ラブレター

 

レッシャト・ヌーリー・ギュンテキン

(訳)窪塚 あかね


 ある晩、ラシムが学校から帰ると自分宛の手紙が来ていた。中の花模様の便箋には、新文字のアルファベットで次のように書かれていた。

ラシムさん

私は、遠くからあなたに好意をよせている娘です。自分は美人の部類にはいると、自信をもって言うことができます。私の唯一の望みは、あなたから愛されること、そしてあなたの妻となることです。しかし二人とも若すぎるので、あと数年待たなくてはならないと思います。今のところ自己紹介はしないでおきましょう。お返事は局留めにして下さい。父がとても厳しいので、ごくたまにしか外出できません。でも、いつの日か必ずお目にかかれると思います。これからは、自分自身をあなたの恋人そして婚約者だと思うことにしますので、直接お会いしてもはしたないこととだとは思いません。家でたった一人でいるととても退屈してしまいます。あなたからのお手紙は私にとって大きな慰めとなるでしょう。

 十六、七歳位の学生の例にもれず、ラシムにとっても人生において愛し愛されることほど大切なことはなかった。この手紙を読んだとたんに、恋心が芽生えた。見ず知らずのこの女の子に、狂おしいほどの愛情を感じ始めた。その夜は映画を見に行くはずだったが、取りやめた。早くから、自分の部屋に引きこもり、自分を好いてくれているその女の子に長い手紙を書いた。その手紙を投函したとき、突然十歳も大人になったような誇らしさを感じた。

 ベディアと名乗るこの若い娘はラシムの手紙にきちんきちんと返事をよこした。しかし彼女は、返事を一日二日遅らせようものなら、怒りを爆発させた。

あなたをこれほど想い、独りぽっちで家に閉じこめられて、あなたの手紙だけを慰めにしている可哀想な娘を、返事もくれずに放っておくなんてひどすぎます。そのうえ、あなたからの手紙はとても短いのですね。私といろいろ話すことに退屈していらっしゃるのでしょうか?

お願いをもう一つ:お手紙をもう少し読みやすい字で書いていただけないでしょうか?

 ラシムは、夕方早くから部屋に引きこもり、恋人に気に入られようと、何時間も書写をし、本を調べながら長い手紙を書くようになった。

 ベディアは同時にとても好奇心旺盛な娘でもあった。ときどき次のような質問をしてきた。

結婚したら、新婚旅行でイタリアへ行きましょうか、それともスウェーデンかしら?この二つの国はどんな国でしょうか。人々はどんな風に生活し、どんな仕事をしているのでしょう?そこに行くにはどの海を渡り、何という国を通っていくのでしょう?

 あるいは、

アブデゥルハック・ハミットの『エシェベル』はお読みになりましたか? どこが気に入ったか、書いて教えてください。そしたら私も読みましょう。

 若い学生は婚約者に軽蔑されないために、地理や文学の本を調べ、彼女の望んだ知識を集めるために悪戦苦闘していた。

 ある手紙の中で、ベディアはこんな風に怒った:

あなたと絶対に会おうと決心したのです。昨日、あなたを帰り道で待っていました。でも、あなたは自分が若い女の子と付き合っているのを忘れていたようですね。とてもひどい格好をしていました。服も、頭も、ブーツも泥だらけでしたね。子どもみたいに、友達と喧嘩でもしたのかしら?それを見たとき、あなたを後悔させるのが恐くて、おそばへいけませんでした。

 ラシムはひどく恥ずかく思った。その日以来、とても身だしなみに気を使い始めた。

 ベディアは、一度などは彼が学校が終わっても、家へ帰らず、夜遅くまで通りをうろついていたと言って文句を言った。自分が、あなたのために家で泣いているのに、あなたのほうは、他の女の子を追いかけているのでしょうか、と。

 ラシムは、世界でベディア以外には、どんな女の子も好きにならないと誓いの言葉を書き送った。そのために、通りをうろつくことも、偶然であった女の子をチラとも見る事も出来なくなった。

 ある晩、ラシムの母ネディメが夫のアフメットを悲しげな顔で出迎えた。彼女は泣き出しそうな様子で、

「ねえ、あなた、私達の身に降り懸かった事を聞かないで。息子にベディアと言う性悪女つきまとっているらしいの。今日ラシムの部屋を片付けている時、手紙を見つけたのよ。息子が私達から離れていってしまう。何か手だてを見付けて。でもお願い、心配しないで。あなたは血の気が多い人だから。」

 アフメットはと言えば、全然心配している様子はなかった。それどころか、クスクス笑っていた。声をひそめて、

「心配するな、おまえ」と、言った。

「息子にラブレターを書いていたのは私だよ。息子のだらしなさは、ひどくなるばかりだった。学校の先生も、私も、私達がどんな努力をしてもラシムに字さえまともに教えられなかった。ついに、考えに考えてこの方法を見付け出したのだ。あの娘に書いた手紙のお陰でラシムはアルファベットを学ぶだろうし、今年及第するのだって確実だと思っているよ。本当のことを言えば、私だっておまえに手紙を書きながらアラビア文字を学んだのだから。」