몇⌒해⌒전 겨울 북한산을 내려오다 넘어지는⌒통에 한방⌒치료를 받으러 다닌⌒적이 있었다. 그⌒때 담당했던 한의사⌒분과 장자에 관한 이러저런 이야기를 나누다 풍수가 화제가 되어 한⌒동안 서먹서먹하게 보내야만 했던 ∨일이 있었다.
그 젊은 한의사⌒분은 아마 필’자가 장자⌒얘기도 알아듣고 하여 뭔가 말이 통하겠거니 하고 풍수⌒얘기를 꺼냈는데 팔’자가 시종일관 “그것은 미신이 아니겠느냐”는 식으로 대꾸를 하자 그만 별 볼 ∨일 없는 사람으로 판단했는지 그 다음날부터는 이런저런 말도 없이 순서에 따라 필요한 치료만 해 주고 획 나가곤 했기⌒때문이었다.
필’자에게 풍수라는⌒것은 정말 별난 세상의 별난 ∨일이었다.
어린 시절 시골’동네에 사람이 죽으면 풍수쟁이라는 △영감님이 나타나서 동네 어른들⌒앞에 턱하니 앉아 혼자 잘난⌒척하는 모습이 웬지 밉살스러워 보였고 나침반⌒같기도 한 묘한⌒것을 앞에 놓고 이쪽⌒방향이 어떻고 저쪽⌒방향이 어떻고 하면서 도무지 믿기지도 않는 말을 했기⌒때문이었는지 모른다.
한방치료가 다 끝나던 날 그 한의사⌒분이 이제 오지 않아도 된다면서 “시간이 나면 풍수책이라도 한⌒번 사서 읽어 보시지요”라면서 마치 중환자에게 주의를 주는⌒듯한 그 말⌒때문에 돌아오는 길에 서점에 들려 풍수서 한⌒권을 구입한⌒것이 인연이 되어 지금은 동료 친구들로부터 “어이,풍수…,풍수쟁이…”라는 말을 곧잘 듣게 되고 집안⌒사람들로부터는 “천주교 집안에 웬 풍수쟁이냐”며 △노골’적인 핀잔까지 받게 되리라고는 전혀 예상 못⌒한 ∨일이었다.
出典:서진화 『風水地理』(범조사,1999) pp.4~5
몇⌒해⌒전〈――前〉[멷태―] 数年前。
語 義
북한산〈北漢山〉(ソウルの北方にある山)
I-다 …しかけて,…している途中で(I-다가 の縮約形)。
I-는⌒통에 …したはずみに,…したせいで。
한방〈漢方〉(南:〈韓方〉) 漢方。
III-ㅆ던 …した…(結果の残っていない過去連体形)。 → 分析
한의사〈漢醫師〉(南:〈韓醫師〉) 漢方医。
분《不完名》 かた(사람の尊敬形)。
장자〈莊子〉 荘子。
풍수〈風水〉
한⌒동안 しばらくの間。
서먹서먹하다 気まずい。
필’자〈筆者〉
얘기《話》 話(이야기 の縮約形)。
알아듣다 聞いて分かる,聞き取る。
I-고 하여《書》 …したりするので(ふつうの言葉では I-고 해서)。
I-거니《書》 …するだろうと。
시종일관〈始終一貫〉 終始一貫。
미신〈迷信〉
식으로〈式――〉 …ふうに。
대꾸(를)하다 言い返す。
I-자 …するや,…すると。
그만 その程度の。
별〈別〉 (否定形を伴い)大して(…でない),とりわけて(…でない)。
III-ㅆ는지 …したのか(文中の疑問形)。 → 分析
획 さっと。
I-곤 하다(北:I-군 하다) …したりする(習慣)。
별나다〈別――〉 変わっている,別だ。
풍수쟁이〈風水――〉 風水師。
△영감님〈令監―〉 じいさん(영감 は昔の官職名)。
턱하니 でんと。
잘나다 できがいい,優れ者だ。
ㄴ系連体形⌒척하다 …するふりをする。
웬지 なぜか。
밉살스럽다 憎たらしい。
III 보이다 …してみえる。
나침반(北:라침반)〈羅針盤〉
I-기도 하다 …しもする,…くもある,…でもある → 分析
묘하다〈妙――〉 変だ,奇妙だ。
도무지 とうてい。
믿기다 信じられる(믿다の自動詞形)。
