名詩選


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私の独断で漢詩をいくつか集めてみました。お気に入りの詩のいくつかは近体詩の説明で使ってしまいましたが,いい詩はまだまだたくさんあります。日本ではお目にかかりにくい朝鮮漢詩も挙げておきました。



古詩      五言絶句      七言絶句      五言律詩      七言律詩      五言排律      朝鮮漢詩


古    詩

桃夭        無名氏

桃之夭夭  桃の夭夭(えうえう)たる 

桃の若々しく

灼灼其華  灼灼(しゃくしゃく)たる其の華 

赤々としたその花

之子于歸  (こ)の子 于(ゆ)き帰(とつ)がば 

この子は嫁いで行くが

宜其室家  其の室家に宜しからん 

あちらの家にお似合いだ

桃之夭夭  桃の夭夭たる 

桃は若々しく

其實  (ふん)たる其の実有り 

どっさりと実がなる

之子于歸  之の子 于き帰がば 

この子は嫁いで行くが

宜其家室  其の家室に宜しからん 

あちらの家にお似合いだ

桃之夭夭  桃の夭夭たる 

赤々としたその花

其葉蓁蓁  其の葉 蓁蓁(しんしん)たり 

その葉は生い茂る

之子于歸  之の子 于き帰がば 

この子は嫁いで行くが

宜其家人  其の家人に宜しからん 

あちらの家の人にお似合いだ


敕勒歌        無名氏

敕勒川 陰山下  敕勒の川 陰山の下 

敕勒の川,陰山のふもと

天似穹廬  天は穹廬(きゅうろ)に似て 

空は天幕に似て

籠蓋四野  四野を籠蓋(ろうがい) 

四野を蓋する

天蒼蒼 野茫茫  天は蒼蒼(さうさう) 野は茫茫(ばうばう) 

天は青々とし,野は広々とし

風吹草低見牛羊  風吹き 草低(た)れて 牛羊を見る 

風が吹き草がたれて牛羊が見える


七歩詩        曹植

煮豆持作羹  豆を煮て持って羹(あつもの)と作(な) 

豆を似て鍋物を作り

以爲汁  (し)を漉して以って汁と為す 

つぶした豆をしぼって汁をとる

萁在釜下然  (き)は釜の下に在りて然(も) 

豆がらは釜の下で燃やされ

豆在釜中泣  豆は釜の中に在りて泣く 

豆は釜の中で泣く

本自同根生  本は同根より生ずるに 

もとは同じ根から生まれ出たのに

相煎何太急  相ひ煎ること何ぞ太(はなは)だ急なる 

なぜこうも煎られねばならないのか

【評】 曹植(ソウショク,あるいはソウチ)は三国志で有名な曹操の子で,また魏の文帝である曹丕の弟。権力争いから「七歩のうちに詩を作らねば殺す」と兄の曹丕に脅され,曹植が兄弟のいがみ合いを嘆いて作った詩がこの七歩の詩である。


