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2014年3月 アーカイブ

2014年3月11日

「ロシア文化の悲劇」

3月8日(土)名古屋ガーデンパレスにおいて名古屋外国語大学主催、亀山郁夫科研シンポジウム 「文化の悲劇―国家崩壊期の芸術」 が開催された。
午前、第1セクションの司会を務める。


3年前のちょうど今日(3月11日)発生した東日本大震災と福島第1原子力発電所事故。私たち亀山科研研究グループはこれを受け、2012年3月に 「にがよもぎの予言―チェルノブイリの悲劇とソ連崩壊20年」 と題するシンポジウムをおこなった。ロシア文化を研究する者として、チェルノブイリ原発事故という過去の教訓をフクシマにつなげて見据える必要があると考えたからである。

チェルノブイリはウクライナにある。
現在ウクライナとりわけクリミアではロシア軍の介入により非常に緊迫した情勢が続いている。チェルノブイリはキエフの北西方向なのでクリミアから離れているとはいえ、万が一武力衝突になりウクライナ全土に戦争が広がったら、とんでもない事態になるだろう。
ウクライナとロシアは戦争などをしている場合ではない。両国は、いまだにチェルノブイリ原発事故の後遺症に苦しむ人々を救済し、廃炉にした原発の整備と管理(老朽化して今にも壊れそうな石棺!)に向けて知恵と力を合わせるべきではないのか!

ロシアには、ただちに武力の行使および武力による威嚇をやめてほしい。
ウクライナ暫定政権には、ウクライナ在住のロシア語話者の安全を約束してもらいたい。
そして一刻も早く冷静に平和的解決に向けた努力をしてほしいと心から願う。これ以上歴史に悲劇を残さないために。

シンポジウムは活気に満ちたものになった。
コンスタンチン・ボグダーノフ氏(ロシア文学研究所上級研究員)の「ロシア・シャンソン」の話題が面白かった。「ロシア・シャンソン」とは、ふつうに思い浮かべるフランスの「シャンソン」とは異なり、もともとは「監獄ソング」のようなものだとのこと。最近ロシアで人気があるという。収容所経験者が多いこと、ロシア文化の伝統においては民族的な音楽に「真実」があると考えられていること、「哀愁」を表すことによる社会へのプロテスト形態であることが人気の要因だとボグダーノフ氏は分析していた。

ロシア・シャンソンの代名詞のような曲、ミハイル・クルークの「ウラジーミル中央監獄」
 ↓
http://www.tvigle.ru/category/music/mikhail-krug/?video=424765

世界的な記号学者であるヴャチェスラフ・イワーノフ氏(モスクワ大学世界文化研究所所長、UCLA教授)は、短時間だったがロサンゼルスからスカイプで参加してくださった。事前にいただいた原稿には、ソ連時代に弾圧された多くの学者や芸術家の例が挙げられ、その復権と新たな精神活動が始まっていることが力強く述べられており、当日はその一部が代読された。
しかし、最近のロシアでは日ましに言論統制が厳しくなっているように見受けられる。反対意見を力で封じ込める政策とそれに加担する民意が何よりも恐ろしいことをロシアの人たちは知っているはずなのに。ソ連時代に逆戻りしてしまうのではないかとすら思える風潮に憤りと不安を感じる。いったいロシアも日本も歴史から何を学んだのだろう。

今回のシンポジウムで企画からパネリスト招聘、会の進行、報告まで大活躍だったのは鴻野わか菜さんだ。鴻野さんの報告は、名古屋(白川公園)に展示されているイリヤ・カバコフの作品 『かれらはのぞきこんでいる』 を5つのキーワードから読み解くという趣旨で、カバコフのエッセンスを鮮やかにまとめ紹介しながらこの作品の鑑賞のし方を提示するという見事なものだった。カバコフという多面的な芸術家の魅力がびんびん伝わってくる(プレゼンテーションのお手本だ)。

