2013年6月30日 第2回FINDAS 若手研究者セミナー「<解放>のポリティクス ―ダリト運動のダイナミクス」<終了しました>

掲載日 | 2013年05月27日

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東京外国語大学拠点FINDASでは、下記の要領で現代インドのダリト(不可触民)運動に関する研究会を開催いたします。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

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全体テーマ
<解放>のポリティクス ―ダリト運動のダイナミクス

日時:2013年6月30日(日)13:00~17:00
場所:外大本郷サテライト 5階セミナールーム(http://p.tl/p5yo

発表者①:鈴木真弥(中央大学)

タイトル:現代ダリト運動における「多様化」「個別化」の位相

《要旨》

運動は社会のありようを映し出す「鏡」であるが、それに加えて、未来を予見する「予言者」でもある。運動による問題提起が将来起こりうる社会変動を先取りするのである。

本報告では、ダリト運動の活発化が進む一方でしばしば指摘される「多様化」「個別化」の傾向を検討するにあたって、ダリトのなかでも相対的に社会経済的弱者層であり、ダリト運動において周縁化されてきたバールミーキ(「清掃カースト」として知られる)を取り上げる。2つの生誕祭――1969年のガンディー生誕祭と1991年のアンベードカル生誕祭がバールミーキの運動に転換期をもたらしたことに着目し、ハリジャン運動とダリト運動の影響下で揺れ動いてきた経緯を追う。1990年代後半に入ると、バールミーキの運動はとくに司法分野での取り組みに力を入れており、弁護士や公務員を担い手として大きく変容しつつある。ほかのダリト運動との類似性・相違性を見出し、その背景と今後の展開を考察する。

発表者②:友常勉(東京外国語大学国際日本研究センター)

タイトル:プネーにおけるダリト解放運動・調査報告―ダリト解放運動と部落解放運動の対話のために

《要旨》

マハラシュトラ州プネーにおけるダリト解放運動について、①ダリト・パンサー以後のアンベードカル運動、②複雑なポリティクスをにらみながら営まれているコミュニティ・ベースの運動、③多様性・多義性を反映し、その普遍化を阻止しつつ組まれている政治闘争などの観点から報告したい。また、そこにおける非西洋的な〈self〉創出の試み、あるいはダリトアイデンティティ、ダリト文化の再概念化についても触れたい。

発表者③:舟橋健太(京都大学)

タイトル:「エリート」の意味と意義―現代ダリト運動にみるリーダー-フォロワー関係に関する一考察

《要旨》

独立以後のダリト運動において、運動を興し、唱え、率いる人びとの存在は、注視に値しよう。「ハリジャン・エリート」論において議論されてきたように、ダリト(元「不可触民」、ハリジャン、指定カースト)のなかでも社会経済的地位が上位にあるいわゆる「エリート」たちは、その多くが、留保制度の恩恵を受けて地位上昇を果たしてきた。留保制度の権益が、特定の家族ないし親族に偏向する「クリーミー・レイヤー(上澄み階層)」と称される問題をはらみつつも、留保制度、およびその恩恵を受けたエリートたちが、独立以後のダリト運動の展開に寄与した功績は大きい。本発表においては、「エリート・ダリト」と捉えられる、運動を主導するリーダー層に着目し、フォロワーとなる人びととの関係性を視野に収めつつ、近年のダリト運動にみられる特徴に関して考察を行いたい。

コメンテーター:

佐藤 智水(龍谷大学)

2013年5月12日 第1回FINDAS 若手研究者セミナー「現代インド、<性>の現在―制度、主体化、実践」 <終了しました>

掲載日 | 2013年04月10日

東京外国語大学拠点FINDAS(現代インド研究センター)では、下記の要領で南アジアの言語・文学に関する研究会を開催いたします。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

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テーマ
「現代インド、<性>の現在―制度、主体化、実践」

日時:2013年5月12日(日)13:00~17:00
場所:外大本郷サテライト 4階セミナールーム(http://p.tl/p5yo)

発表者1:

