Teatr Wielki の舞台裏――1
平岩理恵
平岩理恵さん平岩理恵さんは、1999年春に東京外国語大学ポーランド語専攻を卒業した後1年間ポーランド文化研究室の研究生として勉強を継続、翌年大学院博士前期課程に入学。現在は、2001年度のポーランド政府給費留学生としてワルシャワ大学に留学中です。
卒業論文は「ポーランド・ロマン主義における〈ポロネーズ〉と〈マズルカ〉」でしたが、平岩さん自身、舞踊サークル「ポルカ」のメンバーでもありました。また外大オーケストラでもフルートを吹き、マネージャーを務め、ついには大学の外に、Symphonia EUTERPE という新しい民間音楽団体を組織するなど、積極的な活動をしています。
私がワルシャワの空港に降り立ったのは2001年9月23日のこと。ポーランド訪問としては4回目ではあったものの、最初の海外長期滞在――即ち2年間のワルシャワ留学――の第一歩となった日だ。私の研究課題は19世紀ポーランドの音楽文化史であり、主にモニューシュコを取り上げ、現在ワルシャワ大学歴史学部に設置されているInstytut Muzykologii(音楽学学科)のIrena Poniatowska教授の研究室にお世話になっている。
不思議なことに、ポーランド国民オペラの父とされるモニューシュコについて、ここ数十年間殆ど新たな研究がなされていないという現実がまず目の前に立ちはだかった。モニューシュコ没後130年となる今年は、彼にまつわる様々な企画も各地で行われ、またここ数年で、改めてこの国民作曲家を見直そうと研究を始める若手音楽学者も随分出てきてはいるが、まだまとまった成果としては現れてきていないのが現状だ。こちらに来れば読むべきもの、見るべきものがおのずと手に入って、あとはそれを料理するだけだ、などと思っていたのは実に浅はかな考えであり、最初の1年の目標は必要かつ有意義な資料の収集、ということになった。
実際その作業はそれほど簡単なものではなく、図書館にある資料も随分と限られたもので、また音楽書の専門店でも、モニューシュコにまつわる本や楽譜の品揃えは極めて不十分なものであった。そしてやっと、後期に開講されたある講義で、この作曲家に関する殆ど全ての現存する原資料がワルシャワの新市街にあるWTM(Warszawskie Towarzystwo Muzyczne)に納められていることが判明したのである。しかしここの資料は持ち出し禁止のため、その場での閲覧しかできないときている。現在もなお、ここに通っては資料のメモを取ったりデジタルカメラで記録したり、という作業が続いている。…これが研究生としてのワルシャワ生活の一端である。
さて、私がワルシャワでやっていること、というのは、実は研究ばかりではない。昨年10月半ばごろであっただろうか、Instytutの掲示板で見つけた「Teatr Wielki - Opera Narodowa、ボランティア募集!」の貼り紙に、のこのこと外国人である私は応募をしたのだ。Teatr Wielki、これはワルシャワの旧市街入り口Plac Zamkowyの脇をSenatorska通りに入ったPlac Teatralnyにそびえる大きな劇場の建物全体をさす。この左翼にOpera Narodowaが、右翼にTeatr Narodowyがそれぞれ劇場を構えるつくりとなっている。Opera Narodowaは1778年よりの長い歴史をもち、現在にたるまで優れた水準の各種オペラ、バレエを国民はもとより世界中に提供し続けてきている。まさに19世紀中ごろ、モニューシュコはここのdyrektorとして自身のオペラをポーランド国民に向けて発信していたのであった。
そのボランティアの仕事内容はTWのCentrum Informacji i Promocji(インフォメーション・センター)におけるアシスタント業務。ボックスオフィス脇にあり、チケットを買いに、また公演プログラムを求めて来るお客様に対して、月間公演案内や各演目のあらすじ、キャストを印刷したチラシなどを渡し、他にもTWに関するあらゆるインフォメーションを行う仕事である。おかげで、あらゆる文化、とりわけ音楽に関するワルシャワ中の情報が手中に集まり、私にとっては2重にも3重にも、意義のある仕事となっている。というのも、このボランティアはその見返りとして、一定時間働くにつき公演の招待券やプログラムなどを無償で受け取ることができるのである。またインフォメーションでの応対は殆どがポーランド人相手のため、言葉の訓練という意味においても、である。
