国際日本学

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教員インタビュー

イーサン・マーク Ethan MARK

役職/
Position
大学院国際日本学研究院 元特別招へい教授
研究分野/
Field
近代日本史、日本占領下のインドネシア史

【English Page】

「歴史の探求から日本を知る」

コロンビア大学で博士号(近代日本史学)を取得した後、オランダのライデン大学で教えています。私の主な研究テーマは、近代日本と第二次世界大戦前後の帝国の経験についてです――日本やアジア全域でのこうした経験の遺産に加えて。特に興味を持っているのは日本占領下のインドネシアの経験(1942-1945)についてで、博論でも2017年に出す新著(The Japanese Occupation of Indonesia: A Transnational History) でも探究したのは、戦時下での複雑に入り組んだ日本人とインドネシア人の相互作用と、日本が占領する以前・最中・以後の変容(進化)evolution です。私が焦点を当てるのは、軍人でもないのに軍のプロパガンダを担うことになった「文化人」であり、彼らと共に、日本が「アジアを西洋植民地主義から解放する」約束を歩むことを選んだインドネシア人です。この物語は悲劇的ですが、同時に刺激的でもあり、また、大戦後のアジアの歴史とグローバルな歴史にとって、とても重要です。


東南アジアにおける日本の経験を研究して気づいたことは、第二次世界大戦の歴史をグローバルで比較的な視点から考えてみる、ということです。例えば、インドネシアの視点から大戦を見れば、大戦のグローバルな局面に対して新しくて非常に重要な洞察が得られるでしょう。日本がインドネシアを侵略した1942年当時、インドネシアは数百年にわたるオランダ植民政策に苦しんでいました。なので、インドネシア人はこの大戦をヨーロッパやアメリカがとらえるようには――例えば民主主義とファシズムの対立――とらえていませんでした。どちらかというと、彼らが見て経験したのは、帝国同士――日本と西洋――「との」対立としての戦争であり、彼らが望んだのは自分たちの新たな独立国家を築くために有利に動くことでした。日本人はと言えば、戦争に勝つためにはインドネシアやほかのアジア諸国が日本へ協力することを説得する必要がありましたから、中国で行ったような戦争災害の二の舞を踏むわけにはいきません。ですから、お互いにお互いを自分の目的のために利用しようとしました。もし、私たちが第二次世界大戦の最中に世界を見まわしたら、同じような複雑な状況を多くの場所で見かけたことでしょう。英領インド、アフリカ諸国、おそらくは韓国や台湾でも。つまり、その地域に住む人々は連合国と枢軸国の競り合いの真っただ中で身動きもできず、その災禍に悩みますが、同時に、自分たちの生命と独立に有利になる立場を得ようとしましたし、帝国諸国側は帝国諸国側で自らのレトリックを駆使して地域の心をつかもうとしました。戦争のたどった先に見えるのは、思考やレトリック上のこうした種類のせめぎあい(struggle)であり、それはインドネシアやインド、アフリカ側だけではなく、アメリカやヨーロッパ、日本側にも見られます。この意味では、世界的な歴史に関して、第二次世界大戦とは正に、帝国の命運と独立運動の高まりの戦争だといえるでしょう。これは、従来の戦史が注目してこなかった物語です。なぜなら従来の歴史は、戦闘員――アメリカ人であれ、ヨーロッパ人であれ、日本人であれ――の経験に焦点を当てているからであり、世界の人口の大多数が「中間に」("in-between")いるにも関わらず、そうした人々の経験にこれまで焦点を当ててこなかったからです。

これは、ある種グローバルな視野ともいえ、私は研究だけではなく授業をする際にも楽しんで発展させています。東京外大での(ライデン大学と同じように)私の授業は、1930年代と40年代における日本とアジアの経験であり、それは今まで述べてきたような経験の記憶とともに、世界的かつ比較的視野からみるものです。思うに、とても重要なのはこの歴史を探究し続けることです。なぜなら、戦争経験とは特に日本とアジア隣国との関係に大きな影響を及ぼし続けているというだけでなく、過去にあった帝国主義やファシズムといった現象の複雑な性質を理解することがアジアや世界中で今現在を形作ってている現象を理解する手助けになるからです。

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