山崎浩平(Kohei YAMAZAKI)
タイトル:「今日の性をめぐる差異と共同性―インド・グジャラート州ヒジュラ世界を事例として」

要旨:
本発表は、インドにおけるHIV/AIDSへの政策およびLGBTのマクロとミクロの運動を視座に入れ、グジャラート州中部都市に生きるヒジュラの実践を事例として、この者たちが織りなす差異と共同性を模索するささやかな試みである。2009年7月2日デリー高等裁判所は、刑法377条が違憲であるとの判決を下した。自然の秩序に反する性交を禁じた同法律は1860年のインド刑法成立から存在し、永らく同性愛者やそれに準ずる人々を犯罪者と同定してきた。デリー高裁は、生命や個人の自由および平等の権利などを含意する憲法14・15・19・21条に反するとし、成人間の合意に基づく行為に限定しつつ377条を事実上無効としたのである。この歴史的勝利の背景には、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)運動の世界的な勃興とHIV/AIDSの蔓延があり、インド国内においても個人や集団がネットワークを構築・駆使し、国や市民に働きかけた結果であった。

国内におけるこうした運動の一翼の担い手に、ヒジュラと呼ばれる人がいる。ヒジュラとは、女装をし女性的振る舞いをし、女神の信仰者とされる人々のことであり、古くから同性愛集団、あるいは半陰陽や両性具有として捉えられてきた。とりわけ1990年に米人類学者が上梓した学術書を嚆矢とし、ヒジュラには伝統的・宗教的に男でも女でもない第3のジェンダーを生きるとする新たな解釈が付与され、その後、より多くの研究やメディアの俎上に乗ることとなる。

他方、1990年代後半よりインドの同性愛者たちは、独自のイディオムを駆使し、市民社会のなかでその動きを活性化し始めた。彼/彼女たちは、同じく公共圏にて発言を強め政治家ともなるヒジュラたちと協力し運動を展開しており、このひとつの結節点が377条の撤廃にほかならない。そこで本発表は、グジャラート州の伝統的といわれているヒジュラに着目し、生活や宗教的実践、および社会的紐帯の構築・断絶を記述しつつ、上記の大いなる奔流へのヒジュラの応答を考察する。その上、近年急激に可視化されつつある同性愛者たちとの比較を以ってして、ローカルな文脈におけるヒジュラの集合的な生のあり方を浮彫りにしたい。

 

発表者2:
江原等子(Toko EHARA、京都大学)
タイトル:「ジェンダーのあわいを生きる―南インド・チェンナイのコティたちを事例に」

要旨:
かつて、「第三のジェンダー」の代表例として紹介されたインドのヒジュラは、男女の二分法とは異なる実在するジェンダー制度として衝撃を与えた。しかし、個別の文脈を無視して、様々な社会のカテゴリーを第三のジェンダーと位置づけることは、かえって、普遍的な二つのジェンダーの区分、そして例外としての第三のジェンダーという図式を強化するものでもある。このような批判を踏まえて、近年では、ローカルな文脈や実践への着目から、ヒジュラを捉え直す研究がいくつか著された。これらの研究は、集団で生きるヒジュラたちの、階層性をなすアイディンティティとの交渉や、地域社会における役割を明らかにするものであった。しかし、そのようなアイディンティティや役割に基づいて行為する行為者としてかれらが方向づけられる契機はどのようなものであるのか、ということについては、これまで詳しく検討されてこなかった。

本報告は、ヒジュラたちと相似した師弟制度や隠語を持つ、南インドの都市チェンナイの「コティkothi」たちにかんする調査資料に基づく。これまで「奪われたspoiled」経験として語られてきたヒジュラたちのライフストーリーとコティたちのライフストーリーを比較・再検討するとともに、報告されたきた他の都市のヒジュラたちとは異なって、集住していないチェンナイのコティたちと、日常的に関わっているさまざまな人々の相互行為に着目することによって、ローカルに構成されたジェンダーをめぐる主体化の様相を明らかにしたい。

2013年4月21日 第1回FINDAS研究会「言語/文学からみる現代南アジア」<終了しました>

掲載日 | 2013年03月28日

東京外国語大学拠点FINDAS(現代インド研究センター)では、下記の要領で南アジアの言語・文学に関する研究会を開催いたします。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

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テーマ
「言語/文学からみる現代南アジア ―対抗・アイデンティティ・セクシュアリティ」

日時:2013年4月21日(日)13:00~18:00
場所:外大本郷サテライト 5階セミナールーム(http://p.tl/p5yo)

発表者 1:
萬宮健策(東京外国語大学))
タイトル:
「現代インドにおけるスィンディーの位置づけ」
要旨:
インド国内には約250万人(2001年国勢調査)のスィンディー語母語話者が居住する。そのほとんどは、現パキスタン側から、印パ分離独立を機に移住してきたヒンドゥー教徒である。ムスリムとヒンドゥーの間の対立があまり深刻ではなかったと言われるスィンド地方(現・パキスタン)からインドに移住した人々の観点から、言語に関するインド政府の対応を、パキスタン側の事情も考慮しつつ、あらためて考える。

