北フランス諸方言研究入門(1999年度 東京外国語大学)

INTRODUCTION TO DIALECTOLOGY OF NORTHERN FRENCH DIALECTS

(1999, TOKYO UNIVERSITY OF FOREIGN STUDIES)

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方言研究史

1.フランスでの研究


1790 グレゴワール神父(l'abbé Grégoire) の通信方言調査
    全フランスでの方言の話し手の大まかな状況調査
    (600万がフランス語を知らない)
1814 王立考古学会(Société royale des Antiquaires)設立
    会員には著名な外国人言語学がいた(
Grimm, Humbolt等)
    その学会誌はフランスの方言研究の中心となる
    同年,言語地図の構想を発表
1821 モンブレ(C. de Montbret)が王立考古学会で方言区画地図を発表
1833 文学者ノディエ(Ch.Nodier) が方言消滅の救済を主張
1868-1872 ロマンス語研究誌発刊
    
Revue de Linguistique et de Philologie comparée
    
Revue des langues romanes, Romaniaこれらの雑誌が方言研究の舞台となった
1883 高等研究実習学院(Ecole Pratique des Hautes Etudes)で方言学開設
    ジリエロン
(Jules Gilliéron) の講義
    フランスの方言研究の中心
1888 パリス(G. Paris)が5月26日の学者会議の席で講演
    「現実には方言は存在しない、ニュアンスが少しずつ異なるだけ」
    という事実を指摘、「地名研究の必要性、方言調査の必要性、フランス
    音声地図の計画」を主張
    結局、この会議が現代フランス方言学の出発点となり、後にALFや
    地方別言語地図を生み出す。
1890 第1回ロマンス文献学会で方言研究の提唱
1897-1901 エドモン(E. Edmont) によるフランス全土の方言記述
    その成果は
Atlas Linguistique de France(略称ALF)として
    
1902-1910 の間に出版(639地点(37000 市町村の約1.7 % にあたる)
    の殆どを実地調査)
    ALFはドイツでは反響を呼んだが、フランスではその後、研究成果・方法に対
    する批判が相次ぐ
1922 ドーザ(Albert Dauzat) 『言語地理学』La Géographie Linguistique.
1939 ドーザ(Albert Dauzat) の主導の元に、「フランス地方別言語地図」が
   
構想 Nouvel Atlas Linguistique de la France par régions (1942)
   特色
    フランス全土に関する質問と地方的質問の区別、民俗学的質問を入れる
    動物の鳴き声・動き等を調べる、予備調査を行う
    しかしこの計画は世界大戦により中断、後にロック(
Mario Roques)
    ドーザの遺志を継ぐ(「フランス地方別言語地図」については別紙参照)

2.フランス以外での研究

1811-12  デンマークのラスク(Ch.Rask) やドイツのグリム(J.Grimm) による歴史文法
1819 グリムによるドイツ方言の記述
1833 ボップ(Franz Bopp)による印欧語比較言語学の誕生
1836 ディーツ(F.Diez)によるロマンス語比較文法の誕生
1881 ヴェンカー (G.Wenker) Sprachatlas von Nord- und Mitteldeutschland.
   村の教師に
40文のリストをそれぞれの地方の方言に翻訳するように依頼。
   
40376 の村から44251 の回答
1889 アメリカ方言学会がハーヴァード大学に設立
1989-1905 ライト(Joseph Wright) の記念碑的なEnglish Dialect Dictionary
1920 ドイツのマールブルク(Marburg) で方言研究センター開設
1921 ベルギーのルーヴァン(Louvain) で方言研究センター開設
1923 グリエラ(Mgt. A. Griera)による『カタロニア言語地図』刊行
1924 イタリア方言雑誌 L'Italia dialettale 刊行
1926 ヴレデ(F. Wrede) による『ドイツ言語地図』刊行
1928 ジリエロンの弟子ヤーベルクとユート(Karl Jaberg et Jakob Jud)
   
Atlas linguistique et ethonographique de l'Italie et de la Suisse(AIS)刊行開始。
   全8巻で
1705枚の地図を収録
1938 ポップ(Sever Pop) による『ルーマニア言語地図』刊行
1939-43 キューラス(Hans Kurath) Linguistic Geography of New England
   (
713 枚の地図で全3巻)
1944 ウェントワース(H. Wentworth)によるAmerican Dialect Dictionary
1944 『ハンガリー地方別言語地図』刊行

3.方法論的研究

方言区画論

1831 モンブレ「方言境界は1本の線で表せない」ことを確認
1866 シューハルト(H. Schuchardt) が「方言境界画定は不可能である」
 等語線・等音線等
#(isoglosse, isophone)は束となり方言境界(frontière dialectale)画定に役に立つ。また方言境界よりは、むしろある一定の広がりをもつ方言区域 (zone dialectale) の画定が重要である

