外国語教育学会 第7回大会
シンポジウム  外国語教育のIT化−現状と課題−

2003年10月11日 於 東京外国語大学

本ページの内容を引用される場合は 『外国語教育研究7』外国語教育学会編、 2004年、pp105-131 という出典を明らかにしてください。© 2004 外国語教育学会 (JAFLE) 。


司会:昨今、CALLやWBTといったIT技術を利用した外国語教育が注目されています。しかしこうした外国語教育の先端化によって、ほんとうに外国語学習は身近になり、効率的で、容易なものになっているのでしょうか。想像を超えるスピードで発展しつつあるIT環境を前に、私たちは今一度、歩みを止めて、現状と将来の方向を見極めておく必要があるのではないでしょうか。本日のシンポジウムでは、国内における外国語教育のIT化の取り組みを紹介しつつ、その現状と課題を明らかにしたいと思います。

(司会 川口 裕司 東京外国語大学)

はじめに

野田 哲雄

かつて、メディアデバイスが今日のような発展を遂げる以前は、外国語教育の現場で実際の学習言語に触れる機会は極めて限られていました。カセットテープの登場は外国語学習をずいぶん便利なものにしました。やがてカセットを利用した、いわゆる「LL教室」が教育機関で広汎に利用されるようになりましたが、その後ビデオ、DVD、PCネットワークなど、デジタル技術の向上と共にマルチメディア機器が進化する過程でLL教室も姿を消し、新たな設備の導入が進められています。それは我が東京学芸大学においても同様ですが、新たな設備はむろん今までのLL設備では十分ではなく、PCネットワークを中心としたLLが前提となっていることはいうまでもありません。
近年のインターネットの爆発的拡大に見られるように、現在は最新のコミュニケーション機器が予想を超えた速度で普及しつつあります。マルチメディア、CALL、E-learningなど、こうした現状をとらえるキーワードはさまざまですが、それらは教育にも急速に取り入れられるようになってきました。外国語教育においてもそれは同様です。これまでは、「いつまでたっても使えない」といわれてきた外国語教育でしたが、これを機に「使える」ものになることを期待したいと思います。とりわけ本日は、そうした外国語教育の新たな側面についてのさまざまなご報告を期待しています。

(東京学芸大学、外国語教育学会副会長)

基調講演 外国語教授法の変遷とメディアツールの可能性

富盛 伸夫

ここでは後の具体的・実践的な報告への導入として、これまでに開発された様々な教授法とその問題点について、とりわけ各種メディア利用との関連において、私見を交えながらお話できればと思います。さて野田先生も先ほど言及されたLL教室ですが、それらはいまや各教育機関においても設備が陳腐化し、扱いに困っていると聞くことが多いわけです。東京外国語大学では新キャンパスへの移転がきっかけとして幸いし、旧来のLLからPCネットワーク設備への刷新が比較的容易に実現されました。しかし、新キャンパスを全IT化すべくレベルを1から4に設定し、レベル4としてはいわゆるユビキタス環境を構想したものの、予算の制約から旧来LL水準のレベル1環境区域が増える結果となり、本学も同様の悩みを抱えていることに変わりはありません。
 さて我々は従来IT技術については、これを使えばなんでもできるという共同幻想を持ってきました。しかし一方で、特に語学教師の側では、それをどう使っていけばよいかということについての共通した認識を持ちにくいのも事実です。ここではそのための手がかりとして、過去の教授法と結びついた教育機器の活用がどれほどの成果を生み、また残された問題が何であるのかについて簡単な総括を試みたいと思います。
まずLLという環境は、ネイティブでない教師の授業でも母語話者の音声を聞かせることを可能にした点では画期的であり、大きな成果を上げました。次いで、1950年代からのLLに続いて60年代半ばから普及したaudio-visual methodでは、視覚の導入に力点が置かれてることになりましたが、この総括はどこまでされたでしょうか。
LLのバックボーンとなったpattern practiceによる構造主義的メソッドは、それが当初適用された軍隊とは異なる環境である学校教育の現場からも、またチョムスキー、デル・ハイムズらの言語能力やディスコースの重要性を唱える言語学の側からも、自発的な言語能力の育成に至らない点を徹底的に批判され破綻したのでした。audio-visual methodでは、音声のみならず視覚を取り入れつつ、言語事実を分析的にではなく全体的・構造的に把握させ、状況についての判断を行わせます。こうした帰納的手法は、言語活動がテクストの中でしか価値を持たない、あるいは社会的な文脈で活性化されなければ意味を持たないという考え方に基づくものです。しかしその成果については−外語大でも実験的な試みがありましたが−疑問が残るといわざるを得ないものでした。
やがて1980年代以降にはPCの普及する時代が到来するわけですが、ここでは学習者の側での自由度が高まる一方、教師との対面性は少なくなり、教師と生徒の関係に変化が現れました。PCはハードウェアの発達を基盤に、その圧倒的な情報量が特徴となっています。そして素材のauthenticityを目指すほど容量やスピードへの要求は高くなっていきます。しかしこの段階ではそうしたシステム環境はいまだ十分には整わず、動画を利用するならまだビデオの方が優れているといった状況でした。
そして最後に、我々は現在のWeb利用の時代を迎えています。現在も進化を続けるこの領域についての総括は困難ですが、ここでは言語教育をコミュニケーションと位置づけたHallidayが指摘するfield、tenor、modeの3つの側面に、私からachievementという観点を付け加えて、Webと他のメソッドの相違点を見てみましょう。

  LL Audio-visual Web
field LL教室 マルチメディア教室 学習者が決定
tenor 教師が主役 学生の自発性重視へ 一般学習者
mode 音声 視聴覚 マルチメディア
achievement パターン習得 状況の中での記号生産 コントロール困難?

