2021年度 第1回FINDAS若手研究者セミナー 「サバルタン生活世界の実践―労働と信仰」の報告

掲載日 | 2021年05月07日

2021年度 第1回FINDAS若手研究者セミナー「サバルタン生活世界の実践―労働と信仰」の報告

 

【日時】  2021年4月18日(日)13:00-16:30
【場所】 ZOOMによるオンライン開催

参加人数:36人

【報告】

◇鈴木亜望(神戸大学)

「都市部における生活のための関係とネットワーク−バングラデシュの手工芸品生産工房で働くこと」

 バングラデシュでは1990年代に輸出向け縫製産業が発展し、女性の就労のあり方、都市部への移動、ジェンダー規範のあり方などが大きな影響を受けている。本発表では、バングラデシュの首都ダカにあるシルクスカーフ生産工房を対象に、工房で働く女性たちの実践と仕事の場をめぐる民族誌から、仕事を行う女性たちの相互関係、特に彼女たちが用いる擬似的な親族呼称や仕事を通じた関係に着目し、変動するバングラデシュ社会におけるネットワーク構築の実態と都市での生活における意味を明らかにする試みがなされた。

 工房には、オーナー、コルモチャリ(従業員)、カジェルメエ(家事に従事する少女)がおり、コルモチャリはオーナーを親族名称で呼称するなど、疑似的家族の関係性を構築していた。彼女達にとっては、工房は近代的な労働の場ではあるが、家のようなイメージを喚起するような安全で、かつ社会的な地位を保ちながら仕事をできる場所となっていた。

 一方でカジェルメエにとっては、工房の空間は家屋と結びつくことで行動範囲を著しく制限するものであり、ネットワーク形成は困難な状況下に置かれている。カジェルメエと雇用主の間で家族的な関係とみなされ、カジェルメエがジェンダー空間における保護とメエ(娘)としてのジェンダー役割の両者を引き受けることでその状況が支えられていると考察された。

 

◇阿部麻美

「現代インドにおけるダリトのキリスト教改宗―タミル農村社会のパライヤルの宗教実践―」

 これまでインドにおけるダリトのキリスト教改宗は物質的利益の付与またはカースト差別への抵抗の道具として位置付けられてきた。本発表では、タミル・ナードゥ州の村落でのパライヤル(伝統的職務として太鼓叩きなどを担ってきた集団)を中心にした調査・分析から、現代インドにおけるダリトのキリスト教改宗の実態を明らかにする試みがなされた。

 1970年代から1980年代にかけての社会・経済状況の変化に伴い、日雇い労働や工場労働の機会が増加し始め、ダリトがそれまで従事してきた専従的労働からの脱却が可能になった。以降継続する経済成長や公的保障政策の導入により生計手段が多角化し、ダリトの間で格差が生まれていった。加えて1980年代後半からのヒンドゥー至上主義運動の高揚、宣教戦略の転換など複層的な状況の中で、ダリトがキリスト教へ改宗、更には既存の権威的教会を批判し独立教会が設立されるに至った。2000年代以降、独立教会がペンテコステ派化(邪術や実利的・現世利益な救済を特徴とする)していく。経済格差の拡大等で社会的緊張が高まり、蓄財が果たせた者・果たせない者それぞれの立場からの主観的葛藤により死霊といった超越的エージェンシーの存在が強まった。個々の繁栄を阻まず「わたしたち」が富むことで死霊への恐れが解消され、格差拡大の中で連帯を保つ新たな倫理が形成されたと考察する。

 独立協会がペンテコステ派化を遂げる中で、憑依や太鼓演奏はその特徴だと指摘された。1990年代には「ダリト性」の象徴として太鼓は拒絶されていたものの、格差が拡大するパライヤル・コミュニティにおいて、パライヤルの伝統的な身体技法に表象されるパライヤル性が独立教会の上に生成する新たな共同体を支えるものとなった。

 

