この原稿はアジ研『ワールド・トレンド』第108号(2004年9月号)pp.9-11に掲載されたものです。

第2期陳水扁政権の発足と立法委員選挙の見通し

東京外国語大学
小笠原 欣幸






 二〇〇四年三月二〇日に投開票が行なわれた台湾の総統選挙は,現職の陳水扁候補が僅差で野党連合の連戰候補を押さえて再選を果した。選挙結果に不満を持つ野党陣営は,選挙は不公平であったとして抗議行動を展開し,選挙のやり直しを求める訴訟を起こした。現在,裁判所の審理が続いているが,台湾政治の焦点は,今年一二月の立法委員選挙で陳水扁の与党陣営が過半数を獲得できるかどうかに移っている。

●選挙をめぐる争い
 台湾の総統選挙は,ほぼ一年前から与野党両陣営の本格的な選挙運動が始まり,投票日が近づくにつれ熱気と緊張感が高まっていった。特に今年二月二八日と三月一三日にそれぞれの陣営が百万人を超える規模の大動員を行ない,支持する候補をめぐって社会的亀裂が広がった。そうした中で,総統と副総統が銃撃されるという事件が発生し,投票日を迎えたのである。
 開票結果の判明直後,連戰候補は,選挙は無効であるとして支持者に抗議行動への参加を呼びかけ,呼応した多数の支持者が台北市中心部の総統府附近に陣取った。その一角は一週間にわたって交通が麻痺し,台湾各地でも小競り合いが発生した。三月二六日には中央選挙委員会が選挙結果の公告を行ない,陳水扁候補の当選が確定したが,野党陣営は選挙結果を受け入れず,台湾高等法院に当選無効と選挙無効の二つの訴訟を起こした。野党陣営が問題にしているのは,多数の無効票の存在,銃撃事件の真相,軍関係者多数が銃撃事件直後緊急動員され投票できなかったことの三点である。
 総統副総統選挙罷免法の規定により,選挙訴訟は二審制で審理され,一審にあたる台湾高等法院は提訴を受理してから六カ月以内に結審しなければならない。現在,裁判所による票の点検を含む証拠調べが続いているが,九月末までに判決が出ることになっている。高等法院の判決が出た後,敗れた側は最高法院へ上告することができる。最高法院はやはり六カ月以内に結審しなければならないと定められているので,選挙をめぐる争いは,遅くとも二〇〇五年三月に確定する。判決が出た時点で,再び社会的対立が高まる可能性もある。当選無効または選挙無効の判決が確定した場合には,やり直し選挙が実施される。

