外国語教育学会 第7回大会 本ページの内容を引用される場合は 『外国語教育研究7』外国語教育学会編、 2004年、pp105-131 という出典を明らかにしてください。© 2004 外国語教育学会 (JAFLE) 。 |
司会:昨今、CALLやWBTといったIT技術を利用した外国語教育が注目されています。しかしこうした外国語教育の先端化によって、ほんとうに外国語学習は身近になり、効率的で、容易なものになっているのでしょうか。想像を超えるスピードで発展しつつあるIT環境を前に、私たちは今一度、歩みを止めて、現状と将来の方向を見極めておく必要があるのではないでしょうか。本日のシンポジウムでは、国内における外国語教育のIT化の取り組みを紹介しつつ、その現状と課題を明らかにしたいと思います。 |
はじめに 野田 哲雄 かつて、メディアデバイスが今日のような発展を遂げる以前は、外国語教育の現場で実際の学習言語に触れる機会は極めて限られていました。カセットテープの登場は外国語学習をずいぶん便利なものにしました。やがてカセットを利用した、いわゆる「LL教室」が教育機関で広汎に利用されるようになりましたが、その後ビデオ、DVD、PCネットワークなど、デジタル技術の向上と共にマルチメディア機器が進化する過程でLL教室も姿を消し、新たな設備の導入が進められています。それは我が東京学芸大学においても同様ですが、新たな設備はむろん今までのLL設備では十分ではなく、PCネットワークを中心としたLLが前提となっていることはいうまでもありません。 (東京学芸大学、外国語教育学会副会長) |
基調講演 外国語教授法の変遷とメディアツールの可能性 富盛 伸夫 ここでは後の具体的・実践的な報告への導入として、これまでに開発された様々な教授法とその問題点について、とりわけ各種メディア利用との関連において、私見を交えながらお話できればと思います。さて野田先生も先ほど言及されたLL教室ですが、それらはいまや各教育機関においても設備が陳腐化し、扱いに困っていると聞くことが多いわけです。東京外国語大学では新キャンパスへの移転がきっかけとして幸いし、旧来のLLからPCネットワーク設備への刷新が比較的容易に実現されました。しかし、新キャンパスを全IT化すべくレベルを1から4に設定し、レベル4としてはいわゆるユビキタス環境を構想したものの、予算の制約から旧来LL水準のレベル1環境区域が増える結果となり、本学も同様の悩みを抱えていることに変わりはありません。
ご覧いただけるように、Web環境ではfieldやmodeは学習者の選択によって決定され、tenorの範囲も不透明です。またachievementについても、作った側に学習者のプロフィールがわからない、あるいは評価のための学習過程のコントロールが困難である等の問題点の発生が考えられます。すなわちWeb学習と従来の教材による学習との間には、本質的な断絶があるといえるでしょう。 司会:続きまして3人の先生方より、各教育機関における外国語教育のIT化の取り組みについて報告いただきたいと思います。 |
CALLとTBL (Task Based Learning) /教員養成におけるCALLの扱い 境 一三 はじめに 今回の報告では、教員養成においてCALLを扱う必要性、およびその背景となる日本のCALL研究の現状について述べた後、教職に必要なComputer Literacyとは何か、ひいては現代の外国語教育において目指すべきものとは何かを検討する。そして最後に、今後のCALLの展望について述べた上で、私自身の授業を例にコンピュータとドイツ語学習研究について報告する。 教員養成においてCALLを扱う必要性 教員養成においてCALLを扱う必要性としては、まず現在、ICT(Information and Communication Technology)の進歩と外国語教育を巡る風景が急速に変化していることが挙げられる。すなわちインターネットの普及によって様々な「壁」が消失しつつあり、とりわけ教育現場においては、教室という「壁」が消失しつつある。インターネットにより、学習者はauthenticなソースに直接アクセスすることが可能になっている。母語話者が得ているのとまさに同じ媒体に到達することによって、いまや情報を得る行為がそのまま言語学習につながっている。