ご覧いただけるように、Web環境ではfieldやmodeは学習者の選択によって決定され、tenorの範囲も不透明です。またachievementについても、作った側に学習者のプロフィールがわからない、あるいは評価のための学習過程のコントロールが困難である等の問題点の発生が考えられます。すなわちWeb学習と従来の教材による学習との間には、本質的な断絶があるといえるでしょう。
以上の考察を踏まえれば、WBT教材で今後投資に見合うだけの効果を得るためには、統合的な言語研究あるいは言語観が教材開発技術と連携することがぜひとも必要となってきます。とはいえ、このような同時性・対面性がないことを前提とした学習環境においても、伝統的教授法で重視されてきた教師のイニシアティブを大いに活用した開発がなされるべきであることも付け加えておきたいと思います。

(東京外国語大学、外国語教育学会会長)

司会:続きまして3人の先生方より、各教育機関における外国語教育のIT化の取り組みについて報告いただきたいと思います。

CALLとTBL (Task Based Learning) /教員養成におけるCALLの扱い

境 一三

はじめに

 今回の報告では、教員養成においてCALLを扱う必要性、およびその背景となる日本のCALL研究の現状について述べた後、教職に必要なComputer Literacyとは何か、ひいては現代の外国語教育において目指すべきものとは何かを検討する。そして最後に、今後のCALLの展望について述べた上で、私自身の授業を例にコンピュータとドイツ語学習研究について報告する。

教員養成においてCALLを扱う必要性

  教員養成においてCALLを扱う必要性としては、まず現在、ICT(Information and Communication Technology)の進歩と外国語教育を巡る風景が急速に変化していることが挙げられる。すなわちインターネットの普及によって様々な「壁」が消失しつつあり、とりわけ教育現場においては、教室という「壁」が消失しつつある。インターネットにより、学習者はauthenticなソースに直接アクセスすることが可能になっている。母語話者が得ているのとまさに同じ媒体に到達することによって、いまや情報を得る行為がそのまま言語学習につながっている。言い換えれば、「いつか使うための勉強」ではなく、「現在情報を得るために必要な活動として使っている(=学習)」わけである。
 CALLを扱うもう一つの理由は、 日本のCALL設置状況が、残念ながら極めて貧困なものであるということである。問題は、受け入れ側の教員にCALLを利用する理論的根拠が希薄なために、与えられた予算の中で業者に設置の容易な方法で設備が選択されていることである。つまり外国語教員がコンピュータを使うならばどのような部屋が必要かというコンセプトのないままに、業者主体で設備がつくられている。しかし教室の具体的なレイアウトは本来、業者でも情報系の教師でもなく、現場の外国語担当教員の責務である。

日本のCALL研究の現状について

 日本のCALL研究は各国に比較して遅れているといわざるを得ない現状にある。CALL研究は本来、外国語教育学の一分野として明確に位置づけられなければならないにもかかわらず、残念ながら日本の大学院では、それらはいまだ教科として成立するには至っていない。またさまざまな学会でCALLの実践的な報告はあるものの、堅固な学問的な背景に支えられたものは少なく、この方面での理論化の作業は遅れている。こうした現状を改善するためには、大学院における教育の強化が急務である。一方ヨーロッパでは同分野は学問的領域としてすでに確立しており、毎年数多くの修士・博士論文が生産されている。わが国における問題は、実践者が40年にわたるCALLの歴史と理論を踏まえていないことにあるといえよう。
またさらに悲しむべきことは、CALLはいわゆる「お宅」の領域との感覚が拭い去られていないことである。実際、CALLに携わる教員の中には、コンピュータに向かうことは好きでも、学生の前で授業をすることは好まない者が少なくないこともやはり事実であり、こうした「お宅」からの脱却がぜひとも必要である。

教職に必要なComputer Literacyとは何か

 外国語を専攻とする学生には当然Computer Literacyが必要なわけだが、教職を取る学生にはさらに+αが要求されることになる。この際我々の考察の良い材料となるのが、ケンブリッジ大学で行われているCALLコースである。同コースは理論講義1時間、実践1時間を1セッションとして計15回のセッションから構成され、さらにその枠外で学生に課題としてプロジェクトが与えられる。セッションではFTP、HTMLなどのIT基盤技術に加え、Digital Video、Digital Audioといったコンテンツ作成のための技能も対象となっている。セッション最終部では、教材作成そのものにも目を開かせる内容も含まれてくる。
 では教職を取っている学生に、我々としてはどのようなことを教えねばならないのだろうか。まず20世紀の外国語教授法研究の歴史とCALLの歴史とは表裏一体の関係にあり、両者を平行して教える必要があることは言うまでもない。1960〜70年代の行動主義的CALLはAudio-Lingual Methodを基盤としており、80年代の認知主義的CALLはCommunicative Approachに基づいている。さらに現代CALLはinter-、multi-、trans-、pluri-culturalなどと形容される多様な言語学習の状況を背景とするものである。つまり外国語教育の歴史を学ぶということは、最終的には外国語教育学の最先端と切り結ぶということであり、そことCALLが切り離されていたのではCALL導入の意味がないと言わざるを得ない。

現代の外国語教育

 現代の外国語教育においては、言うまでもないことだが、第一には知識の獲得から言語運用能力獲得への重点の移動が重要である。そこではnegotiation of meaningが問題の中心となるため、Task-Based、Research-Based、Project-Basedといった活動が主体となるだろう。これらは一言で要約するならば、learning by doingと言うことができるものである。
 現代の外国語学習の今一つ重要な事項として、「学びを学ぶ」ことがあげられる。自分の学習に対するメタレベルの考察がぜひとも必要である。自分の置かれている学習状況について、歴史軸においても、同時代的な横軸においても位置づけをできるというのは重要なことである。つまり今自分が用いている教科書はどのようにしてできてきたのか、またなぜそれが用いられているのかを意識するべきなのである。さらに学習が教室で終わるのでなく生涯継続されるものであることを意識して、生涯にわたる学習計画を作る能力というのも、学校で獲得しなければならない最も重要な能力の一つになってくると考えられる。
 最後に重要な点として、「ことばを学ぶ」から「ことばで学ぶ」への移行があげられる。これはバイリンガル教育やimmersion教育と通低するものであるが、たとえば中等教育で言うならば、生物学を英語で学ぶ、地学をフランス語で学ぶといったことである。