ともあれ、研究対象としては過去のポーランド音楽文化を、そしてTWでのボランティアなどを通じて現在のそれを、日々見聞きするというなんとも恵まれた環境にある。
そこで、このエッセイのコーナーではそんな私の音楽漬け生活のなかから、私の知りえたこと、感じたこと、思うこと、などなどをつれづれに語ってゆければ、という風に考えている。勿論、話題もクラシック音楽界だけのことに限るわけではなく、文化一般に、あるいはもっとサブカルチャー的に日常の出来事なども織り交ぜて、というのが今のところの理想である。連載の事実上第1回となる次回は、現在のポーランドの文化事情について少し触れてみたいと考えている。それではまた次回! (10 IX 2002)
Teatr Wielki の舞台裏――2
ポーランドに限ったことではなく多くの国で、全世界的な経済の混迷が続く中、国家予算から真っ先に削減の対象となるのが文化予算である。昨シーズン(2001-02)は、ワルシャワでもその危機的状況があからさまに目に見えるというところまで来てしまった感がある。約束されていた国家予算がシーズンの途中で突然打ち切られるという事態が発生したためだ。文化的活動は必然的に縮小され、人々の文化に対する興味もそがれ、やがて文化が廃れていく――こうした悪循環が加速度的に進んでいくのではないか、と危惧する声が知識人の間では強まっている。
今年初旬に新聞で見かけた「ワルシャワ室内歌劇場Warszawska Opera Kameralna」のコメントはその最たるものといえよう。「ワルシャワでオペラ上演をすればするほど赤字となる。かといって公演活動そのものを取りやめることはできない。削減された予算分をまかなうためには国外での公演を多く行わなければならない。そしてワルシャワの音楽愛好家たちの前に我々の芸術を披露する機会はますます減っていく」
また「国立フィルハーモニーFilharmonia Narodowa」では、昨シーズン中、プログラム上に予定されていた演奏会のうち、のべ20近くがキャンセルされた。定期公演(通常金・土と同じプログラムが組まれる)については金曜、又は土曜のどちらかが公演中止になったり、また客演として予定されていた公演が差し替え、あるいは中止、となったケースが例外で済まされる数ではなく実際に起こったのだ。定期公演回数を減らす、また6月頭から9月一杯までをシーズンオフとすることで団員へ支払う賃金を削減、またコストのかかる世界的に著名な指揮者・演奏家・団体の招致を断念する、これらは赤字をできるだけ小さくおさえるためのやむにやまれぬ手段であったには違いない。しかしこのことは、それまで定期的に通っていた音楽愛好家の興味、期待をそぐだけでなく、その信頼をも失いかねない。定期公演におけるFNの座席の埋まり具合は、50%に満たないのではないか、と思われることもしばしばであった。もっともこれについては、昨年11月にこれまで20数年に亙ってFNを導いてきたカジミェシュ・コルトKazimierz Kordが退任、新たなdyrektorにアントニ・ヴィットAntoni Witを迎えたことで、これまでの趣向とは異なるプログラム(古典・ロマン派ものが減り、スペインものやオラトリオなどが目立つ)が連続した影響も考慮に入れなくてはなるまい。5月にはキャンペーン「Majowa Promocja」と銘打って、通常の3割引でチケットの販売が行われるなど、明々白々な「客足の鈍り」に対する異例ともいえる対策がとられもした。そうした集客努力を認めないわけではないが、やはりそれ以前に見直すべき点は多々あったのではないか、と私は考える。
そしてTeatr Wielki - Opera Narodowa。ここは各地の歌劇場、フィルハーモニーなどの中でもずば抜けて恵まれた予算配分を受けている劇場であるが、それでも昨年度の活動の低迷振りは外目にも明らかであった。シーズン中に予定されていた初演演目のうちいくつかが翌シーズンへ持ち越しとなるか、或いは企画そのものが中止となった。またシーズン中に行われた初演も、そのすべてが、当初予定されていた日程より遅れての実現であった。今シーズンより音楽監督と兼任で総監督に就任したヤツェク・カスプシクJacek Kaspszyk氏によれば「3ヶ月先の見通しを立てるのも難しい」のが現状なのだという。
