2012年2月28日『毎日新聞』朝刊掲載 「92年合意」をどうみるべきか
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解説:「92年コンセンサス」

東京外国語大学
小笠原 欣幸

 台湾の総統選挙は中台関係の改善を進めてきた現職の馬英九氏が再選され,次の焦点は指導部交代を控える中国が二期目の馬政権そして現状維持を求める台湾の民意にどう対処するのかに移った。
 総統選挙では「92年コンセンサス」が最大の争点となった。「92年コンセンサス」は,1992年,中台双方の窓口機関の間での事務レベルの折衝過程で形成されたとされる。中国側はこれを「一つの中国原則を口頭で確認した合意」と解釈し,台湾の国民党は「一つの中国の中身についてそれぞれが(中華民国と中華人民共和国と)述べ合うことで合意した」と解釈している。
 中国側は中華民国の存在を認めていないので,江沢民時代はこの台湾側の解釈を否定してきたが,胡錦濤時代になって台湾側の解釈を否定も肯定もしない方針に切り替え,2005年以降の共産党と国民党との連携に道を開いた。馬政権登場後,中台はこれを話し合いの基礎とすることで一連の争点を棚上げし各種協定を結んだので,「92年コンセンサス」が一定の効用を持つことが示された。民進党の蔡英文主席は,合意文書が存在しないこと,中国が台湾側の解釈を公式に認めていないことを理由として,それは「存在しない」と主張した。
 「92年コンセンサス」がこの名称で呼ばれるようになったのは2000年以降であり,その解釈は中台双方のその時の力関係に左右される。日本のメディアの中には「92年コンセンサス」について中国側の解釈のみを紹介しているところがあるが,「それぞれが述べ合う」ことが台湾の対等へのこだわりであり,これを省略したのでは,中台間の政治的駆け引きも,江沢民政権と胡錦濤政権の対台湾政策の違いも見えなくなる。
 今後4年間の注目点が2点ある。一つは,中国の新指導部が「92年コンセンサス」のあいまいな余地を狭めようとするかどうかである。これは,原則主義への回帰か否かのシグナルととらえることができる。もう一つは,馬政権の解釈が変化するかどうかである。4年後も同じであれば,双方の力関係に変化は生じなかったことになるが,「一つの中国」が強まり「それぞれが述べ合う」が弱まれば馬政権が中国に傾斜したと考えることができる。逆に,中国側から台湾側の解釈を肯定する見解を引き出すことができれば,馬政権が狙っている「相互に否定しない」状態に近づくことになり馬総統の成果となる。

2012年2月8日執筆

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