日台漁業交渉合意について コメント

東京外国語大学
小笠原 欣幸


 難航していた日台漁業交渉がついに決着した。日本と台湾が領土の主張で対立を抱えながらも,対話を維持し平和的解決を導いた意義は非常に大きい。交渉過程は障害の連続であった。日本政府の尖閣国有化に台湾側は反発し,昨年9月に多数の台湾漁船が尖閣諸島周辺で抗議の海上デモを行なった。今年に入っても1月に台湾の抗議船が出航した。そのたびに交渉は頓挫しかかったが,そのつど双方から信頼回復のメッセージが出され,交渉を軌道に引き戻した。最終的には,安倍晋三首相と馬英九総統の高度の政治決断で合意に至った。
 今回の合意は漁業に止まらず東シナ海の安定化の一歩となる。中国は尖閣諸島は台湾に属すると認めている。その台湾が平和的解決を望みその方向に動き出したのを中国は邪魔するのであろうか。尖閣周辺海域で中国公船が横暴に振舞えば今後は台湾漁船が抗議の声をあげるであろう。中国側の態度がすぐには変わらないとしても,合意は中国側に自制を促す要因になる。これは沖縄県の地元漁民にとってもプラスになるであろう。
 今回合意できなければ日台関係はとげとげしいものに転じる可能性があった。双方が自分の立場に100%固執すれば東シナ海は争いの海となる。しかし安易な妥協は国内で弱腰と批判される。お互いの主張を守りつつお互いが半歩引くことで活路を見いだすという外交の知恵が発揮された。その背後には,長年の民間交流によって培われた日台の信頼関係があった。合意は双方の外交当局の粘り強い交渉に加え,これまで日台関係にかかわった多くの人々の努力の賜物である。
 馬総統が昨年8月に提案した「東シナ海平和イニシアチブ」は,領土を主張しつつも各種の対話を重ねて平和的に海洋資源を分かち合おうという理念に基づいている。漁業の合意はその第一歩である。これは馬氏のハーバード大学博士論文のテーマである。30年の時を経て馬総統は自分の博士論文を実践する歴史的機会に遭遇したのであり,「イニシアチブ」にかける思いは多くの人が考えている以上に強い。
 馬総統は就任以来日米との関係を後ろ盾として中国と経済関係を拡大してきた。中国側には領土問題の先鋭化を利用して台湾を中台連携に引き込もうという思惑があったが,馬政権は2月8日に声明を発表し,中国とは考え方が異なるとして領土問題での連携を明確に否定した。それも今回の合意の追い風となった。
 今後日台間で,海洋環境・生態の保護,海洋安全メカニズムの構築などの対話を進めることが必要だ。これらは民間ベースの対話なので中国にも参加を呼びかけて,日本は日中台のトリプルウィンを目指していることを繰り返し伝えるべきである。日台が東シナ海で協力を進める姿は,時間はかかるが中国の知識人・中間市民層にもしだいに認識されるようになり,暴力的な反日行動がいかに無意味なことかを考えさせる契機となるであろう。





















2013年4月11日
 『沖縄タイムス』掲載 
        OGASAWARA HOMEPAGE