目的と概要


 EU統合の象徴の一つであり言語教育改革の基盤をなす「ヨーロッパ言語共通参照枠組み」(以下、CEFR : https://rm.coe.int/1680459f97)は公開後約20年となろうとしている現在、世界的に拡大しつつある。日本語を含め非EU諸語、特にアジア諸語へのCEFRの適用可能性の検証が現時点で必要となっているという認識から、本研究の目的は以下の3点に集約される。EU現在進行中のCEFR改訂の動向をふまえ、国内外の研究者とも連携しつつ、
 
(1) CEFRの東南アジア諸語への適用に際して必要となる言語類型論的、社会・文化的特質を考慮した新たな言語能力記述方法を提案して日本および世界の言語教育分野に研究成果を発信し、より柔軟なCEFRの可能性を拡げることに貢献すること。
 
(2) 複層的な言語使用地域で言語学習者の複言語使用状況を配慮した言語コミュニケーション能力の新たな評価法構築に向けて研究すること。
 
(3) CEFR-J の実施を進める日本の言語教育政策および現代社会のニーズ、特に中等教育や生涯教育との接続も視野に入れ、日本におけるCEFRの受容の様態を検証し発信すること。
 
 特に、EU現在進行中の CEFR 改訂の動向をふまえ、アジア諸国の研究者・教員とも連携しつつ、日本および世界の言語教育分野に研究成果を還元し貢献することに努めたい。


 キーワード


CEFR  アジア諸語  言語類型  社会・文化的適切性  能力記述法


 実施計画(3年間)


A班:
 EUの均質的な土壌に生まれ適応環境に制約のあるCEFRを批判的に検討し、それとは異なる東南アジア諸語の言語・社会・文化的多様性を考慮した付記事項(South Asian Supplements)付きの能力記述項目を開発し、より適切に運用しうる柔軟な評価方法を提案する。
 2018年度はこの目的で、言語・社会・文化的付記事項付きの能力記述項目を抽出し、東アジア諸語を含む言語ごとにCEFRのA1~C1レベルに定義してEUのCEFRスケーリングと調整する。分担者は担当地域の国際連携研究機関・研究者と協働し、各地に特徴的な語用論的ストラテジー(売買などの交渉、依頼、断り、謝罪、提案など)や配慮表現など、東南アジア版能力評価記述項目に反映しうるような社会・文化的指標の抽出を行う。
 2019年度は社会内関係が反映した待遇機能・談話構成や会話体・文章体の交替も研究対象として包括し、異文化間言語コミュニケーション能力(適切な言語的応対能力)の記述方法の試案作成に向けて活動を展開する。
 2020年度には東アジア・東南アジア地域の各言語に適した能力評価記述項目(descriptors)を組み込んだCEFRのアジア諸語対応版を提案するための評価方法を提案する。分担領域は、藤森(日本語)、南(韓国語)、田原(ベトナム語)、鈴木(ラオス語)、上田(カンボジア語)、野元(マレーシア語)、Sunisa(タイ語)、岡野(ビルマ語)、降幡(インドネシア語)、峰岸(東南アジア諸語の類型論)、中国語は台湾師範大学の協力者に依頼する。
 
B班:
 EUのCEFR 改訂版における複層的異文化間言語教育に関する動向を調査しつつ、東南アジア言語圏の複層的言語使用を分析し言語学習者の複言語使用状況に配慮した言語コミュニケーション能力をスケーリングするための方法論的研究を行う。
 2018年度はA班のメンバーと協働しつつ各言語地域の複層的言語コミュニケーションの実際についてサンプリングをして社会・文化的視点からの動態的分析とモデリングを進め、
 2019年度から東南アジア言語圏の動態的・複層的言語使用と言語学習者の複言語使用状況を考慮した言語コミュニケーション能力測定方法の開発に向かう。担当領域は、根岸(CEFR改訂調査)、富盛(マレーシア・Kristang語使用地域)、矢頭(社会言語学・アジアの英語変種)、拝田(アジア・太平洋地域の複言語使用研究)、峰岸(東南アジア諸語の言語動態・複言語使用研究)、野元(マレーシアの複言語併用研究)、降幡(インドネシアのスンダ語使用地域)荻原寛(研究協力者:フィリピンの社会言語学的動態研究)、内藤理佳(研究協力者:マカオ・ポルトガル語系話者の言語・文化・社会コミュニケーション研究)。
 