시간이 나다〈時間――〉 時間ができる。
II-시지요 …なさったらいかがですか(尊敬の命令形)。
ㄴ系連体形⌒듯하다 …するようだ。
들리다《話》 立ち寄る(北では標準語。南の標準語形は 들르다)。
인연〈因縁〉 縁。
곧잘 たびたび,よく。
천주교〈天主教〉
웬《冠》 なんの。
△노골’적〈露骨的〉 露骨。
핀잔 けんつく。
II-리라고《書》 …だろうと,…せんと(意思=推量の引用形)。
分 析
- III-ㅆ던 …した…
連体形のうち「-던」という形の入ったものは意味を取り違えやすい。形としては「-던」のみからなる「I-던」,過去接尾辞のついた「III-ㅆ던」,「III-ㅆ었던」の3種類がある。おおまかにまとめると以下のようになろう。
I-던 III-ㅆ던 III-ㅆ었던 動 詞 1 2 3 2 存在詞 4 4 × 形容詞 4 4 × 指定詞 4 4 × 1は動詞の I-던 形にのみ現れる意味で,過去において継続していた動作についていう連体形である。日本語訳するときは「…していた」,「…しかけの」などとなる場合が多い。
- 제가 읽던 책 私が読んでいた(読みかけの)本
- 계속 소리 지르던 사람 ずっと声をあげていた人
2は動詞の III-ㅆ던 形および III-ㅆ었던 形に現れ,結果の残っていない過去を表わすものである。「現在はそうしていない」ということを表わす。本文に出てきたものはこれである。
III-ㅆ던 の場合は単なる過去形である II-ㄴ へ置き換えは可能であるが,II-ㄴ とした場合は「現在そうしている」こともありうる。
- 어제 게시판을 보았던 사람 昨日掲示板を見ていた人(今日は見ていない)
- 어제 게시판을 본 사람 昨日掲示板を見ていた人(今日も見ているかもしれない)
III-ㅆ었던 は主に「가다(行く),앉다(座る)」など,結果の残る自動詞(つまり「行った状態でそこにいる,座った状態でそこにいる」のように,動作が終わった状態が残るような動詞)で主に用いられ,動作の結果が残っていないことを表わす。この場合は III-ㅆ던 に置き換えることができるが,II-ㄴ に置き換えると動作の結果が残っていることを表わすようである。
- 서을에 갔었던 사람 ソウルに行っていた人(今はソウルにいない)
- 서을에 갔던 사람 ソウルに行っていた人(今はソウルにいない)
- 서을에 간 사람 ソウルに行った人(今ソウルにいるかもしれない)
3は動詞の III-ㅆ던 形に現れ,結果の残る過去を表わすもので「現在もそうしている」ということを表わす。受身形の動詞で用いられることが多い。
- 끊어졌던 친구 소식을 알고⌒싶다. 絶たれた友人の消息を知りたい。
4は単なる過去形である。
- III-ㅆ는지 …したのか
文中の疑問形は,文末の終止形としてでなく,文の途中で出てくる疑問形である。形としては以下のようなものがありうる。
現在形 過去形 現在将然形 過去将然形 動 詞 I-는지 III-ㅆ는지 II-ㄹ’지
II-ㄹ는지III-ㅆ을’지 存在詞 形容詞 II-ㄴ지 指定詞 過去形は過去接尾辞「III-ㅆ-」に「I-는지」がついた形であり,過去将然形は過去接尾辞に「II-ㄹ’지」がついた形である。2つの将然形は不確かなことがらについて述べるときに用い,話し手の推量の意味がある。文中の疑問形は後ろに「모르다(知らない)」など,何らかの動詞を伴うことが多い。
- 이것이 맞는지 가르져⌒주세요. これが合っているのか教えてください。
- 규모가 큰지 어떤지 알⌒’수 없어요. 規模が大きいのかどうか分かりません。
