ビルマ語

ビルマ語
Myanmar Bada-zaga
(英:Myanmar Language, Burmese)


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奥平 龍二


ことばの概説


  1. 言語名

     東南アジアの最西端に位置するミャンマー連邦は、現政権によれば、大小135種もの民族からなる、 いわゆる多民族国家であるが、その最大多数派である「ビルマ」族が使用する言語が、邦語で「ビルマ語」 (または、ミャンマー語)、原語でMyanmar -badhazaga(Myanmar zaga)、 英語で、Myanmar languageと呼ばれる言語である。(註)

     (註)1989年6月、ビルマ政府は、1948年1月4日の同国の独立以来、 国名の原語名である「ピィーダウンズゥ・ミャンマー・ナインガン・ドー (Pyidaung-zu. Myanma Nainggan-daw)の対外呼称であるUnion of BurmaをUnion of Myanmarに、 また、その言語および民族名もBurmese/BurmanからMyanmarに改める旨公表した。 また、同時に、原語と対外呼称の2本立てになって使用されてきた管区・州、都市、河川、地名、道などの呼称も 全て、原語呼称に統一する(例:ヤンゴンとラングーンをヤンゴンに統一)旨発表した。 この措置に対し、日本政府は、国名を従来の「ビルマ連邦」から「ミャンマー連邦」に改称した。 本稿では、国名を原語名の音読みに従って「ミャンマー(連邦)」とし、また、多民族国家であることを考慮して、 その最大多数派の民族名を、原語の「バマー」(Bama)に対応させて「ビルマ族(人)」、 その母語を「ビルマ語」と呼称することとする。

  2. 系統

     ビルマ語は、東南アジアの言語系統の大きな流れの一つであるシナ・チベット語族の中のチベット・ビルマ諸語に属し、 中国雲南地方のロロ語などと共に、ロロ・ビルマ語群として分類されている。このうち、ビルマ語群は、 ビルマ語とマル語・ラシ語・アツィ語の二つのグループに分けられる。

  3. 使用地域

     ミャンマー連邦は、先に述べたとおり、多民族によって構成される国家である。 現在、最大多数派のビルマ族が主として居住する、 エーヤーワディー(イラワジ)川流域を中心とするビルマ本州(7つの管区よりなる)と、 カチン、カヤー、カイン(カレン)、チン、モン、ラカイン(ヤカイン)および シャンの各少数民族に割り当てられた主として丘陵地域の7つの州をもって構成されている。 また、人口構成比は、多数派民族のビルマ族が全人口の約70%、他の少数民族が併せて約30%である。 一般論として云えば、ビルマ族は、母語であるビルマ語を話し、他の少数民族は、それぞれの母語を話し、 ビルマ語は第2言語である。しかし、実際には、状況は複雑であり、 特に、1948年1月の独立以来、歴代政府、とりわけ、62年3月成立したネー・ウイン政権下で、 政府・官公庁や学校教育で公的にビルマ語が使用されるようになった結果、ビルマ語は少数民族の母語に大きな影響を与え、 その通用力と範囲が少数民族の居住する地域にまで年々拡大されてきている。

  4. 話者人口

     ビルマ語の通用範囲は、3.で述べた通り、ビルマ語を第2言語として使用する少数民族の間で、 年々、地域的に拡大し、人口的に増加している。 また、彼らの間で世代の交代もあり、少数民族言語とビルマ語が共に母語、 あるいは生まれながらにしてビルマ語が母語である者も増加傾向にあり、 将来的には、少数民族言語が消滅の危機にさらされはじめている。 いずれにせよ、公式の統計はないが、現在、ビルマ語の通用力は、母語話者人口がビルマ族のみならず、 少数民族にも広がりを見せ、第二言語の話者人口を加えると、 総人口4、660万人(1997年度ミャンマー政府推計)の90%程度に達しているものと推定される。

