2011年6月25日 第1回若手研​究者セミナー「<ケーララ・モデル>再考」報告

掲載日 | 2011年07月04日

6月25日(土) に行われました第一回若手研究者セミナーの報告です。

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<ケーララ・モデル>再考: ジェンダーの視点から

報告者1.小林磨理恵(JETROアジア経済研究所)

タイトル:「インド社会の変容と『結婚持参金(ダウリー)問題』:ケーララの事例を中心に」

報告:

本報告は、ケーララ社会における「結婚持参金(ダウリー)問題」の現況を、社会の動態の中に位置づけて検討することを通じて、「ケーララ・モデル」をジェンダーの視角から再考することを趣旨とした。

北インドの一部のバラモンの慣習に起源をもつとされる「ダウリー」は、社会変容と共にその性質を変えながら、地域、宗教、カースト・コミュニティの境を越えて南アジア全域に慣習化されている。かつて大多数のコミュニティが母系制度下にあったケーララにダウリーの慣習化が及んだのも近年の出来事である。

ケーララ北部の一農村では、パンチャーヤット独自のダウリー反対運動が始まった。運動を主導するパンチャーヤット議会とインド中央政府の女性支援組織は、人々がダウリーの増額を危惧して娘を若年で嫁がせる傾向や、ダウリーの支払いに伴う女性側家族の貧困の悪化などを社会問題と捉え、インターネットを用いた「新しい」運動の展開を模索している。当該地域における報告者の聞き取り調査からは、ムスリムコミュニティには1960年代以降ダウリーの慣習化が及んだことが明らかになった。とりわけガルフ諸国への移住労働による送金がダウリーの定着の一助となった。また、「ダウリーは社会悪だと認識してはいるが、娘の結婚のためにその支払いはやむを得ない」と多くのムスリムが語った。一方で、過去に母系制をとった「上位」カーストであるナーヤルは、ダウリーの慣習をもたない母系制度の歴史的背景や、ダウリーは他のコミュニティの慣習であることを訴えながら、「ナーヤルの結婚にダウリーはなく、金(ゴールド)のギフトを娘に与えるのみ」と主張した。ところが、新聞のナーヤルの求婚広告には、「経済的な要求一切なし/要求お断り」といった記述がみられ、あるいは、ナーヤルのカースト組織の役員が、「マラバールのナーヤルは水面下でダウリーを受け渡している」と語り、当事者がことさらに否定する「ダウリー」の実態をうかがい知る事実も指摘できる。また、求婚ウェブサイトや結婚相談所の増加、ゴールドショップの増加と価格の高騰、ブローカーの介入など結婚を取り巻く環境も変化を見、ダウリーの慣習化を促す「結婚絶対主義」の確立を助長したといえる。

母系制時代には、女子の誕生は財産相続の要として喜ばれた。しかし、現在はナーヤルコミュニティにも女児堕胎の増加が報告されている。それには、未婚の娘の存在による経済的・心理的「負担感」が作用しているといえよう。また、結婚に際して、男性側家族が「ダウリー」を「当然」交渉、要求できるという事実が、ケーララにおけるジェンダーの力関係の再編を示唆している。一方で、当事者が語るダウリーの「問題」は「ダウリーを用意できない限り結婚できない」という「問題」であり、結婚が主体形成の第一義的課題であることや、ジェンダー関係の変容といった構造的要因は、概して不問に付されたままにある。社会の変容が私的領域に及ぼした影響は不可視化され、また、男女平等が保たれた「モデル」と化されたことで、ケーララの「ジェンダー問題」は一層複雑さを増しているといえるだろう。

