「ベルギー・フランス語」に関する一考察  倉嶋典子

 

 本稿では、「ベルギー・フランス語」の地理的な一体性・多様性の実態を語彙面から明らかにすることを主な目的としている。

 方法としては、「ベルギー・フランス語」の語彙集(Willy Bal, Albert Doppagne, André Goosse, Joseph Hanse, Michèle Lenoble-Pinson, Jacques Pohl, Léon Warnant : 1994, Belgicismes. Inventaire des particularités lexicales du français en Belgique.)を資料体とし、まず各語彙を使用地域別に分類し、その配分を明らかにした。次に各使用地域における語彙の主要なカテゴリーを明らかにし、それぞれのカテゴリーがどの使用地域にあるのかということを考察した。また、主要なカテゴリー内外におけるサブカテゴリーを明らかにし、それらのサブカテゴリーをもつ使用地域における地理的に広い使用地域の語彙と、より限られた使用地域の語彙との競合関係の事例をいくつか挙げ、「ベルギー・フランス語」における地理的な一体性・多様性の動的な側面を若干ながら指摘した。

 以上の結果、まず、各使用地域における語彙の配分という観点からは、「ベルギー・フランス語」の語彙の半数近くがベルギー全域で用いられている一方で、Wallonie orientale, Gaume, Huyといった比較的地理的に限られた地域においても多くの語彙が観察された。使用地域別語彙カテゴリーについては、行政、政治、軍隊など、国や社会の構造と関わる語彙カテゴリーにおいて地域差を越えた一体性が確認され、逆に、飲食物、病・身体といったカテゴリーにおいて最も地域的な多様性が見られた。また、気象に関する語彙のカテゴリーは、それを有している使用地域が少ないうえに、広範囲な地域が多く、地域的な多様性の乏しい語彙カテゴリーであるということが明らかとなった。主要なカテゴリー内外におけるサブカテゴリーをもつ使用地域の語彙の競合関係については、地理的に限られた使用地域が、広範囲な使用地域の語彙以外に、自らの地域に特有な語彙をもっており、それらの地域の特異性、保守性が確認された。その一方で、そのような地理的に限られた地域に固有の語彙が上位の使用地域の語彙に取って代わられつつあるのではないかと考えられる事例もいくつか観察された。