21世紀のCALL

 日本のCALLの問題点として、ひとつには古いCALL観がいまだに支配的であるということが指摘できる。CALLといえばdrillであるとする見方、さらにはdril and killであるといった捉え方がそれである。またコンピュータを導入すれば学習者を管理できるという思想も大学をはじめさまざまな教育機関に大きく浸透していると考えられる。加えて、CALLの導入が人員削減、すなわち省力化につながるとの発想もいまだなくなっていない。このような旧来のCALL観からの脱却が必要である。
 次いで、新しいCALL観の確立が急務である。私の提案としては、そこではconstructivism、すなわち知識構成主義に基づく帰納的・発見的学習が中心となるべきである。さらにコミュニケーション活動すなわち言語学習との考え方から、さまざまなタスクを課すことが必要になる。その際タスクの材料はインターネット環境に無尽蔵に見出すことができるのだが、教員がこれらをどのように巧にデザインするかということが問題になってくる。
最後にCALLが発展を遂げた現在の反省として、対面授業の長所がCALL関連学会でも注目されるようになってきている。実際米国の企業E-learningなどでは多くの試みが失敗しているわけだが、そうした経験からは、人間と人間の交渉が欠落してしまったために生まれたさまざまな欠点が指摘されている。そこで現在のCALL研究において注目されてきているのはむしろBlended Learningの方法、すなわちWebで行う学習の部分と対面的に行う部分とをどのように組み合わせるかということに関する研究である。

コンピュータとドイツ語学習研究

 東京外国語大学で私の行っているドイツ語の授業は、教職選択者と被選択者との混成授業である。授業の進め方としては、教授法/学習法史を学んだ後、様々なauthoring wareを用い、一定の単元を想定してstand alone〜web環境での練習問題を作成し、発表させている。またconcordancerによるコーパス言語学の手法を利用しつつ、data-drivenな学習をいかにして行うかについても実体験する。task-based learningについても、ただやらせれば良いのでなく、ストラクチャーが必要であり、この点についてはWebQuestが課題として参考になっている。
こうした学習を行わせた結果、学生の評価としては、(1)教授法の歴史を学んだことにより、多様な学習ソフトにはそれぞれの理念が反映されていることが理解できた、(2)コンピュータによる学習は必ずしも独習には限られず、リサーチ型のグループワーク課題も可能であることを知った、(3)「教員のあり方」のみならず「学習者のあり方」についても考えることができたところにこの授業のポイントがあった、といった肯定的な評価が得られた。また一方で、(4)毎週の宿題が大きな負担だった、(5)どのソフトも扱う時間が短すぎて消化不良だった、(6)参加者間のPCスキルの差が授業進行にネックになっていた、といったネガティブな評価も見られた。

まとめ

 以上を簡単に総括すれば、まず(1)外国語教育学の一分野としてのCALL研究の確立がとりわけ大学院において急務となっていること、また(2)CALL環境の構築においては技術先行ではなく、教育の現場からの発想がもっとも重要であること、そして(3)教員養成プログラムの中にCALL研究を取り入れることは、学習環境としてのICTの普及を考えると自然であること、になるだろう。

(慶應義塾大学)

コンピュータを語学教育で利用することは価値があるのか?

山崎 吉朗

はじめに

発表の概略は次の通りである。
「このテーマに対する解答を出すために、学習効果を検証するシステムを構築した。そのシステムを使って行った実践、実験、検証について述べる。具体的には、従来の紙教材とコンピュータ教材との学習効果の比較検証、教材の作り方による学習効果の比較検証、電子黒板の利用による学習効果の検証についての事例報告である。」
本報告では、「情報教育と語学教育の融合」、「学習効果実験」、「電子黒板の利用」について述べ、さらに、会場からの質問を二つ取り上げる。

情報教育と語学教育の融合

2003年度から高校では「情報」という教科が必修となり(高校3年間で2単位)、今後も、ITを活用した情報教育は学校教育の中で大きな比重を占めていくことであろう。しかし、この情報教育は、情報教育のための情報教育ではなく、他の「何か」のための情報教育であることが大切であると私は考えている。そこで私が提唱したいのは、「外国語学習」のための情報教育である。
「情報教育」の媒体が日本語である必要はない。さまざまな言語習得と共に、「情報」を学習することもできる。私の行った具体的な例として、東京大学、早稲田大学、上智大学で行った授業事例について述べる。
まず、東京大学では授業の一部で電子メールを活用し、フランス語の作文の提出先を日本人の教員ではなく、フランス在住のnativeの教員にし、語学学習が単なる教室の中での学習ではないことを体験させた。学生の感想は好評で、ITを使い、単なる教室の中での作文ではなく、生の体験として、学んだ言語を活用できたという感想が多くを占めた。
早稲田大学と上智大学では、「外国語と情報科学」という授業で、多言語を一つのキーワードにして、授業を組み立てた。コンピュータは日本語と英語のためばかりにある訳ではない。マルチリンガルの環境を構築し、それを活用するための情報教育は、英語偏重の現在の中で必須のことであると考えている。授業では、多言語環境でのプレゼンテーション、ホームページ、さらにはJavaScriptやXML、WBT教材作成システムOPUS(プロマート社)を使った多言語の教材作成、辞書作りを演習した。講義要項を載せておく。
「コンピュータ、インターネットを、最新の情報を収集・発信するためのツールとして有効利用するため、英語以外の言語をいかに処理するかを中心に進める。講義と共に演習も行い、最終的にはフランス語、ドイツ語などの言語と日本語の混在した一つのホームページを完成する予定。実例としてはフランス語が中心となるが、西ヨーロッパ言語全体に応用可能。」
学生の最終レポートの一つを載せておく。趣旨がよく理解されている。
「多言語の表示方法ひとつでたくさんの世界が広がり、言語学習がより充実している人は私だけではないはずです。以前のわたしのように文字化けや特殊文字で悩んでいる人は、外国語を専攻している人の中にも、まだたくさんいます。コンピューター上での多言語の活用方法を教える教育の場が必要ではないのではないかとわたしは思います。簡単で短時間に外国語学習を充実させるツールの活用法を教えることは、外国語を学ぶ人にとってとても喜ばしいことだともいます。(2003年度受講者 外国語学部ドイツ語学科)」

学習効果実験

ITは果たして語学の学習に効果的なのか?また、効果があると考えて作成している教材の構成は学習効果に寄与しているのか?このような疑問を抱きつつ、漠然とした直感や感覚で行ってきた授業に、科学的な根拠を与えるために、学習効果を統計的に比較できるシステムをコンピュータ上で作成し、3年前から次の二つの実験に取り組んでいる。
(1) 「PC」と「紙」の教材の学習効果比較
(2) 関連する項目をまとめた演習と、教科書に出てきた順番のままで行う演習のどちらが学習効果を生むか
被験者全体をプレテストにより全く等質の二つの集団に分け、異なる演習を行うように指示し、同じ時間で演習をした後、最後にポストテスト行う。異なる演習による学習効果に違いがあるかどうかを、プレテスト、ポストテスト間の平均値の差異を分散分析によって検定するというものである。(1)の実験に関しては、大学生を対象にした実験と、中学3年生を対象にした。延べ人数は200名を超える。(2)の実験については現在も継続中であるが、中学3年生と高校2,3年生、大学生を対象にした実験を今までに行った。延べ人数は500名を超えている。
現段階では、いずれの実験についても、ここで簡単に述べることができるような結論は出ていないが、現在言えることは、演習している雰囲気がよいからと言って必ずしもそれが学習効果につながる訳ではないということ、また、教員として演習しやすいと考えるものが必ずしも学習者にとって効果的であるは言えないということである。