同時通訳を務めてくださったのは、吉岡ゆき、中神美砂、川本かおるの三氏。もう神技としか思えない!
長時間ありがとうございました。


2014年3月16日

「過去はいつか未来だった。そして未来はいつか過去になる」

タジキスタン出身のロシア語作家アンドレイ・ヴォロスの長編 『パンジルードへの帰還』(オギ、モスクワ、2013年)。
「ペルシャ文学の父」「詩人のなかの帝王」と言われる詩人 ルーダキー (858-940頃?)を主人公にした歴史小説で、昨年のロシア・ブッカー賞受賞作である。
ルーダキーは、本名を アブー・アブドゥラー・ジャファル・ビン・ムハンマド といい、小説の中でも「ジャファル」と呼ばれているが、ふつうは出身地のルーダクにちなんで「ルーダキー」として知られる。

小説は、宮廷を追われ盲目にされた老ルーダキーが、ブハラから故郷の村まで300キロもの道のりを歩いて帰るよう命じられ、その「帰還」にシェラフカンという若者が付き添うことになる場面から始まる。
ふたりは、初めのうちはなかなかうまくいかないが、やがて馴染んでくると、シェラフカンがルーダキーを導いているのではなく、、経験豊かで賢明な詩人がシェラフカンの人生を導いていて、立場が逆転している。ふたつの人生が縒りあい影響しあって、1本のパンジルードへの道となるのだ。
長い道行の末パンジルードに着いたふたりが最後に別れる場面には、次のような印象深いフレーズが記されている。

「過去はいつか未来だった。そして未来はいつか過去になる」

ヴォロスは想像力を駆使して、詳細のわからない中世ペルシャの詩人の経歴に豊かな細部を与え、その晩年を生き生きと再現してみせた。
アンドレイ・ヴォロスは1955年タジキスタン共和国の首都 ドゥシャンベ生まれ。タジク語詩のロシア語への翻訳に携わり、自らも詩を書く。2000年に出版した小説 『フッラマバード』 で国家賞、アンチブッカー賞、「新世界」賞、「ズナーミャ」賞をのきなみ受賞。「フッラマバード」とはタジクやペルシャのお伽噺に出てくる「幸福の国」でドゥシャンベのことを指しているという。


2014年3月18日

「超個人的ガイド to ロシア(文責:工藤なお)」(5)

★「ペテルブルグ書店案内①」

ご無沙汰しております。今回は、ペテルブルグ市内にいくつかある、通いたくなる書店をご紹介します。そろそろドム・クニーギ(Дом книги)やブクヴォエド(Буквоед)などの有名店めぐりも飽きたな、と思ったら訪ねるべき書店です(ところで Дом книги や Буквоед でも、頻繁に作家を招くイベントや映画上映などが催されているので、決して軽視できませんが)。以下のリストは順不動です。

「パリャーダク・スロフ」(Порядок слов)
住所:Наб. реки Фонтанки, 15(他にレンフィルムスタジオに併設の小店舗もある)

HP:http://wordorder.ru

まずはここを訪れることをお勧めします。本の品揃えは、随一のセンスの良さで、文学から言語、映画、芸術、哲学、宗教、政治など多様なジャンルが棚にびっしり揃っています。奥のイベントスペースでは、ほぼ毎週のように映画上映・作家による本のプレゼンテーション・講演が開かれています。昨年11月には、А.ソクーロフ監督による映画製作のマスタークラスも開催されました。店員さんが無表情に見えることがあるかもしれませんが、聞くと丁寧に教えてくれます。

(写真上)店の外観。(写真下)イベントスペースの様子。2013年10/22「バイカル詩フェスティバル」なるイベントの紹介のために、イルクーツクからスヴェトラーナ・ミヘーエワという女性詩人が来て朗読をしているところです。


「フセ・スヴァボードヌィ」(Все свободны)
住所:Наб. реки Мойки, 28(門のインターホンを押して扉を開けてもらい、左手のアークをくぐる)

