LUNCHEON LINGUISTICS
要旨
2017(平成29)年
2016(平成28)年
2015(平成27)年
2014(平成26)年
2014年12月10日
「日本語文法学会第15回大会報告」
  発表者 川村大(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)
 大阪大学において11月22・ 23の両日行われた日本語文法学会第15回大会について報告した。概況を報告した後、吉田永弘氏「尊敬用法の「る・らる」の位置づけ」を取り上げ、やや詳しく紹介した。

2014年11月26日
「北琉球奄美大島湯湾方言のコピュラ」
  発表者 新永悠人(東京外国語大学大学院, 日本学術振興会特別研究員(PD))
 Dixon (2002) ‘Copula clauses in Australian languages: a typological perspective’では、コピュラ動詞を下記のように定義している。

1. コピュラ動詞は必ずCS(コピュラ主語)とCC(コピュラ補語)を伴う。
2. そのとき、CCが必ず以下の(a)または(b)の関係を示す。
(a) A relation of identity (e.g., ‘he is a doctor’) or equation (e.g., ‘that man is my father), involving an NP as CC
(b) A relation of attribution (e.g., ‘I am tired’, ‘that picture is beautiful’), involving an adjective or a derived adjectival expresion as CC

 さて、湯湾方言の名詞述語文と形容詞述語文の構造は以下の通りである。

・名詞述語文  :CS  CC  コピュラ動詞A (例:arə=ə maga jar-oo「あれは孫だろう」、arə=ə maga=ja ar-an「あれは孫じゃない」)
・形容詞述語文 :CS  CC  コピュラ動詞B (例:maga=ja inja-sa ar-oo「孫は小さいだろう」、maga=ja inja-soo nə-n「孫は小さくない」)

 このとき、コピュラ動詞A(jar-/ar-)とコピュラ動詞B(ar-/nə-)は異なる形式を用いる。カッコ内の異形態の使い分けは、ハイフンの前の形式は肯定文で、ハイフンの後の形式は否定文で用いられる。また、名詞述語文のCCの示す関係は上記の(a)に、形容詞述語文のCCの示す関係は上記の(b)にそれぞれ対応する。
 ここで興味深いのは、Dixon (2002: 8)には(a)と(b)にそれぞれ異なるコピュラ動詞を用いる言語は未だ報告されていないと述べられている点である。
 湯湾方言の名詞述語文と形容詞述語文を見る限り、それぞれに異なるコピュラ動詞(AとB)を用いている。
従って、湯湾方言のコピュラ文は通言語的に珍しい特徴を持つと言えそうである。これは、北琉球の多くの方言に当てはまることでもある。

2014年11月12日
「ウズベク語におけるコピュラ小辞ekanの再考察」
  発表者 日高晋介(東京外国語大学大学院博士後期課程)
 本発表は、ウズベク語のコピュラ小辞ekan (er-moq「である」(不定形) > e-moq + 過去形動詞接辞-kan)について、先行研究の記述およびコンサルタントへの聞き取り調査によって、ekan前部の共時的な形態統語的振る舞いを再検討することを第一の目的とし、ekanの用法拡大の通時的な変遷を推測することを第二の目的とする。
 先行研究ではekanが前置される要素と統語的な位置によってさまざまな機能を持つことが指摘されている。それでは、ekanがこのような多機能性を帯びるようになった過程はどのようなものであろうか。それを探るためには、まずは先行研究の記述とコンサルタントへの聞き取り調査を基に、ekan前部要素の共時的な形態統語的振る舞いを再整理・再検討することが必要であろう。
 本発表では、ekan前部がどの程度動詞的な性質を保っているかという観点から、調査及び先行研究の再整理を行った。その結果を以下の表1にまとめる。さらに、この結果を基に、通時的変遷について推測した。その結果については以下の表2を参照されたい。



2014年10月29日
「バスク語のコピュラ文と描写構文」
  発表者 石塚政行(東京大学大学院博士課程)
 バスク語では、恒常的な属性を表すか、一時的な状態を表すかによって、2種類のコピュラ文が使い分けられる。フランス方言では、コピュラ補語に主語の数を示す接辞-aが付く場合(Aタイプ)は恒常的な属性を、付かない場合(Bタイプ)は一時的な状態を表す。
 本発表では、この使い分けをStassen (1997)の一項述語文の類型論に位置づけることを目指す。Aタイプコピュラ文は、補語に接辞-aが付く。これは、名詞述語文と同じ構造である。一方、Bタイプコピュラ文は、補語が描写構文の二次述語としても用いられる。ここで、描写構文と連用修飾構造が連続しているるという知見を踏まえ、バスク語において両者は一つの付加構造を成すと考える。すると、Bタイプコピュラ文の補語と、所在文の補語は、いずれも付加構造で用いられるという共通点を持つ。このように考えると、バスク語のコピュラ文の使い分けは、Stassen (1997)の提案するAdjectival N―L-switchingの一例と見なすことができる。