こうした文化の危機のさなかにあって多少の光明ともいえるのは、この夏、新たに文化大臣にヴァルデマル・ドンブロフスキWaldemar Dąbrowski氏が就任したことである。昨シーズン末までTWONの総監督を務めていた人物であり、つまり現場の事情を心得た文化大臣の初登場というわけである。もう予算の突然の打ち切り、などという事態を危惧する必要は無いのだ。またラジオ討論の中で文化振興対策として予算の配分ということにも関連させつつ彼が掲げたのは、第一に「教育に力を注ぐこと」であった。教育の場で子供達に文化に対する興味を育てることこそ、長期的に見てポーランド文化の振興をもたらす、という考えである。また現代芸術に対して、その普及の場を与えることも約束した。現代芸術の美術館をワルシャワに、という構想も掲げている。つまり今シーズンをどうやりくりするか、もさることながら、長期的に見て文化の創造と享受の両輪がうまく機能するような社会環境、人々の意識を育てることにも重点を置きたいということである。この成果は当然のことながらすぐに現れるものではない。氏は同時にこうも言っている――「各文化施設はそれぞれ限られた条件の中であっても、よりよく人々の需要に応えるべく、また教育に尽くすべく、常に自己努力を惜しんではならない」と。文化を提供する側も享受する側も、同様に長期的視野に立った努力を迫られている。そしてそれなくして将来の希望はないということでもある。
厳しい状況は今年度も変わりは無い。が少なくとも今シーズン始まって最初の一ヶ月、首都で見られた演奏会、オペラのプログラムには人々の興味を惹くものが多かったように思われる。とりわけFNの10月プログラムには、昨シーズン末に行われた聴衆に対するアンケート調査の影響を受けてか、大いなる意欲を感じることができた。竜頭蛇尾、ということにならぬよう願いつつ、今後の活動を見守り、応援していきたいと思う。
11月から1月にかけて、FN、WOK、TWONの日本公演が相次いで行われ、その間ワルシャワでは、引き換えに他の都市、或いは近隣諸国からの客演で舞台がにぎわうことになるのだが、日本で彼らの活躍にどのような評価、反応が出てくるのか、私としても大変興味深い。(2 XI 2002)〔新しくテアトル・ヴェイルキの総監督に就任し、まもなく日本にもやって来るこのカスプシク氏の名前、綴りが珍しい。おなじみの KaspRzyk ではなく KaspSzyk なのである〕
Teatr Wielki の舞台裏――3
■ ポーランド国立歌劇場 総監督兼芸術監督 ヤツェク・カスプシク氏
Dyrektor naczelny i artystyczny TW, Jacek Kaspszyk:
日本公演を控えての独占インタビュー来る2003年1月、ポーランド国立歌劇場(テアトル・ヴィエルキ)は、2度目となる来日公演に際し、「トゥーランドット」と「オテロ」の2演目を全国各地で上演する。12月は新作「ドン・ジョヴァンニ」の初演、モスクワへの引っ越し公演と大イベントが続く中、劇場総監督ヤツェク・カスプシク氏は忙しい時間の合間を縫ってインタビューに応えて下さった。
――2年前、ポーランド国立歌劇場、初の日本公演では「トラヴィアータ」が大好評を博したわけですが、今回、更なる感動を求める日本の観衆の期待にどのように応えるお考えですか?
■ 前回、新年早々という日本としては異例の時期に「トラヴィアータ」を上演したわけですが、日本の聴衆の皆さんが大変好意的に受け入れで下さったのは私たちにとっても非常に喜ばしいことでした。その成功を受けて今回皆さんにお届けするのは、我々のレパートリーの中でも最も大規模な演出を誇る2つのオペラ、「トゥーランドット」と「オテロ」です。どちらもオペラの代表的な演目であることに加え、一流の歌手を起用していますから、前回の「トラヴィアータ」に続き、今回も好評をもって迎えられるものと期待しています。
――それぞれの演目では、どういう点に特に着目すればいいでしょうか?