電子黒板の活用

最後に新しいメディアの活用について触れる。「電子黒板」の活用である。新しいメディアは魔法の箱のように喧伝されるが、果たして学習効果を生み出す要因となるのかどうかを検証した。
教育のIT化が進んでも、板書を学習者が書写することの教育的な意義が失われたわけではない。この伝統的な方法にITを取り入れることによる学習効果の有無を研究するために、電子黒板を使い、学習者の端末のディスプレーに板書を映し出すということが、どのような教育効果を生み出すかを検証した。学習者に対して行ったアンケートによれば、学習者は電子黒板を高く評価し、今後も使いたいと考えていることがわかった。また、能力別クラス編成で下位のクラスの授業だけに電子黒板を利用したところ、それを利用しなかった上位クラスと比べて、定期テストでの得点の向上度に有意な差があることがわかった。同じ定期テスト時に実施された他のテストと比較しても、電子黒板を利用した授業のテストの向上度が一番高く、電子黒板の使用が学習効果を高める一因であったということができる。
以下に具体的な内容について述べる

実施環境について

利用した環境及び人数
高1から高3までの80名を対象に、第一外国語として行っているフランス語の文法の授業で実施した。どの学年も週2回の授業で、約一ヶ月半、電子黒板を利用した授業を行い、終了後にアンケートを実施した。

教室設備
50台の端末(OSはNT4.0Workstation、ディスプレーは17インチ)がネットワークで接続され、教室管理システム(スカイメニュー)で、管理されている。

電子黒板のシステム
スカイデジタルクラス(スカイシンク社 http://www.skydigitalclass.com)を利用した。電子ペンを使って、画面に直説書き込むことができる他、デスクトップ画面をキャプチャーして、そこに書き込むことができる。授業は、電子黒板による板書を、個々の生徒のディスプレーに表示して行った。

学習効果の検証について
電子黒板を使った授業の受講者の中の一学年(25名)で行った。電子黒板利用のクラス(14名)、利用しないクラス(11名)の二つに分け、それぞれの学習効果について検証した。この2クラスはもともと学力別に分けられており、利用したクラスは下位のクラス(Bクラス)、利用しないクラスが上位のクラス(Aクラス)である。その年度の3回目のテストと4回目のテストの間の授業を、電子黒板を利用の授業とし、その二つのテストの間の差異、すなわち向上度を分散分析して、検証した。
その結果、二つのクラス間で有意な差が見られ、Bクラスの学習効果が高かった。さらに、電子黒板を使わないフランス語の授業、さらにはフランス語以外の世界史、国語の授業でも検証を行ったが、電子黒板を利用したフランス語の授業だけで、有意な差が生じた。電子黒板の利用は、下位のクラスにおいては学習効果を生み出すと言うことができる。
以下は授業の様子である。


Fig 1(授業の様子)           Fig 2(教員の書き込み)

会場とのやりとり

私の発表の中で、実験の結果ゲーム性の高いPC教材の学習効果は低いという発言をしたので、それに対する質問があり、学習効果実験で行ったデータに基づいた私見を示した。私の実験では、「ゲーム性の高いものは、演習しているのを見るととても楽しそうに見え、学習効果あるように見えるが、学習者自身の評価も、学習効果も高くなかった。ゲームの得点を高めることに終始し、学習内容を記憶できないというのが学習者の感想であった。」という結果になったことを報告した。
また、教材を教師自ら作った方がよいのではないかというの意見が出されたの対し、パネラー全体としては、業者任せではよい教材は作成できないし、コンテンツ作成には教員が深く関わるが、技術的な部分は専門家の領域にはとても達しないので、専門家と一緒に作成するのがよいという意見が中心であった。よいパートナーをみつけ、共同開発していくのが一番よい方向であろう。

おわりに

ITと外国語教育は今後も密接な関係を持っていくと思われるし、単にITの知識を有している教員が趣味的に利用するのではなく、誰でもが効果的に使っていけるための研究を進めていくべきだと考えている。そのためにも、今回のシンポジウムは意義があったと考えている。

(カリタス女子中学高等学校)

参考文献
YAMAZAKI, Y. (2001). L’utilisation de l’Internet et d’un intranet dans l’enseignement du francais, Paris: DIALOGUES ET CULTURES 42 ,FIPF.
山崎吉朗、大久保政憲、赤間啓之、藤川雄一、前田康成、田中幸子2000 『外国語教育と情報教育の共生(シナジー)に必要な媒介項目の検討』 文理シナジー学会誌、第四巻、第三号(10月号)
山崎吉朗、高田祐二、赤間宏之2000 『ネットワーク型学習システムOPUSを利用したフランス語文法教育』 コンピュータ&エデュケーション(CIE会誌 Vol. 10)
山崎吉朗、加藤浩 2003 『電子黒板を活用した語学教育の実践と成果研究』 2003 11 全国大会論文集(日本教育工学会)

CALL利用の外国語教育を効果的にする方策

前田 啓朗

はじめに

 本稿は,広島大学外国語教育研究センター(以下,センターと呼ぶ。)の取り組みと実状をもとに,いわゆるCALL設備を利用した外国語教育をより効果的に行うための提言を行うものである。

