2020年度 第4回FINDAS研究会「南アジア研究における情動の諸相」の報告

掲載日 | 2020年12月02日

2020年度 第4回FINDAS研究会「南アジア研究における情動の諸相」の報告

 

【日時】  2020年11月8日(日)13:00-16:30
【場所】 ZOOM会議

 

参加者28名

 

【報告①】

太田 信宏 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

「マイスール藩王国における王権の感情化とその起源」

“Emotionalization of Kingship and its Provenance in the Princely State of Mysore”

 

本報告では、主にイギリス植民地期の南インド・マイスール藩王国においてカンナダ語で編纂された藩王チャーマ・ラージャ10世の伝記『チャーマ・ラージャ伝(Śiṃgrayya. Śrīmanmahārājādhirāja Śrī Cāmarājēṃdra Oḍeyaravara Caritre)』(初版1905年)をもとに、王と「臣民」との関係や王の言動が、感情や情緒にいろどられて表象される様子が取り上げられた。この伝記の特徴として、王に「思いやり」が必要であることが強調された点や、それまでの伝統では描かれることのなかった王の「悲しむ姿」が頻繁に描かれている点が挙げられ、王が臣民に対して「思いやり」という、一種の「共感」の情を示すことが強調された背景には、近代に相応しく変容しようとする王権の新たな存在基盤の模索や、新たな価値と文化の体現者としての在り方の模索が影響していたのではないか、と指摘された。また、「悲しむ王の姿」が描かれるようになった要因としては、「王が悲しむ」ということに対する著者(文学的象徴としての「王」の作り手)および社会(文学的象徴としての「王」の受け手)の価値づけが変化したことが影響しているのではないか、との見解が示された。

 

 

【報告②】

井田克征(中央大学)

「中世マハーラーシュトラの聖者伝における感情と救済」

“Emotions toward to the salvation in hagiographies of medieval Maharashtra”

 

本報告では、マハーラーシュトラにおいて14世紀に編纂されたマハーヌバーヴ派の聖者伝および初期教理書と、ワールカーリー派の伝記編纂者Mahipatiが18世紀に著した聖者列伝を、①死と救済、悲嘆と歓喜、②欲望という観点から比較した。その上で、こうした宗教書において化身を取り巻く人々が化身の死や自らの救済に直面する場面で描かれる情動を、「救済論」の観点から捉えたとき、その情動は読者である後代の信徒たちにとって単に規範的に作用するだけではなく、読み手一人一人の内に生じる感情(ラサ)そのものが重要な意味をもつのではないか、つまり聖者伝の中の様々なエピソードをvibhāva(感情を喚起する条件)と解釈できるのではないか、との見解が示された。両派の違いとして、感情的な揺れ動きもあれば失敗もする聖者像を現し、帰依の対象となる神性を必ずしも「完全な」ものとは考えていないマハーヌバーヴ派に対し、Mahipatiは神性の完全性を強調する点が挙げられた。また、欲望や聖者の死に対する感情表現も異なり、Mahipatiの聖者列伝のほうが聖者のあるべき姿を教条的に捉える傾向があることが指摘された。こうした差異は宗派の違いによるものなのか、または時代的なものなのかの検証が、今後の課題として挙げられた。