圧レーダー室の鍵

 

ルファット・ウルガズ

(訳)石井裕子


私たちはウスクダルから対岸のヨーロッパ側へ渡ろうとしている。フェリーに乗った途端、霧が何もかもを包んでしまった。目の前どころか、ばかでかいイスタンブルの町も見えなくなってしまった。

フェリーはかなり混んでいた。みんな朝ごはんも食べないで出てきたみたいだ。チャイジュの運ぶチャイを次々と手にした。

フェリーの出航時間が来たが、時間だけが過ぎていった。まだフェリーのロープは、船着き場のおやじたちの手にある!…

チャイジュは忙しそうに歩き回っている。機嫌よさそうに叫んでいる。

「チャイはいかが!」

みんなチャイを飲むこと以外何ができようか。天気はとても寒く、湿っていた.....。ラジオが言うように「濃霧注意報が出ています!結露が見られるでしょう。」

私もチャイを一杯飲んでいる。お茶や砂糖の味がしないのはいうまでもなく、色すらついていなかった.......。コーヒーの味はとうの昔に忘れていたが、今度はチャイの味を忘れてしまいそうだ.......。

30分......、いや1時間経過したが、まだウスクダルにいた。役所や学校はもうとっくに始まっていたが、私たちはまだチャイを飲んでいる。

その時、

「このフェリーにはレーダーはないのかな?」と、だれかが言った。

「あるさ、ないわけないだろう。」

たいへん教養のある人が質問を投げかけた。

「昔からボスポラス海峡に霧はでたのだろうか。」

何と大勢教養のある人がいるのだろうか。

「おいおい、あったに決まっているだろ!なかったらテヴフィック・フィクレットは『霧』の詩をどうやって書いたんだ!」

もう一人の知識人が説明し始めた。

「霧のあるなしに何の関係があるんだ.......。詩人はここで比喩で使ったんだ!」

「では、今こそ霧の詩を書く時だ!」

とても教養のある人は、相手の言葉にうなずいたあと、

「おお、古きビザンチンよ.......」と、詩を詠み始めた。

その詩のなかに、『レーダー』という言葉が混じってきた。そのうちに『レーダー』が詩のあっちにも......、こっちにも.......。

そのうち、

「おいしいチャイはいかがですか!」

その時から『レーダー』という言葉の外に、チャイジュの呼び声もまじってきた。しかしそこにいたのはチャイジュではなく、その見習いであった。

「砂糖がなくなったんだ。」誰かが言った。

「チャイの葉を買いに行っているんだ。」他の誰かが言った。

船長はついにロープをほどく決心をする。レーダーを頼りに出航しようとしている。しかし、レーダー室の鍵がない!

船員の一人が言っている。「レーダー室の鍵はチャイジュが持っている!.......」

「チャイジュはどこだ?......」

「いない!」

チャイジュの見習いはまだ叫んでいる。

「チャイはいかが!」

「できたてのおいしいチャイだよ!」

子供は学校に行き勉強して一人前の男になるだろう。そして末はえらい人になる、えらい人にはなるだろうが、しかしレーダー室の鍵はチャイジュが持っているのだ.......。チャイジュはここにはいない!......公務員は役所に遅れた。1歩でも早く仕事机にすわって「国の水車」を回したいが、レーダー室の鍵はチャイジュが持っている!タイプ打ちの女性は、タイプライターの前に座るのだが、さあ、さあどうだ、鍵がない、レーダー室の鍵!......

「だれが鍵を持っているのだ?」

「チャイジュだ!」

「チャイジュはどこだ?」

「チャイを買いに行ったのか、砂糖か........、それとも何か、わけがあって出かけたんだ!」

みんなはチャイジュがどこかと聞いているが、「では、そのレーダー室の鍵がなんでチャイジュのところにあるんだ!」とは、だれ一人として言わない!

近頃では、物事がすべてこんなふうだ。まるで、犬(it)に草(ot)を、馬(at)に肉(et)を与えるようなものだ。レーダー室の鍵はチャイジュが.........!何ということだ!

子供は学校へ登校しようとし、公務員は役所へ、労働者は仕事場へ向かおうとし、船長はこの霧の天気で出航しようとしている。しかし、いまだにレーダー室の鍵はない.......。

「鍵はどこ?」

「チャイジュだ!」

「チャイジュはどこだ?」

「水に落ちたんだ!」

「水はどこだ?」

「牛が飲んだんだ!」

「牛はどこだ?」

「山に逃げた!」

「山はどこだ、安全な山?雪の山、煙の出ている山、それとも紫色の山?」

「山は燃えて灰になった!」

「ああ、生えない髭は生えてこないんだ!」