第3回 10月23日(火)
「マダガスカル語でもない、フランス語でもない、日本手話とも違う、独自の混成言語マダガスカル手話」

   講師:箕浦 信勝 東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授

みなさん、ときどきテレビで手話をご覧になる機会が増えてきているのではないかと思います。しかし、わからないことばかりなので、私もこんなことを聞かれたりします。「マダガスカル手話ってマダガスカル語なんですか?」また、「全世界の手話って同じなんでしょう?(あるいは、どうせ人工言語なのだから、同じにすべきではないですか?)」

これらは、どれも的を射てはおらず、真実からずれています。まず、マダガスカル手話は、書記・音声マダガスカル語の影響は多く受けていますが、文法レベルでも、語彙レベルでも、マダガスカル語と同一ではありません。文法の作りも、語彙カテゴリーの分け方も、マダガスカル語とは似ているところもあれば、全然違うところもあります。

また、全世界の手話は同じだ!あるいは、同じにすべきだ!という暴論は、「手話って人工言語でしょう?」という素朴な誤解から生じています。手話言語は、初期に「聴者(聞こえる人)」や、他の地域の手話を使う聾者からのインプットが少しだけあることはありますが、手話の文法・語彙のほとんどの部分は、(例えば聾学校など)ひと所に集められた聾児が、『言語を生みだす本能』(スティーブン・ピンカー著 日本放送出版協会 1995年 上・下)を以て語彙数を爆発的に増やし、文法を作り上げて行った結果としてできあがっています。ここは、(音声)言語学者でさえも誤解していることが多いですが、手話言語は、人工言語ではなく、自然言語です。

では、マダガスカル手話のどこが混成言語かと言うと、1960年に、マダガスカルで初めて聾学校が設立されたときに、その設立に携わったルーテル教会の関係で、ノルウェー人の先生方が数人連れてこられて、教えていらっしゃったので、少しだけ、ノルウェー手話の単語が残っています。(文法面でノルウェー手話の影響が残っているかどうかは、まだわかっていません。今後の研究課題です。)また、聾者といえども、日々の生活の中で、書記・音声マダガスカル語と接しているので、手話もマダガスカル語の影響を受けています。(でも、同一の言語になるほどの影響力はありません。)標題には「フランス語」と入れたのですが、それは、マダガスカルの公用語がマダガスカル語とフランス語だからというだけで、聾者のほとんどは、書記・音声フランス語と接することはあまり無く、影響は最小限です。(とは言え、聾学校から、高校の卒業資格であるバカロレア試験に合格する聾児も出て来ており、最近は聾学校でもフランス語がちゃんと教えられていることが伺えます。今後は、フランス語からの影響もわずかながら増大する可能性はあります。)また、当日、どこまで深く掘り下げることができるかどうかわかりませんが、世界の手話言語に共通の文法的特徴というのはあって、これは、視覚・身振りモードという「モダリティー」からの影響なのかも知れません。

と、話す材料は非常に豊富にあるのですが、とっちらかった話になって、受講者のみなさんが消化不良にならないよう、要点を纏めて話そうと思います。
 

▲ ページ先頭へ戻る

© All rights reserved. Institute of Language Research, Tokyo University of Foreign Studies.