五 言 絶 句

江雪        柳宗元

千山鳥飛絶  千山 鳥飛絶へ 

すべての山から鳥の飛ぶ姿が絶え

萬徑人蹤滅  万径 人蹤(じんしょう)滅す 

あらゆる小道に人の足跡が消えた

孤舟蓑笠翁  孤舟 蓑笠の翁 

小舟が1つ,みのと笠をまとった老人が

獨釣寒江雪  独り寒江の雪に釣る 

寒々とした川で独り釣りをしている

【評】 私の最も好きな詩です。わずか20字にしてこの奥行き,至高の一首です。


南樓望        盧僎

去國三巴遠  国を去りて三巴遠し 

国を去って遠く三巴の地までやってきた

登樓萬里春  楼に登れば万里春なり 

楼に登ると万里に春景色

傷心江上客  心を傷ましむ江上の客 

川辺の旅人は心が痛む

不是故郷人  是れ故郷の人ならず 

この地の人間でなきがゆえに


秋風引        劉禹錫

何處秋風至  (いづ)れの處よりか秋風至る 

どこからか秋風が吹いてきた

蕭蕭送雁群  蕭蕭(せうせう)として雁群を送る 

ぴゅうぴゅうといって雁の群れを送ってきた

朝來入庭樹  朝来 庭樹に入り 

朝がた庭の樹に吹き入って

孤客最先聞  孤客 最も先に聞く 

孤独な旅人がいちばん先に聞いた

七 言 絶 句

六月二十七日望湖樓醉書

六月二十七日 望湖楼に酔ひて書す        蘇軾

黒雲翻墨未遮山  黒雲 墨を翻へして未だ山を遮らず 

黒雲が墨を翻してまだ山をさえぎりきらないのに

白雨跳珠亂入船  白雨 珠を跳らせ乱れて船に入る 

にわか雨が真珠を弾かせるように乱れて船に入る

卷地風來忽吹散  地を巻く風来たりて忽ち吹き散ずれば 

地を巻く風が来てたちまちのうちに吹き散らかすと

望湖樓下水如天  望湖楼下 水 天の如し 

望湖楼の下,水は天のように青い


村夜        白居易

霜草蒼蒼蟲切切  霜草 蒼蒼として 虫 切切 

霜の降りた草が青々とし虫がちりちりとさえずり

村南村北行人絶  村南村北 行人絶ゆ 

村の南も村の北も行き交う人がいなくなった

獨出門前望野田  独り門前に出て野田を望めば 

独り門前に出て野をながめると

月出蕎麥花如雪  月出て蕎麦(けうばく) 花 雪の如し 

月明かりにそばの花が雪のようだ


出塞行        王昌齢

白草原頭望京師  白草原頭 京師を望めば 

白い草原の端からみやこを眺めると

黄河水流無盡時  黄河 水流れて尽くる時無し 

黄河の水が流れて尽きることがない

秋天曠野行人絶  秋天 曠野 行人絶ゆ 

秋空の広野に行き交う人も途絶えたのに

馬首東來知是誰  馬首東来するは知んぬ是れ誰(た) 

馬の首を東に向けやって来る人はいったい誰だろうか


山中問答        李白

問余何意棲碧山  余に問ふ 何の意ありて碧山に棲むと 

君に問うが,なにゆえ青い山の中に住んでいるのか

笑而不答心自閑  笑ひて答へず 心 自づから閑(しづ)かなり 

笑って答えないが,心は自ずから静かだ

桃花流水窅然去  桃花流水 窅然(えうぜん)として去る 

桃の花,流れる水,その奥深くに分け入れば

別有天地非人間  別に天地の人間(じんかん)にあらざる有り 

俗世とはまた別の天地があるさ


除夜作        高適(コウセキ)

旅館寒燈獨不眠  旅館の寒燈 独り眠らず 

旅館の寒々としたともしびのもと,独り眠れずにいる

客心何事轉凄然  客心何事ぞ転(うた)た凄然 

旅人の心はどういうわけか寂しさが身にしみる

故郷今夜思千里  故郷今夜 千里を思わん 

ふるさとの家族はこの大みそかに千里かなたの私を思っていることだろう

霜鬢明朝又一年  霜鬢(さうびん)明朝 又た一年 

霜の降りたようなびんの毛に,明日の朝また1歳年をとる

五 言 律 詩

春日憶李白        

春日 李白を憶(おも)ふ        杜甫

白也詩無敵  白や詩敵無し 

李白の詩は敵がない

飄然思不群  飄然(へうぜん)として思ひ群せず 

飄々として考えは群を抜いている

清新庾開府  清新は庾開府(ゆかいふ) 

清新なること庾開府の詩のようであり

俊逸鮑参軍  俊逸は鮑参軍(はうさんぐん) 

俊逸なること鮑参軍の詩のようだ

渭北春天樹  渭北(ゐほく) 春天の樹 

私は渭北の地,春空の樹の下にいるが

江東日暮雲  江東 日暮の雲 

あなたは江東の地,日暮れの雲の中

何時一樽酒  (いづ)れの時か一樽の酒 

いつか酒樽ひとつ前にして

重與細論文  重ねて與(とも)に細かに文を論ぜん 

また共に文を細かに語り合いたいものだ

七 言 律 詩

香爐峰下新卜山居草堂初成偶題東壁

香炉峰下に新たに山居を卜し草堂初めて成り 偶々(たまたま)東壁に題す        白居易

日高睡足猶慵起  日高く睡り足れども猶ほ起くるに慵(ものう) 

日が高く充分に眠ったがまだ起きるのが億劫だ

小閣重衾不怕寒  小閣 衾(ふすま)を重ねて寒を怕(おそ)れず 

小さな家で布団を重ねているので寒さなど恐くない

遺愛寺鐘敧枕聽  遺愛寺の鐘は枕を敧(そばだ)てて聴き 

遺愛寺の鐘は枕にもたれかかって聴き

香爐峰雪撥簾看  香爐峰の雪は簾を撥(かか)げて看る 

香炉峰の雪はすだれを跳ね上げて見る

匡盧便是逃名地  匡盧は便(すなは)ち是れ名を逃るるの地 

ここ匡盧はすなわち名声から逃れるによい地であり

司馬仍爲送老官  司馬は仍(な)ほ老を送るの官たり 

司馬はやはり老後を送るのにうってつけの官職だ

心泰身寧是歸處  心泰く身寧(やす)きは是れ帰する処 

心身ともに安寧であればそこが私の帰るところである

故郷何獨在長安  故郷は何ぞ独り長安にのみ在らんや 

故郷が長安でなければならないわけがなぜあろうか

五 言 排 律

送秘書晁監還日本國

秘書晁監(てうかん)の日本国に還るを送る        王維

積水不可極  積水 極むべからず 

大海原は果てしなく

安知滄海東  (いづく)んぞ知らん滄海(さうかい)の東 

海の東はいかならん

九州何處遠  九州 何(いづ)れの処か遠き 

世界の遠く果てまでも

萬里若乘空  万里空に乗ずるが若(ごと) 