• 喜多村百合氏によるコメント

ダウリーは一般的に北インドの問題とされてきたが、それを南インドの事例から検討したことに意義がある。また、ダウリーをめぐる社会運動と関連づけた点で興味深かった。SEWAは、1980年代以降ダウリーを大問題と捉え、ローンを組む際にもダウリーには用いられないよう注意を払った。ケーララにおいてはSAKIがダウリーは如何に消費されるか分析している。殊にケーララのダウリーは、現金と金とで構成され、耐久消費財をダウリーとする他州とは特徴を異にする。金が結婚後に即時現金化される事実はSAKIによっても報告されており、今回の報告は一農村の事例研究とはいえ、ケーララのダウリーの特徴を捉えているといえるだろう。

次の4点を質問とする。①ダウリー反対運動(Dowry Free Village)について、ダウリーのない結婚をウェブサイトに宣言し、登録した人数1,500名と、結婚成立に至った11組という数字をどう分析しているか。②ムスリムとナーヤルの相違点は何か。③上昇婚は存在するのか。④Praveena Kodothの論文では、ナーヤルは結婚前にダウリーの交渉を重ねており、必ずしも女性側家族が劣位とはいえないと感じたが、どう考えるか。

• 質疑応答

*喜多村氏に対する返答

① ニランブール・グラーマ・パンチャーヤットでは、2010年秋にパンチャーヤットからナガラ・サバーへと政治体制が変化したが、その際に「Dowry Free Village」への登録情報が移動され、現在はどこに保存されているのかはっきりしない状況にあるという。また、ウェブサイトは公開された状態にあるが、実際上はシステムに障害が生じており、登録はできない(2011/07/01現在「工事中」の表示に変化した)。運動に加わった層を特定し、今後の運動の展開を練るためにも、「1,500名」の年齢や属するコミュニティ等を分析する必要があると報告者は考えるが、その情報については誰も把握しておらず統計もとっていない。パンチャーヤット総人口(約40,000人)からして登録人数は多いとはいえないだろう。

② ムスリムの中でも特に貧困層は、ダウリーの支払いに伴う困難を滔々と語る一方で、ガルフ移民を多く持つ家族は、比較的高額なダウリーの受け渡しを認めながらも、違法性を認識し通報を恐れて饒舌には語らないといった特徴がみられた。一方で、ナーヤルはダウリーの受け渡しの事実そのものを強く否定した。ナーヤル20世帯を対象にした聞き取り調査の中で、はっきりとダウリーと認められたのは1件のみであった。他の研究では、マラバール(ケーララ北部)とは対称的に、トラヴァンコール・コチ(南部)のナーヤルは、ステータスシンボルとしてダウリーをオープンに受け渡すという特徴が指摘されていることも付け加えておきたい。

③ ケーララの他地域を対象にした調査では、多額のダウリーを支払うことで経済地位の高い家庭に嫁ぐという事例が挙げられているが、本調査ではそのような「上昇婚」の事例はみられなかった。

④ ダウリー額を決定するまでに数々の交渉を重ねているとはいえ、最終的に女性側家族が男性側家族にダウリーを支払うという事実だけで、少なくとも両者が同等であるとはいえないのではないか。

*その他の質疑応答

Q.特定のカーストやコミュニティでダウリーが高額であるなどといった、体系的なダウリーの調査研究はないのか。

A.ダウリーは1961年に「ダウリー禁止法」によって法的に禁止されており、それ以降ダウリーの額が公的に調査されたことはない。個々の研究者が個別具体的に挙げた事例を参考にしたり、インフォーマントに自己申告を求めたりすることで、ダウリー額を把握するしか方法がない。

Q.求婚広告に見られる「女性性」は、「賃労働をしない主婦」という特徴だけでなく、もっと多様ではないか。他の研究では、英字新聞には「共働きをする男性募集」という「新しい女性像」を示唆する記述があると指摘されている。

A.体系的・継続的な求婚広告の分析は今後の課題であり、現段階で明確な説明はできないが、これまでのところ、マラヤーラム語新聞二紙からは「新しい女性像」を描き出す記述はみられない。女性の求婚広告の中に自らの職業について言及しているものもあるが、概して「教師」であり、「子を教育する母」という「従来の女性像」の枠組みで説明されてしまう。