■ オペラの音楽的構成、劇の組み立て全体に着目していただきたいですね。「トゥーランドット」ではエヴァ・マルトン、ヤネス・ロトリッチ、また「オテロ」ではホセ・クーラといった素晴らしいソリストたちを迎えているわけですからなおのことです。音楽劇の傑作、一流の歌手、そして演出――この組み合わせは日本の聴衆にとっても非常に興味深いものになるに違いないと考えています。
――2つの演目を組み合わせたこの公演全体として何かコンセプトがあるのでしょうか?
■ プッチーニとヴェルディの、それぞれ全く異なる手法によって描かれた音楽、これらが持つ一つの共通点を挙げるとすれば、両者とも作曲家にとって最後の音楽劇作品だということです。プッチーニは「トゥーランドット」を完成させることができませんでしたし、ヴェルディも「オテロ」の後「ファルスタッフ」を書き上げただけです。これらは彼らの全創作の中でも全く新しい何かであり、そこには他に近似する要素は存在しません。
――今回、タイトルロールにポーランド人歌手でなく客演を起用していますが、このキャスティングは日本側の意向も考慮されているのでしょうか?
■ もちろん、日本の興行会社のサジェスチョンも無かったわけではありません。しかしここワルシャワでこれらのオペラを上演する際、既に5年にわたってこれら同じソリストを使ってきました。ヨーロッパ、ヨーロッパ外を問わずあらゆる劇場がそうしているように、私たちもポーランド人歌手たち――当然ポーランドの劇場で大抵の場合歌っているわけですが――だけを考慮に入れるのではなく、現時点で招聘可能な、そのオペラの役柄に最も相応しい人材を世界中から起用しているというわけです。
――国立歌劇場の機関紙、第1号の中で監督は「我々は世界の名だたる劇場に名前を連ねていない」と謙遜をこめておっしゃっておられますが、いくつかの演目に関して言えば世界一流の水準にひけをとっていないと思います。「蝶々夫人」「ロジェ王」「オネーギン」「オテロ」などがいい例です。それでも、ポーランドの人材だけで十分な満足感を外国の聴衆に与えるオペラを上演することが可能だ、とはお考えになりませんか?
■ 私はそのように考えるべきではないと思っています。今や各国間に――ある種の文化的境界はあるとはいえ――第2次世界大戦前までのような極度の閉鎖性、限界は存在していません。例えば日本人である小澤征爾がウィーン国立歌劇場芸術監督であり、これまでも20年以上にわたってボストン響の音楽監督であったこと、ズービン・メータはドイツ人でないがバイエルン歌劇場の監督であることに、今や誰も驚きはしないでしょう。もはや、誰がどこで生まれたのか、ということは全く意味を持たなくなっているのです。小澤氏は日本人でありながら、ウィーンっ子に彼らの面白いと思うものを提供することができるのです。現代は、誰もが自身や出身国の文化の持つオリジナリティーを少しずつ世界文化の中に投入していく時代だと考えます。
――まさにそのとおりですね。そうすると「国立歌劇場」という名を冠している以上、皆さんにはポーランド文化、とりわけ音楽の紹介、普及といった使命があると思います。今回の引っ越し公演に際し、例えば何かポーランドの代表的オペラと何かイタリアオペラ、といった組み合わせの可能性は無かったのですか?
■ 確かに。しかし今日、すでにポーランドを代表するオペラとしてモニューシュコの「幽霊屋敷」が挙げられることは、間もなくEMIよりリリースが決定していることでも証明されています。つまり、世界のスタンダードに名を連ねることになった、と言えます。国立歌劇場としての我々の役割は、ポーランドの作品の上演――これは最優先事項でありきわめて重要な使命ですが――は勿論のこと、世界中の優れた文化を紹介するということもまた大切なのです。無論ポーランド文化を世界文化と切り離して考えることはできませんからね、そうでしょう? こういう方法で文化を補完していく、これが国立の芸術機関として最大の役割だと理解しています。
――間もなく、TWのモスクワ公演ではポーランドオペラと世界的作品の上演をなさるわけですが、国外でポーランドオペラの公演を実現することに何らかの困難は伴いますか? もしあるとすればそれはどのようなものですか?