2020年度 第5回FINDAS研究会「「ロヒンギャ」アイデンティティの受容/操作―バングラデシュ南東部の事例から」の報告

掲載日 | 2020年12月09日

2020年度 第5回FINDAS研究会「「ロヒンギャ」アイデンティティの受容/操作―バングラデシュ南東部の事例から」の報告

 

【日時】  2020年11月29日(日)13:00-15:30
【場所】 ZOOMによるオンライン開催

 

参加者: 28人

 

【報告】

高田峰夫 (広島修道大学)

「「ロヒンギャ」アイデンティティの受容/操作―バングラデシュ南東部の事例から」

“Acceptance / manipulation of “Rohingya” identity: A case study of Southeast Bangladesh”

 

本報告では、バングラデシュ南東部地域の中での「ロヒンギャ」について、在地社会との相互作用も視野に入れた調査研究をもとに、「ロヒンギャ」カテゴリーの流動性を指摘する試みがなされた。2016-17年の「ロヒンギャ」大量流入以前にバングラデシュに流入し、キャンプ周辺で暮らしていた人びとの間では、滞在が長期化することで準地元民化する動きがみられた。こうした人びとは、自分たちの「ロヒンギャ」色を意図的に消そうとし、地理的には「ロヒンギャ」が集中するバングラデシュ最南東部から離脱・北上する動きがみられることが指摘された。つまり、彼らの間では「ロヒンギャ」アイデンティティの希釈化=脱「ロヒンギャ」化が起きているといえる。しかしその一方で、2016-17年の大量流入により「ロヒンギャ」が世界中の注目を集めるようになると、地元民化(=脱「ロヒンギャ」化)していた人びとの一部に、「難民(「ロヒンギャ」)」として公式登録を受け、それに伴う配給・サービスを享受する動き(再「ロヒンギャ」化)が現れた。バングラデシュにおける「ロヒンギャ・難民」カテゴリー/イメージは、こうした動きが複雑に絡み合って構築されており、こうした事例は、通常は無力さばかりが強調される「ロヒンギャ」たちの「主体性」を例証するものではないか、との指摘がなされた。

2020年度 第4回FINDAS研究会「南アジア研究における情動の諸相」の報告

掲載日 | 2020年12月02日

2020年度 第4回FINDAS研究会「南アジア研究における情動の諸相」の報告

 

【日時】  2020年11月8日(日)13:00-16:30
【場所】 ZOOM会議

 

参加者28名

 

【報告①】

太田 信宏 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

「マイスール藩王国における王権の感情化とその起源」

“Emotionalization of Kingship and its Provenance in the Princely State of Mysore”

 

本報告では、主にイギリス植民地期の南インド・マイスール藩王国においてカンナダ語で編纂された藩王チャーマ・ラージャ10世の伝記『チャーマ・ラージャ伝(Śiṃgrayya. Śrīmanmahārājādhirāja Śrī Cāmarājēṃdra Oḍeyaravara Caritre)』(初版1905年)をもとに、王と「臣民」との関係や王の言動が、感情や情緒にいろどられて表象される様子が取り上げられた。この伝記の特徴として、王に「思いやり」が必要であることが強調された点や、それまでの伝統では描かれることのなかった王の「悲しむ姿」が頻繁に描かれている点が挙げられ、王が臣民に対して「思いやり」という、一種の「共感」の情を示すことが強調された背景には、近代に相応しく変容しようとする王権の新たな存在基盤の模索や、新たな価値と文化の体現者としての在り方の模索が影響していたのではないか、と指摘された。また、「悲しむ王の姿」が描かれるようになった要因としては、「王が悲しむ」ということに対する著者(文学的象徴としての「王」の作り手)および社会(文学的象徴としての「王」の受け手)の価値づけが変化したことが影響しているのではないか、との見解が示された。

 

 

【報告②】

井田克征(中央大学)

「中世マハーラーシュトラの聖者伝における感情と救済」

“Emotions toward to the salvation in hagiographies of medieval Maharashtra”

 