- 정말인지 아닌지 의심스럽다. 本当なのか違うのか疑わしい。
- 그 사람이 메일을 받았는지 확인해⌒보세요. 彼がメールを受け取ったか確認してみてください。
- 애가 그게 마음에 들’지/들는지 궁금합니다. 子供がそれを気に入ってくれるか心配です。
- 이겼을’지 졌을’지 모릅니다. 勝ったのか負けたのか分かりません。
ときとして文中の疑問形が文末に現れることがある。これは文中の疑問形の後ろの部分が言語化されない表現で,ある種の含みを持たせた疑問のニュアンスがある。
- 도대체 뭘 생각하고⌒있는지. いったい何を考えているのやら。
- 무사히 미국에 도착했는지. 無事にアメリカに着いたのだろうか。
- I-기도 하다 …しもする,…くもある,…でもある
日本語で「食べる」という動詞を2つに分け,間に助詞を挟ませて「…食べはする」,「食べもする」,「食べさえする」などという形を作ることができるが,これと同様のものが朝鮮語にもある。
- I-기는 하다 …しはする,…くはある,…ではある
- I-기도 하다 …しもする,…くもある,…でもある
- I-기만 하다 ただただ…する,ただただ…い,ただただ…だ
- I-기조차 하다 …しさえする,…くさえある,…でさえある
- I-기까지 하다 …しさえする,…くさえある,…でさえある
朝鮮語の場合,用言をまず「I-기」という体言形に作り変え,そこに何らかの語尾をつけ,さらにその後ろに「하다」をつける。
- 술을 먹기는 하지만 즐기는 편은 아니다. 酒を飲みはするが,楽しむほうではない。
- 기쁘기도 하고 슬프기도 합니다. 嬉しくもあり,悲しくもあります。
- 그 주장은 과학적이기만 했다. その主張はひとえに科学的であった。
「I-기는 하다」の場合,後ろには「하다」以外に,用言自体を反復することもできる。日本語の「食べることは食べますが」という表現と同じである。
- 술을 먹기는 먹지만 즐기는 편은 아니다. 酒を飲むことは飲むが,楽しむほうではない。
日本語訳 数年前の冬,北漢山を下っていて転んで,漢方治療を受けに通ったことがあった。そのとき担当した漢方医の先生と荘子に関するあれこれの話をしていて風水が話題になり,ひと頃ばつ悪く過ごさねばならなかったことがあった。
その若い漢方医の先生は,たぶん筆者が荘子の話も分かるとあり,何やら話が通じそうだと思って風水の話を出したのだが,筆者が終始一貫「それは迷信ではないのか」というふうに言い返すと,大して見るべきもののない人と判断したのか,その翌日からはあれこれの話もなく,順序に従って必要な治療だけして,さっと出て行ったからであった。
筆者にとって風水というものは,ほんとうに別世界の関わりないことだった。
幼いとき,いなか町で人が死ぬと風水師なるじいさんが現れ,町の大人たちの前にでんと座って独り偉そうなそぶりをする姿がなぜかしゃくに障ってみえ,羅針盤のようでもある変てこなものを前に置いて,こっちの方向はどうであっちの方向はどうでと言いながら,とうてい信じられもしないことを言ったからかも知れない。
漢方治療が全て終わった日,その漢方医の先生がもう来なくていいと言いながら,「時間ができたら風水の本でも1冊買ってご覧になってください」と言い,あたかも重症患者に注意をするようなその言葉のために,帰りしなに本屋に寄って風水書を1冊購入したのが縁になり,今は同僚の友だちから「おい,風水,風水師…」という言葉をよく聞くようになり,家の人からは「天主教の家になんで風水師なんだ」と露骨なけんつくまで食らうようになるとは,全く予想できなかったことだった。