■ そういった困難はないと言えるでしょう。もちろん、例えば私たちが原語で上演するバルトークの「青ひげ公」は、ポーランド人ソリストにとっては確かに問題となります。しかし言語指導の助けを借りることで、これらの難題も比較的楽にクリアできると思っています。ポーランド・オペラに関しても同様で、例えば「ロジェ王」には録音がありますが、ポーランド人歌手に混じって主な登場人物をアメリカやイギリスからのソリストが歌っています。もちろんポーランド語でです。つまり今日、それに関して大きな問題は存在しないということです。またポーランド語での上演に際しても、その公演が行われる国の言葉で字幕が出ますから、観客は舞台上で起こっていることを100%理解することも可能なのです。
――とすればなおさら、やはりポーランド・オペラはポーランドの歌劇場が上演してこそ、「本物」を国外に知らしめることができると思います。
■ もちろん、そのとおりです。例えばもし我々がヨーロッパで歌舞伎に相当するものを行うとすれば間違いなく日本人の上演を目にし、また彼らから学ぶという他ないでしょうからね。もし日本でポーランド・オペラを上演するということになれば、日本人の協力を得ながらというのがより簡単な方法となるかも知れません。
――国立歌劇場の最新作「ドン・ジョヴァンニ」はロサンゼルス歌劇場との共同制作と聞いています。今後、日本の歌劇場との共同制作という可能性は考えられますか?
■ 勿論です。1月の日本訪問の際、東京の歌劇場との共同制作について協議をはじめたいと考えています。
――それは素晴らしいことです! それでは最後に、監督は今シーズンから国立歌劇場「総監督」という立場をお受けになられたわけですが、今後劇場をどのように導いていかれるおつもりか、お考えをお聞かせください。
■ 私はすでに歩き始め、それが間違った方向でないと確信できているこの道をそのまま続けていきたいと思っています。つまり一つ一つの公演が、初演の時と同じような芸術の真髄であることを目指します。既にこれは実現をみていますが。常に客席は100%以上の聴衆で埋まり、まるで初演であるかのような反応を示してくれます。劇場の水準が大いに上がったと言い得るでしょう。またもちろん、今話したように東京の劇場との、またすでに始まっているロサンゼルスとの、また将来的にはベルリンのシュターツ・オーパーとの協力を発展させ、私達の劇場も日常的に世界で起きていることとの緊密なコンタクトを保ち、ポーランドの観衆がベルリンや東京、ニューヨーク、あるいはロンドンと等しい芸術を享受できるように導きたいと思っています。
――お話どうもありがとうございました。日本公演のご成功をお祈りしています。
(インタビュー:平岩理恵 2002年12月6日 TWにて)
Teatr Wielki の舞台裏――4
2月24日――Teatr Wielki w Warszawieの誕生日である。今を遡ること170年、1833年2月24日、この劇場で初めてオペラ(ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』)が上演されたことに由来している。1825年から、途中11月蜂起による中断を経つつ足掛け8年にわたって建造されたこの建物は、イタリア人建築家Antonio Corazziの設計によるもので(他にもStaszic宮などを設計)、2次大戦中完全に破壊された後は劇場そのものの規模は拡大しつつも(舞台面の広さは世界最大を誇る)戦前の面影をとどめた劇場として再建、又当初ファサードに乗せられる予定であった4頭立て馬車のブロンズ像はようやく昨年2002年5月3日になって施工の実現を見た。
柿落とし170周年を記念して、2月12日から23日まで、”DNI TEATRU WIELKIEGO OPERY NARODOWEJ w 170-lecie otwarcia Teatru Wielkiego”と銘打たれた祭典が行われた。連夜、レパートリーの中から選りすぐりのオペラ・バレエが上演されただけでなく、舞台装置の一般公開デモンストレーション、劇場史にまつわる展示会の開催、記念プレートの除幕式などイベントにも事欠かなかった。
しかし何より重大な「事件」として扱われたのは、まさにこの祝祭最終日、23日(日)のオペラ公演、モニューシュコ『幽霊屋敷』(„Straszny Dwór”)であった。同オペラのCD発売記念とそのプロモーションを兼ねた特別公演としてである。当日は観客の一人一人に、ポーランドに届けられたばかりのそのCDが手渡されるという嬉しいプレゼント付きであった。このCDは世界的シェアをほこる一流レーベルの一つであるEMI classicsからニューリリースされたもので、現在Teatr Wielki - Opera Narodowaの舞台に乗っている演出(2001年2月9日初演)そのままの全アーティストが参加して2001年に収録が行われた(詳細は写真のとおり)。
