2011年11月23日 第6回FINDAS研究会「静かならざるマジョリティー」の報告

掲載日 | 2011年12月07日

11月23日(水・祝)に行われました、第6回FINDAS研究会「静かならざるマジョリティー」の報告です。

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「静かならざるマジョリティー
―インドにおける農民運動、非バラモン/ドラヴィダ運動、ダリト運動の展開
(Unquiet Majorities: Peasant Movement, Non-Brahmin/Dravidian Movement
and Dalit Movement in India )」

共催:
科研費補助金基盤(B) 「ポストコロニアル・インドにおける社会運動と民主主義」(代表:石坂)
NIHUプログラム「現代インド地域研究」東京外国語大学拠点

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報告者1.小嶋常喜(法政二高)

タイトル:「植民地期インドにおける農民運動の再検討―社会運動論の視点から」

報告:
本報告ではまず、マルクス、レーニン、毛沢東、中農論、モーラル・エコノミー論、日常的抵抗論といった「農民」や「農民運動」をめぐる諸理論を概観したうえで、それをうけたインドの農民運動史研究の展開を跡づけた。植民地期の農民運動を対象とする研究は、その多くが1960年代から80年代までに集中し、マルクス主義と民族主義を二つの軸として議論が行われた。その中で、第一世代の研究は実際に運動に関わった人々の記述にみられる「民族主義的マルクス主義」を受け継ぎ、植民地期の農民運動を「反帝・反封建闘争」として位置付けた。その後登場した第二世代の研究は、より厳格な階級論を適用して変革的主体としての農民諸階層の可能性を議論し、また民族主義運動については農民運動を抑制するものとして評価した。1980年代はじめに登場した初期サバルタン研究に現れる農民運動論は、民族主義運動に対する否定的な評価に加えてマルクス主義理論からも次第に撤退し、運動や集合行為を説明するうえでその内的論理を重視した。結果としてコミュナルな意識やローカルな権力関係などが複雑に絡んだ運動は、「階級」に基盤を置いた「農民運動」とは表現されなくなった。現在では農民運動の研究自体が激減している
次に社会運動論の立場から、植民地期の農民運動の再検討を試みた。これまでの農民運動研究は個別の事例研究は豊富だが、各地の運動の連関や長期的な趨勢といった点はほとんど分析されていない。社会運動論で多用されてきた分析概念をつかうと、農民諸階層をゆるやかに包摂する「キサーン農民」という名の下に、小作法改正や穏健な土地改革を掲げる「農民運動」という「フレーム」を持った社会運動の「サイクル」を、植民地期の最後の30年間に見出すことができる。この運動の「サイクル」では、まず1910年代後半から1920年代にかけて、インド各地でローカルな農民組織が設立され、また民族運動はそれらの農民組織との関係構築を模索した。ローカルな農民組織はその後政治的機会を得て州レベルの組織を立ち上げ、さらに1930年代半ばにはナショナル・センターとしての全インド農民組合を発足させる。1930年代後半に入ると各州では「州自治」の下で小作法が改正され、独立直後には第一次土地改革が実施されることで、運動は要求が徐々に実現していく「制度化」局面を迎える。いっぽうで「制度化」の恩恵をあまり受けなかった運動の一部は「急進化」していく。下級小作や農業労働者のための別個の組織の設立や、独立前後に起きたベンガルのテーバガ運動やテランガーナー農民闘争などの暴力を伴う激しい運動は、この「急進化」の一端を示すものとして理解できる。そしてこの「農民運動」のフレームを持った運動のサイクルは、制度化と急進化に伴う「農民」の分解や政府の弾圧によって1950年代には終焉を迎えたといえる。

報告者2.志賀美和子(専修大学)

