漢詩というものは実に趣がある。詩はどの言語で作られていてもそれなりに味があるが,漢詩はひときわ味が深い。もちろん世界でいちばん短い詩といわれる俳句も悪くはないが,我々漢字文化圏の人間にとって,漢詩の深さは他の追随を許さない。このコーナーではそのような奥の深い漢詩の世界をのぞいてみようと思う。
手始めに,このページでは漢詩の概要を解説する。漢詩を楽しむための知識を得ることが目的である。
漢詩は大きく分けて「古体詩」と「近体詩」に分けられる。古体詩は定まった型がなく1句の数や句数,韻の踏み方が自由な詩であり,近体詩は唐代以降に作られた一定の型に従って作られた詩である。一般によく目にする漢詩は後者の方である。また,1句が5字からなる詩を五言詩,7字からなる詩を七言詩という。古体詩の中には五言句と七言句を混ぜて作ったものもあるが,これは雑言詩と呼ぶ。五言詩は句が「2・3」と切れ,七言詩は句が「4(あるいは2・2)・3」と切れる。切れ方がはっきりしているので,漢詩は散文を読むより楽かもしれない。
以下では漢詩の主流を占める近体詩についての話をする。
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近体詩の規則 近体詩平仄一覧 |
漢詩を「詩」というからには,そこには「詩」としての決まりがある。それらを簡単に見ていくことにするが,何はともあれまず一首。
朝辞白帝彩雲間 朝(あした)に白帝を辞す 彩雲の間 千里江陵一日還 千里の江陵 一日にして還(かえ)る 両岸猿声啼不住 両岸の猿声 啼(な)いて住(や)まざるに 軽舟已過万重山 軽舟 已(すで)に過ぐ 万重(ばんちょう)の山 読み下し文は歴史的仮名遣いによる。ただし( )内の漢字の読みは現代仮名遣いによる。
漢詩は和歌などと同じく「首(しゅ)」と数える。上の一首は漢詩の大御所・李白の「早発白帝城(早〔つと〕に白帝城を発つ)」である。「朝辞白帝彩雲間」や「千里江陵一日還」といった,この詩を構成しているパーツを「句(く)」という。従って,この詩は四句から成る詩ということになる。
なお,漢詩は漢文なので,その語順は日本語と異なる。通常は日本語の語順に従って読み下されるが,語呂などの関係により語句が倒置される場合もある。例えば,上の「軽舟已過万重山」は,通常の語順ならば「軽舟,已に万重の山を過ぐ」となるところである。読み下し方には個人差があり常に同一ではないが,有名な詩句はある程度定まった読み下し方がある場合もある。
一句は多くの場合,漢字五字あるいは七字から成る。一句が五字から成るものを「五言(ごごん)詩」,七字から成るものを「七言(しちごん)詩」という。まれに一句が四字から成るもの(四言)や六字から成るもの(六言)もある。俳句は「五・七・五」と句が切れるように,漢詩の句も切れ目がある。五言詩は「二・三」と句が切れ,七言詩は「四・三」(ふつうは「二・二・三」)と一句が切れる。
漢詩は通常,偶数個の句から成り,偶数句の末尾の字は同じ響き(韻)を持つ字に揃える。これを「押韻(おういん)」あるいは「韻を踏む」という。場合によっては最初の第一句の末尾も韻を踏む。上の詩の場合,第一句の「間(かん)」,第二句の「還(かん)」,第四句の「山(さん)」の三字で韻を踏んでいる。
漢詩はそのスタイルの違いから「近体詩」と「古体詩」の二種類に大きく分けることができる。
近体詩(きんたいし)は一句の字数や一首の句数,韻の踏み方など,形式面において厳格な規則が定められている詩である。このような規則は唐の時代に確立した。これに対して古体詩(こたいし)は定まった型がなく,一句の字数や一首の句数,韻の踏み方が自由な詩である。作詩の規則がいまだ確立していない唐代以前の詩を古体詩と称するのはもちろん,唐代以降に作られた詩でも近体詩の規則に従っていない詩もやはり古体詩と呼ぶ。一般によく目にする漢詩は前者,近体詩の方である。