●第二期陳水扁政権
 野党陣営は,選挙はまだ係争中であるという立場を取っている。しかし,総統副総統選挙罷免法は,選挙をめぐる訴訟が発生した場合についても明確な規定があり,訴訟が確定するまでは当選を認定された総統と副総統が職務にあたらなければならないと定めている。
 陳水扁は,法に則り五月二〇日の総統就任式を終え,行政院長に游錫堃を再び指名し,游錫堃が組閣を行なった。この間陳水扁は着々と政権第二期の発足準備を進め,政権を構成する行政院,国家安全会議,総統府,与党民進党の四つ拠点組織で権力基盤の強化に努めた。政権第二期のカギとなる人事を見てみたい。
 まず行政院については,今回の組閣では主要閣僚の半分以上が留任しているが,新閣僚の人選では民進党色が一層強まった。李登輝人脈に属していた蔡英文と簡又新がそれぞれ対中政策担当大臣と外務大臣の職を離れ,代わって呉サ燮と陳唐山が就任した。これは実務的テクノクラートから台湾意識の強い人物への移行を示す象徴的人事である。
 副首相にあたる行政院副院長は,経済界出身の林信義に代わって葉菊蘭が就任した。内閣官房長官に相当する行政院秘書長は,立法委員出身の劉世芳に代わって葉国興が任命された。葉菊蘭と葉国興も台湾意識が強い人物である。内閣の調整機能を担う要所と対外政策を担う要所に台湾意識の強い人物を配したことは,今後の陳水扁政権の舵取りにも影響を及ぼすであろう。
 他には,屏東県長の蘇嘉全が内務大臣に就任している。蘇嘉全は,総統選挙において陳水扁の南部での得票数増加に貢献した人物である。これで,陳政権登場後の内務大臣ポストは,張博雅(嘉義市長),余政憲(高雄県長)に続いて県市長出身者が連続して任命されたことになる。このことは,民進党の地方政治家にたいし政権への求心力を高める効果を持ち,民進党がいまや行政資源の配分で野党陣営にたいし優位に立っていることを象徴するものである。
 国家安全系統では,選挙戦の指揮をとった邱義仁が国家安全会議秘書長に転出した。これは,台湾の安全保障政策を担う重要ポストを戦略思考と調整能力に長けた邱に委ねることで政権運営能力を高めるとともに,邱が率いる新潮流派を引き続き主流派に取り込むことを狙った人事である。陳水扁側近の柯承亨を副秘書長に配したことと合わせて,陳水扁が四年がかりでようやく国家安全系統を掌握できたことを物語る。
 邱義仁が転出したあとの総統府秘書長ポストは,台北県長の蘇貞昌が就任した。蘇貞昌は陳水扁直系の正義連線派ではなく福利国派の出身であるが,これまで陳水扁と良好な関係を保ち,今回の総統選挙では陳水扁の選挙対策本部の幹部として大きな貢献をしている。この人事は,選挙戦を担った蘇貞昌への論功行賞でもあるし,総統府,内閣,与党を繋ぐ要のポストに党内実力者である蘇を配することによって,政権運営能力の強化を狙ったものである。蘇貞昌は,陳水扁の後継者に目されているが,地方政治の経験が長く中央政府での経験を欠いているため,それを補う狙いもある。

●与党民進党
 民進党内の人事では,幹事長相当の秘書長ポストは張俊雄が留任しているが,年内に副秘書長の李應元が昇格することが確実視されている。李應元は二月二八日の「人間の鎖」イベントを成功させた功労者であり,実務家タイプの張俊雄と比べて台湾意識が強い人物である。党の意思決定機関である中央常務委員も改選されるが,党内の権力バランスは陳水扁に有利な方向に傾くことが予想される。
 二〇〇〇年から二〇〇三年までの間,陳水扁が民進党内で指導力を持っていたのは事実であるが,民進党は派閥の寄合所帯であり,ストロングマンを嫌う傾向があることから,党内の派閥力学あるいは党内の有力政治家の序列に影響が及ぶ事柄については陳水扁も簡単に手を触れることができなかった。例えば,党主席は党規約で三名の副主席を任命できることになっているが,陳水扁が構想を語っただけで宙に浮いてしまった。しかし,厳しい選挙戦を勝利に導いたことで陳水扁の党内での権威は揺るぎないものとなっている。
 台湾の総統は最長で二期八年の任期しか許されていないので,二〇〇八年の総統選挙は民進党から陳水扁の後継者が立候補する。現時点で候補の資格を備えているのは,総統府秘書長の蘇貞昌,行政院長の游錫堃,高雄市長の謝長廷,副総統の呂秀蓮の四名に絞られる。陳水扁はそれぞれを競わせることで自身の影響力を保つ態勢を取っている。最終的には党員の予備選挙で次の総統候補者が決まるが,陳水扁の意向が候補者選びを左右することは疑いない。
 このように陳水扁は,政権第二期の出発にあたり,適材適所の人事配置による政権運営能力の強化,民進党内の派閥のバランスおよびポスト陳水扁を担う有力者間のバランス,さらに選挙の論功行賞を巧みに組み合わせる人事を行ない権力基盤を強化することができた。
 また,政権第二期のスタートにあたり民進党内の若手政治家の抜擢が注目される。新聞局長の林佳龍は四〇歳,行政院無任所大臣兼内閣スポークスマンの陳其邁は三九歳,客家担当大臣の羅文嘉は三八歳である。党秘書長への昇格が予定されている李應元も四二歳の若さである。ちなみに,林佳龍と羅文嘉は二〇〇六年に行なわれる台北市長選挙の候補,陳其邁は同じく二〇〇六年の高雄市長の候補,李應元は来年行なわれる台北県長選挙の候補と目されており,今回の人事は若手政治家に中央での行政実務経験と全国的知名度をつけさせる狙いがある。民進党は長期政権に向けた布石を打っており,旧来の党幹部が指導する野党陣営とは対照的な動きを見せている。