2014年10月22日
「原刊『捷解新語』に現れる朝鮮語の形式名詞kes」
  発表者 小山内優子(東京外国語大学大学院博士後期課程)
 現代朝鮮語の形式名詞kesは、物や人などの具体物を指したり、補文節を形成したりする他に、モダリティ標識としても使われるが、中期朝鮮語(特に15世紀)ではもっぱら具体物を指していた。本発表では、中期朝鮮語の次の前期近代朝鮮語において形式名詞kesがどのように用いられているかを考察した。調査の結果、非現実連体形-lが先行するkesには、話者の意志や推測、非実現の事態を表すモダリティ標識に文法化した例が数多く見られた。文法化したと判断する根拠は次の2点である。第一に、一般に終止形や接続形の前にのみ現れる丁寧の接尾辞がkesに先行する連体形内部に現れうる。第二に、形態上はkesに対格助詞がついた形であってもこれを受ける上位述語が無く、全体で接続語尾のように振舞う場合がある。このような文法化の例はkesに現実連体形-nが先行する場合には見られないことから、現実連体形よりも非現実連体形が先行する環境で先に起こった可能性があることを指摘した。

2014年10月15日
「日本認知言語学会第15回全国大会報告」
  発表者 三宅登之(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)
 2014年9月20日(土)~21日(日)に慶應義塾大学日吉キャンパスで開催された日本認知言語学会第15回全国大会について報告した。まず全体のプログラムについて概観し、次に研究発表の中から、平田未季氏(秋田大学)の「なぜ「中距離指示」のソ系は「そこ」という形式で用いられることが多いのか―共同注意の確立と話し手による指示形式の選択―」を詳細に紹介し、中国語との若干の比較も交え、コメントを加えた。
  日本認知言語学会第15回全国大会プログラム→http://homepage2.nifty.com/jcla/japanese/2014/top-2014.htm

2014年10月8日
「内モンゴルのモンゴル語諸方言に見られる終助詞=leeについて」
 発表者  山田洋平(東京外国語大学大学院博士後期課程)
 内モンゴル地域で使用されているモンゴル語の諸方言には、=leeという終助詞的要素がある。これは否定文の末尾に付されることで、「~なくなる/(考えを改めて、やっぱり)~ない/~ないことにする/もう(これ以上)~ない」などといった表現を成すものである。これは当該モンゴル語所方言を取り巻く大言語である漢語の、完了「了」における「状況が変わって本来の計画や傾向に変更が生じた」という用法に非常によく似ている。

2014年7月16日
「日本ロマンス語学会第52回大会報告」
  発表者 土肥篤(大学院総合国際学研究院イタリア語研究室教務補佐員)
 京都外国語大学で5月31日・6月1日に行われた第52回大会について報告した。1日目の統一テーマより「現代共通イタリア語の並列複合語における構成素の語順」(津田悠一郎氏)、2日目の自由テーマより「ドロミテ・ラディン語バディーア方言における疑問の小辞」(土肥篤)をそれぞれ紹介した。

2014年7月9日
「ハンガリー語の-vA+van構文について」
  発表者 梅田遼(東京大学大学院修士課程)
 本発表では、副詞的分詞である-vA分詞と存在動詞vanによる構文(以下、-vA+van構文)の解釈について検討した。発表者は、当該構文を以下の理由からNedjalkov & Jaxontov (1988)が定義した意味での「結果構文」として解釈すべきだと主張する。その理由は、1)形成できる動詞が限られ、生産性に制限がある(telicであること、被動者項を持つこと、状態変化を含意すること)、2)他動性の高い動詞から-vA+van構文を形成できるとは限らない、3)非対格動詞からは形成できるが非能格動詞からは形成できない、の3点である。以上の理由から、発表者は先行研究で指摘されていた-vA+van構文の受動構文的解釈に異議を唱え、当該構文の結果構文的解釈を支持するものである。