民俗学と方言学

1845 デ・ゼタン(N.St. des Etangs)による初の民俗学的方言研究
   
Liste des noms populaires des plantes de l'Aube
民俗学的方言調査はその後普及する。フランスでは「地方別言語地図」も採用

臨地調査

1873 トゥルトゥロン(Ch. de Tourtoulon) とブランギエ(O. Bringuier)
   フランスで初の実地方言調査(フランス語とプロヴァンス語の境界地域)
   実地調査は今や定石。通信調査はすたれた

質問形式

1876 ヴェンカー(Gustav Wenker) の翻訳方式
1913 ブリュノ(Ch. Bruneau) のアルデンヌ方言調査での間接疑問法
翻訳方式はあまり行われない。間接疑問法(「曇っている時、空から降ってくるのは?」)やナゾナゾ法、音韻調査では最小対を利用したもの、予め用意した語彙表を参考に自然な会話の中から答えを誘導する方法、実物を提示して名前を聞く方法、等がある

音声形式

1887 ルスロ神父 (l'abbé Rousselot) の精密音声表記
1912 アルデンヌ県で初の録音調査(ブリュノ(F. Brunot)&ブリュノ(Ch. Bruneau)
録音調査も後に常識になる。音声記述はフランスではALFやIPAの音声表記が多い

社会言語学と方言学

1891 ルスロ神父Les Modifications phonétiques du langage étudiées dans le patois
 
d'une famille de Cellefrouin (Charente Angoulême北東 20km)(家族内での方言
 分化を証明)
1905 ゴーシャ(L. Gauchat) L'Unité phonétique dans le patois d'une commune.
 (単一の村における方言の多様性を記述)
1914 テラシェ(A.-L. Terracher) Etudes de géographie linguistique(言語の進化に
 歴史・社会的要因がどのような影響を与えるかを研究)

社会言語学とのタイアップにより様々な研究がなされるようになった
方法論的探究は近年めざましい発展を遂げてはいるが、問題の本質は方言研究の初期の段階からすでに気付かれ、指摘されていたものばかりである。

方言の定義

伝統的定義

1.古い土着の話し言葉で標準語の侵入により消滅(=俚言(patois))
2.地域的偏差(
écart régional) (=地域フランス語(français régional)
3.言語共同体の全体より少ないグループにより使用される変異体
4.特定地域の中で言語がとる特有の形態

構造主義的定義

1.方言の違いとは言語単位の目録の違い(音素目録、形態目録、等)
2.方言の違いとは言語単位の分布の違い

異なる体系の比較が問題になり、ソシュールの均質的な体系の概念では不十分なことが証明される。こうした複数体系を抽象的レベルで記述するためにワインライク
(U. Weinreich)は共通体系(diasystème)を考えだした。"Is a structural dialectology possible ?" Word 10, 388-400.

共通体系

最近の方言の定義

1.機能的定義
 人間グループの間の言語伝達を保証すると同時にそのグループをお互いに区別させる
 つまり共通性と特異性という相矛盾した機能をもつのが方言
  
Jean Séguy (1973), "La fonction minimale du dialecte" Dialectes romans de France, 27-42.

2.共通体系と規範の観点
 言語=規範
(norme) を含む最上位の共通体系
 方言=規範を含んだり含まなかったりする共通体系
  
Klaus Heger, ""Sprache" und "Dialekt" als linguistisches und soziolinguistisches Problem" Folia linguistica 3, 1969, 46-67.

方言調査

1.予備調査の必要性

2.地点数

  地点の選択(ニュ-イングランド言語地図
1地点 43000
        フランス言語地図
1地点 57000人)

3.ジグザグ調査法

4.質問形式

"les questionnaire...pour être sensiblement meilleur, aurait dû être fait apès l'enquête" (G. Gilliéron)

  ○
質問する物を直接に指し示したり絵で見せる
  ○
なぞなぞ式 蜜を作り出す虫をなんと言いますか?
  ○
語意義論的質問 (question sémasiologique)
    
vert は果物について言う場合どういう意味ですか
  ○
補足式
    「あさって」の次は「しあさって」だからその次は?
  ○
置き換え式
    「書く,読める」のあとに「ない」をつけて下さい
  ○
翻訳方式
    
方言では「中指」のことを何と言いますか
  ○
最小対方式
    
方言では「七味」と「カラシ」は同じものを指しますか?

5.質問者

Gilliéron:言語学者ではない方がよい/Moulton:訓練された言語学者の方がよい

6.調査における困難

  ○
調査者が方言の単語を知らない場合
  ○
インフォ-マントが方言の単語を知らない場合
  ○
標準語と方言で意味がことなる場合

Copyright © 東京外国語大学(TUFS) 川口裕司研究室