当初、このレコーディングは<DVD>と伝えられていたが、最終的に<CD>であることが判明、せっかくの美しい衣装、デコレーション、mazur(4幕)の華やかな場面が視覚的に伝えられないことが非常に惜しまれるものの、<ポーランドオペラ>がようやく、世界の音楽市場に第一歩を踏み出すという点に置いては非常に重要な意味を持つ。実際のところ、これまでにもPolskie Nagraniaというポーランドのレーベルから4回、このオペラはリリースされてきているが、いずれも録音は1950~1970年代にかけてのものであり、残念ながら世界に流通するという規模には至っていなかった。
記念公演に先立って行われた記者会見には、総監督カスプシクKaspszyk氏(※)、ソリストなどTWONの主要人物だけでなく、英国からEMI classicsマネージャーのRichard Bradburn氏、Lady Panufnik女史らがかけつけた。TWON副総監督Leszczyński氏の勧めを受けて『幽霊屋敷』を聞いたBradburn氏がその音楽をいたく気に入ったところから全ては始まったのだという。氏は出版の経緯を次のように話した。
――イギリス人の誰一人として、モニューシュコの名も作品も知らないという事実がまず難題として持ち上がったが、最終的にEMI classicsが決断に踏み切ったのはLady Panufnikの熱烈なポーランド文化紹介運動があったことと、何よりモニューシュコの音楽そのものの素晴らしさだ。そして、中欧のオペラではチェコのスメタナ、ドヴォジャーク、ハンガリーのバルトーク、コダーイらが既に知られているのに、またポーランド音楽としては現代作曲家シマノフスキ、グレツキ、ペンデレツキらが世界で愛聴されているのに、これまで不当なまでに欠落していたのがまさにモニューシュコのオペラだ、という結論にEMIが達したためだ――
このCDは何と262ページにも及ぶ、ポーランド・英・独・仏の4言語による詳細な解説ブックレット付きで、リブレットの英訳も新たにこのCDのために行われた。「日本でのリリースは?」と尋ねたところ、これは日本の東芝EMIクラシック部門の判断に委ねられるとのことであり、日本語の訳と解説付きでの発売はいつになるか、そもそもありうるのかもまだ現時点で判断することはできないが、輸入版として大型CD販売店の店頭に並ぶ日は近いかもしれない。
私も早速録音を聞いてみたが、録音、編集に使われた技術は現在の最新鋭のもので、また演奏の質も高く、十分に楽しめる内容になっている。やはりポーランド人によるポーランド作品の演奏である。「ポーランド的」エッセンスが溢れんばかりにスピーカーから飛び出てくる、非常に新鮮味と勢いに満ちた録音だ。一度でも『幽霊屋敷』をTWONの舞台で見た事のある人ならばその場面が鮮明にまぶたに浮かぶだろう。またそれまでポーランドオペラとは何の縁のない人でも、ブックレットをよく見比べながら情景を想像するのはそれほど難しいことではない。又、このCDの批評が最新号の雑誌”Muzyka”に掲載されたが、そこでは『幽霊屋敷』とミツキェヴィチMickiewiczの『パン・タデウシュPan Tadeusz』の比較が試みられている。昔からこの2作品の類似性は議論されてきたことだが、日本でも公開されたことのあるヴァイダ監督の映画『パン・タデウシュ』の各場面、ことにマズルやポロネーズが踊られるシーンを重ね合わせてこのCDを聴くのも理解のために大いに助けになることだろう。
また、もう一つポーランド音楽愛好者にとって嬉しいニュースが記者会見の最後にもたらされた。遅くとも来年の内には、ポーランド20世紀オペラの最高峰、シマノフスキSzymanowskiの『ロジェ王Król Roger』が、今度こそDVDの形でリリースされることが決まっている、というものだ。音源の収録は既に終えられており、これから舞台の収録、編集が進められるとのことであった。※)カスプシク氏のKaspszykという綴りは、現在英国住まいの氏自身によって、<rzでつづられた音をszで発音することは英国人にはおよそ理解しがたいことであり、それに関するトラブルを避けるためにRからSに記載を変えてほしい>という要請があったということに由来する。