CALL設備とその用途

 CALLという言葉は広く認知されるようになってきたが,その定義や用途については幾分の揺らぎがあると思われる。それについて統一的な見解を求めることは難しいが,CALL設備の仕様を企画したり利用法を議論したりする際に,話がかみ合わなくなる点のひとつとして,CALL設備の用途が挙げられる。つまり,典型的な例として,
   ・授業内で,教師が用いる教具のひとつとして用いる
   ・授業外で,学習者が自学自習用の道具として用いる
という2点に示されるような考え方の方向性がある。
 ただし,前者として考える外国語教師(概して,授業内でCALL設備を利用した教育実践に意欲的な教師)は,動画像または音声の転送系や,課題の配布・回収機能,個々の授業内容に応じて高い自由度で作成できる教材プラットフォームなどに興味を示すという心象がある。一方,後者として考える外国語教師(もしくは,多くの外国語以外の教師など)は,自由度が低い(もしくは,自由度がない)市販のネットワーク型教材(や場合によってはスタンドアロン教材)を導入し,それが動作する環境さえ整えば大丈夫だと考える傾向があるように思われる。もちろん,両者に優劣や正誤があるというわけではない。しかし,CALL設備を議論する際にその用途をはっきりさせておくことは,重要であると考えられる。
 本学では広義の「CALL設備」について,「CALL教室」として授業でのみ使用する教室群と,「マルチメディアフロア」および「マルチメディア外国語自習室」として常時開放する自習用の設備とに分けて考えている。後者を本稿ではSALL(Self Access Language Learning)設備と表記する。このことによって,窓口の一元化や,スタンドアロン教材や資料の一括管理を可能にするだけでなく,「CALL教室」のメンテナンスや教師等による練習に充てることができる環境を提供している。

CALL設備を利用した教育の教育課程内での位置づけ

 中等教育以降の典型的な外国語教育の教育課程においては,ある学習者集団に対して,同一の履修基準,授業名,シラバス等が採用されており,学習者は複数のクラスに分割され,最大でクラス数と同じ数の教師が,その集団を担当することになる。
 その中で,CALL設備を利用することを,どのように位置づけるのか。高等教育ではこれを無視する習慣や看過してもよいという文化があるのかもしれないが,同一の教育課程において,同一の科目名で,同一の授業内容で,教具が著しく異なるというのは,中等教育段階までにおいては通常,許されざる問題である。したがって,たとえば高等学校では,稼働率は低くなろうとも選択科目だけで利用したり,コースや学科に限定して使用するなどしている場合もある。
 CALL設備を利用してもしなくても教育効果が変わらないのであれば,学習者に対する説明はつく。しかし,そのようにコストパフォーマンスが悪いものを導入する意味を主張しにくい。CALL設備を利用すれば教育効果が高まるのであれば,費用対効果の面では許容できても,「同一の」教育課程の中で学習者に対してどう説明するのか。大きな課題であろう。なにもかも画一的にすべきというだけでなく,多様性を保つことや,CALL設備を利用した外国語教育を受けるという機会を与えることは重要な意義があることは認めるが,CALL設備の導入やそれを利用した教育については,教育課程上の課題もあることを再確認したい。
 なお,この問題は本学でも継続して審議中であるが,現状では「CALL教室」の使用を希望する教員が,空き状況によっては使用できるという,複数クラス展開するうちの一部だけが「CALL教室」を利用し,他クラスは通常教室で授業を受けるという状態である。

CALL設備の維持運営体制

 インターフェイスや操作性は改善され続けているたとはいえ,限られた時間しかCALL設備を利用して授業を行わないために操作がわからなくなった場合や,新たにCALL設備を利用することになった場合など,操作上の問題が発生する場合がある。
 また,機器に障害は付き物であるために,突発的なトラブルが発生する場合もある。システムに問題が起きた場合には,担当の業者にそれを伝えればよいというものではない。教育活動に支障が出たままで数日間放置した後に,何かがおかしいという情報だけを手にした業者の担当者がやってきてから症状を確認しはじめる,などといったことがあると,それまでの授業には支障が残るままである。症状を整理し,再現するか確認し,原因の切り分け作業を行って障害の理由を同定し,回復可能であれば修復し,回復不可能であれば的確に症状や考えられる原因を担当業者に連絡し,助言を受けて対応を試みたり,最終的には来学するよう依頼したりすることが望ましい。
 それらに対処するために専従する教職員や,保守業者の常駐が不可欠となろう。操作上の問題や障害発生の対処というハードウェアやソフトウェアレベルの話題は外国語教育の専門性とは直結しないため,いわゆる「コンピュータに詳しい外国語の先生」に対して過剰な負担がかかるということは望ましくない。
 本学では,外国語教育研究センター(平成16年4月1日より,情報メディア教育研究センター外国語教育研究系を改組)の事務室に,職員を3名配置しており,CALL設備の簡単なメンテナンスや操作補助にあたるほか,センターの事務業務に携わっている。また,保守業者とも緊密に連携をとり,ほぼ即日の対応を受けることができる環境にある。

CALL設備を利用した教育における情報科との組織的な協力体制

 「CALLを使いたいけど,勤務校にはパソコン教室しかないのです」とは,耳にしがちな話である。いわゆる「情報」の授業で使う「パソコン教室」と,CALL設備とは,もちろん異なるが,どこまで異なるものであろうか。
 たとえば大容量の音声や動画の送受信については,典型的な「パソコン教室」はそれを想定して設計されていない。クライアントのソフト上で受信した音声を保存し,ドリル録音できるような音声系の配線もされておらず,ソフトウェアも導入されていない。ヘッドセットもなく,学習者どうしのランダムペア練習もできない。
 一方,ブラウザから動作させるネットワーク型教材や,プロジェクト型学習における情報検索については,まったく問題ない。簡単な音声再生であればヘッドホンを付加して済む場合もあるし,ヘッドホンを置いてOSにデフォルトで付随する機能(たとえば,Windowsのサウンド レコーダー)を用いて音声ファイルとして録音できる場合もある。
 そもそも素人目から見ると,いわゆる「パソコン教室」と「CALL教室」が分かれていること自体が不思議だ,という見方もある。CALLと呼ばれる市販システムは,どのような応用をするためにどのような機能が付加されているのか,単にコンピュータを並べてネットワークでつないだだけのパソコン教室や,加えて教師からのモニタ機能や課題配布・提出機能も備えたパソコン教室と比べて何が違うのか,理解したうえで必要な機能を整理する必要がある。極端な例であるが,DVDの映像を見せたいからCALLを導入しようとか,インターネットで情報検索させてエッセイを書かせたいけれどもどCALLに空きがなくでパソコン教室しか空いていないからあきらめるといったような理解不足は避けなければいけない。
 現状はまず設備ありきという状況も否めないと思われるが,「CALL教室」または「パソコン教室」の仕様を計画する段階において,いわゆる「外国語科」と「情報科」と共同で議論し,理想的な設備を考えることができるのではないかと思われる。
 本学のいわゆる「共通教育の情報の授業」は,すべてOSをLinuxとして行われ,「パソコン教室」はのOSはすべてLinuxである。市販のCALL設備のほとんどはWindowsベースであるため,デュアルブート形式のCALL設備を計画したが,それについてはまだ実現していない。ただし,「CALL教室」にはWindows系の統合アプリケーション等も導入しているため,コンピュータの操作を伴う情報の専門科目などにおいては,「CALL教室」が用いられている。