言い換えれば、「いつか使うための勉強」ではなく、「現在情報を得るために必要な活動として使っている(=学習)」わけである。 日本のCALL研究の現状について 日本のCALL研究は各国に比較して遅れているといわざるを得ない現状にある。CALL研究は本来、外国語教育学の一分野として明確に位置づけられなければならないにもかかわらず、残念ながら日本の大学院では、それらはいまだ教科として成立するには至っていない。またさまざまな学会でCALLの実践的な報告はあるものの、堅固な学問的な背景に支えられたものは少なく、この方面での理論化の作業は遅れている。こうした現状を改善するためには、大学院における教育の強化が急務である。一方ヨーロッパでは同分野は学問的領域としてすでに確立しており、毎年数多くの修士・博士論文が生産されている。わが国における問題は、実践者が40年にわたるCALLの歴史と理論を踏まえていないことにあるといえよう。 教職に必要なComputer Literacyとは何か 外国語を専攻とする学生には当然Computer Literacyが必要なわけだが、教職を取る学生にはさらに+αが要求されることになる。この際我々の考察の良い材料となるのが、ケンブリッジ大学で行われているCALLコースである。同コースは理論講義1時間、実践1時間を1セッションとして計15回のセッションから構成され、さらにその枠外で学生に課題としてプロジェクトが与えられる。セッションではFTP、HTMLなどのIT基盤技術に加え、Digital
Video、Digital Audioといったコンテンツ作成のための技能も対象となっている。セッション最終部では、教材作成そのものにも目を開かせる内容も含まれてくる。 現代の外国語教育 現代の外国語教育においては、言うまでもないことだが、第一には知識の獲得から言語運用能力獲得への重点の移動が重要である。そこではnegotiation
of meaningが問題の中心となるため、Task-Based、Research-Based、Project-Basedといった活動が主体となるだろう。これらは一言で要約するならば、learning
by doingと言うことができるものである。 21世紀のCALL 日本のCALLの問題点として、ひとつには古いCALL観がいまだに支配的であるということが指摘できる。CALLといえばdrillであるとする見方、さらにはdril
and killであるといった捉え方がそれである。またコンピュータを導入すれば学習者を管理できるという思想も大学をはじめさまざまな教育機関に大きく浸透していると考えられる。加えて、CALLの導入が人員削減、すなわち省力化につながるとの発想もいまだなくなっていない。このような旧来のCALL観からの脱却が必要である。 コンピュータとドイツ語学習研究 東京外国語大学で私の行っているドイツ語の授業は、教職選択者と被選択者との混成授業である。授業の進め方としては、教授法/学習法史を学んだ後、様々なauthoring
wareを用い、一定の単元を想定してstand alone〜web環境での練習問題を作成し、発表させている。またconcordancerによるコーパス言語学の手法を利用しつつ、data-drivenな学習をいかにして行うかについても実体験する。task-based
learningについても、ただやらせれば良いのでなく、ストラクチャーが必要であり、この点についてはWebQuestが課題として参考になっている。 まとめ 以上を簡単に総括すれば、まず(1)外国語教育学の一分野としてのCALL研究の確立がとりわけ大学院において急務となっていること、また(2)CALL環境の構築においては技術先行ではなく、教育の現場からの発想がもっとも重要であること、そして(3)教員養成プログラムの中にCALL研究を取り入れることは、学習環境としてのICTの普及を考えると自然であること、になるだろう。 (慶應義塾大学) |