●野党陣営
 野党陣営は,選挙の総括や責任問題の議論はいっさい行なっていない。連戰(国民党主席)と宋楚瑜(親民党主席)が引き続き指導部を構成し,世代交代の要求を押さえ込んでいる。この構図が維持できるかどうかは,ひとえに立法委員選挙の結果にかかっている。
 立法委員選挙は単記非移譲式中選挙区制を採用しているので,同一政党,同一陣営から複数の候補者が立候補できる。得票率の微妙な変化と候補者数の調整によって当選議席数は大きく変動する。野党陣営は得票率の減少が予想されるため,候補者数の調整が欠かせない状況にある。
 連戰と宋楚瑜は,政党間の協議で各選挙区の候補者を調整していくことは困難であると判断し,国民党と親民党との合併を提案した。しかし,国民党内部から反発の声があがり合併構想は先送りとなった。代わって国民党,親民党,新党の連盟方式が提案されたが,やはり簡単にはまとまらない状況にある。政党連盟方式では比例区の共通名簿が実現しないことと,選挙資金負担の問題があり協議は難航している。
 国民党は路線選択に関して深刻な状況に直面している。北部では,親民党と合併し候補者を絞りこまなければなければ,共倒れになり壊滅的打撃を受ける状況にあるし,中南部においては,親民党と合併すればさらに票が流出しやはり大打撃を受ける可能性がある。連戰は,路線論争に蓋をし,地方を回って党の団結を訴えることによって活路を見いだそうとしている。

●立法委員選挙の見通し
 国民党と親民党は候補者数の「総量規制」を打ち出し,選挙区での公認候補者数を前回の三分の二程度に押さえている。しかし,そのために現職優先となり,新人候補がほとんど見あたらない。国民党と親民党の選挙戦術は過去の蓄積を取り崩すもので当選議席の減少は避けられないが,ぎりぎりのところで与党陣営の過半数獲得を阻止する可能性もある。野党陣営は議員定数が一名から三名の選挙区で必ず当選できる地区をいくつか押さえていることと,中選挙区制ゆえに,得票率を減らしながらも議席を守る可能性があるからである。
 一方,民進党は,共倒れのリスクを警戒し公認候補抑制の方針で臨んでいる。また,選挙区個別の事情があるため,当選の見込みのない選挙区をいくつかかかえている。そのため民進党は,得票率を伸ばすことは確実なものの,単独では立法院の過半数を制することはできないであろう。カギを握るのは民進党の友党で李登輝が率いる台連の動向である。与党陣営が立法院の過半数を獲得できるかどうかは,台連が国民党本土派の受け皿となり,議席の上積みができるかにかかっている。
 緑色陣営が過半数を獲得した場合,第二期陳水扁政権は安定し,台湾アイデンティティを強固にする施策を進めていくであろう。憲法修正については,公民投票法の改正を手始めにいくつかの法改正を行なって,二〇〇六年の実現に向けて環境を整えるであろう。現行の憲法修正規定はハードルが高いので,既存の手続きに縛られない憲法制定という道を選択する可能性もある。その場合は野党陣営との先鋭な対立が引き起こされる可能性がある。 (おがさわら よしゆき/東京外国語大学助教授)



OGASAWARA HOMEPAGE