英叙事詩の語り方「ハイラハ(хайлах)」について
-アルタイ・オリアンハイの英雄叙事詩とエスニシティ-

上村 明





 モンゴル国西部の集団アルタイ・オリアンハイの語り手が語る英雄叙事詩は、現在モンゴル国の伝統芸能を代表するものととらえられている。その語り方は「ハイラハ(хайлах)」といわれる独特のものである。これを現在の語り手たちは「俗人の経典」である英雄叙事詩を聞き取りやすく語る方法と考え、英雄叙事詩に仏教的な権威づけを与えている。しかしながら、このような英雄叙事詩の仏教的権威づけは、アルタイ・オリアンハイが、すでに仏教的な要素のつよい英雄叙事詩をもっていたドゥルベトに統合されるボグド・ハーン政権時代になってなされたと考えることができる。
 アルタイ・オリアンハイの英雄叙事詩の語り方「ハイラハ」は、ドゥルベトをふくめたモンゴルの他の集団よりも、アルタイ山脈周辺の現在のチュルク系諸民族(トゥバ、アルタイ、ショル、ハカスなど)の英雄叙事詩の語り方に近い。「ハイラハ」は「喉歌(throat singing, guttural singing)」の一種と考えることができるが、アルタイ・オリアンハイを含めたこれらの集団では、英雄叙事詩とともに「喉歌」のほかのジャンルであるホーミー(それぞれで名称は異なる)やツォールも行われている。またこれらの集団は、相互に類似する「喉歌」をめぐる伝説・儀礼をもち、そのなかで「喉歌」は「山の主」に捧げられている。これらのことから、アルタイ・オリアンハイの英雄叙事詩の仏教的権威づけは表層的であり、むしろ「山の主」信仰に深く結びついていることが分かる。
 一方、アルタイ・オリアンハイの現在たどることの出来る語り手の系譜は、旧右翼大臣旗のオールツォク・ソムのЖилькэрから始まるといわれており、語りは、オールツォク・ソムか、それと婚姻関係で強く結ばれたツェルベー・ソムに血縁で継承された例が多い。
 ツェルベー・ソムについては不明であるが、オールツォクの来歴については、漢文資料からある程度たどることが出来る。オールツォクは、ジューンガル時代にはテレングートとひとつのオトクをなしていた集団であり、ツァガーン・ハバ川の辺りを牧地としていた乾隆20年代清朝に降り、オリアンハイに統合されたことが分かる。テレングートはテレートとならび、清代のアルタン・ノール・オリアンハイ部を構成し、現在のロシア・アルタイ共和国の住民の構成部分でもある。また現在のトゥバ共和国の旧タンヌ・オリアンハイ部のケムチク旗にもОоржакソムがあったことから、「喉歌」諸ジャンルの広がりをオールツォクという集団の広がりとある程度重なり合せて見ることができる。
 オリアンハイは清代においてハルハによる管理を受けていた。アルタイ・オリアンハイ右翼大臣旗にはドゥルベトなどから人間の流入があった。また同旗オールツォク・ソムはボグド・ハーンの時代本格的に仏教を導入した。こうしたことからアルタイ・オリアンハイまたオールツォクのエスニシティに周辺の集団への同化の過程が働いたことは想像できる。しかしながら、アルタイ・オリアンハイの英雄叙事詩がもともとトゥバ語で語られていて、上のような同化の過程のなかでモンゴル語で語られるようになったというように「チュルク系集団のモンゴル化」という単純な枠組みで見るならば、現在の「民族」観を過去に投影してしまうことになる。

レジュメ gakkai711.PDF(151KB)

音声サンプル(レジュメ6ページ参照)準備中

1)アルタイ・オリアンハイの英雄叙事詩の語り
 *Qar K**l Baatar(Le H*ros * la tresse de cheveux noirs)' interpr*t* par Q.Sesser (chant et tobshuur) in "Mongolie:Chants kazakh et tradition *pique de l'Ouest", OCORA Radio France, 1993 (Enregistrements effectu*s en octobre 1984 et ao*t 1990, en mongolie, par Alain Desjacques)
2)ドゥルベトの英雄叙事詩の語り1
"****** ***** ******* **** ******* ******", *.*****(1910-86), recorded in Ulaangom, Uvs, Mongolia, 1980, モンゴル科学アカデミー言語文学研究所所蔵テープ(2172/577-1-1)
3)ドゥルベトの英雄叙事詩の語り2
"****** ****** ****", *.******* (1915-?), recorded in Ulaangom, Uvs, Mongolia, 1979.
モンゴル科学アカデミー言語文学研究所蔵テープ(2008/543-1,2-1)
4)ショルの英雄叙事詩の語り (ka*)
*Ahltyn Zaltyn*(Golden Wind), Mikha*l Kauchakov, recorded by P.Simonin and P.Bois in JUN 1991. "Chants *piques et Diphoniques, Asie centrale, Sib*rie / Touva, Chor, Kalmouk, Tadjik Vol. 1", 1996, IN*DIT
5)アルタイの英雄叙事詩の語り
*Maaday Kara*, Aleksey Kalkin, vocal and topshuur, recorded in 1972 by Radio Moscow.
"Uzlyau, Guttural singing of the poeples of the Sayan, Altai, and Ural Mountains",1993, PAN2019
6)カルムィクの英雄叙事詩の語り
*Jangar*, ******-***(1957-), recorded by P.Simonin and P.Bois in Jun. 1991.
"Chants *piques et Diphoniques, Asie centrale, Sib*rie / Touva, Chor, Kalmouk, Tadjik Vol. 1", 1996, IN*DIT
7)アルタイ賛歌
*Altain magtaal*, Nanjid Sengedorj, recorded by Chris Johnston in Xovd City on 18 SEP 1994.
"Jargalant Altai, X**mii and other vocal and instrumental music from Mongolia",1996, PAN2050
8)モンゴル・ホーミー
*Medley of x**mii styles*, Nanjid Sengedorj, recorded by Chris Johnston in Xovd City on 18 SEP 1994. "Jargalant Altai, X**mii and other vocal and instrumental music from Mongolia",1996, PAN2050
9)トゥバ・ホーメイ
*Kh**mii*, Toumat, recorded by J.Gon*alv*s in Dec. 1983. "Chants *piques et Diphoniques, Asie centrale, Sib*rie / Touva, Chor, Kalmouk, Tadjik Vol. 1", 1996, IN*DIT
10)バシキールのUzlyau
*Uzlyau*, Mansur Uzanbayev from the village of Akyar, district of Haybulla, Bashkiria.
"Uzylau, Guttural singing of the poeples of the Sayan, Altai, and Ural Mountains",1993, PAN2019
11) 笛の一種ツォールの演奏
*.*********(*****)(1921-), "****** *** (Ehv River)", "***** ****** ***** (Walk of an Ambler)", recorded by Kamimura Akira in Duut, Hovd, Monglia, Aug. 5 1995.
12)バシキールのKuray
*Soldier*s March*, Azat Aitkulov from Ufa, Bashkiria.
"Uzylau, Guttural singing of the poeples of the Sayan, Altai, and Ural Mountains",1993, PAN2019

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