コンピュータを語学教育で利用することは価値があるのか? 山崎 吉朗 はじめに 発表の概略は次の通りである。 情報教育と語学教育の融合 2003年度から高校では「情報」という教科が必修となり(高校3年間で2単位)、今後も、ITを活用した情報教育は学校教育の中で大きな比重を占めていくことであろう。しかし、この情報教育は、情報教育のための情報教育ではなく、他の「何か」のための情報教育であることが大切であると私は考えている。そこで私が提唱したいのは、「外国語学習」のための情報教育である。 学習効果実験 ITは果たして語学の学習に効果的なのか?また、効果があると考えて作成している教材の構成は学習効果に寄与しているのか?このような疑問を抱きつつ、漠然とした直感や感覚で行ってきた授業に、科学的な根拠を与えるために、学習効果を統計的に比較できるシステムをコンピュータ上で作成し、3年前から次の二つの実験に取り組んでいる。 電子黒板の活用 最後に新しいメディアの活用について触れる。「電子黒板」の活用である。新しいメディアは魔法の箱のように喧伝されるが、果たして学習効果を生み出す要因となるのかどうかを検証した。 実施環境について 利用した環境及び人数 教室設備 電子黒板のシステム 学習効果の検証について 会場とのやりとり 私の発表の中で、実験の結果ゲーム性の高いPC教材の学習効果は低いという発言をしたので、それに対する質問があり、学習効果実験で行ったデータに基づいた私見を示した。私の実験では、「ゲーム性の高いものは、演習しているのを見るととても楽しそうに見え、学習効果あるように見えるが、学習者自身の評価も、学習効果も高くなかった。ゲームの得点を高めることに終始し、学習内容を記憶できないというのが学習者の感想であった。」という結果になったことを報告した。 おわりに ITと外国語教育は今後も密接な関係を持っていくと思われるし、単にITの知識を有している教員が趣味的に利用するのではなく、誰でもが効果的に使っていけるための研究を進めていくべきだと考えている。そのためにも、今回のシンポジウムは意義があったと考えている。 (カリタス女子中学高等学校) 参考文献 |
CALL利用の外国語教育を効果的にする方策 前田 啓朗 はじめに 本稿は,広島大学外国語教育研究センター(以下,センターと呼ぶ。)の取り組みと実状をもとに,いわゆるCALL設備を利用した外国語教育をより効果的に行うための提言を行うものである。 CALL設備とその用途 CALLという言葉は広く認知されるようになってきたが,その定義や用途については幾分の揺らぎがあると思われる。それについて統一的な見解を求めることは難しいが,CALL設備の仕様を企画したり利用法を議論したりする際に,話がかみ合わなくなる点のひとつとして,CALL設備の用途が挙げられる。つまり,典型的な例として, CALL設備を利用した教育の教育課程内での位置づけ 中等教育以降の典型的な外国語教育の教育課程においては,ある学習者集団に対して,同一の履修基準,授業名,シラバス等が採用されており,学習者は複数のクラスに分割され,最大でクラス数と同じ数の教師が,その集団を担当することになる。 CALL設備の維持運営体制 インターフェイスや操作性は改善され続けているたとはいえ,限られた時間しかCALL設備を利用して授業を行わないために操作がわからなくなった場合や,新たにCALL設備を利用することになった場合など,操作上の問題が発生する場合がある。 CALL設備を利用した教育における情報科との組織的な協力体制 「CALLを使いたいけど,勤務校にはパソコン教室しかないのです」とは,耳にしがちな話である。いわゆる「情報」の授業で使う「パソコン教室」と,CALL設備とは,もちろん異なるが,どこまで異なるものであろうか。 SALL設備を利用した外国語学習支援 上述のように,SALL設備は常時開放しており,利用支援のためのスタッフを配置している。そこで使われる教材については,センターで毎年予算措置を行い,委員会で検討したうえで新規導入を行い,管理している。担当する教員の組織(部局や委員会)を明確にすることで,計画的な購入や運営が行いやすくなると考えられる。 先述のように,CALL設備の用途には大きく2つの方向性がある。教材についても同様で,指導内容に即して柔軟的かつスポット的に用いられるものと,教材自体が固定的かつシラバス的であるものという,2つの方向性である。もちろん,中間的なケースも多々あるし,後者の一部をスポット的に用いることなどもあろう。 (広島大学・外国語教育研究センター) 司会:引き続きまして、東京外国語大学大学院の21世紀COEプログラム 「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」が現在開発中のモジュール型ウェブ教材、「TUFS言語モジュール」について、博士後期課程の院生諸君より報告いただきたいと思います。よろしくお願いします。 |
