講演会報告

 

注意

本報告は東京外国語大学大学院博士後期課程の阿部 新さんによって作成されました。本報告の図表は、Chambers氏のホームページおよび、変異理論研究会特別研究会資料からのものです。本報告からの引用はご遠慮ください。

 

講師Professor J.K. Chambers (University of Toronto)

演題Dialect Topography

 (http://www.chass.utoronto.ca/~chambers/dialect_topography.html)

日時200111814001600

会場:国立国語研究所 第1研修室

 

Chambers教授は、Dialectology (Cambridge Univ. Press, 1998, 2nd ed., with P. Trudgill), Sociolinguistic Theory (Blackwell, 1995) などの著作で知られる言語学者である。現在はカナダ・トロント大学において従来の言語地理学を拡張する研究(dialect topography)を試みている。

 

Dialect Topographyとは

Dialect Topography(方言地誌学)とは方言地理学に代わるものであるが、共通点もある。両者とも、ある特定の地域の個人から言語データを集め、マクロ的立場から言語変異を扱う。連続的に広がりのある地域で調査し、地域ごとの話者の間での言語的相違を明らかにしたり、言語変化を目の当たりにしたりすることができる。両者が決定的に違うのは、その「代表性」と「時間効率の良さ」である。

方言地理学に対する批判として挙げられるのは、代表的な話者をサンプルとしていない、という点である。Non-mobile, older, rural, malesという特徴を持ったNORMsと言われる人々を対象にしており、こういった人々はその地域の方言特徴を強く持ちすぎている。Dialect Topographyでは、多くの社会的要素を持つサンプルからデータを集める社会言語学的な調査である。

また、方言地理学の調査結果は公開まで時間がかかりすぎていた。調査結果が有用であるためには調査から公開までの時間を短くすべきである。Dialect Topographyは時間効率も良い。

 

Dialect Topographyにおける現代の社会状況の利用

1)大衆の識字率:これまでの方言調査では、あらかじめ用意した質問をするためにフィールドワーカーが調査地に出向いていたが、これは多くのNORMsが字が読めなかった時代の話である。現代では識字率が上昇し、NORMsとされる属性の人々でも字が読め、書ける。そこで、Dialect Topographyでは郵便によるアンケート調査を採用している。

2)社会内の各組織の広がり:一軒一軒に調査票を配るというようなことはせず、組織ごとに調査票を配る。コミュニティーカレッジや老人会のような組織に出向いて、そこで先生や代表者に調査票を配ってもらう。コミュニティーカレッジの内容によってはさまざまな属性の回答者を得ることが出来る。これまでに38のボランティアの配布者によって1929人に調査票が配られ、回収率53%である。

3)コミュニケーションネットワーク:回収率を高めるために、回答者が知っている人が調査票を配布し、その人に調査票を提出するのではなく、調査者に直接郵送できるように封筒を付属させた。

4)コンピュータの利用:調査結果はデータベース化され、利用者はある言語変数を探し出して地図化したりできるようにする。またコンピュータに入力すればいいだけなので、作業時間も短くてすむ。

 

・調査内容

項目は全部で87で、フェイスシート11項目のほかに、音声、語彙、地域に独自の語彙、形態、統語、表現の項目がある。

 

・調査結果

地域的な語彙の相違、進行中の変化、若年層での言語の均一化がわかった。また、社会的変数として “Regionality Index”(生え抜き度, RI)という指標が有効であることもわかった。RIは「8歳から18歳まで生活した場所」「出生地」「現在の居住地」「両親の出生地」の4つの要素から判断される。

 

1 RIの算出方法(Chambers 1999、報告者訳。)

 

RI

被験者の特徴

生え抜き

1

両親と同じ場所で出生、成育、現在居住。

2

地域内で出生、成育、現在居住。両親は同じ地方内の他地域で出生。

3

地域内で出生、成育、現在居住。両親は他地方で出生。

4

地域内で成育、現在居住。同じ地方内の他地域で出生。

5

地域内で成育、現在居住。他地方で出生。

6

地域内で現在居住。同じ地方内の他地域で出生、成育。

よそ者

7

地域内で現在居住。他地方で出生、成育。

 


@The Dialect Topography of the Golden Horseshoe:カナダ・オシャワからトロントを経てナイアガラの滝に至るオンタリオ湖西岸周辺のアメリカカナダ国境地域(250kmに渡る地域。カナダの人口の1/6が集中)の調査

Fig. 1: The western tip of Lake Ontario, called the Golden Horseshoe, and the Niagara border between the United States and Canada

カナダ英語で「長椅子」を意味するchesterfieldという単語が、アメリカ英語のcouchに置き換わっていく様子がわかる(Fig. 2)。

Fig. 2: Use of couch and chesterfield by different age groups, with the oldest on the left and the youngest on the right.

「運動靴」を意味する語として、カナダ国内ではrunning shoes, アメリカ国内ではsneakersが多い (Fig. 3)

Fig. 3: Regional distribution of three lexical variants in the Golden Horseshoe, including the U.S. border region

カナダ国内では地域差がほとんどないように見える。しかし、RIによって分析すると、生え抜きである者ほど、running shoesを使い、生え抜きではない者はそれに比べて使用率が低いことがわかる (Fig. 4)

Fig. 4: Use of three variants by Canadians in the Golden Horseshoe according to Regionality Index

 

Aケベック市における調査

「衣装タンス」bureau, 「ソフトドリンク」soft drinkの使用率は、ケベックの生え抜きであるほど高い。Soft drink < boison gazeuze + liqueur douce。非生え抜きは、それぞれdresser/chest of drawers, popを使う。

 

・質疑応答

Q1)音声に関する質問をアンケートでどのようにやったのか。

A1)質問文中で回答者に違いを意識させるようにして聞いた。たとえばwh/wの差などは、例文を挙げた上でどちらを自分が使うか答えさせた。

Q2)サンプルはどのようにコントロールされているのか。あるコミュニティーカレッジなどで調査するのは、完全な標本調査ではないのではないか。

A2)たしかに完全な標本調査ではないが、地域内のある程度の人数には調査できている。なるべくあらゆる人々を網羅するつもりでいる。

Q3) “Regionality Index”と他の社会的変数(年齢など)との相関はあるのか?

A3)年齢などとは相関しているだろう。

Q4)この研究から得られる、将来の方言学への展望は?

A4) 若年層での言語の均一化が見られることから、地理的変異が減少していくと思われる。われわれの研究対象はNORMsからmobileな人々の方言の研究へと再定義されることになるだろう。

 

・参考文献

Chambers, J. K. (1994) “An introduction to Dialect Topography.” English World-Wide 15: 35-53.

______. (1999) “Regionality as an Independent Variable.” 10th International Conference on Methods in Dialectology Method X, Memorial University, St. John’s, Newfoundland, Canada, August 1999.

______., and Troy Heisler (1999) “Dialect Topography of Quebec City English.” Canadian Journal of Linguistics 44 (forthcoming).