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2011年4月23日 第2回FINDAS研究会 「出産の医療化―インドと中国の農村地帯から」報告

掲載日 | 2011年04月30日

2011年度 第二回FINDAS研究会の報告です。

<出産の医療化―インドと中国の農村地帯から>

日時:4月23日(土) 13:00より
場所:本郷サテライト4階セミナールームにて

発表者1:松尾瑞穂(新潟国際情報大学 情報文化学部情報文化学科)

タイトル「母子保健がもたらすもの―西インド農村地域における微細な生政治」
インドにおける母子保健政策、人口政策と女性の関係、さらにマハーラーシュトラ農村における母子保健の現状が報告された。
報告者はまず、インドの人口政策の歴史的な概観を行った。
インド政府が国家政策として人口抑制に取り組んだのは、第一次5か年計画が開始された1952年以降である。1978年のアルマ・アタ宣言を契機に、国家は医療のリソースとしてプライマリーヘルスを重視するようになった。その過程で、近代的核家族は保険証によって価値づけられ、家族計画の重要性への認識がひろまっていった。
 産児制限自体は、植民地期から開始されていた。センサスは1871年に始まるが、社会の発展という観点から人口がリスク化されていくのは、統計学者のP.K. Wattalの著書(1916年出版)が大きな契機となったと考えられる。1931年には、Census CommissionerであるJ.H. Huttonが初めて公的に「人口問題」への憂慮を示した。しかし植民地政府からの介入策はなく、病院での家族計画に関する直接的なサービスも、ほぼ行われていない。
一方で、産児制限活動家が女性解放運動の一環として、家族計画の重要性を説く講演を行っていくのもこの時期である。そうした運動で中核となったのは、イギリス中流女性と現地のカウンターパートとして活躍するエリート社会改革運動家であった。また、都市のバラモン男性を中心とするインド人社会改革者たちは、社会衛生としての産児制限を主張していった。彼らは、新マルサス主義や優性学に影響を受けていたという。その際、リスク集団として「低カースト、貧困層、ムスリム、農民」が想定された。彼らは、これらの「質的不適合者」の人口過剰は、インド社会の発展を妨げる「公的リスク」の要因となりうると見なした。こうした思考は、アーリヤ・サマージのような組織や、ナショナリズムとも結びついていき、独立後のインド政府による人口政策へと継承されていった。
 これらの歴史的な流れを踏まえ、報告者は、マハーラーシュトラ州のプネー県M郡P村の現状を報告した。プネーは、バラモンによる支配を受けた歴史がある。2000年以降プネー市の拡大に伴い、振興工業地帯が近隣に建設され、雇用機会が増加していった。また、道路や交通網の整備を受け、教育・雇用のために日常的に周辺村落と都市との往来が可能になった。
 報告者の調査村では、従来、自宅出産を行う人々が大多数だったが、特に2008年以降、病院における出産が広く普及していった。その背景には、妊産婦ケアやHIV検査を通じた医師との日常的な接触の増加や、産婆(多くはマラーター)の高齢化といった事情がある。また、女性たちが病院に行く機会が増え、多産のリスクを認識するようになったことは、避妊手術の増加につながったと考えられる。そして、避妊手術を受ける人々は、子供の数の選択だけでなく、その性別も間接的に選択している。
避妊手術に至るには多様な背景があるが、多産(2人以上の子供を持つこと)は生活維持を脅かす「リスク」であるという考え方が共有されてきたことが大きな要因として指摘された。避妊手術を受けた人々は、性と生殖について「自分たちで決めた」と語るが、実際には夫や婚家、義両親、親族との関係性の中で決めざるを得ないという側面もある。
 インドにおける人口問題は、公的(国家的)リスクであると同時に、女性にとっては私的(家族的)リスクでもある。それ自体は異なる位相のリスクが、母子保健という文脈において奇妙に接合している。母子保健を通じて、肯定的性格であるはずのケアが、国家による管理と一体化している。村落において母子保健はこのような形で進んでいる。

