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韓国語(朝鮮語)のトーンに関して

Duolingoという語学学習アプリで、韓国語とそのほかいくつかの言語をブラッシュアップしたり、新たに学びはじめたりしているのですが、

そのうちに、韓国語の単語レベルで、トーンが発生しているように思えてきました。

まあ、朝鮮語学の門外漢であるので、先行研究など知る由も無く。

でも、探すとありますね。

カン・ユンジョン(Kang, Yoonjung) (2013), "Tonogenesis in early Contemporary Seoul Korean: A longitudinal case study" (現代韓国語ソウル方言におけるトーンの発生: 経年変化観察), _Lingua_, Vol. 134, pp. 62-74
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0024384113001344

この論文によると、トーンの出現は20世紀前半には始まっていて、それが現代でもっと確固としたものとなっているということを、1935年に録音された資料と、それを録音した同じ人を現代で探し当て発音してもらうことによって確認したものです。

いわく、語頭の激音(aspirated 有標的に無声有気な子音)と語頭の平音(lenis 無声無気な子音(とはいえ、VOTはゼロではなく、どちらかというとプラス))の差が、有気性よりも、後続母音のF0(周波数、ピッチ、高さ)によって区別されており、その度合いが、1935年と、21世紀でますます強くなってきているということです。

整理すると、激音で始まる音節と、平音で始まる音節は、元来VOTの違い(閉鎖音の破裂後、母音の声の始まるまでの時間)の違いで区別されていたものが、段々と激音音節は高いピッチ(高い周波数のF0)で発音されるようになり平音音節は低いピッチ(低い周波数のF0)で発音されるようになってきたということです。

その激音[+有気]と、平音[-有気]の対立が完璧に中和したとまでは言っていません。

ただ、激音[+有気]には、余剰素性として[+高音調]、平音[-有気]には余剰素性として[-高音調]というものが加わってきたようです。

ここで将来、弁別素性の[±有気]と、余剰素性[±高音調]が入れ替わって、弁別素性[±高音調]と余剰素性[±有気]となり、さらには[±有気]の差が観察されなくなってくれば、トーン(声調)が確立して、子音単体としての激音と平音の区別がなくなったことになります。

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まだそこまでは来ていないのかも知れません。ところで、私がちょっと朝鮮語を齧った数十年前には教材に、上で書いたようなことが反映されることはなかったと思いますが、NHKラジオ まいにちハングル講座2021年4月号では、最初っから、ピッチパターンが指導されています。おそらくこのテキストを書いているのは筆頭の講師、山崎亜希子でしょう。(このテキストの存在は西田にご教示いただきました。)これは初級テキストなので、背後の論文にまでは辿り着けるものとはなっていません。それはし方がないのですが、山崎によると(上記テキストの68, 69ページ):

単語の最初の抑揚(オギャン)に2つのパターンがあって、初頭子音が

   ㅁ (m), ㄴ (n), ㅇ (子音なし), ㄹ (l)
平音 ㅂ (p), ㄷ (t), ㄱ (k), ㅈ (c)

の時には最初の2音節が「ひくなか(LM, ˩˧)」で始まって、初頭子音が

激音 ㅍ (pʰ), ㅌ (tʰ), ㅋ (kʰ), ㅊ (cʰ)
濃音 ㅃ (pp) , ㄸ (tt), ㄲ (kk), ㅉ (cc)
摩擦音 ㅅ (s), ㅆ (ss), ㅎ (h)

の時には最初の2音節が「たかたか(HH, ˥˥)」で始まるとの説明になっています。

ここで、子音本体のVOTの対立が無くなる可能性があるのは、上の平音と激音ですが、山崎もそこまでは言っていないと思われます。(放送がどうだったかはわかりません。)

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山崎は、「単語」と書いていますが、単語に続く前接語はその単位に含まれていて独立したものではないでしょうから、厳密には接語句(服部四郎がprosodeme(アクセント素)と呼んでいたもので、上野善道、斎藤純男は「句」と呼んでいたもの、ただし統語論における「句」とは一致しない)でしょう。いずれにせよ、初級のテキストにはふさわしい用語ではないですね。

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平音と激音がVOT的に対立がなくなれば、トーンのみで区別されるようになったと言うことができます。まだVOT的には差があるように感じられることもありますが、でも、平音のVOTがゼロに近くなく、プラス方向に長くなっているのが、有気・無気の対立のある言語としては典型的ではありません。まだ中和したとまでは言えないものの、トーンに支えられて、有気・無気の対立がそれほど重要で無くなってきているのかも知れません。

とはいえ、ㅁ (m), ㄴ (n), ㅇ (子音なし), ㄹ (l)のひくなか調(LM, ˩˧)、濃音、摩擦音のたかたか調(HH, ˥˥)は全く余剰的(redundant)で、既にトーンっぽいです。

トーンと言っても中国語北方官話のように、音節毎に曲トーンが決まっているのではなく、山崎の言葉を借りると、接語句の最初の2音節の大体のパターンが決まってくるというものなので、どちらかと言うと日本語の京阪アクセントの高起式と、低起式の違いに似ているかも知れません。とは言っても、子音の分類はまだ(おそらく)有効であるので、平音と激音のVOTの区別が無くなるまでは、また更には他の子音でも「ひくなかはじまり」と、「たかたかはじまり」での対立が出てくるまでは、日本語の京阪アクセントの高起式と低起式の違いに似たトーンとして定着したとは言い切れないかも知れません。

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ところで、余計なことですが、Googleの翻訳機能のところで機械に発音されても、たかたか始まり、ひくなか始まりは再現されているので、言語を工学的に扱って音声合成をしている人たちにとっても、このあたりは既に当たり前な知識となっていると思われます。

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2022年2月17日 23:55に投稿されたエントリーのページです。

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