  5. 言語をめぐる歴史

     ビルマ語の歴史は、文字文化の面からみると、大きく、3段階に分けることができよう。 その第1期は、11世紀の前半に始まり13世紀末に至るパガン統一王朝時代である。 インドやスリランカの高度な宗教文化を受容し独自の文化を築いていた先住民族モン族の文字を概ね踏襲してビルマ文字を考案した。 また、この時代に、ビルマ南部モン族の国家タトンで興隆していた上座仏教がパガンに導入され、その聖典用語であるパーリ語が、 ビルマ語の語彙、文法、辞典などに計り知れないほど大きな影響を与えた。第2期は、英国との3度の戦争に敗れて、1885年以降、ミャンマー全土が英国の植民地支配下に置かれてから1948年独立するまで60年余り、ミャンマーでは、英語が普及し、また、この間、1942-45年の3年間の日本軍占領期には、短期間ではあったが、日本語も通用し、ビルマ語の後退期であった。第3期は、独立後、とくに、62年3月~88年8月のネー・ウイン政権、および88年9月に登場した現政権下での文化の「ビルマ化」政策によるビルマ語中心の時代である。

     ビルマ語は、1974年の社会主義憲法(現政権下で、建て前上は、停止されているが、実質的には大半の条項が有効と考えられる) 第152条で、「共通語」(Amya:- thoun: zaga: その公式英訳語はCommon language)と定めているほか、 「他の民族言語も教えることができる」と規定している。しかし、実際には、ビルマ語は、政府・官公庁では、 「公用語」に準じた地位が与えられており、逆に、少数民族言語が使用されることはない。 その意味で、憲法の規定は、むしろ、74年憲法下で、少数民族に対し自治権の賦与されない名目的な7つの民族州が設置されたのと同様、 多分に、少数民族言語に対する一定の配慮を行ったものと考えられる。

  6. 言語に関する状況(方言、地方語、その他言語にまつわる文化的背景など)

     ビルマ語には、古くから方言が存在する。中央平野部のヤンゴン(ラングーン)・マンダレー、西南部のラカイン(ヤカイン)、 東南部のダウエー(ダヴォイ)およびベイッ(メルギー)、東部のインダー、ダヌ、および タウンヨーと西部のヨーなどの8つの方言が知られている。

     先に述べた通り、ビルマ語は、「共通語」の地位を占めている。憲法では、多民族国家への配慮から、 ビルマ語に対して「公用語」(Official Language)という表現は用いられず、また、少数民族言語で教育することが認められているが、 実質的には、ビルマ語だけが政府、官公庁の「公用語」であり、 また、学校での「教育言語」としての地位にある。これに対して、少数民族言語は74年3月の社会主義政権下で、カイン(カレン)、 モンなどの少数民族言語による国定の初等科用教科書が出版され、 これらの地域で部分的に使用されてきた模様であるが、現状は定かでない。

     ビルマ語は、古くから、インドやスリランカの文字文化を受容したため、サンスクリット語やパーリ語の借用語が多い。 とりわけ、スリランカから、パーリ語を聖典用語とする南方上座仏教を受容したため、パーリ語源の語彙を豊富に有しているほか、 モン語からの借用語が多く認められる。このほか、歴史的に長い交流のあるシャン語、植民地時代以降の英語をはじめ、 インド諸語(ベンガル語、ヒンディー語など)、中国語などからの借用語も少なくない。

  7. 使用文字(正書法)

     年代の明らかな現存最古のビルマ語文献は、グービャウッチー碑文(1112年制作、通称ミャゼーディー碑文として名高い)であり、 このことから、もともと文字をもたなかったビルマ語が少なくとも12世紀初頭には文字化されたと考えられている。ビルマ文字は、 インド系諸文字の起源とされるブラフミー文字から派生した南インドのパッラヴァ(Pallava)文字を改作して考案されたモン文字を ほぼ全面的に借用したものである。

     ビルマ文字は、33の基本文字(字母)の第29番目(第6段目の左から4つ目)にあたる「ワァ」(wa.)を基調としている。 言い換えれば、全てのビルマ語の基本文字は「ワァ」、すなわち、円そのものの変形であるとみなすことができよう。 従って、ビルマ語の字母表の文字を覚える時は、まず、「ワァ」を正確に書くことからはじまる。

     ビルマでは、「書く時は正しい綴字で、読む時は発音通りに」 ( )という格言があり、伝統的に、正書法が重視され、 「綴字法典」(Tha-poun Kyan:)がしばしば編まれてきた。 現代ビルマ語の正書法については、 1971年に結成された「ビルマ語委員会」(Myanmaza Kawmashin)が75年に、教育省直属の「ビルマ語協会」(Myanmaza Ahpwe.)と 改称後開始した『ビルマ語辞典』編纂事業の一環として、政府がビルマ語の正書法に本格的に取り組んだ。 78年の第1巻にはじまり80年まで第5巻をもって完成した『要約ビルマ語辞典』についで、 同協会が、86年、 『ビルマ語綴字法典』(Myanma Saloun:-baun: Tha-poun Kyan:)の初版本を発行し、 国家事業として、標準的なビルマ語正書法を提示した。