SALL設備を利用した外国語学習支援

 上述のように,SALL設備は常時開放しており,利用支援のためのスタッフを配置している。そこで使われる教材については,センターで毎年予算措置を行い,委員会で検討したうえで新規導入を行い,管理している。担当する教員の組織(部局や委員会)を明確にすることで,計画的な購入や運営が行いやすくなると考えられる。
 また,「学習支援室」として,端末室と同じフロアの別室において,時間を決めて教員または大学院生が待機しておき,質問を受け付ける制度を設けている。この学習支援室は,Webページ経由でも質問できるようにしており,自学自習を補完する教育支援システムとして位置づけられる。


CALL設備およびSALL設備で使用する教材の自主製作

 先述のように,CALL設備の用途には大きく2つの方向性がある。教材についても同様で,指導内容に即して柔軟的かつスポット的に用いられるものと,教材自体が固定的かつシラバス的であるものという,2つの方向性である。もちろん,中間的なケースも多々あるし,後者の一部をスポット的に用いることなどもあろう。
 コンピュータ上で利用する教材については,一部にSALL設備で利用できるスタンドアロン型の教材を導入しているものの,Web経由で学習を行うネットワーク型の教材が,管理面から主となっている。
 その中でも,自習や授業内で利用する教材を,自主制作する場合もある。このことに対しては,コストパフォーマンスの面から,否定的な見方をされる場合もある。しかし,教員の教材開発能力を一定水準に保ち,学生のニーズに合わせて機動的で柔軟な教材を提供するという目的において,自主制作を試みることは非常に重要であろう。

(広島大学・外国語教育研究センター)

司会:引き続きまして、東京外国語大学大学院の21世紀COEプログラム 「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」が現在開発中のモジュール型ウェブ教材、「TUFS言語モジュール」について、博士後期課程の院生諸君より報告いただきたいと思います。よろしくお願いします。

TUFS言語モジュールの開発とその応用
−発音・会話モジュールの設計および運用−

阿部 一哉・木越 勉・中田 俊介・結城 健太郎

1. はじめに

 「TUFS言語モジュール」は東京外国語大学21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」が2002年度以降開発を進めている多言語WBT教材である。その包括的な開発思想については昨年度大会シンポジウムにおいて紹介されたが、本稿では先行的に開発されている発音・会話モジュールの設計および運用状況について報告する 。発音モジュールは木越・中田が、会話モジュールは阿部・結城が担当した。

2. 発音モジュール

2.1.設計コンセプトと構成
 会話モジュール同様、発音モジュールにおいても開発各言語に横断的な枠組みが設定され、構成は大きく以下の3つのパートに分かれている。

パート1:「サバイバルのためにこれだけは」
パート2:「円滑なコミュニケーションのために」
パート3:「ネイティブ並の発音を身につけるために」

 各パートはおよそ10のユニットを含み、全体で約30項目を学習することになる。パート1ではコミュニケーション上不可欠と考えられる発音の「正確さ(accuracy)」、すなわち各種分節音の識別および産出ができるようになることを目的としている。中国語、ベトナム語など声調を有する言語にあっては、分節音と並んで各種声調の習得もここに含まれる。またパート1では、後続パートおよび他モジュール学習の基盤として、綴り字の習得をも達成目標としている。
 パート1が個々の分節音の発音を可能にさせるとするならば、パート2・3はアクセント・イントネーション等の韻律特徴を含む語、句、文単位の発音、すなわち「滑らかさ(fluency)」の習得を、目標として導入する。「滑らかさ」が、聞き手に理解可能な伝達のためには、「正確さ」に劣らず不可欠な要素であることは、近年の各国外国語教育における言語能力評価においても共通の基盤認識となりつつあるが(和田他2004)、その一例として欧州評議会によるThe Common European Framework of Reference for Languages (CEF)を挙げることができる(Conseil de l’Europe, 2001)。同枠組みは音韻的能力(phonological competence)として、以下の4つの項目の識別と産出を想定している(ibid. pp.91-92)。

−音素およびその異音
−それらの弁別素性
−語の音声学的構成(音節構造、音素配列、語アクセント等)
−文の韻律特徴(文のアクセント・リズム、イントネーション、弱化、同化、省略等)

 発音モジュールとの対応では、「正確さ」の項目である前半2つを主にパート1が担い、「流暢さ」のスキルである後半2つはパート2および3において学ぶことになる。個別言語的特徴に従って項目の順序に若干の異同はあるが、文以上の単位の韻律特徴や音連続の習得は共通して主にパート3が対象としている。
 各パートに含まれる複数の項目(ユニット)は、おのおの「解説」「練習問題」「練習問題解説」の3つから成り立っている。「解説」では綴り字への音声リンクにより文字と音との対応の効率的習得を図り、必要な場合には動画やピッチ曲線図による調音方法の例示を取り入れている。また母語(日本語)の類似音や混同しやすい音との比較を通じ、各音を相互の関連の中で音韻体系として習得することを目指している。
 「練習問題」では、識別・産出の両側面においてパターンの多様化を図った。具体的には、2つの音の異同を答える(識別)、音の種類を答える(同定)、音の綴り字を答える(文字との対応)、アクセントの位置や種類、イントネーションの型を答える(韻律特徴)、などである。発音練習に用いる語彙としては、数字や月・週の名前、挨拶などの基本語彙を優先的に選択している。また韻律特徴の習得に際しては、詩や散文、歌など文以上の発話単位による素材を取り入れた。

2.2.運用状況と今後の課題
2003年6月以降の外部公開に先立ち、東京外国語大学の各言語専攻クラスにおいて内部試用期間を設け、使用した学生に対して評価シートによるアンケート調査を順次行っている。それら学習者評価の分析結果、ならびに教材効果の測定に基づく教材評価とその今後の開発へのフィードバックが目下の課題となっている。とりわけ練習問題の拡充、およびさらなるマルチメディア性の活用による操作性の改良を進めていく予定である。