本報告では、マハーラーシュトラにおいて14世紀に編纂されたマハーヌバーヴ派の聖者伝および初期教理書と、ワールカーリー派の伝記編纂者Mahipatiが18世紀に著した聖者列伝を、①死と救済、悲嘆と歓喜、②欲望という観点から比較した。その上で、こうした宗教書において化身を取り巻く人々が化身の死や自らの救済に直面する場面で描かれる情動を、「救済論」の観点から捉えたとき、その情動は読者である後代の信徒たちにとって単に規範的に作用するだけではなく、読み手一人一人の内に生じる感情(ラサ)そのものが重要な意味をもつのではないか、つまり聖者伝の中の様々なエピソードをvibhāva(感情を喚起する条件)と解釈できるのではないか、との見解が示された。両派の違いとして、感情的な揺れ動きもあれば失敗もする聖者像を現し、帰依の対象となる神性を必ずしも「完全な」ものとは考えていないマハーヌバーヴ派に対し、Mahipatiは神性の完全性を強調する点が挙げられた。また、欲望や聖者の死に対する感情表現も異なり、Mahipatiの聖者列伝のほうが聖者のあるべき姿を教条的に捉える傾向があることが指摘された。こうした差異は宗派の違いによるものなのか、または時代的なものなのかの検証が、今後の課題として挙げられた。

2020年度 第3回FINDAS研究会 「Women in the Realm of True Men: A Study of Gender in Persian Devotional Literature of South Asia」の報告

掲載日 | 2020年10月12日

Women in the Realm of True Men: A Study of Gender in Persian Devotional Literature of South Asia

 

【日時】  2020年6月28日(日)13:00-15:00
【場所】 ZOOM会議

【報告者・題目】

◆SHAHBAZ, Pegah ( ILCAA Visiting Professor)

 “Women in the Realm of True Men: A Study of Gender in Persian Devotional Literature of South Asia”

 

 

              Dr. Pegah Shahbaz indicates the variable characteristics of women depending on religious and cultural dimensions by comparing Persian mystical literature of the same period in Iran and Central Asia.

 Since early 8th century, Islamic mysticism appeared, and in the biographical prose of those who practice(Sufi), women are described by some poets as the object being devoted. Ghazal is one of the Islamic Muslim poetries in Persian. The ambiguous feelings or passion for beloved or God are described in ghazals by metaphorical wordings. Women’s body parts may represent the symbols for the spiritual meanings in ghazals, for example, long fair implies a difficult road to pass. The tale of Layla and Majnoon is the important example of Persian allegorical tales in 12-13th century. Layla shows example of ideological Islamic women’s norm opposite to Zulaikha. Active and sexually accessible women like Zulaikha or a lady in Tuti-Nama, are negative presence in Persian context, however in Indo-Persian context, they are positive presence. By comparing two Heer Ranjha tale in Persian written by Iranian poet and Indian poet, it’s clearly shown that one character may have different nature in a same tale.

  In Persian tradition, women are modeled beloved, passive, and hidden presence as manifestation of God. By contrast, in Indo-Persian narrative tradition, women are active lovers, sexually accessible, tangible, and real presence as manifestation of the soul of the seeker.

2020年度 第2回FINDAS研究会「南アジアの農村社会と出稼ぎ労働者」の報告

掲載日 | 2020年07月08日

2020年度 第2回FINDAS研究会「南アジアの農村社会と出稼ぎ労働者」

2020年6月13日(土)14:00~17:00

ZOOM(オンライン)会議

参加者数: 35名

 

報告1

藤田幸一・小茄子川歩・Muniandi Jegadeesan

「アラブ首長国連邦(UAE) における南アジア系労働者の就労事情について」
On the working conditions of South Asian migrants in UAE 

 