発表者2:姚毅(東京大学外国人研究員)

タイトル「中国農村における病院分娩の推進と女性経験・主体―農村調査を通して」

発表者:姚毅(日本学術振興会外国人特別研究員)
発表タイトル:「中国農村における病院分娩の推進と女性経験・主体 ―農村調査を通して」

現在、中国の農村地域では出産の病院化・医療化が急速に進行している。本発表では、遼寧省(Q村)と湖南省(B村)の二つの村で行った聞き取り調査を基に、①農村地域における出産の病院化・医療化推進の過程、②出産の主体である女性がこの移行をどう受け止めているか、という二つの点から報告が行われた。
出産による母子死亡率の低下は、中国建国時から掲げられてきた国家目標の一つであった。そのため政府は50年代には接生員(公認産婆)、後には郷村衛生員や郷村医師(はだしの医者)といった、当時の農村における助産者の養成を行った。しかし80年代に起きた改革開放以降、政府が医療領域の制度化・規範化に着手したことから、それまでの農村合作医療体制が瓦解、国家主導の下に出産の病院化が積極的に推進されることとなった。報告者が調査を行ったQ村及びB村においても、1990年代から2000年にかけて自宅出産から病院出産への移行が完了したことが報告された。農村地域に出産の病院化が浸透した要因として、
① 行政により自宅出産の路が閉ざされた:妊産婦の産前産後の管理強化を目的に導入された周産期保険カード(母子手帳)は役所から直接指定の病院へ送付、予防接種は病院の医師のみ施術することが可能、戸籍登記に必要な出生医学証明書を発行出来るのは病院の医師のみ、といった行政制度が機能。
② 病院医師以外の助産者の不在:2001年には接生員、2004年には郷村医師の助産が政府によって禁止され、これを接生員や郷村医師が徹底的に守ったことから、出産の病院化に抵抗する存在がいなくなった。
③ 新型農村医療保険の導入:90年代に都市部と農村の格差縮小を目的として導入され、その費用のほとんどが国からの補助。病院出産の場合は出産給付や出産費用の免除をうけることができるというメリットがある。
の3点が挙げられ、死亡率の減少やリプロダクティブ・ヘルスの一環として病院出産が講じられている一方、人口管理、人口政策、医療改革、医療保険といった国策に絡めとられていることが指摘された。
では、Q村、B村という状況の異なる二つの村でこの移行がどのように推進されたのか。社会主義的新農村のモデルとされ比較的経済状況が良好なQ村では、上記の要因①に該当する「周産期保険カードが病院に送られてしまう」「戸籍登録に不可欠な出生証明書が必要性」や②に該当する「病院医師以外の助産者の不在」といった理由が聞かれ、行政からの干渉による部分が強いこと、それに対し、経済状況の貧薄したB村では③に該当する「新型医療保険による出産給付や出産の無償化」が機能していることが分かった。
出産の病院化が進むと、帝王切開の件数も急速に増加した。自ら進んで帝王切開を選択する都市部の女性と違い、村の女性は医師の勧めに応じて行うケースが多い。病院は「リスク軽減」や「利益追求」といった観点から、様々な理由をつけて帝王切開を奨め、それが帝王切開の急激な増加を引き起こしている。現在の病院出産は女性の立場に立った考えが欠如しており、「女性の身体の不在」が起きていることを看過してはいけない。

コメンテーター:松岡悦子(奈良女子大学)

以下、松岡氏によるコメントと発表者の応対、および全体討論の要約を掲載する。

(松岡コメント)

出産の医療化が近年急速に進んでいる背景として、専門職としての助産師が育成されていないことがあげられるのではないか。

松尾:インドには専門職の助産師がおらず、医師とダーイー(産婆)の中間にあたる職が存在しないことが大きな問題である。

姚毅:中国では専門職としての助産師が自立しておらず、すべて医師がおこなわなければならない。接生員(公認産婆)は国の費用で訓練を受けるが、専門医ではない。

・(松岡コメント)

