ある中国の物語

 

アズィズ・ネスィン

(訳)小原 智博


クン・スーは南シナ海に面した小さな漁村です。このかわいい村の住民は、ほとんどみんな魚を獲って暮らしています.......。

チャン・プンおじさんの漁師たちが集まるカフヴェで、ある朝、どこからどう来たのか分かりませんが、一匹の猫の赤ちゃんがにゃあにゃあ鳴きはじめました。年寄りのプンおじさんは、やせた猫の赤ちゃんを、その大きな手で抱きあげました。この小さなぶち猫のミルク色がかった青い目を見て、

「アッラーはお前をわしにつかわしたんじゃな!」と、つぶやきました。

そして見習いに、

「このチビの名前はチュン・バンじゃ、よく世話をするんだぞ!」と、言いました。

小さくひょうきんなチュン・バンは、数日のうちに育ち、大きくなりました。

そしてプンおじさんだけでなく、お客さんみんなに愛される友達になりました。チュン・バンには一つ悪いくせがありました。どろぼうです。だいたい、すべての猫はどろぼうをするものです。しかし、チュン・バンほどひどいものは見たこともありません。まだ生まれて六ヵ月そこそこなのに、近所の人たちはみんな苦情を言いだしました。毎朝、まだ夜が明ける前から、職務に忠実な役人のように、仕事をはじめ、昼までに村中全部を盗んで回りました。チュンが入らなかった台所、荒らさなかった戸棚はありませんでした。暖炉で煮立っているなべのふたを開け、中から熱い熱い魚を一切れ盗まない日はありませんでした。しかし、そのすべての被害や、盗みぐせにもかかわらず、みんなチュン・バンが好きでした。何故なら、どれほど上手に盗みを働くかというと、チュン・バンのせいでひどい目にあった人さえ、その悪さをチュンのいたずらだと思ったほどだったからです。

ある日、プンおじさんのカフヴェに、一人のお客さんが来ました。手に持っていた魚でいっぱいの紙袋を、棚に置いたあと、トランプ遊びに熱中していました。どのくらいたったかわかりませんが、カフヴェを出るときに、棚の紙袋を手に取ると、驚いて開いた口がふさがりませんでした。紙袋は、どこも破られてはいませんでしたが、しかしその中は、魚の代わりに、空気でいっぱいになっていました。ただ、下から穴が一つ開けられていただけでした。チュンがこれほどお客さんで混雑した中、誰にも気づかれずに魚を次々と紙袋から盗み出し空にしてしまったことに、みんなは仰天しました。

チュンの盗みの技術がこれほど認められたのには、深いわけがありました。クン・スーの村では、どろぼうをしない人は、少しも尊敬されなかったのです。盗むことは、恥ではありませんでした。恥とされたのは、盗むときに捕まることでした。どろぼうをする時に捕まった人たちは、やり遂げられなかった仕事を人目にさらしたということで、村中で、悲惨な目に会いました。それは、どろぼうもできない男には妻を養うことなどできない、といって娘を嫁にやらなかったほどです。

そして、クン・スー村の象徴となったチュンは、年を追うごとに、伝説の生き物となってゆきました。

十四才になると、かわいそうにチュンの目には、白内障が出てしまいました。しかし、その見えない目でもしばらくは一時仕事を続けていました。

人間のように台所の扉の掛け金を開け、暖炉の側の奥さんが振り向くまでに、焼き網の魚をひったくって逃げました。

夫の夕食を間に合わせられなかった、おしゃべりの奥さんたちは、どろぼうチュンをいいわけにして、

「どうしましょう、魚を竈からチュンが取ってっちゃったわ」

と、言いました。

ある朝、チュンの亡骸が、高い塀の下でみつかりました。チュンは、自分の仕事の最中に天に召されていました。クン・スーの村人はみんな、涙をこぼし、喪に服しました。チュンに盛大なお葬式が行われました。だれもかれも、老いも若きも、お墓の側に集まりました。

チュンが死んだあとには、村を静けさが包み込みました。しかし、二ケ月ののち、奇跡が起こりました。かわいそうなチュンのお墓の上に、大きな建物が建てられたのです。税務署......。

クン・スーのの村人は、互いに、税務署を指して、

「チュンの魂が化けて出た!」と言ったということです。