フランス語における非人称構文の可能性 山本 敦子
フランス語の非人称ヴァリアントはどのような条件・制約のもとにあらわれるか。
非人称ヴァリアントは、人称構文SN+SNと交替可能なil+SV+SNの構文である。"contenu conceptuel"が同じでも異なる表現形が存在する場合、ある文脈で一方が選ばれるのは何らかの条件に支配されているからであると考えられる。
また、主語のSNを脱テーマ化して動詞に後置する機能は、倒置構文と共通している。倒置構文は文語体に特有で、人称構文や非人称ヴァリアントと比べ、恣意的なものであるが、構造が似ているため、非人称ヴァリアントとは置き換え可能に見える。
非人称ヴァリアントの選択にあたっては、SNとSVの意味・性質、非人称主語 "il"の存在、構文中のその他の要素(状況補語など)また非人称の前後の文脈や、それとのつながりなど、さまざまな要因が関係していると考えられる。
かつてはSNの制限が非人称ヴァリアントの主な要因と論じられた。SNが定名詞/不定名詞かにより人称/非人称の選択がなされるというものである。しかしそのように簡単に割り切れないことは実際の例文が示している。
ただしSNの情報価値は、人称・非人称・倒置の三つの構文の選択に重要な関わりをもつということはいえるようである。文中の要素はふつう、旧情報→新情報の順に並べられている。SNが新情報の場合、動詞の右にくるはずであり、倒置か非人称ヴァリアントに可能性が限られる。
実際に新情報の導入・提示に使われるのは非人称ヴァリアントであるとされる。
非人称ヴァリアントが新情報提示を行なえるのは、非人称主語 "il"が新たな場面設定をし、文頭に前文脈との「区切れ」をもつからである、という説がたてられている。倒置構文は場面設定はせず、文頭のテームを回避することで前の文脈とのつながりを保とうとする。
また、非人称主語 "il"は情報価値=ゼロであり、非人称ヴァリアントは(文頭に遊離された語をテームとしてもたいない限り)主題不在の文である。そこで、無題文、単一判断をあらわす一つの方法としてこの構文が選ばれるとされる。
非人称ヴァリアントが選択されるときの条件を、新情報提示・文頭における文脈の区切れ、単一判断であると仮定し、コーパスの非人称の例文の分析を行なった。(SNの種類により、SNが不定名詞句、定名詞句、疑問代名詞の三種類にわけて検討した。)
その結果、非人称ヴァリアントにもっとも関与しているのはSNの情報価値の新旧であることが証明された。SNが長いことも動詞に後置される重要な要因であるが、それだけであれば倒置構文の可能性もある。
SNの中には情報の新旧を問えなかった語も含まれる。SN=不定名詞句の例文で、SNが否定辞のついた語か "en"であった場合、SN=定名詞句の例文で、SNが無冠詞名詞、熟語中の名詞であった場合である。無冠詞名詞、熟語中の名詞は、限定詞がないか、あっても情報の新旧をあらわすものではない。
また、否定形は肯定形の存在を前提とし、聞き手もその肯定形に対する共通の認識をもたなければ成り立たない。そう考えると、非人称ヴァリアントの否定形は新情報提示の役割は薄いと考えられる。
非人称ヴァリアントが新情報提示の機能をもつことは、後続の名詞文もSNと見なせることからも確認される。倒置構文では、これは不可能である。
SN=不定名詞句、定名詞句のどちらの例文でも、前文脈とのつながりを示す旧情報で動詞に先行する語が多く見られた。これは旧情報を文の先に置き、新情報をあとから導入するためであると考えられ、前の文脈とのつながりを強調するものではない。
文脈を区切り従属接続詞のあと、分詞節(前の文ではなく、その文の要素あるいは全体にかかる)、":"、";"のあと、あるいは章のはじめには倒置が見られず、非人称ヴァリアントが置かれていることから、非人称ヴァリアントの文頭の「切れ目」が説明される。
この切れ目はSN=疑問代名詞の場合に顕著である。また、非人称ヴァリアントの疑問文は、前に述べられたことがら、個々の疑問をひとまとまりの疑問にあらわすときに使われている。非人称ヴァリアントが単一判断をあらわすことのひとつの確認となる。
結論として、非人称ヴァリアントの選択にはSN=新情報、文頭の文脈の切れ目、単一判断が関わっており、この場合、人称構文・倒置構文で置き換えることは不可能である、ということがいえる。
ただし、これらの要素は絶対的なものではなく、恣意的なものであり、話し手、聞き手の判断による。