HP:http://vse-svobodny.com

カフェ(バー)を併設した雰囲気のよい書店です。ここも「パリャーダク」と同様多岐にわたる本を展開しています。写真からご覧になれるかどうかわかりませんが、ソファや椅子が何脚か置いてあり、本を選びながらゆっくりと時間を過ごすことが出来ます。「ロシアの岩波文庫」とわたしが勝手に呼んでいる Азубука-Аттикус社の ≪Азбука-классика≫ シリーズもセール価格で販売しています。
ロシア特有の「インターホンを押して門を開けてもらう」形式なので、はじめはちょっと入りにくいかもしれませんが、一度行ったらまた行きたくなることは請け合いです。


2014年3月19日

「超個人的ガイド to ロシア(文責:工藤なお)」(6)

★「ペテルブルグ書店案内②」

③「作家の小書店」(Книжная лавка писателей)
住所:Невский пр., 66

HP:http://vk.com/lavkaspbru

この書店の品揃えは並といったところですが、「書店」以外の機能が大変すばらしい。店は4セクションに別れており、入ってすぐのところに文学コーナー、店の中央部にはプレス機が設置してあり、版画・本の印刷を申し込めるそうです(試したことはありませんが、実際に版画を刷っている女性を見かけたことがあります)。最奥部は定期的に企画が変わるギャラリーになっています。この前までは「ロシアのロック」特集で、関連本やグッズを展示販売していました。文学コーナーを突っ切ると「アヴァンギャルド!」な内装になっている人文書コーナー(評論・映画・演劇など)があります。そんなに広くはないですが、ときどきこのスペースで演劇上演などがあります(「ペテルブルグ演劇案内」でご紹介したマルィシツキー小劇場の「自由芸術家工房」劇団も新作『偉人の散文...』をここで上演しました。なんと入場無料!)。狭い空間に30人ほどの観客が集まる熱気は格別のものがあります。
本自体は、高めの価格設定ですこし残念ですが、書籍販売以外の機能に注目すると、大変おもしろいことをやっています。(ちなみに、1月にリフォームをした結果、ショーウィンドウにマレーヴィチのペイントが施されました。こちらも必見です。)


④「ムィ」(Мы)
住所:Невский пр., 20(1階がカフェになっている「Библиотека」という建物の3階)

HP:http://my-bookstore.org

こちらは、品揃え的には前回ご紹介した「パリャーダク・スロフ」や「フセ・スヴァボードヌィ」とほとんど変わりません。スペースもあまり広くはありませんが、ソファが設置してある快適な空間です。この書店が入っている建物は、「マヤコフスキー名称図書館」の入っている「ビブリオチェカБиблиотека」という建物です。ここは、1階にはカフェ、2階にレストラン、3階にレクチャーホールやバー・・・と文化複合施設になっていて、ただ見て回るだけでも十分楽しめるようになっています。比較的アート系の本が充実しているように思います。


⑤古書店
わすれてはいけない存在として、市内に点在する古書店があります。リチェイヌィ大通りや小モルスカヤ通りなどにセンスのいい書店がいくつもあるので、そちらを探索するのも欠かせませんが、なにより圧巻は「ペテルブルグの神田古書会館」とわたしが勝手に呼んでいる『旧クルプスカヤ名称文化センター"本の市(ヤルマルカ)"』(地下鉄エリザーノフスカヤから徒歩15分、HP:http://www.krupaspb.ru)です。ここは、もともとソ連時代に立てられた文化センターですが、現在はその1階と2階部分を無数の小さな書店が占拠しています。小さな小さなセクションごとに、教科書の店・地図の店・言語の店・アニメと漫画の店などがひしめき合い、カオティックですが、非常に東京の古書店街に似た雰囲気と匂いが感じられます。古本の愛好者にはたまらない雰囲気です。土日にはセールが開催されるときもあります。

2014年3月24日

ミハイル・カリク監督

3月23日(日)渋谷で、アテネ・フランセや国際交流基金主催による映画上映とトーク「ソ連の知られざる雪どけ文化と映画」があり、行ってきた。

ロシア国立中央映画博物館副館長マクシム・パヴロフ氏の来日に合わせた企画である。
まず、彼が選んだミハイル・カリク監督(1927年生れ)の映画『愛する...』が上映された。日本初公開だという。