一首が四句から成り立っているものを絶句(ぜっく)という。絶句では第一句を起句,第二句を承句,第三句を転句,第四句を結句と呼ぶ。「起承転結」という語はこの絶句から来ている。
絶句 杜甫
(起句) 江碧鳥逾白 江 碧(みどり)にして 鳥 逾々(いよいよ)白く (承句) 山青花欲然 山 青くして 花 然(も)えんと欲す (転句) 今春看又過 今春 看々(みすみす)又た過ぐ (結句) 何日是歸年 何(いず)れの日にか是れ帰年ならん 【訳】 川は緑で鳥がいっそう白く,山は青くて花が今にも燃えそうだ。今年の春もみるみる過ぎていったが,いつになったら帰ることができるのだろう。
一首が八句から成り立っているものを律詩(りっし)という。律詩は二句を1つにまとめて「聯(れん)」という単位で呼ぶ。第一・二句を首聯(しゅれん),第三・四句を頷聯(がんれん),第五・六句を頚聯(けいれん),第七・八句を尾聯(びれん)と呼ぶ。「首・頷・頚・尾」の聯は,それぞれ絶句の「起・承・転・結」の句に当たる。
律詩での重要な規則として対句(ついく)がある。対句とは同じ構成を持った二つの句である。
擧頭望山月 頭を擧げて山月を望み 低頭思故郷 頭を低(た)れて故郷を思ふ 李白「靜夜思」より
上の二つの句は「挙頭」と「低頭」,「望」と「思」,「山月」と「故郷」がそれぞれ対になっている対句である。律詩ではこのような対句を中間の頷聯と頚聯の二聯で用いなければならない。
八月十五日夜,禁中獨直對月憶元九
八月十五日夜,禁中に独り直し月に対して元九を憶ふ 白居易
(首聯) {
銀臺金闕夕沈沈 銀台 金闕 夕 沈沈 獨宿相思在翰林 独り宿し 相思いて翰林に在り (頷聯) {
三五夜中新月色 三五夜中 新月の色 二千里外故人心 二千里外 故人の心 (頚聯) {
渚宮東面煙波冷 渚宮東面 煙波冷たく 浴殿西頭鍾漏深 浴殿西頭 鍾漏深し (尾聯) {
猶恐清光不同見 猶ほ清光 同じく見ざるを恐れ 江陵卑濕足秋陰 江陵 卑湿 秋陰 足る 【訳】 八月十五日夜,宮中で独り宿直して月と向かい合って元九を思う
銀の楼台,金の御殿に夜がしんしんとふけ,独り翰林院に宿直して君(元九)を思う。十五夜に出たばかりの月を眺め,二千里のかなたの友人の心を思う。渚宮の東は霧のかかった水面の波が冷たく,浴殿の西の鐘の音が漏れて深い。それでもやはりこの清らかな月光をいっしょに見られないのが気にかかる。かの江陵は湿っぽくて秋の曇り空が多かろうに。頷聯と頚聯がそれぞれ対句になっている。「三五」と「二千」は数字の対であり,「中」と「外」は位置の対というように,きれいに対になっている。
律詩の対句部分が増えたものを排律という。従って排律は10句以上からなる。
上にも述べたように,近体詩は一定のルールに従って作られている。そのルールは必ずしも簡単なものではなく,かなり仔細にわたっている。
中国語には声調がある。声調とは音の上がり下がりの調子のことで,例えば「マ」という音1つにしても上がり下がりの調子が違えば意味も違ってくる。漢詩ではこの声調を利用してリズミカルに詩を作る。声調には平声(ひょうしょう)・上声(じょうしょう)・去声(きょしょう)・入声(にっしょう)の4種類があるが,漢詩では特に平声を重視し,上・去・入声はまとめて仄声(そくせい)と呼びひと括りにする。漢詩ではこの平と仄をあんばいよく織り交ぜて詩を作らねばならない。
平仄(ひょうそく)の規則は「二六対,二四不同」と呼ばれる。「二六対」とは1句の中の2字目と6字目の平仄を同じにしなければならない決まりであり,「二四不同」とは2字目と4字目の平仄が異ならねばならないという規則である。例えば,2字目が平声だったら4字目は仄声,6字めは平声にしなければならない。
●●○○○●○ ○○○●●○○ (○は平声,●は仄声) 月落烏啼霜滿天 江楓漁火對愁眠 (月落ち烏啼きて霜天に満ち,江楓漁火,愁眠に対す)
張繼「楓橋夜泊」より