2014年7月2日
「ベンデ語(タンザニア・バントゥ)のPersistiveアスペクトの文法化」
  発表者 阿部優子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員)
 バントゥ諸語の動詞に特徴的なアスペクトであるPersistive標示(バントゥ祖語では*kí-と再建される)が指示する典型的な意味は「まだ~している」である。しかしながら、ベンデ語におけるpersistiveの継承形(sí-/syá-)は、周辺言語よりも比較的パターンが多く、2つの形式(sí-/syá-)を持ち、3種類の意味が区別され、4種類の構文で現れ、それらが5種類すべての時制で現れる。
 本発表ではベンデ語persistiveの変種ごとの使い分けを示すとともに、特に3種類の意味の連続性について、Guldemann (1996, 1998)により議論された通バントゥ諸語のPersistiveの文法化による意味変化のシナリオを示し、そのシナリオ上におけるベンデ語の位置を示す。また、ベンデ語のpersistiveの複数の形式について、内的変化について一仮説を提案する。

2014年6月25日
「ジンポー語比較方言研究の諸問題:わたり音の対応を例に」
  発表者 倉部慶太(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 日本学術振興会特別研究員)
 ジンポー語諸方言を対象とした比較言語学研究における諸問題の一つとして、わたり音の音対応を取り上げ、音変化の自然性、多数決の法則、祖語の体系性などの根拠に基づきながら、ジンポー祖語のわたり音の再構を試みた。結果として、以下の点が明らかになった。(a)前舌母音の直前という環境において、ジンポー祖語の頭子音*w-は、標準方言およびンクム方言でy-へと発展した。(b)前舌母音の直前という環境において、ジンポー祖語の頭子音*ʔw-は、標準方言、ンクム方言、ガウリ方言でʔy-へと発展し、ドゥレン方言、ディンガ方言、ヌンプク方言、トゥルン方言では消失した。

2014年6月18日
「日本言語学会第148回大会報告」
  発表者 蔡熙鏡(チェ ヒギョン) (東京外国語大学大学院博士後期課程)
 2014年6月7日と8日に法政大学で開催された日本言語学会第148回大会について報告した。大会の概要について報告した後、口頭発表から吉岡乾氏(国立民族博物館)の「ブルシャスキー語の動詞の連体修飾構造」と浅尾仁彦氏(ニューヨーク州立大学バッファロー校)の「接辞・接語・複合の左右非対称性:統一的理解に向けて」の2件の発表についてやや詳しく紹介した。

2014年6月11日
「ConCALL2014 (1st Annual Conference on Central Asian Languages and Linguistics) 大会報告」
  発表者 山越 康裕(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)
      日高 晋介(大学院博士後期課程)
 2014年5月16, 17日にアメリカ・インディアナ大学ブルーミントン校で開催された1st Conference of Central Asian Languages and Linguistics (ConCALL)について報告した。大会の概要を山越が報告し、日高が基調講演の一つであるJakilin Kornfilt氏の"Turkish Relative Clauses: How Exceptional are They from a Central Asian Turkic" をとりあげ、紹介した。

2014年6月4日
「日本語学会2014年度春季大会報告」
 発表者 川村大(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)
 早稲田大学において5月17・18日の両日行われた日本語学会2014年度春季大会(創立70周年記念大会)において報告した。概況を報告した後、2日目の口頭発表から指示詞に関する発表を2件取り上げてやや詳しく紹介した。すなわち、堤良一・岡﨑友子「ソ系(列)指示詞の記憶指示用法について」と、竹内史郎・岡﨑友子「日本語接続詞の捉え方――ソレデ、ソシテ、ソレガ/ヲ、ソコデについて――」とである。なお、報告に先だって、同学会における近時の動向についても紹介した。

2014年5月21日
「現代朝鮮語の「言いさし」における節の構造とモダリティの関係について」
  発表者 黒島規史(大学院博士後期課程)
 本発表では、現代朝鮮語の「言いさし」における節の構造と、それが表すモダリティ的意味との関係を明らかにした。考察対象は接続語尾-key, -myense, -se, -nikka, -nuntey、また引用語尾としての-myense、-nikkaである。主節を伴わずに従属節のみで現れる「言いさし」文において、節が小さく文らしさに欠けるほど話者の心的態度を「表出」させるかのような意味を表し、節が大きく文らしくなるほど、「対事態モダリティ」、「対聞き手モダリティ」をも表す傾向がある。節の大きさは、①節の内部にテンス形式を持ちうるか、②引用節を含みうるか、③丁寧さを表す-yoと共起しうるかということを基準にした。例えば比較的小さい節のことを考えてみると、-myenseはテンス形式のみを含むときは「言いさし」において「~くせに」という「表出」的意味を表す。一方、節の内部に引用節をも含む比較的大きい節のときは「~なんですって?」と聞き手に伝聞内容を確認する「対聞き手モダリティ」に近い意味を表すようになる。

