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朝鮮語は日本語に比べて区別される音の種類が多く,我々日本語を母語とする者にとって朝鮮語の発音は難しいといえる。

母 音

母音は南北ともに標準発音では10種類の単母音が区別される音として規定している。ただし,韓国の首都であるソウルで若い世代において実際に話されている言葉(ソウル方言)の発音を見ると,区別されている単母音は7種類である(以下【表1】参照。北の実際の発音は,現地に行ったことがないので不明)。日本語に即していえば,「ウ・オ」に当たる音がそれぞれ2種類ずつある。以前は「エ」に当たる音も2種類あったが(下記【表1】の標準語の母音を参照),現在この区別は急速になくなり,中年以下の世代では全く区別していない。いずれにせよ,5種類の単母音しか区別していない我々日本語母語話者にとって,少なく見積もっても7種類の母音を区別する朝鮮語は,発音の区別が難しいということができよう。

【表1】朝鮮語の単母音
標準語 /a/
[a]
/i/
[i]
/u/
[u]
/ɯ/
[ɯ̈]
/ɛ/
[ɛ]
/e/
[e]
/o/
[o]
/ɔ/
[ɔ̜]
/ö/
[ø]
/ü/
[y]
ソウル方言 /a/
[a]
/i/
[i]
/u/
[u]
/ɯ/
[ɯ̈]
/e/
[e̞]
/o/
[o]
/ɔ/
[ɔ̜]
   
(参考)
日本語
/a/
[a]
/i/
[i]
/u/
[ɯ̈]
/e/
[e̞]
/o/
[o̞]
   

日本語の「ウ」,「オ」のように聞こえる音がそれぞれ2種類ずつあり,5種類の単母音しか区別しない日本語を母語とする我々にとっては区別が容易ではない。

  半母音と二重母音  

半母音には日本語と同じく /y/ [j] と /w/ [w] の2種類がある。単母音との組合せは以下の通りである。

【表2】朝鮮語の半母音と単母音との組合せ
単母音 /a/
[a]
/i/
[i]
/u/
[u]
/ɯ/
[ɯ̈]
/e/
[e̞]
/o/
[o]
/ɔ/
[ɔ̜]
半母音 /y/+ /ya/
[a]
  /yu/
[ju]
  /ye/
[je̞]
/yo/
[jo]
/yɔ/
[jɔ̜]
半母音 /w/+ /wa/
[wa]
/wi/
[wi]
    /we/
[we̞]
  /wɔ/
[wɔ̜]

二重母音は /ɯi/ [ɯi] の1つである。ただし,研究者によっては半母音と単母音の結合を二重母音(上昇二重母音)と見なしている。二重母音 /ɯi/ は語頭にのみ現れ,語中には現れない。

  長母音  

長母音と短母音は単語の第1音節でのみ区別される。第2音節以降においては原則的に長母音が現れず,全て短母音で現れる。

ただし,若い世代の発音では,単語の第1音節における長母音と短母音の区別がなくなり,第2音節以降の場合と同様に長母音が現れず,全て短母音で発音されるようになってきている。

子 音

朝鮮語の子音は以下の19種類の音が区別される。

【表2】朝鮮語の子音
平音 /b/
[p/b]
/d/
[t/d]
/s/
[s,ɕ]
/j/
[tɕ/dʑ]
/g/
[k/ɡ]
 
激音 /p/
[pʰ]
/t/
[tʰ]
  /c/
[tɕʰ]
/k/
[kʰ]
/h/
[h]
濃音 /β/
[ʔp]
/δ/
[ʔt]
/σ/
[ʔs,ʔɕ]
/ζ/
[ʔtɕ]
/γ/
[ʔk]
 
鼻音 /m/
[m]
/n/
[n]
    /ŋ/
[ŋ]
 
流音   /ㄹ/
[ɾ,l]
       