上の例では第1句の2字目「落」が仄,4字目「啼」が平,6字目「満」が仄で,「二六対,二四不同」の原則に従っている。第2句も2字目「楓」が平,4字目「火」が仄,6字目「愁」が平となっている。
なお,出だしの第1句の2字目が平声である場合,その詩の形式は「平起式」と呼ばれ,逆に2字目が仄声である場合は「仄起式」と呼ばれる。
平仄の規則はさらにややこしい。「孤平(こひょう)」といい,前後が仄声ではさまれた平声は避けられる。つまり平声は必ず続いていなければならない。また,1句の下3字に平声が3つ続くのも「下三平」といって避けられる。下3字では平声のみならず,仄声の三連も避けるのが通例である。上の例では孤平も下三平もなく,原則通りに詩が作られている。
また,平仄には粘綴(ねんてい)という規則がある。第1句の2字目・4字目・6字目が「平・仄・平」であれば,第2句は反対に「仄・平・仄」とならねばならない。つまり,奇数句から偶数句へ移るときは平仄を逆にしなければならないのである。だが,偶数句から奇数句へ移るときは平仄は同じにしなければならない。だから,第2句が「仄・平・仄」ならば第3句も「仄・平・仄」でなければならないのである。このように偶数句から奇数句へ移るときに同じ平仄を用いることを粘綴という。
楓橋夜泊 張繼
●●○○○●○ 月落烏啼霜滿天 月落ち 烏 啼きて 霜 天に満ち ○○○●●○○ 江楓漁火對愁眠 江楓 漁火 愁眠に対す ○○○●○○● 姑蘇城外寒山寺 姑蘇城外の寒山寺 ●●○○●●○ 夜半鐘聲到客船 夜半の鐘声 客船に到る 【訳】 月は沈みからすが鳴いて底冷えがいっそう厳しくなる。川辺のかえでと漁り火が秋の眠れぬうつろな眼にちらちらと映る。姑蘇城の向こうの寒山寺の鐘が,夜半に響いてこの旅人の船にまで聞こえてくる。
この場合,第2句と第3句が「平・仄・平」という同じ平仄で粘綴になっている。また,第1句の2字目「落」が仄声なので,この詩は仄起式である。
押韻は原則的に偶数句の末尾で行ない,七言詩はさらに第一句の末尾でも踏むのを原則とする。もちろん五言詩で第一句に韻を踏んでも構わない。ただ,七言詩の場合は第一句で韻を踏まないのは稀である。古体詩は途中で韻の種類を換えても構わないが,近体詩は最後まで同じ韻を用いなくてはならない。これを一韻到底(いちいんとうてい)という。韻はふつう平声で踏むが,仄声で踏む破格の詩も少なくない。なお,韻を平声で踏んだら,韻を踏まない句の末尾は仄声にする。逆に仄声で韻を踏んだら,韻を踏まない句の末尾は平声となる。
涼州詩 王翰
○○●●●○◎ 葡萄美酒夜光杯 葡萄の美酒,夜光の杯 ●●○○●●◎ 欲飲琵琶馬上催 飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す ●●○○○●● 醉臥沙場君莫笑 酔うて沙場に臥せども 君 笑ふなかれ ●○○●●○◎ 古來征戰幾人回 古来の征戦 幾人か回(かえ)る 【訳】 ぶどうのうまい酒,夜光のさかずき。飲もうとすると琵琶の音が馬の上から聞こえてくる。酔っ払って砂漠に寝転がっても君,笑わないでくれ。昔から戦でいったい何人もどってきたというのだ。
この詩の押韻は第一句末の「杯」,第2句末の「催」,そして第4句末の「回」であり,平声である(◎の部分が押韻)。押韻が平声なので,韻を踏んでいない第3句末「笑」は仄声である。この詩は二六対・二四不同の規則が守られ,第2句と第3句の間に粘綴が行なわれており,また孤平も下三平もないので規則を忠実に守っている。
○は平声,●は仄声,◎は押韻を表す。◑,◐は平仄どちらでもよいが,◑○◐のように○が◑あるいは◐で挟まれている場合は,まん中の○が孤平にならないように,◑◐の一方を仄声にしたら他方を平声にしなければならない。
平 起 式 仄 起 式 五 言 七 言 五 言 七 言 ◑○○●●
◑●●○◎
◑●○○●
◑○◐●◎◑○◐●◑○◎
◑●◐○◑●◎
◑●◐○○●●
◑○◐●●○◎◑●○○●
◑○◐●◎