2014年5月14日
「アラビア語のal-maf‘ū li-’ajl-i-hi (object of cause) の再考察」
  発表者 イハーブ・アハマド・エベード(東京外国語大学外国語主任教員)
      松尾愛(大学院博士前期課程)
 アラビア語の名詞類の対格分類のうちal-maf‘ū li-’ajl-i-hi (object of cause)には、min ’ajl-i で言い換え可能な【目的】を表すものと、bi-sabab-i で言い換え可能な【理由】を表すものとに下位分類できることをアンケート調査を通じて明らかにした。いずれも不定の動名詞が用いられることを主張した。また、いずれかに言い換え可能な場合には、状況・条件を表すḥāl ではないとみなすべきであると主張した。

2014年5月7日
「『元朝秘史』モンゴル語の人称代名詞属格形と譲渡可能性」
  発表者 山越康裕(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)
 モンゴル語族のひとつ、ハムニガン・モンゴル語では所有者と被所有者の関係(「○○の△△」)をあらわすいくつかの形式があり、その使い分けが譲渡可能性(alienability)によっている。この譲渡可能性による区別は、譲渡可能接辞によって同じような区別をおこなうツングース系のエヴェンキ語の影響と考えられる。しかしながら、
  a. モンゴル語族にも譲渡可能性による区別がもともと存在し、エヴェンキ語の影響下にあったハムニガン・モンゴル語にのみそれが保持されたのか、
  b. モンゴル語族には譲渡可能性による区別がなく、後にハムニガン・モンゴル語で区別されるようになったのか、
 が不明確であった。
 そこで、13世紀のモンゴル語で書かれたとされる『元朝秘史』を対象に、中期モンゴル語において譲渡可能性による区別があったのかを検証し、
  1)『元朝秘史』モンゴル語にはハムニガン・モンゴル語のような譲渡可能性による相補的な区別は見られないこと、
  2) ただし譲渡可能性に関与していると考えられる傾向がみられること
  3) おそらく『元朝秘史』モンゴル語よりのちの時代に被所有者に後続する人称代名詞属格形が付属語化していくのにともなって、譲渡可能性による区別がハムニガン・モンゴル語で発達していったと考えられること
 を結論として述べた。

2014年4月30日
「ラワン語の再帰接辞-shiに関する一考察」
  発表者 大西秀幸(東京外国語大学大学院博士後期課程)
 チベット=ビルマ語派、ヌン語支に属するラワン語には中動・再帰的な意味を実現すると先行研究に指摘される-shìという形式がある。同時に、-shìには別の用法として、事象が状態的であることを示すとも指摘されている。両者は一見全く別の機能だが、「事象の他動性を低める機能」という一般化が可能である。さらに、近しい系統の言語の同源形式を観察すると、祖形の段階で、「他動性を低める」機能を持つ接辞が存在し、ラワン語に分化してから再帰的な用法を持つようになったと推定できる。

2014年4月23日
「バスク語の自動詞化と再帰構文」
  発表者 石塚政行(東京大学大学院博士課程, 日本学術振興会特別研究員)
 本発表では、行為主と被行為主が同一であるような事態(直接再帰)を表すバスク語の二つの構文を取り上げ、どのような動詞がどちらの構文に現れるかを論じた。二つの構文とは、再帰的名詞句bere buruaを直接目的語とする他動詞文(再帰構文)と、絶対格の主語を取る自動詞文である。
 まず、先行研究で自動詞文のみに現れるとされている動詞は、主に身繕いを表す動詞であることを指摘した。これらの動詞は低ナファロア方言では再帰構文にも現れることも述べた。
 次いで、再帰構文のみに現れる動詞は方言ごとに異なることを指摘した。さらに、低ナファロア方言では、1)被行為主が不可逆的な変化を被る事態、2)被行為主が変化をまったく被らない事態という2種類の事態を表す動詞は再帰構文のみに現れる、と主張した。