はるかに空に乗るごとし

向國惟看日  国に向かひて惟だ日を看 

お日様たよりにふるさとへ

歸帆但信風  帰帆 但だ風を信ず 

帰国の船は風まかせ

鰲身映天黒  鰲身(がうしん) 天に映じて黒く 

くろぐろ光る亀の甲

魚眼射波紅  魚眼 波を射て紅なり 

ちらちら揺れる魚の眼

郷樹扶桑外  郷樹 扶桑の外 

里の山の木遠くにて

主人孤島中  主人 孤島の中 

主は島の中へゆく

別離方異域  別離 方(まさ)に異域 

海を隔てて別れれば

音信若爲通  音信,若爲(いかん)して通ぜん 

知らせを伝える文もなし

秘書晁監 … 阿倍仲麻呂。中国名は晁衡。この詩は仲麻呂の帰国の際に詠まれた。

哭晁卿衡  〔七言絶句〕

晁卿衡を哭(こく)す        李白

日本晁卿辭帝都  日本の晁卿 帝都を辞し 

日本の晁卿は帝都長安を去り

征帆一片遶蓬壺  征帆一片 蓬壷を遶(めぐ) 

行く帆は一片,蓬莱を巡る

明月不歸碧海沈  明月帰らず碧海に沈み 

ところが明月は帰らずして緑の海に沈んでしまい

白雲愁色滿蒼梧  白雲愁色 蒼梧(さうご)に満つ 

白雲の愁いの色が蒼梧の地に満ちる

【評】 阿倍仲麻呂が難破して死んだという誤報に接して作った哀悼の詩。

朝 鮮 漢 詩

花石亭        李珥

林亭秋已晩  林亭 秋 已(すで)に晩(く) 

林の東屋に秋がもう終わろうとしている

騒客意無窮  騒客 意 無窮 

酔い騒ぐ旅人の気持ちは終わりがない

遠水連天碧  遠水 天に連なりて碧にして 

遠くの川は天につながって青く

霜楓向日紅  霜楓 日に向ひて紅なり 

霜の降りたかえでは日の光を受けてひときわ赤い

山吐孤輪月  山は吐く孤輪の月 

山はただ一輪の月を吐き出し

江含萬里風  江は含む万里の風 

川ははるか遠くの風を含んでいる

寒鴻何處去  寒鴻 何(いづ)れの處にか去る 

寒々とした大鳥はどこへいくのだろうか

聲斷暮雲中  声は暮雲の中に断つ 

その声は夕暮れの雲の中に消えてゆく

李珥 … (1536-1584)り・じ,이이(イ・イ)。字は叔献,号は栗谷(りっこく,율곡〔ユゴク〕)。李氏朝鮮の二大儒者の一人。


踰大関領望親庭

大関領を踰(こ)えて親庭を望む        申師任堂

慈親鶴髪在臨瀛  慈親 鶴髪 臨瀛(りんえい)に在り 

なつかしい親は白髪で臨瀛(江陵)にいて

身向長安獨去情  身は長安を向きて独り情を去る 

わが身は長安(ソウル)を向いて独り去りゆく

回首北坪時一望  (かうべ)を回せば北坪 時 一望 

振り返って山あいの村を一望すれば

白雲飛下暮山青  白雲飛下 暮山青し 

白雲のもと,日暮れの山が青々としている

申師任堂 … (1504-1551)しん・しにんどう,신사임당(シン・サイダン)。本名不詳。師任堂は号。申命和の娘にして李珥の母。

大関領 … 大関嶺。朝鮮南部にある峠の名。


無題        無名氏

金樽美酒千人血  金樽(きんそん)の美酒は千人の血 

金の樽のうまい酒は多くの民の血であり

玉盤佳肴萬姓膏  玉盤の佳肴(かかう)は万姓の膏 

きれいな皿のうまい料理は多くの民の体のあぶらである

燭涙落時民涙落  燭涙落つる時 民の涙落ち 

ろうそくの涙が落ちるとき民の涙が落ち

歡聲高處怨聲高  歓声高き処 恨声高し 

歓声の上がるところでは恨み声が上がる

【評】 李道令と芸者の春香の恋物語を描いた李氏朝鮮の長編小説『春香伝』に出てくる詩。春香の住む村に赴任してきた悪徳役人の宴席に,中央政府の隠密となって戻ってきた李道令が出席して,その非を歌ったもの。


采蓮曲        許蘭雪軒

秋淨長湖碧玉流  秋は長湖を浄め碧玉流る 

秋は広い湖を清めて碧玉のように流れ

蓮花深處繋蘭舟  蓮花深き処 蘭舟を繋ぐ 

蓮の花の深いところに蘭の舟をつなぐ

逢郎隔水投蓮子  郎に逢ひ水を隔てて蓮子を投ぐるに 

あなたに会って水を隔てて蓮の花を投げたが

或被人知半日羞  或ひは人に知られ 半日羞(は) 

ひょっとして誰かに見られたかも知れないと思って半日の間恥ずかしかった

許蘭雪軒 … きょ・らんせつけん,허난설헌(ホ・ナンソホン)。本名は許楚姫(きょ・そき,허초희〔ホ・チョヒ〕)。蘭雪軒は号。李氏朝鮮の女流詩人。『洪吉童伝』の作者,許筠(きょ・きん,허균〔ホ・ギュン〕)の姉。


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