この生活がいつまでも続くと思っていた。何も無い平和な日常は、こんなにも大切で壊れやすいなんて、想像も出来なかった。
2020.03.26 カレル(プラハ)大学,チェコ語,派遣留学
私は現在チェコのプラハにあるカレル大学哲学部チェコ研究科に派遣留学しています。チェコでは新型肺炎の感染拡大を受け、3月12日緊急事態宣言がなされました。大学の授業は11日から全て休講です。本当はトビタ君日記を書いている場合ではないのかもしれませんが、ここ数日思うことが沢山あったため、チェコと他の欧米諸国との状況の違いをより多くの方に知って頂くためにも、ここに書き残しておこうと思います。
12日の非常事態宣言から日に日に生活の制限が厳しくなり、17日に「公共交通機関において」だったのが、18日には「外出時」口と鼻を覆うことが義務付けられ、この日記を書いている19日からは、食料品、ドラッグストア、医薬品店において午前10時から12時の買い物は65歳以上の人に制限されました。なんの前触れもなく、ある日突然規制が厳しくなっているのを確認する毎日。ただ、チェコ人はこんな中でも落ち着いていて、不条理な日常を淡々と受け入れているように見えます。
まず生活面についてですが、チェコで初の感染者が確認されたあたりから、消毒液、除菌手洗い石鹸等が店頭から姿を消しました。マスクは元々つける習慣が無いため、多くの薬局では品切れが多く、昨日私が見つけたのは一枚1000円以上の破格の値段でした。通り過ぎた薬局では、若者と店員さんが「Dobrý den, máte roušky?(こんにちはー、マスクありますか?)」「Bohužel nemáme...(あいにく在庫切れで...)」「No tak...nashle!(そうっスか...さよなら!)」という会話を繰り広げ、若者はニヤニヤしながら店を出ていきました。現在食料品店やドラッグストア、ケータイショップなど生活に必要な店以外は閉鎖されています。ただ、ドイツ、フランス、アメリカ等とは違い、食料品の買占めは目立っていません。こちらは17日に撮影した近所のスーパーの様子です。パスタなど一部棚が空になっていますが、チェコでは良くあることで、恐らく安売りだったからと思われます。トイレットペーパーも沢山ありました。レジの店員さんはマスクを着用し、レジに並ぶ際は客同士が距離を取るよう張り紙がしてありました。
昨日、注文した本を取りに古本屋へ行きました。呼び鈴を押すと、予約の本を取りに来たお客さんにだけ、マスクをつけた店長のおじさんが扉を開いてくれました。
「今どこも閉まってるから本を買うのも大変でしょう」
「(私、苦笑い)ええ、今慌てて色んな所から注文しているので、もうどこで何を買ったか覚えていません...」
「ちなみに、お国はどちら?日本?」
「(なぜ分かったんだろう...)はい、日本から来ました」
「昔、2、30年前、東京の大学に沢山本を送ったんだよ。大量に注文が来て、それを航空便で送ってね、高額だったよ!もうどの大学だったかは覚えてないけど...チェコ語は何年間勉強してるんですか?もしかして東京で?将来の仕事は、翻訳とか?」
「東京で、3年間勉強してます。...まだ決まっていませんが、取り合えずこのままチェコ語学かスラヴ語学の勉強を続けたいです」
「(私が注文した方言学の本を渡しながら)それは素晴らしい!(チェコ人は外国人がチェコ語を話すと結構喜んでくれる)チェコ語の方言は簡単でしょう、ポーランド語やロシア語に比べて」
「(返答に詰まる)そ、そうですか...?あとは、スロヴァキア語もやらなきゃ」
「Ha, ha, to je super!では、この本を読んで、家で勉強してくださいね!Ať se Vám všechno daří!(健闘を祈ります!)Arigato, Sayonara!」
「ありがとうございます(日本語で)、Na shledanou!」
こんな感じの会話をして、古本屋を後にしました。新型肺炎が欧州で流行り出した頃、西欧諸国におけるアジア人差別のニュースを目にしていたのと、「アジア人は皆中国人と見分けがつかないので、アジア系の店は予防のために避けている」「ヴェトナム系のコンビニ(večerka)や中華レストランの売り上げが落ちている」というチェコの記事を読んだのとで、何か嫌な思いをするのではないかと恐れていました。しかし、チェコ人は地下鉄で隣に座ってきたり、レジでも普通に対応してくれたり、挙句の果てには古本屋で長話をしたりと、特に差別を受けたことはありません(もちろん、奇異な目でじっと見られることはあります)。チェコでは、なぜ他の欧米諸国のようにアジア人差別があまり見られないのか、歴史に培われたチェコ人のメンタリティが気になります。
帰り道、観光客のいなくなったプラハの中心地を見るため、Malostranské náměstí(マラー・ストラナ広場)とKarlův most(カレル橋)を見物してきました。驚いたことに、カレル橋の麓にある観光客向けのトゥルデルニーク屋とホットドッグ屋は営業しており(緊急事態宣言違反ではないのか???)、周辺では何人かがトゥルデルニークを片手にぶらぶらしていました。物好きなチェコ人(と私)が写真を撮りながらカレル橋を渡っています。こちらがその様子です。観光客が来ていた頃と同じように、物乞いもいました。「いつかでいいや」とずっと思っていた私は、長期留学を開始してから、この日初めてカレル橋を渡りました。これで悔いはありません。
きっと、このような事態になるとは誰も想像がつかなかった事と思います。私も、当然夏学期終了まで「普通に」過ごせると思っていました。現在はオンラインで授業を受けつつ、いつでも帰国できるように準備を進めています。まだ時間があるから、と先送りを続け、やり残したこと、買い残したものが沢山ありました。何もない日常が続くと忘れがちですが、毎日悔いのないように生きることは、本当に当たり前でありながら、一番大切なことだったのだ、と実感しました。今急いで出来る限りのことをしています。大学生活が中断され、最初はすごく悔しかったですが、今では、若くして予想不可能な事態に立ち会い、経験しているのだと考えるようにしています。非常事態下でも淡々としているチェコ人のメンタリティも垣間見ることができました。日々の状況に一喜一憂して疲れる毎日ですが、最後まで気を抜かず、安全でいられるように気を付けます。長くなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございます。それではまた、Těším se na viděnou a věřím, že nakonec všechno zvládneme‼
観光客のいないマラー・ストラナ広場
スーパーの様子
人気のないプラハ
カレル橋の様子
人間をよそに、動物たちは今まで通りの生活を続けている。
トラムからの眺め