タイトル:「非バラモン/ドラヴィダ運動の評価をめぐる議論の整理」

報告:
1990年代以降、旧「不可触民」への暴力増加とそれへの旧「不可触民」の合法・非合法的抵抗を契機として、非バラモン/ドラヴィダ運動の意義を問い直す動きが活発化している。19世紀末に起源を有する非バラモン/ドラヴィダ運動は、バラモンの政治・宗教的権威に対抗するべく、一貫して、<インド先住民であるドラヴィダ民族は、侵略民族アーリヤ人が創出したカースト制により低カーストに位置付けられ、特に最後まで抵抗した者が「不可触民」に貶められた>と主張してきた。この主張を基軸としつつ、同運動は、文化運動、政治運動、社会宗教改革運動など多様な活動プログラムを実施してきた。しかし今、その実質的成果について、「不可触民」が異議を唱え始めている。
非バラモン/ドラヴィダ運動が最初に学術的関心を集めたのは、同運動の流れを汲むドラヴィダ進歩連盟(以下DMK)が1960年代に州政権を獲得するに至ったことを契機とする。この時期に著わされた一連の研究は、近代(国民)国家形成過程におけるドラヴィダ運動の意義を検討し、その地域/言語ナショナリズムとしての側面を評価する一方、反カースト、反宗教などの社会改革的側面は軽視する傾向にあった(Hardgrave Jr. 1965, Barnett 1976)。運動の起源を追究したケンブリッジ学派は、派閥理論に立ち、非バラモン運動の興隆および正義党と会議派の対立を純粋な利害対立に還元し、思想の役割を否定し、正義党が推進した社会改革運動も「権力闘争の副産物」と断定した(Baker and Washbrook 1975, Baker 1976, Washbrook 1975)。
以上の研究が欧米の研究者によるものであったのに対し、1980年ごろから次第に、インド人自身による、運動の歴史的変遷をその背景を含めて丹念に追い評価しようとする一連の研究が現れた(Arooran 1980, Mangalamurgesan 1979)。ただし、それらはいずれも、非バラモン/ドラヴィダ運動の多様性に注意を喚起しつつも、その多面性を経年的な変化として把握していた。
1990年代に入り、「不可触民」に関連する暴力が顕在化すると、社会改革運動としての非バラモン運動を再検討する動きが生じる。Geetha & Rajadurai(1998)は、「不可触民」解放運動の主要人物の一人として、非バラモン運動の一潮流である自尊運動指導者であるE.V.Ramaswamiを位置づけた。Pandian(2007)は、非バラモン運動の思想と展開において現れる「バラモン」と「非バラモン」とは、実際のカーストではなく比喩・象徴であるとし、「非バラモン」は、劣勢化された多様なアイデンティティ(ジェンダー、職業、言語、地域)を統合し歴史的ブロックを形成する基盤になったという興味深い指摘を行った。
 以上の先行研究は、非バラモン/ドラヴィダ運動を否定的に評価するものであれ、肯定的に評価するものであれ、いずれも、運動の指導層の思想分析に力点を置き、運動の参加層、および運動の受益層にまで分析の目が及んでいない。指導者によって「非バラモン」という範疇に糾合された「静かならざるマジョリティ」の中に「沈黙を強いられ受益できないマイノリティ」が存在することは、思想分析だけでは看過されがちである。近年、Gorringe(2005)やViswanathan(2005)がダリトの立場からタミル・ナードゥの現代政治社会分析を行っているが、非バラモン/ドラヴィダ運動の歴史的影響については考察していない点が惜しまれる。なお、Anandhi の一連の論考は、ダリト女性という二重に抑圧された存在が抱える問題について述べており、非バラモン/ドラヴィダ運動からこぼれ落ちてしまった人々について重大な問題提起を行っている。
 今後の研究は、植民地期から今日まで続く非バラモン/ドラヴィダ運動の影響を、運動参加層、受益・非受益層などの複数の視野から分析評価していくことが課題となろう。

報告者3.舟橋健太(京都大学)

タイトル:「アンベードカル以降のインドにおけるダリト運動の諸潮流の概観と論点の整理」

報告:
本報告においては、アンベードカル以降のインドにおけるダリト運動の趨勢を概観し、その特徴を整理したうえで、現代インドのダリト運動が直面する課題とその展開可能性に関して検討・考察を行った。アンベードカル以降のダリト運動を考えるにあたって、特に重要と思われるのが、いずれの「名」が掲げられているか、ということであろう。「名」(すなわち旗標)とは、自己意識(アイデンティティ)であり、他者(研究者を含む)による認識であり、運動の理念・主張でもある。またこれらは、それぞれ相互にずれ、重なり、運動の展開とともに変容していくものでもある。ダリト運動の分析においては、いかなる「名」の下に運動が形成・展開され、またその「名」の内実がどのように変容していくか(運動の理念と実践)、仔細に検討する必要があろう。
 こうした観点から、本報告では、まずナーガラージ(Nagaraj, D. R., 1993, The Flaming Feet: A Study of the Dalit Movement in India, Bangalore: South Forum Press & ICRA)の提起した「文化的記憶」にまつわるダリト運動の三様態――(ⅰ)文化的記憶を消去する「プラグマティズム」、(ⅱ)歴史・過去の再興を志向する「急進的復興」、(ⅲ)既存の伝統を否定する「代替的記憶」――を検討した。この検討を踏まえたうえで、具体的に、アンベードカル、ダリト・パンサー、大衆(多数者)社会党、インド仏教徒協会を取りあげ、それぞれの運動について考察を行った。特にインド仏教徒協会に関しては、仏教への改宗行為は文化的記憶を「生きた現実」にするものであるというナーガラージの言を受けて、仏教改宗運動が代替的な文化的記憶の創造・確保につながり、これはすなわち、理念的には異なる文脈の導入/への移行であり、実践的には異なる文脈の融合・混淆として捉えられることを指摘した。

コメントでは、社会運動の前提として市民を位置づけた時に、見えなくなる点に自覚的であるべきと評された。さらに、マジョリティーの持つ不満については、具体的な部分に踏み込んでいくことが不可欠であると指摘された。今回の報告は、研究動向の調査であったため、個々の事例については今後の研究が期待される。質疑応答では、個々のテーマにおける女性参加や、社会運動の定義、社会運動の時間軸についての議論が行われた。

下記、クリックされますと、レジュメがダウンロードできます。
石坂晋也氏 趣旨説明資料

小嶋常喜氏 ご報告配布資料

志賀美和子氏 ご報告配布資料

舟橋健太氏 ご報告配布資料

趣旨説明をされる石坂晋也氏

ご報告される小嶋常喜氏

ご報告される志賀美和子氏

ご報告される舟橋健太氏