  8. 音声と音韻
    1. 母音

       ビルマ語の単語を構成する音節は、核になる字母(頭子音)を中心に、その上下左右に、母音符合、介子音符合、末子音符合および声調符合を付して表記する。
       ビルマ語の母音は、舌の先端の位置によって、
      前舌:
      中舌: の軽声音
      奥舌:
       の7種に分けられる。また、舌の高さによって、
      高母音:
      中母音:
      低母音:
      に分けられる。これに加えて二重母音(ai, ei, ou, au)がある。

    2. 子音

       ビルマ語の子音は、頭子音(字母)、介子音(h, y, w)および、鼻音(n)と 声門閉鎖音()からなる末子音(子音で終わる音節)の3種類がある。介子音は、頭子音と母音の間に介在する子音であり、
      末子音には( / / / / / )がある。

    3. 声調と軽声化

       ビルマ語はいわゆる「声調言語」であり、降声、平声、抑声、および促声という四声と軽声を持つ。 ただし、ビルマ語の場合、文章として音読されたり、会話が行われたりする場合、「軽声化」と「連声」が起る。 すなわち、各単語が持つ本来の声調パターンが後続の単語に影響されて変化が起こり、高低アクセントが滑らかになる。

    4. 有声化(連濁)

       ビルマ語では、音節が連続する時、通常、日本語の連濁のように、「有声化」現象(例: [御飯] + [店] = - [レストラン]) が起る。
      また、声調パターンのうち、第4声調(促音)の後に続く音節は、原則として「有声化」しない(例: [本] + [店] = - [書店])。

    5. 音節構造

       ビルマ語は、シナ・チベット語に共通する単音節語を基本とするが、パーリ語やサンスクリット語などの外来語を多く受容したため、多音節語も存在する。音節構造は、母音で終わる開音節と子音で終わる閉音節とからなる。

    6. 音素目録

       ビルマ語の場合、音素の恒常的な単位である音素には、
      子音:p, hp, b, m, t, d, t, ht, d, n, k, hk, g, ng, , c, hc, j, ny, hn, s, hs, z, l, hl, y, hy, w, hw, r
      母音:(口母音)a, e, i, o, u, ei, ou, ai, au
         (鼻母音)an, in, un, ein, oun, ain, aun

  9. 言語の構造的特徴

     ビルマ語の品詞は、それ自身で意味を持つ「自立語」と、自立語に付いて機能する「付属語」とからなる。自立語には、名詞、動詞、形容詞、副詞などがあり、付属語には助詞や助動詞がある。さらに、ビルマ語の品詞は、形容詞や副詞を動詞に含めれば、名詞類、動詞類および助詞類の3つに大別することもできよう。また、ビルマ語では、若干の接頭辞を除き、自立語に付属語が従属すると句や節が形づくられる。

     ビルマ語の統語法は、語順と格助詞により決まる。語順は、S+O+V(主語+目的語+動詞)で日本語と同じである。ただし、否定文や禁止文などの語順は否定詞が動詞の前に付けられ、日本語と異なる。また、ビルマ語文を大別すると、名詞文と動詞文の2種類に分けられる。名詞(N)と動詞(V)の語構成は、前者は、N, N+N, V+N, N+VおよびN+V+Nの5 種に分類できる。また、後者は、V、V+V(複合動詞)、V(挿入動詞)+V(主動詞), N+V(成句動詞)、V+V(補助動詞)などの種類がある。

     ビルマ語は、15~16世紀のインワ時代にはじまる古典文学作品の発達過程で、正書法の整備に伴い成立したと考えられているが、他方で、歴史的に言文一致の運動が極めて不活発であったこともあって、話し言葉(口語体)と書き言葉(文語体)の落差が大きい言語である。その違いは、主として文体上のことで、基本的には、日本語の「です/ます」調と「である」調のような終助詞のほか、指示代名詞、助詞、副詞、接続詞などの品詞において見られる。また、口語体が形式ばらない会話表現であるのに対して、文語体が格式ばった文章表現や熟語表現、あるいは、パーリ語やサンスクリット語源の格式高い文化用語を用いることなどである。