発表者 2:
石田英明(大東文化大学)
タイトル:
「ヒンディー・ダリト文学の歴史と現状」
要旨
ヒンディー語のダリト文学は1990年代初頭頃からその存在が知られるようになった。当初はヒンディー文学界に存在を認知させるため、作家個々人の努力が続けられるが、90年代末頃から文学団体としての組織化を求める声が高まり、2000年に「ダリト作家連盟」が誕生する。しかしカーストや考え方による作家グループ間の対立が次第に進み、2004年に議長が交代すると、対立はさらに進行して、2008年には二つに分裂する。その後、二つの団体はともに活動が鈍り、現在に至る。現在、両者の対立を超える新たな団体の組織化が進行していて、2013年4月に新組織を旗揚げする準備が行われている。これは「アンベードカル主義作家連盟」という名称(予定)で、ヒンディー語地域のみならず、インド全国のダリト、少数者、被抑圧者に広く呼び掛けて組織化することを目指している。
現在、ヒンディー語のダリト文学は若い世代に作家層が拡大し、新たな活動期に入る兆候が見られる。新たな組織が若い世代を取り込むことができれば、ヒンディー文学全体に影響を与える存在に発展する可能性がある。

発表者 3:
小松久恵(追手門学院大学)
タイトル:
「女が語る『生』と『性』 ―近現代ヒンディー文学をめぐる一考察」
要旨:
本報告は近現代のヒンディー文学における女性の書きものを取り上げ、彼女らのジェンダー認識の変容について検討するものである。近代北インドでは女子教育の普及と共に、女性たちが様々な形で文学と関わり始めた。もっとも彼女らに書くことが許されたテーマは限られたものであり、中でも「性」をめぐっては女性たちは沈黙するか、あるいは匿名で自身の恋愛体験を語るのみであった。しかし時代は変わる。現代ヒンディー文学界において、女性作家にとっては「性」はもはや隠匿すべきテーマではない。彼女らの作品を複数取り上げ、女たちが「性」あるいは「生」とどのように向き合い表象しているのか、その主張あるいは認識の変容を考察する。

発表者 4:
萩田博(東京外国語大学)
タイトル:
「文化的伝統へのまなざし ―インドにおけるウルドゥー文学者とインド・イスラーム文化」
要旨:
インドにおいてマイノリティーの文学であるウルドゥー文学はパキスタンにおいてはマジョリティーの文学でありその立場は大きく異なる。インドからパキスタンに移住したウルドゥー文学者(特にウルドゥー語を母語とする人々)にとって自らがパキスタン移住を選択したことの根拠を問いかけることは一つの大きな課題であった。パキスタンでのこうした状況とインドでの状況は大きく異なっていた。進歩主義文学運動に理念的に共鳴していたウルドゥー文学者はほとんどインドに残ったし、分離独立に対して否定的な考えを示した作品も多く執筆された。今回はヒンディー語の作家として著名なラーヒー・マースーム・ラザー、ウルドゥー詩人であるカイフィー・アーズミー、アリー・サルダール・ジャアフリーなどを取り上げて、インドのイスラム教徒であることを彼ら自身がどうとらえ、どのようなアイデンティティーを模索していったのかを、パキスタンのウルドゥー文学者と対照しながら考察してみたい。

2013年2月17日 第4回FINDAS研究会「キリスト教とインド―排除と受容の論理」のお知らせ<終了しました>

掲載日 | 2013年01月23日

東京外国語大学拠点FINDASでは、下記の要領でインドにおけるキリスト教に関する研究会を開催いたします。
万障お繰り合わせのうえ、ご参加いただきますようお願い申し上げます。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

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2012年度第4回FINDAS研究会
「キリスト教とインド ―排除と受容の論理」

日時:2013年2月17日(日)14:00~17:00
場所:外大本郷サテライト 3階セミナールーム(http://p.tl/p5yo)

発表者①:
サガヤラージ アントニサーミ(南山大学)
タイトル:「インドにおけるキリスト教―改宗問題とコミュナリズム」

要旨
1998年にバラティヤ・ジャナタ党が中央政権を担うようになってから増えてきたインドのキリスト教徒に対する暴力事件を中心に報告する。事例として取り上げるのは、オディシャー州、マディヤ・プラデーシュ州、カルナータカ州とタミル・ナードゥ州などで起きた事件である。これらの事例を通して、英国統治によってもたらされたキリスト教思想が、上層カースト・下層カースト・不可触民という3つの階層に影響し、それぞれの運動を引き起こす要因となったことを明らかにするのが発表の目的である。

