フリー素材柚莉湖♪風と樹と空と♪ 2021年国民党主席選挙

― 朱立倫の当選と張亞中の善戦 ―
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小笠原 欣幸

 9月25日に国民党主席選挙が行なわれ,元主席の朱立倫が当選した。投票権を持つ党員は37万0,711人,無效票1,980を含めた投票総数は18万7,999,投票率は50.7%であった。各候補の得票数と得票率は次の表と図の通りである。

《表》国民党主席選挙:各候補の得票数と得票率
候補者得票数得票率
朱立倫 85,164 45.8%
張亞中 60,632 32.6%
江啟臣 35,090 18.9%
卓伯源 5,133 2.8%

《図》国民党主席選挙:各候補の得票数と得票率
図 国民党主席選挙:各候補の得票数と得票率
出所:国民党の資料を参照し筆者作成

 朱立倫の当選は,結果として予想通りとなったが,得票は過半数には達せず,選挙戦はかなりの波乱が生じた。統一派の張亞中の得票数がかなり伸びた。張亞中は公職の経験も国民党の役員の経験もなく,まったくの泡沫候補と見なされていた。ところが,9月初に選挙戦が始まると,その一貫した統一推進の姿勢が党内の深藍の党員の期待を集めブームを起こした。一時は,党員を対象とした支持率調査でトップに立つという状況になった。それを見た党内の主流派・穏健派が危機感を高め,巻き返しを図った。選挙戦の終盤で,張亞中の当選を阻止するため,「江を棄てて朱を守る」という戦略的投票(台湾で「棄保」と呼ばれる)の動きがあり,朱立倫の当選につながったと見ることができる。
 国民党籍の14名の県市長の動向としては,張麗善雲林県長,林明溱南投県長,饒慶鈴台東県長,徐榛蔚花蓮県長,連江縣長劉增應の5名が朱立倫支持を表明した。他方,侯友宜新北市長,蘆秀燕台中市長,王惠美彰化県長,林姿妙宜蘭県長,黄敏恵嘉義市長ら残りの9名は最後まで態度を明らかにしなかった。張亞中支持を表明した県市長はいなかった。
 張亞中が,当選しなかったとはいえ,党内基盤がまったくないのに32.6%の票を得たことは,国民党にとってかなり大きな出来事である。張亞中に投票した党員は韓國瑜の熱心な支持者と重なる。これら深藍の人たちは,台湾アイデンティティが定着した台湾社会で疎外感,焦燥感,危機感を抱いている。それゆえ,期待を投射できる人物が現れるとそこに結集して大きなエネルギーを作り出すが,社会全体では少数派なので最初勢いがあっても失速する。このような国民党の党内混乱は,2014年から7年続いている。今回その矛盾がさらに大きくなった。
 一方,中国共産党が張亞中の当選をものすごく期待していたかというとおそらく違う。張亞中は独自の「両岸統合論」を唱えていて,中国共産党の「一国二制度」による統一と方法論が異なる。中国としては統一を正面から掲げる張亞中をだいじにしたいが,自説をいっさい曲げないため,共産党内では扱いに苦慮してきたという経緯がある(これは,関係者はみな知っている)。
 他方,中国共産党は「92年コンセンサス」の見直しを一時打ち出した江啓臣にはかなり強い不信感を抱いている。そうすると,共産党にとっては,消去法で朱立倫でよいと思っていたと考えられる。 中国共産党の習近平総書記は,一夜明けての26日になってから朱立倫に祝電を送った(同日午前台湾メディアが報じたが,中国メディアが報じたのは同日15:22以降である)。昨年の補選で江啓臣が当選した時には祝電を送らなかった。朱立倫は2015年に訪中し習近平と会談したことがあるので,共産党にとっては「やりやすい」という感覚はあるのではないか。
 だが,それほど大きな期待は抱いていないであろう。『中国評論』は早速「朱立倫は弱い主席にならざるを得ない」と評している(「得票不過半 朱立倫成弱勢黨主席」『中国評論新聞網』 http://hk.crntt.com/doc/1061/8/4/5/106184589.html)。
 そもそも,共産党内部では,2016年の国民党の大敗後,「国民党はあてにならない」という議論が出始め,共産党が「自分でやるしかない」という議論が広がっていた。それゆえ,2019年の習近平の台湾向け重要演説では国民党への配慮をいっさいしなかったのである。中国共産党は,国民党の復活に幻想を抱かず,「利用できるところは利用していく」という共産党のリアリズムで臨んでくるのではないか。
 朱立倫ら,李登輝後の国民党主流の戦略観は,米中の間をうまく泳いで台湾の利益を最大化しようというものだ。しかし,米中対立の激化でその戦略は破綻した。この戦略観では米から不信感を持たれるようになり,2016年も20年もアメリカは陰に陽に蔡英文を支持した。
 国民党は江啓臣主席時代に,米国産豚肉の輸入解禁に反対する大キャンペーンを行ない,米の出先機関AIT(=国務省)を怒らせた。朱立倫は「親米派」とされているが,蔡政権に対抗する必要から米国産豚肉への反対運動を続けるしかないであろう。この1点を見ても,台湾の方向の議論において国民党が巻き返すのは難しい。
 しかし,来年の地方選挙においては,国民党は善戦の可能性が十分ある。それは,国民党の現職県市長の地方行政の実績がある程度評価され満意度が比較的安定しているという理由もあるし,台湾の有権者が,生活や経済に密接する地方選挙と「台湾のあり方」を決める総統選挙とを分けて考える傾向が見えるという理由もある。
 朱立倫新主席としては,年末の公民投票で反米国産豚肉運動を盛り上げ,来年の地方選挙で勝利をおさめ,2024年総統選挙につなげていくという展望であろう。台湾の民主主義は非常に活発で,政権与党批判は支持を得やすい。国民党がかなりガタガタしているにもかかわらず,蔡政権もこの先厳しい政局に追い込まれていきそうだ。(2021年9月26日)

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