卒業生からの手紙

 

伊香祝子(91年、95年卒 )

20015

先日、初夏のような日差しの下、宇都宮の巨大なすべり台のある公園で、 スペイン語学科の同期のMさんと子どもを遊ばせながら、この三月で 卒業から丸10年たったね、とため息をついたものです。

わたしの場合、大学院にもいたので正確には6年です。高橋先生には ごめんどうばかりおかけする学生でした。

三年前から東京の板橋に住んでおりまして、いつでも 行けるところに外語がある、と心強くおもっていたところが、 とうとう外語も移転してしまいなんとなく さびしいです。新しい校舎はまだ訪ねたことはありませんが、 ずいぶん立派になったそうですね。お喜びもうしあげます。

板橋に住み始めてすぐ子どもが生まれ、それから 非常勤の仕事をご紹介いただいて(これもゼミの つながりでした)、あたふたと日々がすぎ、 仕事も3年目に入ってようやくすこし落ち着いてきたところです。(語学を教える難 しさもひしひしと感じています)

ゼミではいつも、なんのために研究をするのか、ということを鋭く問われつづけ、 一面的でないものの見方を叩きこまれました。

院を出てから人権問題を多く扱う某出版社に勤めたことで、ラテンアメリカ だけでなく、世界の人権問題や日本の人権問題にも目を開かされたのですが、 それを自分のこととして受けとめるようになったのは、ごく最近のことです。

働くことや、連れ合いとの出会い、妊娠、子育てなどの経験をするなかで、 自分はどう生きたいのか、それはこの社会のなかでどんな意味をもつのか 考えずにはいられませんでした。

というとややこしいのですが、ようするに小さな会社で働くと世の中には いっぱい矛盾があることもわかるし、事実婚しようとすると イエともあれこれあるし、女が子育てしながら働くのも、いえで ひとり子育てするのも、ラクなこっちゃないでーということです。

まあ、子育てちゅうの主婦(のような立場にあるヒト)というのはいろんなことを 考えるものなんです。子どものいなかったときは、勝手に産んだんだから 自分でちゃんと育てなさいよーと今思えばオソロシイことを考えていたものですが。

そんななかで気になってきたのは、ニホン人でもこんなに煮詰まってしまう 子育て(とくに就学前ー幼稚園や小学校に入る前)をしてる ガイコク人のお母さん(お父さん)はどうしてるんだろう?ということでした。

そしてひょんなきっかけで目黒で日本語サークルをしている方と知り合い、 多言語育児情報誌を作ろう、という話になったのです。 国際交流団体などから補助金をもらって、育児情報を集め、 それを外国語にして区の国際交流財団に配布してもらう。

まず日本語で作るのですが、その情報集めのサークルを 立ち上げたところです。目黒でうまく行ったら、東京全体に広げていきたいと 考えているのです。

いまニホンでは新生児37人にひとりは、親のどちらかがガイコク人だといわれて います。そしてそのなかで、いろんな困難に直面しています。 たとえば、乳児の医療費はただになっている地方自治体が あるのですが、その制度を知らないために、子どもを病院に連れて行けないお母さん や、 日本語がわからないので子どもと家にこもりっきりになって、 子どものコミュニケーション能力に影響してしまう、などはほんの一部です。

そういった情報だけでなく、近所の子ども服のリサイクルショップだとか 子どもの本の店の情報なんてあったら、ニホン人だって利用したいですよね。 というわけで、もしこれを読んで興味をもったかたがいたらお声をかけてください。 また、すでにこんな活動をしている、聞いたことがある、という方もお便り いただければ幸いです。

www.egroups.co.jp/group/tagenngo-ikuji 会のホームページです。