アラブ首長国連邦(UAE)は多くの外国人労働者を抱え、総人口の88.5%を外国籍が占める。その中でも南アジア系の労働者は総人口の54%と、突出している。本報告では、UEAに住む外国籍の約3分の2を占める南アジア系労働者たちの置かれた、出稼ぎのルートやビザ事情といった就労に至るまでの過程、そして実際の就労環境等が、多くの事例調査、写真をもとに紹介された。特に非熟練・半熟練労働者は低賃金、劣悪な環境(住居・食事)の中で生活費を抑え、そのほとんどを自国に送金していることが調査に基づくグラフによって示された。それに対し、就労開始年が早い熟練労働者や大卒以上の高学歴労働者は月収も高く、生活環境にも比較的恵まれていることが指摘された。報告の最後では、ケーララ州出身の出稼ぎ労働者について触れた。UEAのケーララ州出身の出稼ぎ労働者は、インド出身者の約3分の2を占めるほど多いとされる。1990年代末頃までは非・半熟練労働者が主であったが、近年、大卒以上の比率が高くなり、それに伴って家族を呼び寄せて一緒に住むケースも増えているなど、労働事情に変化が見られてきたことが報告された。

 

The United Arab Emirates (UAE) has a large number of foreign workers, with foreign nationals accounting for 88.5% of the total population. Among them, South Asian workers stand out at 54% of the total population. In this report, the process leading up to employment, such as migrant routes and visa circumstances, and the actual working environment, etc., where South Asian workers, who account for about two-thirds of foreign nationals living in UEA, are placed, are described. It was introduced based on many case studies and photographs. Graphs based on the survey showed that unskilled and semi-skilled workers, in particular, have low wages and poor living conditions (housing and food), and they send most of their money back home. In contrast, it was noted that skilled workers who started working earlier and highly educated workers with a college degree or higher had higher monthly incomes and relatively better living conditions. The final part of the report touched on the migrant workers from Kerala: the number of migrant workers from Kerala in the UEA is said to be so high that they account for about two-thirds of the total number of workers of Indian origin; until the late 1990s, they were mainly non- and semi-skilled workers, but in recent years, the proportion of college graduates and above has increased.

 

報告2石坂貴美
 「バングラデシュ農村における女性の貯蓄活動の事例報告」
A case study of women’s savings groups in rural Bangladesh

 

本報告では、バングラデシュノウガ県マンダ群で行った現地調査をもとに、女性による二つの貯蓄グループの活動が報告された。第一のグループは、農村のムスリム女性による現金貯蓄型グループである。2007年に立ち上げられたこのグループは、同国でNGOとして活動するBRAC (bangladesh rural advancement committee) のマイクロファイナンスを模倣する形で始められた。彼女たちは独自のグループにのみ頼るのではなく、グループとBRACなどマイクロファイナンスのもつ長所と短所をよく理解し、うまく併用していることが指摘された。第2の例として、同地区の少数民族(クリスチャン)にみられる現物貯蓄(一握米)が挙げられた。集められた米はメンバーに貸し出されるほか、市場で販売し現金資本を有することで、現金融資も可能となっている。興味深い点は、どちらのグループも女性が主導していること、さらに女性たちの活動をみて男性たちが模倣し始めたことにある。女性たちが内発的に開始した相互扶助の仕組みがセーフティーネットとしてどのように機能しているのか、収集した帳簿のデータ化と分析とさらなる聞き取り調査を行う予定である。

 

 

This presentation reported on the activities of two women’s savings groups based on field research conducted in Manda cluster of Nouga district, Bangladesh.

The first group is a cash-saving group of rural Muslim women. This group was launched in 2007 to mimic the microfinance of BRAC (bangladesh rural advancement committee), which operates as an NGO in the country. It was pointed out that they did not rely solely on their own group, but rather have a good understanding of the strengths and weaknesses of groups and microfinance institutions such as BRAC and use both of them as occasion may demand.

The second example is the goods savings (one handful of rice) by ethnic minorities (Christians) in the same area. The collected rice lent to group members and also sold in the marketplace to have cash capital, which allows for cash loans. Interestingly, both groups were led by women, and the men began to emulate the women’s activities.

For forthcoming research, it pointed out that spontaneous mutual assistance mechanism as a safety net that organized by the female groups, digitalization of the collected ledgers, data analysis and further interviews are necessary.