日本語には「タ・ダ」のように無声音(清音)と有声音(濁音)の区別があるが,朝鮮語にはこの無声音・有声音の区別がなく同じ音と認識される(上記【表2】の「平音」を参照)。従って,朝鮮語を母語とする人は,「金閣寺」と「銀閣寺」を聞き分けるのが非常に困難である。我々日本語話者にとってみれば,全く違う音なのになぜ区別できないのか実に不可解なことであるが,ある言語で区別する音であっても別の言語では区別できない例はよくある。例えば,英語では「l」と「r」が違う音と区別されるのに,日本語では区別されずともに「ラ行」の音と認識される。朝鮮語に無声音・有声音の区別がないのは,これと同じ理屈である。

その代わりに,朝鮮語では日本語とは異なる方法で子音を区別する。それは「息をふつうに出す(平音)」,「息を強く出す(激音)」,「のどを緊張させて音を出す(濃音)」という区別である(上記【表2】参照)。例えば,日本語では「タ」と聞こえる音であっても,それがふつうに息が出ているのか,息が強く出ているのか,のどを絞めているのかによって,それぞれ別の音と認識するのである。この3つの音の区別もまた,日本語話者には難しい。

  音節末に来る子音  

日本語の音と大きく異なる特徴としてまた,音節(ひといきに発音される音の単位)の最後の位置でさまざまな音が区別されることが挙げられる。日本語は「ク /ku/」や「リ /ri/」のように母音で終わる音節がほとんどであり,音節の最後に来て区別される子音は促音(つまる音)「ッ /Q/」と撥音(はねる音)「ン /N/」の2種類だけである。それに対して朝鮮語は,上記の19種類の子音のうち /b,d,g,m,n,ŋ,r/ の7種類の子音が音節末の位置に来て区別される。/b,d,g/ はそれぞれ [p ̚,t ̚,k ̚] という音で現れるが,いずれもいわゆる「内破音」である。すなわち,英語の cap の「p」のように,発音し終えるときに息を外に漏らすのではなく,音を飲み込むように発音する。/r/ は音節末の位置では [l] 音で現れる(逆に音節頭の位置では [ɾ] 音で現れる)。

音節末の位置で区別されるこれら7種の子音のうち, /b,d,g/ は日本語の促音に似た音,/m,n,ŋ/ は日本語の撥音に似た音であり,日本語を母語をする者にとっては区別するのが難しい。

上の例で,「飯」,「畑」,「外」はどれも「パッ」のように聞こえ,「夜」,「班」,「部屋」はどれも「パン」のように聞こえる。

音の高低

朝鮮語は一部の方言を除いて,日本語のように高低アクセントの違いによって,単語の意味を区別することはない。日本語(東京方言)は「アメ」と言うとき,「ア」を高く発音すれば「雨」の意,「メ」を高く発音すれば「飴」の意だが,朝鮮語にはこのような区別がない。ただし,自然な音の高低はあるので,勝手気ままに高低をつけて発音しても自然な朝鮮語には聞こえない。



  コラム    関東大震災と朝鮮語

朝鮮語には語頭に濁音が来ないという特性がある。だから,朝鮮人に「ダンゴ」と言わせると「タンゴ」と発音してしまう。このような朝鮮語の特性を逆手にとって,関東大震災のときに朝鮮人の発音を「朝鮮人狩り」の道具に使ったといわれている。知る人ぞ知る,「10円50銭」である。朝鮮人は語頭の濁音がうまく発音できないから,これを「チュウエン,コジッセン」と言ってしまうのである。もっとも,このときは東北出身者なども「おかしな」発音をして間違えて「狩られた」ことも少なくなかったと聞く。

ところで,日本語の音節が母音終わりであることは,韓国人に広く知られている。代表的なあいさつ言葉である「アンニョンハシムニカ」の「ム」は,実は「ム(mu)」という音ではなく,ただ単に唇を閉じる「m」の音である。おそらく,韓国人がふつうの速度で発音したら「アンニョンハシミカ」のように,「ン」に近く聞こえるだろう。韓国のコメディアンが日本人のしゃべる朝鮮語の真似をするとき,この母音つきの「ム」をことさら強調して,「~ムニカ,~ムニダ」と言って笑いをとる。朝鮮語を学ぶ人は,笑いのネタにされないよう,しっかりとした発音を見につけたいものである。


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