インドや中国における出産と家族共同体との関連や、近代以前の家族共同体内部での出産が核家族における出産/病院における出産へと変容する過程の分析が必要ではないか。また、先進国の中で最も核家族化が早かったオランダの出産の変容プロセスとの比較を加えるとよりよくなるのではないか。

松尾:インドにおいて出産は核家族というより父系家族の関心事として共有されている(ただしカーストによって異なる)。

姚毅:中国では核家族化と少子化が同時進行している。

・(松岡コメント)

西欧においてはreproductive health とreproductive rightsがセットであるが、中国の「生殖健康」という単語はreproductive rightsの意味を包含しない。女性の主体性が覆い隠されているといえる。

姚毅:中国では一人っ子政策により、「rights(権利)」と表現することができない。近代化に対する抵抗感の欠如を指摘した。

・(松岡コメント)

産後母体のケアや、共同体に統合されるプロセスは、しばしば医療化されずに取り残される。儀礼がおこなわれる場合もあれば、その部分さえ商業化される場合もある。どの部分が医療化されるのか?

 松尾:インドには「産の穢れ」という概念が未だに存在しており、伝統的産婆ダーイーが胎盤など処理を行う仕事を引き受け、新たな形で病院医療に取り込まれている。産後のケアは母方の家族が深く関わる。

 姚毅:中国では産後2ヵ月間共同体の中にいるという習慣がある。

・(松岡コメント)

松尾報告の、公的リスクと私的リスクが調和するという言及について、たとえば死亡率が上がるという身体的リスクが医療の文脈に持ち込まれ、政治的暴力が覆い隠されるという懸念が生じる。「医療=恩恵」として理解され、批判ができない状態になるという点が医療の一つの特徴である。

松尾:インドでは出産のリスクは経済的、社会的リスクとしてとらえられる傾向があり、身体的リスクとは考えられていない。

姚毅:中国では病院医療は恩恵として受け止められている(ただし、北京や上海では状況は異なる)。

・(松岡コメント)

女性の身体が近代化される例の一つとして、コントロールされた形での出産を位置づけることができる。一方で、インド、中国はポストモダン的特徴で見たときに、近代とポストモダン的特徴が併存しているのではないか。中国ではポストモダン的な特徴は都会ではみられるのか?インド、中国はプレモダン、モダン、ポストモダン3つが同時に併存する。大きな枠組みで欧米との比較を行ったら面白い。

○全体討論の要約

とりわけ1949年以降の中国とインドを比較すると、政策の浸透度に大きな差がある。例えばインドにおいてもダーイーを訓練する試みは英領時代からあったが、今日に至るまで浸透していない。中国ではステータスの問題があまり機能しない事実とは対照的に、インドではカーストや経済的格差の問題を念頭に置かなければならない。

医療化が進む80年代から90年代、中国は改革開放時期である。個人の自由を許すことは国家の上からの統一に逆行するイメージがあるが、病院は自己採算している。保険証や母子手帳を統制していくか否かは不明である。

中国で女性が主体的に妊娠期や育児期に情報にアクセスし、選択することは可能なのかという質問に対して、姚毅氏は、選択するほどそもそも情報へのアクセスがないと回答した。一人っ子政策は評判が悪いため、避妊医療を受けるか否かを選択できる。一人っ子の証書を持つと、60歳になると手当を受けられる。

 インドでは、事情は生業形態によって異なるが、全体としては乳幼児死亡率が低いので、少ない子供に多額の投資をするという風潮である。

 これに対して中国では、一人っ子政策違反の罰金を払ってでも子供を産みたいと考える人が多い。背景には、教育で出世できること、出稼ぎが多いこと、老後への不安などがある。

  

       松尾瑞穂さん                姚毅さん

   

     松岡悦子さん             全体の様子

<資料>

松尾報告レジュメはこちらからダウンロードできます→FINDASレジュメ(松尾)

姚毅報告レジュメはこちらからダウンロードできます→FINDASレジュメ(姚毅)