Q.消費主義の確立というよりも、19世紀以降の「近代化」の流れをくむ「お金文化」の浸透の影響が強いのではないか。近代化、ないしは現代化の進展の度合いを地方都市と農村とは異にしているが、それらの差異はどのような点でみられるか。

A.本報告の中で商業ベースのケーララ専用の求婚ウェブサイトが数多く存在することを紹介したが、農村における聞き取り調査でこれらのウェブサイトに求婚登録をした者はいなかった。他方で、農村調査では結婚ブローカーに仲介を依頼し、多額の仲介料を支払うという事例が少なからず存在した。また、ブローカーが仲介する結婚には高額なダウリーの受け渡しがあるという特徴がインフォーマントから指摘された。

Q.ナーヤルにおいてダウリー問題が不可視化されていると説明していたが、本当にナーヤルのそれは「ダウリー」なのだろうか。報告者が「ダウリー」と説明することで、一般的な結婚時の財産移動を取り立てて「問題化」しているようにも感じられる。報告者自身はダウリーをどのように定義し、ナーヤルはダウリーをどのように捉えているのか。

A.多くの研究者やフェミニストの間で「ダウリー」の定義に一定の見解が得られておらず、同時に当事者の視点が見落とされてきた研究の動向に鑑み、報告者自身は予め「ダウリー」を定義することはせずに当事者の視点を重視する姿勢をとった。ナーヤルは「ダウリーの授受は行わない」と主張しており、ナーヤルの言葉では結婚時の財産移動は「ギフト」である。しかし、ナーヤルの求婚広告には「要求一切なし」という記述が見られる他、娘に対する「ギフト」の額の決定には新郎側家族も加担している。報告者自身がナーヤルの財産移動を「ダウリー」だと主張することはしないが、他の研究で指摘されるダウリーの特徴をナーヤルの「ギフト」は内包するということはいえるだろう。

Q.ナーヤルとムスリムというコミュニティ別の比較が主だったが、男性と女性の語り方の相違を抽出する必要もあるのではないか。

A.聞き取り調査で家庭訪問をした際、男性がいれば必ず男性が質問に応じ、女性に対して同様の質問をすると、「夫/父と同じ」という答えが返ってきた。家庭訪問をした際に女性固有の考えを聞き取ることは非常に難しかった。男性がいない場で女性に対して質問をした際の女性の反応は、概して「ダウリーには反対している。ダウリーは悪魔だ。」というものであり、男性も同様の返答をしている。このように、「ダウリー反対」という男女の共通項を抽出することはできたが、細かな差異を聞き取り、分析することは今後の課題としたい。

• 所感

本研究のそもそもの問題関心は、19世紀末に始まるナーヤルの社会改革運動とそれに連なる「近代化」にあった。「近代化」の所産ともいえる「新しい」ジェンダー規範の浸透やダウリーの慣習化を、ナーヤルの母系制解体と関連づけて論じることを研究の課題としていた。しかしながら、史料からダウリーの実態を読み取ることはできず、また、聞き取り調査においては「ダウリー」の授受を否定されるという「困難」が伴い、ナーヤルの「ダウリー」を母系制解体の歴史的変遷の中に位置づけて論じることができなかった。そのため、本研究は一農村の現地調査に基づく現状を報告し、若干の考察を加えるという狭義の「事例研究」の枠を脱し得ず、また、方法論も定まっていないという基本的な課題を残しており、研究会で議論されるには至らないものだったのではないかと感じている。

本研究会の共通論題は「『ケーララ・モデル』再考―ジェンダーの視角から」であった。ダウリーの慣習化の背後にあるジェンダーの力関係の変容を抽出することが「ケーララ・モデルをジェンダーの視角から批判する」ための要件だったと考えるが、報告後の議論の展開が「ケーララ・モデル」の再考に至らなかった点で、ダウリーの「ジェンダー分析」も不十分だったと反省している。また、小林報告は、「近代化」に際して「新しい家父長制」が構築される中でジェンダー規範が浸透したという従来の議論を基本的に踏襲していた一方で、町田報告では、「新しい家父長制」に抗う女性の行為主体性を読み取る努力がなされた。両者の論じ方の差異を明確化し、「ケーララ・モデル」の批判的研究動向に如何に位置づけられるか議論することも有用だっただろう。