C班:
 B班の課題研究の視点を日本の複言語学習の再検証作業に応用し、中等教育・高等教育および社会的ニーズに対応した生涯教育における複数言語の能力到達度評価法の改善に向けて成果を発信する。
 2018年度は国内のCEFR研究グループや他の言語能力評価法の研究者との研究交流により、中等教育や生涯教育を含む一般社会にも妥当性の高い複言語能力到達度測定モデルを構築するための研究を進める。
 2019年度はCEFR-J研究者などと連携して日本の言語教育政策および中等教育や生涯教育との接続も視野に入れ、日本の言語教育に適用しうる複言語使用の能力記述方法の開発研究を行い、
 2020年度には担当者が各自の領域で成果発信を行う。富盛(総括および生涯教育)、根岸(CEFR-J、中等教育英語教育)、拝田(言語教育政策、英語教育法)、山崎吉朗(研究協力者:中等教育・生涯教育)。
 
研究統括班:
 上記3つの研究作業班の円滑な課題遂行を把握・管理し、研究代表者富盛が班長として総括的責任を持つ。初年度より各班との協働によりアジア諸国および国内のアジア諸語研究者の協力を得て、言語・社会・文化的特質の付記事項抽出の作業を評価する。
 2018年度から、EUで進行しているCEFR 改訂の最新動向と複層的社会・文化的コミュニケーション研究および異文化間言語教育に関する研究情報を把握しつつ、東南アジア諸語の特性に対応した付記事項付きの能力評価項目Descriptors with South Asian Supplements の原案の有効性を検証する。


 研究実績報告(年度別)


2018年度

は研究統括班が研究作業の円滑な遂行を把握・管理し、EUで進行しているCEFR 改訂の動向を2018年度版 Companion Volume with New Descriptorsの解析を行うことで最新情報を把握しつつ、アジア諸語の特性に対応した能力評価項目の有効性を検証する準備作業を行った。
 
A班:
 CEFRの東南アジア諸語への適用に際して必要となる言語類型論的、社会・文化的特質を考慮した新たな言語能力記述方法を提案する目的で、東アジア諸語を含む4言語のヒアリング調査により言語・社会・文化的付記事項付きの能力記述項目を抽出する作業を行った。
 
B班:
 複層的な言語使用地域での言語学習に配慮した言語コミュニケーション能力の新たな評価法構築に向けてアジア言語圏の動態的言語使用を分析した。
国際研究連携事業として、Shobha Satyanath(インド・デリー大学准教授 )氏を招き、国際講演会≪Mapping English in India in Time and Space≫をとおしてモデル構築に関わる議論を行った。
 
C班:
 現代社会のニーズ、特に中等教育や生涯教育との接続も視野に入れ、日本におけるCEFRの受容様態の検証を行った。特に研究協力者山崎吉朗は日本の外国語教育政策における複数言語教育の問題点を整理した。
 
 主な研究発信では、2018年度は本科研の主催で年間5回の国際講演会・研究会を開催し、研究成果の交流に努めた。201812月外国語教育学会第22回大会シンポジウム『CEFR と言語教育の現在』において研究代表者富盛伸夫が基調講演「CEFRと言語教育の現在、欧州諸語からアジア諸語への適用妥当性」を発表し本科研の研究課題に関する貴重な意見交換を行った。藤森弘子は20188月イタリアで開催された「ヴェネツィア 2018年日本語教育国際研究大会」に参加し研究発表を行った。野元裕樹は201812月にシンガポール国立大学で開催された言語教育シンポジウムCLaSIC2018でマレーシア語の学習動機に関わる発表を行った。
 以上の研究経過と成果発表は、Webサイトの構築により20193月に発信している。
 http://www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/Asia_CEFR/index.html
 


