳しい状況に追い込まれる。 
 とはいえ,高雄市の民進党の基礎票は国民党より多い。4年前は陳菊が実に68%の得票率をあげた。陳其邁の得票率はそれより大きく低下することは確実だが,民進党も必死で応戦する。蔡政権が巻き返すことはできるのか,高雄市の「韓國瑜現象」をめぐる攻防戦がその答えを出す。(2018年11月4日)


高雄市内の選挙集会で演説する韓國瑜候補 2018年10月28日 (出所)友人の提供

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