3. 会話モジュール

本節では,会話教材としての位置づけにある「会話モジュール」について,1.概要,2.特色,3.今後の開発の方針を述べる。

3.1.概要
 会話モジュールは,各言語での会話学習用のマルチメディアWeb教材である。各言語での会話モジュールは「教室用ページ」「学習用ページ」に分かれている。
 「教室用ページ」とは、一枚の画面に,動画を再生したり文字の表示を切り替えたりといったさまざまな機能を詰め込んだページである。ここではダイアログの映像を学習言語の字幕つきで流し,その横に日本語に訳された台本を表示するといった操作が可能になっている。ただし「教室用ページ」では,教材を使って何をどのように学習するのか,という「学び方」についての説明は全くない。したがって、教師が教室でプロジェクターなどを使って説明しながら教材を提示するのにより適していると言える。
 一方「学習用ページ」のねらいは,教材の各「部品」を複数枚の画面にわたって特定の順序で提示することで学習方法をコントロールし,各学習者のニーズに応えることである。ニーズには「学習モデル」という概念が対応する。例えば,「聞く・話す」という学習モデルでは,順番に,映像を流し,訳を見て内容を把握し,一文ずつ発音練習をし,最後に発言者の一人になりきってロールプレイ学習を行う。丁寧な指示文により,自習に適した設計になっている。

3.2 特色
 会話モジュールの特色について2点述べる。

3.2.1 データと提示方法の分離
 概要で述べたように、40の会話を「教室用ページ」「学習用ページ」という設計の異なるページで学習することができる。これは,会話データとその提示方法を分離することで可能になっている。すでに述べたように,現在利用可能な2つの「ページ」は異なる用途に対応している。新たに別の用途―例えばWeb上の教材を印刷して製本する,などといった用途が生じた場合でもすばやい対応が可能である。また外国語教育の観点から見れば,同じデータでも教師や学習者によって異なる教授法・学習法を採用したい場合が当然あるだろう。データと提示方法の分類とは、その文脈で読み替えれば教材と教授方法の分離ということになる。会話モジュールの設計は,外国語教育の現場での,様々な利用者のニーズへの対応を可能にしている。

3.2.2 機能シラバス
 教材の軸となる会話テキストは,「挨拶をする」「あやまる」といった,一般的な表現意図に対応した言語形式が各言語に存在するという仮説に従って作成されている。
形式面から考えると,当該の形式によって表現される表現意図とは,当該の形式が担う「機能」と呼ぶことができる。このような観点からの教材シラバスのデザインは「機能シラバス」と呼ばれる(Wilkins1976)。会話モジュールはこの機能シラバスを修正したものを基礎に据えている(この点についての議論は長沼2004を参照)。   
 会話作成の工夫としては,会話の軸となる機能を担う表現をめぐって会話の論理的整合性を保つよう配慮した。例えば、作成者と別の校正担当者に批判的な分析を依頼し,その結果を反映した修正作業を数回行っている。

4. 今後の開発の方針

 以下今後の開発方針について3点述べる。

・ユーザーフレンドリーなGUIへの改善
 GUI(Graphical User Interface)とは, Webページなどの「使い勝手」のことである。まだボタンの位置や大きさによっては,そのボタンを押すと何が起こるのかわからないものもある。これは定期的なページ設計のマイナーチェンジによって解決していかなければならない問題である。

・e-Learningシステムへの組み込み
 TUFS言語モジュールは現在,Web教材の使用者とコンテンツを管理する大規模なe-Learningシステムの開発に着手している。このシステムへの組み込み・統合を視野に入れた会話モジュール設計の見直しが必要になるだろう。

・会話テキストの見直し
 すでに述べたように会話モジュールでは使用者評価をアンケートという形で取りまとめ,分析を行っている。その分析結果を反映した,会話テキストの追加や作り直しといった作業を行うことにより,より効果的な教材が作成されることになる。

(東京外国語大学博士後期課程)

参考文献
Conseil de l’Europe (Conseil de la cooperation culturelle, Comite de l’Education) (2001): Cadre europeen commun de reference pour les langues: apprendre, enseigner, evaluer, Division des Langues Vivantes, Strasbourg.
Wilkins, D.A. (1976): Notional Syllabuses: a new approach to language teaching. London: Collins ELT.
長沼君主 (2004): 「TUFS言語モジュールにおけるシラバスデザイン」, 『言語情報学研究報告2 言語学・応用言語学・情報工学』,川口裕司,峰岸真琴編,21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」,東京外国語大学地域文化研究科, pp.111-119.
和田朋子・長沼君主・田中敦英(2004): 「言語能力の発達段階の記述について」, 『言語情報学研究報告2 言語学・応用言語学・情報工学』, 川口裕司・峰岸真琴編, 21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」, 東京外国語大学地域文化研究科, pp.95-110.


自由討論

司会:それではただいまより自由討論に移りたいと思います。まず報告者の皆さんから、先ほどの内容について補足などありましたらお願いいたします。
境:いくつかの大学でのCALLの設計に関わってきて、結局のところ、理想的なCALL環境とは、授業の中に半ば強制的にコンピュータを導入するということではなく、利用したいと考える教員がいつでも利用可能な状況を作り上げておくことだと思いました。
山崎:CALL環境については、私も境先生と同感です。これまで私が常に考えてきたのは、語学教育に何とかして科学性を持ち込むことはできないかということでした。また同時に、コンピュータ教材が果たして本当に効果があるのか、その裏づけを得たいと考えてきました。CALL教材についても同様に思います。
前田:CALLと対面授業の兼ね合いについてですが、両者を組み合わせて実践している大学があります。たとえば広島市立大学では、CALLを利用した訓練科目を実施する一方で、少人数による指導科目を別途行っています。教材についてですが、これからの教材は障害者の方を含めた教材作りが必要になろうかと思います。

