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2013年5月12日 第1回FINDAS 若手研究者セミナー「現代インド、<性>の現在―制度、主体化、実践」 <終了しました>

掲載日 | 2013年04月10日

東京外国語大学拠点FINDAS(現代インド研究センター)では、下記の要領で南アジアの言語・文学に関する研究会を開催いたします。

※どなたでもご参加可能です。事前のご連絡は不要です。

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テーマ
「現代インド、<性>の現在―制度、主体化、実践」

日時:2013年5月12日(日)13:00~17:00
場所:外大本郷サテライト 4階セミナールーム(http://p.tl/p5yo)

発表者1:

山崎浩平(Kohei YAMAZAKI)
タイトル:「今日の性をめぐる差異と共同性―インド・グジャラート州ヒジュラ世界を事例として」

要旨:
本発表は、インドにおけるHIV/AIDSへの政策およびLGBTのマクロとミクロの運動を視座に入れ、グジャラート州中部都市に生きるヒジュラの実践を事例として、この者たちが織りなす差異と共同性を模索するささやかな試みである。2009年7月2日デリー高等裁判所は、刑法377条が違憲であるとの判決を下した。自然の秩序に反する性交を禁じた同法律は1860年のインド刑法成立から存在し、永らく同性愛者やそれに準ずる人々を犯罪者と同定してきた。デリー高裁は、生命や個人の自由および平等の権利などを含意する憲法14・15・19・21条に反するとし、成人間の合意に基づく行為に限定しつつ377条を事実上無効としたのである。この歴史的勝利の背景には、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)運動の世界的な勃興とHIV/AIDSの蔓延があり、インド国内においても個人や集団がネットワークを構築・駆使し、国や市民に働きかけた結果であった。

国内におけるこうした運動の一翼の担い手に、ヒジュラと呼ばれる人がいる。ヒジュラとは、女装をし女性的振る舞いをし、女神の信仰者とされる人々のことであり、古くから同性愛集団、あるいは半陰陽や両性具有として捉えられてきた。とりわけ1990年に米人類学者が上梓した学術書を嚆矢とし、ヒジュラには伝統的・宗教的に男でも女でもない第3のジェンダーを生きるとする新たな解釈が付与され、その後、より多くの研究やメディアの俎上に乗ることとなる。

他方、1990年代後半よりインドの同性愛者たちは、独自のイディオムを駆使し、市民社会のなかでその動きを活性化し始めた。彼/彼女たちは、同じく公共圏にて発言を強め政治家ともなるヒジュラたちと協力し運動を展開しており、このひとつの結節点が377条の撤廃にほかならない。そこで本発表は、グジャラート州の伝統的といわれているヒジュラに着目し、生活や宗教的実践、および社会的紐帯の構築・断絶を記述しつつ、上記の大いなる奔流へのヒジュラの応答を考察する。その上、近年急激に可視化されつつある同性愛者たちとの比較を以ってして、ローカルな文脈におけるヒジュラの集合的な生のあり方を浮彫りにしたい。

 

発表者2:
江原等子(Toko EHARA、京都大学)
タイトル:「ジェンダーのあわいを生きる―南インド・チェンナイのコティたちを事例に」

要旨:
かつて、「第三のジェンダー」の代表例として紹介されたインドのヒジュラは、男女の二分法とは異なる実在するジェンダー制度として衝撃を与えた。しかし、個別の文脈を無視して、様々な社会のカテゴリーを第三のジェンダーと位置づけることは、かえって、普遍的な二つのジェンダーの区分、そして例外としての第三のジェンダーという図式を強化するものでもある。このような批判を踏まえて、近年では、ローカルな文脈や実践への着目から、ヒジュラを捉え直す研究がいくつか著された。これらの研究は、集団で生きるヒジュラたちの、階層性をなすアイディンティティとの交渉や、地域社会における役割を明らかにするものであった。しかし、そのようなアイディンティティや役割に基づいて行為する行為者としてかれらが方向づけられる契機はどのようなものであるのか、ということについては、これまで詳しく検討されてこなかった。

本報告は、ヒジュラたちと相似した師弟制度や隠語を持つ、南インドの都市チェンナイの「コティkothi」たちにかんする調査資料に基づく。これまで「奪われたspoiled」経験として語られてきたヒジュラたちのライフストーリーとコティたちのライフストーリーを比較・再検討するとともに、報告されたきた他の都市のヒジュラたちとは異なって、集住していないチェンナイのコティたちと、日常的に関わっているさまざまな人々の相互行為に着目することによって、ローカルに構成されたジェンダーをめぐる主体化の様相を明らかにしたい。