TUFS言語モジュールの開発とその応用 阿部 一哉・木越 勉・中田 俊介・結城 健太郎 1. はじめに 「TUFS言語モジュール」は東京外国語大学21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学拠点」が2002年度以降開発を進めている多言語WBT教材である。その包括的な開発思想については昨年度大会シンポジウムにおいて紹介されたが、本稿では先行的に開発されている発音・会話モジュールの設計および運用状況について報告する 。発音モジュールは木越・中田が、会話モジュールは阿部・結城が担当した。 2. 発音モジュール 2.1.設計コンセプトと構成 パート1:「サバイバルのためにこれだけは」 各パートはおよそ10のユニットを含み、全体で約30項目を学習することになる。パート1ではコミュニケーション上不可欠と考えられる発音の「正確さ(accuracy)」、すなわち各種分節音の識別および産出ができるようになることを目的としている。中国語、ベトナム語など声調を有する言語にあっては、分節音と並んで各種声調の習得もここに含まれる。またパート1では、後続パートおよび他モジュール学習の基盤として、綴り字の習得をも達成目標としている。 −音素およびその異音 発音モジュールとの対応では、「正確さ」の項目である前半2つを主にパート1が担い、「流暢さ」のスキルである後半2つはパート2および3において学ぶことになる。個別言語的特徴に従って項目の順序に若干の異同はあるが、文以上の単位の韻律特徴や音連続の習得は共通して主にパート3が対象としている。 2.2.運用状況と今後の課題 3. 会話モジュール 本節では,会話教材としての位置づけにある「会話モジュール」について,1.概要,2.特色,3.今後の開発の方針を述べる。 3.1.概要 3.2 特色 3.2.1 データと提示方法の分離 3.2.2 機能シラバス 4. 今後の開発の方針 以下今後の開発方針について3点述べる。 ・ユーザーフレンドリーなGUIへの改善 ・e-Learningシステムへの組み込み ・会話テキストの見直し (東京外国語大学博士後期課程) 参考文献 |
自由討論 司会:それではただいまより自由討論に移りたいと思います。まず報告者の皆さんから、先ほどの内容について補足などありましたらお願いいたします。 コンテンツとプログラミング 司会:ありがとうございました。それでは次に、会場から自由に質問をいただきたいと思います。 IT化と学習効果 萩野:山崎先生のご報告の中に、ゲーム感覚の練習が必ずしも学習効果があがっていないというお話がありました。それは他の練習と同等の効果にとどまったということなのでしょうか、あるいは他の練習よりも劣っていたということでしょうか。また、その原因はどのようなことだとお考えですか。 学習プロセスの研究 司会:学習効果と学習プロセスの研究の必要性が述べられました。後者について、学習プロセスの研究を共同で行っているような事例がありましたら、ご紹介ください。 まとめ 司会:自由討論を「一同笑い」で締めることができました。山崎先生、ありがとうございました。さて、最後に本日のシンポジウムのまとめをしておかなければなりません。月並みな総括になりそうですが、まず、外国語教育のIT化においては、単にコンピュータの台数を増やすのでなく、必要に応じて、IT機器を自由かつ容易に利用できる環境を整えることが重要になります。そして実際には、CALLの授業と対面授業のバランスをとりながら、より自然なかたちで外国語を学習できるようにすることが大切です。近年では重装備のCALLだけでなく、軽装備のパソコンの利用もクローズアップされているとの指摘がありました。IT教材については、外国語教員がプログラマーと連携をとりながら開発することが理想的です。そしてITを利用した外国語教育が、通常の語学教育とくらべて学習効果があるのかどうかを分析し、第二言語習得の専門家と協力しつつ、学習プロセスを研究する必要があります。慶応義塾大学、カリタス女子中学高等学校、広島大学を例にとり、外国語教育のIT化の現状を見つめ直すことで、様々な課題を再確認できたことは、大変有意義であったと思います。報告者の皆様、本日はありがとうございました。 (原稿作成・校正 中田俊介・川口裕司) |