コンテンツとプログラミング

司会:ありがとうございました。それでは次に、会場から自由に質問をいただきたいと思います。
峯:英語とIT関連の会社をやっております。アメリカでの教育実践の経験から申し上げますと、日本でも業者任せではなく、できれば教員の方がソフト開発に関わることが重要ではないかと思います。
司会:これからは教員の側にもITの知識が要求されるという貴重なご意見でした。
野田:実際に教員と業者が協力している例もあると思いますが・・・
山崎:教材作成においては確かに業者と連携していますが、プログラム開発はプログラマーと教員では、あまりに技量に違いがあり、教員はやはりコンテンツ開発に力量を発揮するのが望ましいと思います。
境:山崎先生のご意見に賛成です。しかしその場合でも、専門家と最低限話しあえるだけの知識が必要です。それがあって、初めて、前田先生のおられる広島大学あるいは広島市立大学のような、第一級のCALL環境が実現されるのだと思います。広島市立大学の場合には、近くに親しいプログラマーがおられたということもあります。いずれにせよ最も望ましいのは、プログラマと緊密な関係を持つことだと思います。
司会:TUFS言語モジュールの開発手法について、阿部君から簡単に説明をお願いします。
阿部:東京外大博士後期課程の阿部です。TUFS言語モジュールの開発では、専属のプログラマーが2名おり、その方々と院生たちが緊密な関係を築きながら、開発が行われています。
司会:以上をまとめますと、プログラマーと話しあうことのできるIT知識をもった若い研究者たちが、これからの外国語教育を担っていくのであろうということになります。
野田:参考までに、ちょっとお聞きしたいのですが、どうやって大学がプログラマーの方を見つけるのでしょうか。
司会:TUFS言語モジュールの開発では、派遣業者からの派遣社員という形態をとっています。こちらが要求するプログラマーの仕様書を作成し、それにみあったプログラマーが派遣されてきます。

IT化と学習効果

萩野:山崎先生のご報告の中に、ゲーム感覚の練習が必ずしも学習効果があがっていないというお話がありました。それは他の練習と同等の効果にとどまったということなのでしょうか、あるいは他の練習よりも劣っていたということでしょうか。また、その原因はどのようなことだとお考えですか。
山崎:たとえば慶応義塾大学の学生と共同で開発しました練習の場合がそうです。4つの絵の中から適当なものを選択するという問題でした。音が出て面白いゲームで、学生も楽しそうでしたが、同じ練習を紙で行った場合と比較したところが、紙媒体のほうが高得点でした。
萩野:それは語彙の練習でしょうか。
山崎:フランス語でしたので男性名詞と女性名詞とか、発音の違いなどを絵が出てきて答える練習でした。
馬場:質問というよりは意見といえるかもしれませんが、教育実践と研究について、それぞれあります。まず教育実践に関してですが、東京学芸大学では、本年の4月よりノートパソコンを必携化しました。その結果、従来の重装備のCALL教室のほかに、軽装備のパソコンの利用を考える必要が出てきました。コンピュータは使う必要のあるときに使うという先ほどの境先生のお考えに同調いたしました。さて、研究面についてですが、これからは2つの点が重要になると考えます。1つは学習効果の検証です。単語の学習ソフト1つをとっても、その効果というのは、まだまだわかっていないことが多いと思います。もう1つは学習プロセスです。生徒の頭の中で何が起きているのかです。これは第二言語習得の専門家との連携が必要になるでしょう。それによって、より効果的な学習とは何かを考えることができるのではないでしょうか。

学習プロセスの研究

司会:学習効果と学習プロセスの研究の必要性が述べられました。後者について、学習プロセスの研究を共同で行っているような事例がありましたら、ご紹介ください。
前田:広島大学について申し上げます。おそらく学習プロセスの研究までは、まだ手が回っていないように思います。CALLの専門家と第二言語習得や教育心理学の専門家との連携はそれほど進んでいないようです。
山崎:学習プロセスの研究とは直接に関係がないかもしれませんが、ISM構造化法というのがあります。この仮説に基づいて、ものを構造化することが学習効果を高めるかどうかを検証する研究を行ったことがあります。結論から申しますと、そうした構造化がどのように頭の中に組み込まれているのかを、外から見えるような形にするというのは非常に難しいと感じました。今はむしろ脳科学の研究と学習効果との関連性などに興味があります。
境:大脳生理学との関連でも興味深い研究があるように思います。またヨーロッパやアメリカでは、CALLを利用した学習プロセスの研究が行われてきています。
司会:予定の時間が近づいてまいりましたので、最後にどなたか質問がありましたら、お願いします。
秋田:私も脳生理学をからめた研究に興味があります。外国語習得とは、その言語を母語とする人と同じ環境を脳の中に実現することであろうと考えます。その環境ができたかどうか検証できるようになれば、外国語習得の効果も分かるのではないかと思います。また最近の音声認識の技術なども、学習効果を高めるうえで重要ではないでしょうか。
境:大脳生理学は専門ではありませんが、おそらく母語と同じような神経ネットワークを実現するというのは無理だと考えます。それにできるだけ近いネットワークを周辺部に構築することが可能だと思います。音声認識についてですが、確かに皆実装させたいと考えていますが、たいへん費用がかかるため実現できていないのが実情のようです。
山崎:音声認識ですが、7・8年前にアメリカで盛んであったようです。英語は開発されましたが、フランス語はなかなか実現できていないということを聞きました。もう10年以上も前のことです。娘がフランス語の音声認識ソフトを使っていて、なかなか「バナナbanane」という単語を認識させることができませんでした。ところが、そのとき横で犬がワンと吠えたところ、「Bravo!」と答えたのです。いったい何を認識しているのだろうと思いました。(笑い)

まとめ

司会:自由討論を「一同笑い」で締めることができました。山崎先生、ありがとうございました。さて、最後に本日のシンポジウムのまとめをしておかなければなりません。月並みな総括になりそうですが、まず、外国語教育のIT化においては、単にコンピュータの台数を増やすのでなく、必要に応じて、IT機器を自由かつ容易に利用できる環境を整えることが重要になります。そして実際には、CALLの授業と対面授業のバランスをとりながら、より自然なかたちで外国語を学習できるようにすることが大切です。近年では重装備のCALLだけでなく、軽装備のパソコンの利用もクローズアップされているとの指摘がありました。IT教材については、外国語教員がプログラマーと連携をとりながら開発することが理想的です。そしてITを利用した外国語教育が、通常の語学教育とくらべて学習効果があるのかどうかを分析し、第二言語習得の専門家と協力しつつ、学習プロセスを研究する必要があります。慶応義塾大学、カリタス女子中学高等学校、広島大学を例にとり、外国語教育のIT化の現状を見つめ直すことで、様々な課題を再確認できたことは、大変有意義であったと思います。報告者の皆様、本日はありがとうございました。

(原稿作成・校正 中田俊介・川口裕司)