 

2019年度

 EUで進行しているCEFR 改訂の最新動向 (CEFR, Companion Volume, 2018) を踏まえ、アジア諸語の特性に対応した付記事項付きのCEFR能力評価項目(CEFR Descriptors with Asian Supplements )の原案を具体化した。このため、研究代表者と研究分担者6名からなる統括班のもとで下記の3つの研究作業班からなる研究組織を活用することにした。
 
A班:
 EU主導のCEFRを再検証し、アジア諸語の言語・社会・文化的多様性を考慮した能力記述項目を開発することにより、実態にあった柔軟な評価方法を提案する。特に、2019年度は社会・文化的人間関係が反映した待遇機能・談話構成を含む適切な言語的応対能力(Sociolinguistic Appropriateness)の記述方法の試案作成に向けて活動した。
 
B班:
 CEFR 改訂版における複層的異文化間言語教育に関する動向を調査しつつ、アジア諸語圏の複層的言語使用の中で言語学習者の複言語使用状況に配慮した方法論的研究を行った。2019年度以降はA班のメンバーと協働しつつ各言語地域の複層的言語コミュニケーションについて社会・文化的視点からの動態的分析を進め、言語学習者の複言語使用状況を考慮した言語能力測定方法の開発を試みた。特記すべきは、比較対象としてエジプトのアラビア語を背景にアラビア語文化圏の特質を研究したことと、CEFR 2018版でMediation の一つとして取り上げられている手話コミュニケーションを対象に新たな研究対象を拡げたことである。
 
C班:
 B班の課題研究の視点を日本の複言語学習の再検証作業に応用し、中等教育・高等教育および社会的ニーズに対応した生涯教育における複数言語の能力到達度評価法の改善に向けて研究した。2019年度以降はCEFR-J研究者などと連携して日本の言語教育に適用しうる複言語学習における能力記述方法の提案、および大学入試の外国語科目の改定案を含め研究している。
 
 主な研究交流と成果発信では、別掲のように、2019年度は本科研の主催で年間6回の国際講演会・国際ワークショップおよび研究会集会を開催し、研究成果の交流に努めた。2019年12月外国語教育学会第23回大会において研究代表者富盛伸夫とスニサー ウィッタヤーパンヤーノン齋藤の共同発表で「タイ語教育における社会文化的適切性とCEFRへの適用 ―ポライトネス理論の視点から見た人称詞・呼称表現を中心に―」を発表した。
 国際講演会としては、フィリピンからShirley Dita(デラサール大学准教授)氏を招き、「国際研究集会・講演会」を開催し意見交換を行った。国際ワークショップとしては、マレーシアからStefanie Pillai (マラヤ大学教授)氏とオーストラリアからAntonella Macchia(南オーストラリア州教育省)氏を招き、「言語教育(CEFR)国際ワークショップ」を開催した。
 藤森弘子は2019年8月に東北師範大学(中国・長春)で開催された「中国赴日本国留学生予備学校40周年記念日本語教育交流シンポジウム」で研究発表および日本語教員へのヒアリング調査を行った。
 野元裕樹は2019年12月にシンガポール国立大学で開催された「東南アジア言語教育・学習シンポジウム」でマレーシア語の学習動機に関わる発表を行った。
 
 以上の研究経過と成果発表は、東京外国語大学語学研究所の公式Webサイトで協働科研のリンクで2020年3月に発信している。 
 http://www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/Asia_CEFR/index.html
 


 本研究は以下の科研費JSPSの助成を受けた研究成果物である。科学研究費補助金基盤研究(B)20182020年 【研究課題番号】JP18H00686 【研究代表者】富盛伸夫 「アジア諸語の言語類型と社会・文化的多様性を考慮したCEFR能力記述方法の開発研究」、および科学研究費補助金基盤研究(B)2017-2020年 【研究課題番号】JP17H02331 【研究代表者】峰岸真琴 「形態統語論と音声学からみた東南アジア諸語における情報構造の類型論」