『愛する...』は、ユーリイ・カザコフなど当時の新進作家4人の短篇を原作とする「愛とは何か」を問うたオムニバス映画で、街頭インタビューと、ロシア正教会の長司祭アレクサンドル・メーニのコメントと、旧約聖書の「雅歌」が要所要所に差し挟まれている。形式的にも内容的にも大変面白かった。

パヴロフ氏のトークは、この作品が制作された1968年、当局によってフィルムが押収され、宗教的な箇所(メーニのコメントと「雅歌」という言葉)がカットされるなどした後、さらに大幅に作りかえられたその経緯についてだった。その後、カリク監督は著作権侵害だとして裁判に訴え、当局は逆にオリジナル作品を自力で上映してまわっていた監督を訴えるというスキャンダルに発展したそうだ。
カリク監督は1971年にイスラエルに亡命。

パヴロフ氏は、カリク監督の運命は雪どけ期の優れた芸術家がたどった典型的・象徴的なものだと語った。


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マクシム・パヴロフ氏と通訳の吉岡ゆきさん

2014年3月26日

近藤昌夫 『ペテルブルク・ロシア』

近藤昌夫 『ペテルブルク・ロシア 文学都市の神話学』(未知谷、2014年) がたいへん面白かった。
幻想都市と言われるペテルブルク。その都市伝説の表象を、プーシキン、ゴーゴリ、ドストエフスキー、ベールイ...と順に追い、道化・人形・ルサールカといったキーコンセプトを用いて縦横に論じている。その手並みが鮮やかでじつに心地よかった。

例えば、ゴーゴリ 『ネフスキー大通り』 で登場人物2人の物語が交わることなく語られるのは、ヴェルテープの構造をなぞったものであるという。ヴェルテープとは上下2段に仕切られた箱人形劇で、上で宗教劇、下で世俗劇が演じられるので、たしかにペテルブルクの聖と俗の二面性を象徴的にあらわしていると言えるだろう。
また 「『貧しき人々』から『カラマーゾフ兄弟』にいたるまで、ドストエフスキーの文学は人形芝居の手法に大きな影響を受けている」(p.174-175)として 『分身』のゴリャートキンも道化芝居を反復していると指摘。あるいはドストエフスキー 『虐げられら人たち』 のネリーや 『罪と罰』 のソーニャは、ロシアの民話によく出てくるルサールカ(水の精)そのものだという。卓見だと思う。

私がいちばん気にいったフレーズを引いておこう。

「かれら(道化たち)が異領域を侵犯すると、つまりかれらが『舞台』から『舞台』へと越境すると、帝都の秩序が撹乱され、霧に濡れた石の街に幻があらわれ、人工都市が神話の息づかいや体温をわれわれに伝えてくるのである」(p.72)

幻想都市ペテルブルクを語るに、いかにもふさわしい文体ではないか。

2014年3月28日

『東京新聞』 世界の文学

『東京新聞』 夕刊文化面に「世界の文学」というリレーエッセイの欄がある。
3月25日(火)その欄でリュドミラ・ペトルシェフスカヤのことを「多才な作家」として紹介させていただいた。

ペトルシェフスカヤにはいろいろな顔がある。
まずは長編 『時は夜』 吉岡ゆき訳(群像社、1994年)に代表されるダーク・リアリズム作家としての顔。
それから短編アンソロジー 『私のいた場所』 (河出書房新社、2013年)に示された幻想作家としての顔。
それだけでなくペトルシェフスカヤは、ユーリイ・ノルシュテインのアニメ 『話の話』 に協力したシナリオライターでもあり、童話作家でもある。「子豚のピョートル」は大人気だ。
そもそも劇作家だったことを忘れてはならないし、絵も描けば歌もうたう。
昨年は生誕75周年を記念して、モスクワ市文化局主催で「ペトルシェフスカヤ・フェスティバル」が開催された。ノルシュテインとの絆が紹介され、俳優たちが彼女の作品を朗読し、ペトルシェフスカヤ・キャバレーも催され...と盛り上がったようだ。

その多彩な魅力はまだまだ日本に充分紹介されたとは言えないのである。



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ペトルシェフスカヤ 『野生動物のお伽噺』 (アストレリ社、2012年)
この表紙はノルシュテイン 『話の話』 の灰色オオカミの子では?