発表者②:
井上貴子(大東文化大学)
タイトル:
歌う会衆―インドのキリスト教における教会・礼拝(典礼)・聖歌

要旨
おそらく宗教儀礼の一部として「歌」が組み込まれ、儀礼と音楽が不可分の関係にある事例といえば、ヒンドゥー教とキリスト教は最も重要な位置を占めると考えている。ヒンドゥー教寺院と比較してキリスト教の教会が特別な点は、各教会には会衆の有志で構成される聖歌隊が存在し、音楽家ではない普通の人々が礼拝(典礼)の際に声を合わせて歌うことである。このような聖歌は、キリスト教が受容されたばかりのころは教会からの押し付けだったかもしれない。しかし、カトリックでは第二回ヴァチカン公会議以降、プロテスタントでは当初から、インド人自身が教会で聞いてきた西洋音楽を身に付けながらも、インド音楽の伝統的な文脈から聖歌を再解釈し、再構築し、土着化し、自らのものとしてきた。その結果、インドのキリスト教聖歌は限りない多様性を反映するものとなっている。本報告では、コスモポリタン・シティといわれるバンガロールの多様な教会の聖歌隊のフィールドを中心とし、他の地域の事例にもふれる。
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以上、よろしくお願い申し上げます。

2012年12月23日 第4回FINDAS若手研究者セミナー「ディアスポラ文学と<オーセンティシティ>への挑戦―現代英国インド系作家を読む―」のお知らせ<終了しました>

掲載日 | 2012年12月01日

 

東京外国語大学拠点FINDASでは、下記の要領でディアスポラ文学に関する研究会を開催いたします。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

 

 

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2012年度 第4回FINDAS若手研究者セミナー
「ディアスポラ文学と<オーセンティシティ>への挑戦―現代英国インド系作家を読む―」

日時:2012年12月23日(日)13:00~17:00
場所:東京外国語大学本郷サテライト 7階会議室

発表者 1:
松木園久子(大阪大学)
「Salman RushdieまたはJoseph Anton ―オーセンティシティを問いかける名前」

本発表では、Salman Rushdieが駆使する名前に焦点を合わせ、彼が描き、また生きている世界に迫りたい。彼の小説は、登場人物の名前が非常に寓意に富んでいる点が特徴的である。先ごろ出版された自伝のタイトル“Joseph Anton”も、ホメイニ師による死刑宣告を警戒して実際に用いられた彼自身の偽名を示している。人の名前は一般に、生まれた文化や社会、そして言語によって規定され、翻訳不可能なものといえるだろう。しかし移民先あるいは他言語においては、たとえば姓が示す信仰や出自などは理解されず、誤った発音で呼ばれるなどして、本来のオーセンティシティを保てなくなる。これはアイデンティティをも揺るがす象徴的な異文化体験だが、さらに興味深いのは、改名したり、別名や匿名を用いることにより、アイデンティティが操作される側面である。たとえば“The Satanic Verses”(1988)では、一人の人物に対してSaladin Chamcha、Spoono、Salahuddin Chamchawalaなどの名前が使い分けられている。Rushdieの小説や自伝に描かれた名前にまつわる事例を通して、オーセンティックなインド性が定められ、求められ、また変質する過程を考察していく。

発表者 2:
小松久恵(北海道大学スラブ研究センター)
Too Asian, not Asian enough ―「ディアスポラ文学」を考える

本報告は現代英国で活躍中の若手インド系作家を取り上げ、彼らの文学活動に常につきまとう「オーセンティシティ」について検討するものである。2000年代に入り、特に9.11以降英国において南アジア系の作家(ブリティッシュ・エイジアン)による文学は、「隠された世界を明らかにする内側からの発信」として大きな注目を集めるようになった。しかし彼らの文学作品は常に、その作品内容に関わらず「エイジアン」あるいは「インド系」という帰属レッテルに基づいて評価され、書き手には「オーセンティシティ」が要求される。移民2世、3世にあたる彼らはそのレッテルや期待にどのように向き合い、対処しているのか。日本ではまださほど馴染みのない若手インド系作家を複数紹介しながら考察する。

コメンテーター:
井上暁子(北海道大学スラブ研究センター、移民文学研究)