修士論文要旨

フィンランドの非定形動詞における主語標示について

坂田 晴奈

本研究でのフィンランド語の非定形動詞とは、分詞および不定詞のことである。非定形動詞の主語は、無標の場合も含み、原則として以下の4つの構造によって標示される。

① Dependent-Marking(以下DM):(人称代)名詞-属格 + 非定形動詞-φ
② Head-Marking(以下HM):φ + 非定形動詞-所有接尾辞
③ Double-Marking(以下DBM):(人称代)名詞-属格 + 非定形動詞-所有接尾辞
④ No-Marking(以下NM):φ + 非定形動詞-φ

この構造は「AのB」といった所有表現を含む名詞句の構造と基本的には同じである。本稿では、時相構文・行為者構文・分詞構文という3つの構文と、不定詞が現れる文を対象に、非定形動詞における主語標示の構造および条件を明らかにすることを目的とする。

Sakuma (1998) によると、時相構文と行為者構文において、従属節の主語が人称代名詞以外であれば全てDMである。人称代名詞の場合、1、2人称であればHM(主語を強調する場合はDBM)、3人称で主節の主語と従属節の主語が一致していればHM、一致していなければDBMになる。

一方Sakuma (1994, 1998) およびKarlsson (1999) によると、分詞構文の場合は条件が異なる。主語が人称代名詞の場合、単に主節の主語と一致していればHM、一致していなければDMとなり、人称による違いはなく、DBMの構造も用いられない。
他方、不定詞には第1不定詞から第5不定詞まで5つの種類がある。いずれの不定詞の主語標示についても先行研究の記述は少ないが、NMの場合が最も多いと思われる。

以上の先行研究の主張をふまえ、本研究ではコーパスから用例を取り、分析した。コーパスは、フィンランド学術コンピュータセンターがインターネット上に公開しているKielipankkiを使用した。このKielipankkiは、多数の新聞記事を収録しているコーパスである。今回はDemari(フィンランド社会民主党の機関紙)が2000年に掲載した記事(以下D2000)をデータとして主に用いた。総語数は約66万語、記事の総数は2195である。検索のキーワードは以下の通りである。

・ 時相構文で用いられる第2不定詞内格形および受動態過去分詞単数分格形
・ 行為者構文で用いられる行為者分詞
・ 分詞構文で用いられる現在分詞および過去分詞
・ 第1不定詞、第2不定詞、第3不定詞、第5不定詞(第4不定詞は名詞化の傾向があり、品詞を区別しにくいため、本研究では除外した)

得られた用例を分析した後、問題点を明らかにするために母語話者に対してアンケートを行った。
用例は合計8974例得られた。時相構文はNMの場合、主語に焦点が置かれていないことがほとんどであった。そして、主節の主語と一致していればHM、一致していなければDMまたはDBMになる傾向が見られた。さらに、時相構文には例外が見られることがわかった。人称代名詞が主語である場合、主語標示はHMもしくはDBMであると先行研究では指摘されていたが、KielipankkiではまれにDMも見られることがあった。こうした例外は主節が受動態の場合、もしくは主節の主語が不特定であることが多い。しかしこの例外は母語話者には間違った文として認識されるようである。

行為者構文においては、NMの例が非常に少なかった。これは、行為者構文が元々行為者を問題にする構文であるからと思われる。時相構文と同じく、主語に焦点が置かれていなければNMであった。そして、主節の主語と一致していればHM、一致していなければDMまたはDBMになる傾向が見られた。

分詞構文においては、従属節の主語が分格や主格で標示される例が若干見られ、存在文や所有文の構造を持つものも見られた。そして、主節が受動態の場合はNMであることが多く、その場合は主節の主語が属格で現れる。このような文は母語話者にも正しい文と認識されているようである。分詞構文においても、主語に焦点が置かれていない場合はNMになる。そして、主節の主語と一致していればHM、一致していなければDMになる傾向がある。

つまり、以上の3つの構文については、従属節の主語標示の構造は以下のようにして決定されると考えられる。まず、「主語に焦点が置かれているか」という条件が関わる。主語に焦点が置かれていなければNMである。主語に焦点が置かれる場合、「主節の主語と一致しているか」という条件が次に関わる。主節の主語と一致していればHM、一致していなければDM(またはDBM)になる。

不定詞の主語標示についても先行研究では指摘されていないことがいくつか確認できた。第1不定詞と第5不定詞は始めからHMの形態でほぼ定まっているのだが、第2不定詞および第3不定詞はNMの場合がほとんどであった。不定詞はその主語が標示されるとは限らないが、それぞれの不定詞によって傾向が異なっている。