◑○○●●
◑●●○◎◑●◐○◑●◎
◑○◐●●○◎
◑○◐●○○●
◑●◐○◑●◎【例1】五言絶句仄起式
登鸛鵲楼 鸛鵲楼に登る 王之渙
●●○○● 白日依山盡 白日 山に依りて尽き ○○●●◎ 黄河入海流 黄河 海に入りて流る ●○○●● 欲窮千里目 千里の目を窮めんと欲し ●●●○◎ 更上一層樓 更に上(のぼ)る一層の楼 【訳】 白日は山に寄っていって沈み,黄河は海に入っていって流れる。千里の目を窮めたくて,楼閣をもう1階上へ昇った。
【例2】七言絶句平起式
早發白帝城 早(つと)に白帝城を発つ 李白
○○●●●○◎ 朝辭白帝彩雲間 朝(あした)に白帝を辞す 彩雲の間 ○●○○●●◎ 千里江陵一日還 千里の江陵 一日にして還(かえ)る ●●○○○●● 兩岸猿声啼不住 両岸の猿声 啼きて住(や)まず ○○●●●○◎ 輕舟已過萬重山 軽舟 已(すで)に過ぐ 万重(ばんちょう)の山 【訳】 朝,朝やけに色づく雲の中,白帝城を出発した。千里のかなたの江陵へ一日にして帰るのだ。川の両岸の猿の声がなきやまない。この軽い船はもう幾重もの山を越えているのだが。
平 起 式 仄 起 式 五 言 七 言 五 言 七 言 ◑○○●●
◑●●○◎
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◑○◐●◎
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◑○◐●◎◑○◐●●○◎
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◑●◐○◑●◎【例3】七言律詩仄起式
登高 杜甫
○●○○○●◎ 風急天高猿嘯哀 風急に 天高く 猿嘯(えんしょう) 哀しく ○○○●●○◎ 渚清沙白鳥飛廻 渚清く 沙白くして 鳥飛 廻る ○○●●○○● 無邊落木蕭蕭下 無辺の落木 蕭蕭(しょうしょう)として下(くだ)り ●●○○●●◎ 不盡長江滾滾來 不尽の長江 滾滾(こんこん)として来たる ●●○○○●● 萬里悲秋常作客 万里 悲秋 常に客と作(な)り ●○○●●○◎ 百年多病獨登臺 百年 多病 独り台に登る ○○●●○○● 艱難苦恨繁霜鬢 艱難 苦(はなは)だ恨む 繁霜の鬢(びん) ●●○○●●◎ 潦倒新停濁酒杯 潦倒(ろうとう) 新たに停(とど)む 濁酒の杯 【訳】 強い風が吹き天は高くて猿の声は悲しく,なぎさは清らかで砂は白くて鳥が飛び回る。果てなき空間に落葉がむな悲しく散り,尽きることのない長江はとうとうと流れくる。万里はなれて悲しい秋にいつも旅人の身となり,生涯病が多く独り高台に登る。苦労で恨めしくもびんの毛は霜が降ったように白くなり,老いぼれてしまい近頃は好きな濁り酒もやめてしまった。
この登高は頷聯と頚聯が対句になっているのみならず,首聯と尾聯も対句になっている。このように全ての句が対句になっている律詩を全対格という。
近体詩は平声で押韻することが原則であるが,仄声で押韻している詩も少なくない。そのような詩は原則から言えば規格から外れた「破格」に属することになる。仄声押韻の詩の平仄について明記してあるものをあまり見ない。しかしながら,実際に作られた仄声押韻の詩を見ると,二四不同,二六対,粘綴,孤平・下三平の禁止といった平仄の規則はそのまま適用されている。異なるのは,韻を踏まない句の末尾が平声押韻の詩の場合は仄声であるのに対し,仄声押韻の詩の場合は平声となるようである。
【例4】五言絶句仄声押韻
春曉 孟浩然
○○●●◎ 春眠不覺曉 春眠 暁を覚えず ●●○○◎ 處處聞啼鳥 処々に啼鳥(ていちょう)を聞く ●○○●○ 夜來風雨聲 夜来 風雨の声 ○●○○◎ 花落知多少 花 落つること 知んぬ多少ぞ 【訳】 春の眠りはいつ夜が明けたのかも分からない。あちこちから鳥の鳴き声が聞こえてくる。昨夜から風雨の音がしていたが,いったいいくばくの花が散っただろうか。