以上のような課題を残す研究/研究会であったと省察しているが、課題を残したことが、今後の研究の可能性を示唆するものと前向きに捉え、研究に活かしていきたいと考えている。

大学院生時代には粟屋利江先生や杉本浄さんを始め、FINDASの先生方には大変お世話になり、大学を離れた後もこのような報告の機会をくださったことに心より感謝を申し上げます。

報告者2.町田陽子

タイトル:「インド、ケーララ州における社会変化と女性の生:女性の『ライフ・ヒストリー』調査を通して」

報告:

現代ケーララ社会における女性に対しては二つの大きく異なる評価がなされている。一つは他のインド地域の女性と比べて社会指標上で高い達成を成し遂げているという評価であり、もう一つは、現代ケーララ女性も他のインド女性同様、政治・経済・社会など様々な領域で制約を受け、多くのジェンダー問題に直面しているという評価である。

ケーララ州においてこうした「ジェンダー・パラドクス」が生じた背景として、家族制度の「家父長主義化」や「新しい家父長主義」の出現がその理由であるとの指摘がなされてきた。現代ケーララ社会の特徴を、「家父長主義化」や「新しい家父長主義」の出現として捉えた場合、現代ケーララ女性の「行為主体性」は、家父長主義的な家族・社会構造やジェンダー規範によって規定されるものとされる。しかし、そうした理解は現代ケーララ女性の「行為主体性」を十分に捉えるものであるといえるであろうか。

 本報告では、行為主体性を、単に「自律的な選択による行為」を行う主体性としてではなく、ギデンズの「構造化」の議論を援用し、「ルールや規範、機会や資源に依拠して行われ、なおかつそれらを再構成する行為」を行う主体性として捉える見方を示した。その上で、現代ケーララ社会に住む年齢層の異なる22人のムスリム女性のライフ・ヒストリーにおいて語られた「教育の選択」を考察した。

 本報告では、調査対象者を最終学歴別――未就学・初等教育レベル、前期・後期中等教育レベル、高等教育レベル――に分け、未就学や中退の理由、進学の動機や選択について検討した。未就学・初等教育レベルの未就学・中退の理由には、時代背景、経済的理由、本人や親の教育に対する無関心など多様な内容が見られた。前期・後期中等教育の中退・修了後の非進学の理由には、未就学・初等教育の中退には見られない二つの理由――結婚と修了試験の不合格――が見られた。中等教育レベルまでで教育を終えた者の「教育の選択」は、「ルールや規範、機会や資源に依拠した行為」として説明をすることができる。その一方で、その理由の多様性や複数性は、社会に共通して存在する「ルールや規範、機会や資源」がなかったことを明らかにした。

高等教育の進学者・修了者の教育経験の特徴は、両親もしくは片方の親が教育熱心であり、教育投資と激励がなされていた点にある。一方、これらの女性の大学や専攻の選択は自由に行われているわけではなかった。50~60代の女性の選択は、求められる「女性らしさ」に依拠しておこなわれたが、10~20代の女性の選択は、求められた「女性らしさ」ではなく、新しい資源や新しい機会に依拠しておこなわれた。高等教育進学・修了者の「教育の選択」もまた「ルールや規範、機会や資源に依拠した行為」として説明をすることができる。しかし、若い世代の行為は、単に既存の「ルールや規範、機会や資源」を再生産するだけでなく、新しい「ルールや規範、機会や資源」を再構築したといえる。

ご発表中の小林さん

ご発表中の町田さん



当日用いられた資料は後日ウェブ上よりダウンロード可能な形にいたします。現在準備中ですので、今しばらくお待ちください。