2014年4月16日
「ウズベク語における欠如を表す形容詞派生接辞 -sizについて」
  発表者 日高晋介(東京外国語大学大学院博士後期課程、日本学術振興会特別研究員DC)
 ウズベク語の-sizは、形容詞を形成する接辞であり、名詞語幹で表される事物の欠如・不足を表すとされている。ウズベク語には、-sizと意味的に対称な-liという接辞もあり、名詞語幹で表される事物の所有を表すとされている。従来のウズベク語の研究では、-sizと-liの意味的な対照性のみが注目されている。管見の限りでは、このような両者の形態統語的ふるまいの差異に注目した先行研究は存在しない。
 本発表では、欠如を表す-sizの形態統語的ふるまいを、所有を表す接辞 -liと対照しながら記述する。そして、両者の大きな違いとして、-sizは前部要素に複数接辞や所有人称接辞を含む名詞語幹・人称代名詞・指示詞をとることができるのに対し、-liはこれらの前部要素をとることはできない、ということを指摘する。以上の考察を基に、-sizは単なる形容詞派生接辞ではないと結論づける。

2014年2月5日
「モンゴル語ハルハ方言の動詞派生接辞 -s「~と言う」:文からの派生」
  発表者 梅谷博之(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員)
 本発表は、モンゴル語ハルハ方言の動詞派生接辞-sについて記述した。管見の限り、この接辞について言及している先行研究は見当たらない。
 まず、-sによる派生語が、「~と言う」「~について話す」などの意味を表すことを指摘した。-sによる派生語は、主にDAT X-s-aad bajx jum bajxguj, DAT X-s-aad bajx jum alga, DAT X-s-aad bajx juu bajx veといった決まった表現で用いられる(“DAT”は与位格名詞句を表す;“X”は接辞-sが付加される語基を表す;-sの後の-aadは完結を表す副動詞語尾を表す)。そしてこれらの表現はいずれも、「DATが「X」とうるさく言わない(言うべきではない)」「DATがXに関して気にしない(気にするべきではない)」「DATがXに関して特に言及することを持たない」といった意味を表す。
 次に、-sおよび、-sによる派生語の形態的な特徴を3つ指摘した:(i) -sによる派生語は、屈折形のうち、完結を表す副動詞形のみで現れる;(ii) -sは他の派生接辞同様、語(語基)に付きうるが、それ以外にも句や文・発話といった語よりも大きい単位にも付きうる;(iii) -sは動詞の屈折接辞の後にも現れうる。

2014年1月29日
「青森県津軽方言の文末詞の取り扱い」
  発表者 大槻知世(東京大学大学院修士課程)
 本発表では、青森県西部で話される津軽方言の文末詞(終助詞とほぼ同義)「ナ」「バ」「ガ」の分析を試みた。先行研究では、主に疑問文における分布状況などから、これらは同等の意味的・機能的地位にあるとして一様に扱われてきた。
 しかし本発表では、実は平叙文にも生起する「ナ」「バ」「ガ」の共起関係と連接順序に注目し、これらにおいて認められる一定の傾向は、文末詞間の差異を反映していると考えた。現時点での結論として、中右実(1992『認知意味論の原理』大修館書店:442)の階層意味論にならい、津軽方言の「ナ」はDモダリティ(発話態度)に、「バ」「ガ」はSモダリティ(命題態度)に属すると言うことができる。

2014年1月22日
「スライアモン・セイリッシュ語のアプリカティブ接尾辞の歴史的起源について」
  発表者 渡辺己(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)
 スライアモン語はセイリッシュ語族の中央語派(海岸語派)に属し、その最北に位置する言語である。スライアモン語には4つのアプリカティブの接尾辞がある。ここではそのうちの-ʔəm ‘Indirective’の歴史的起源について考察した。このアプリカティブの接尾辞は生産性が高く、自動詞語幹、他動詞語幹の両方で見られる。この接尾辞が付加された語幹の目的語は受益者である場合が多い。もとの語幹が他動詞の場合、論理的な被動者は斜格名詞項として扱われる。述部には最大で2項までしか表わせないためである。これと同じ機能は、他の多くのセイリッシュ語では、セイリッシュ祖語に再構できる*-xiという接尾辞が担い、スライアモン語のこの接尾辞は後に発達したものだと考えられる。興味深いことに、スライアモン語のすぐ南に位置するシーシェルト語でも、この特徴が見られる。すなわち、シーシェルト語では同じ機能が-émという接尾辞で表わされる。スライアモン語の-ʔəmとシーシェルト語の-émはともに、セイリッシュ祖語の自動詞接尾辞*-(V)mにさかのぼると考えられる。この接辞にアプリカティブの機能を担わせるようになったのは、これら2言語が分岐する前だと考えられる。

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