2014年3月30日

謎の作家 フィーグリ=ミーグリ

昨年、ロシアの文学賞のひとつ「国民ベストセラー賞」に輝いたのは、フィーグリ=ミーグリというペンネームで活躍している覆面作家の 『狼たちと熊たち』 (リムブス・プレス社、2013) だった。


遠い未来のサンクト・ペテルブルグとおぼしき町が舞台だ。
カタストロフィの後、町はいくつかの区域に分かれて互いに憎みあっている。警察は軍事集団と化し、役人や親衛隊がのさばっている。黙示録後を描いたアンチ・ユートピア小説と言っていいだろう。
ネヴァ川の向こうに広がるのは「東」。そこに住んでいるのは「狼たちと熊たち」だという場面があり、タイトルは明らかにそこから来ている。東に住む「中国人」が侵略を計画しているという。そこで官房長官が主人公ラズノグラーズィを東へと危険な遠征に遣る。

最近のロシアではアンチ・ユートピア作品が多いように思う。明るい未来は描きたくても描けないのだろう。
それにしても 『狼たちと熊たち』、ベールイとザミャーチンとトルスタヤとソローキンをミックスしたような既視感にとらわれてしまう。
ちなみにこの作品は、フィーグリ=ミーグリが2010年に書いた 『幸せ』 (普通の「幸せ」の綴りとはちがうが)と二部作を成しているという。

ロシア語らしく響かない「フィーグリ=ミーグリ」。私はどうしても「ゴーゴリ=モーゴリ」という卵の黄身と砂糖を泡立てたデザートを思い出してしまうのだが、音遊びになっているのは間違いない。
フィーグリ=ミーグリはずっと「謎の作家」だったが、国民ベストセラー賞の授賞式に大きなサングラスをして現れ、ついにエカテリーナ・チェボタリョワであることが判明した。
あるインタビューで(やはりサングラスをしていたが)、フィリップ・ディックが好きだと言っていた。

2014年3月31日

祝 『大学のロシア語 Ⅱ 実力が身につくワークブック』 刊行!

本日 3月31日(月) 前田和泉、イリーナ・ダフコワ 『大学のロシア語Ⅱ 実力が身につくワークブック』 (東京外国語大学出版会、2014年)が刊行された。
この4月から本学の1年生は 2巻お揃いのロシア語教科書を使用することになる。


Ⅱ巻はⅠ巻と完全に連動させてあり、両方を用いるとロシア語発音をさらに磨くことも会話に慣れることもできるよう作られている。
発音練習の部分の特徴は、日本人の間違えやすい発音が重点的に取り入れられているところだろう。
Ⅱ巻には、コミュニカティヴなアプローチがいろいろ工夫されている。地図を見ながら街の様子を述べたり、会話文を読んでロールプレイを楽しんだり、早口言葉・諺・詩を暗唱したり、少し長めの文章を読んだりしているうちに自然にロシア語能力が高まること請け合いだ。最後のほうには、ダニイル・ハルムスやレフ・トルストイのお話も載っている。

長らく、初年度のロシア語教育については、学習者の「読む、聞く、話す、書く」の4能力をバランスよく伸ばすために、教員全員が連携して授業をおこなうのが望ましいと考えてきた。そのためには、日本人教員とネイティヴ教員全員がともに使う「統一教科書」が必要であり、それを作るのが私の夢だったのだが、今日はついにその夢が実現したのである!

東京外国語大学出版会の編集者、竹中龍太さん、本当にお世話になり、ありがとうございました!
NHK出版の小林丈洋さん、編集協力ありがとうございました!


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本学キャンパスの桜の下でお揃いの2巻を手にする著者の前田和泉さん。
この教科書の成り立ちや苦労についての超(!)面白いインタビューがこちらに掲載されている。
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http://tufstoday.com/articles/140415-2/

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