『外国語教育研究』(JAFLE BULLETIN)
第18号(2015年11月1日)
論文タイトルからレジュメにリンクします
●論文

語彙学習ストラテジー使用の変化に関する研究
大学入学前後で学習環境・学習目標が変化した学習者を対象に

山本 大貴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 1-15

東ティモールにおける英語教育の現状―大学とNGOが担う役割とは―
麻生 久美子、等々力 けい子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 16-34


●研究ノート

有標性から見た初期学習者の産出する補文
特にオランダ語の補文標識と構成要素順序に注目して

川村 三喜男・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 35-49

韓国語能力試験〈初級〉における語彙・文法問題
――その現状と改めるべき方向――

高 槿旭・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 50-67

ポルトガル語学習者の中間言語分析
Computer-aided Error Analysisを用いて

山田 将之・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 68-83

デジタルゲームの日本語-公式サイトにおける使用語の特徴と傾向-
野口 芙美・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 84-102

クリッカーを用いたスペイン語関連科目授業の実践報告
結城 健太郎、白澤 秀剛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 103-113

日本人学習者によるフランス語母音の習得
-IPFC学習者中間言語コーパスの音響分析を通じて-

中田 俊介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 114-131

アラビア語初級学習者に対する
「名詞+形容詞」と「名詞+名詞」との教授方法

榮谷 温子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 132-143

●外国語教育学会2012年度シンポジウム

シンポジウム  外国語教育における学習者のニーズと動機づけ                               

 司会 黒澤 直俊

144

フランス語教育における学習者のニーズと動機づけ
杉山 香織・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 145-153

日本語教育における学習者のニーズと動機づけ
鈴木 綾乃・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 154-161

自由討論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 162-171

●書評  

La comparaison et son expression en français, Catherine Fuchs, Editions Ophrys, 2014, .207p.
秋廣 尚恵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 172-176

2014年度 第18回大会・シンポジウム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 177-180

名誉会長、学会役員・外国語教育学会規約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 181-182

『外国語教育研究』 投稿規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 183

編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 184

編集後記

  『外国語教育研究』の第18号をお届けします。今回は、論文2件と研究ノート7件を掲載することができました。扱われている言語は、英語、オランダ語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語、フランス語、アラビア語と様々であり、外国語教育学会にふさわしい内容と言えます。
 数年後には大学受験のシステムが大きく変更される予定であり、将来の日本における外国語教育のヴィジョンが不確定になりつつあるようにも思えますが、会員の皆様のご協力を得て、本紀要が今後さらに充実した研究誌となることを期待します。

(川口 裕司)

外国語教育研究 第18号
JAFLE BULLETIN
ISSN :1348-7639
2015年11月1日発行

発行 外国語教育学会
代表者 川口裕司
事務局 東京外国語大学
川口裕司研究室
℡ 042-330-5235
〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1

印刷 日本ルート印刷出版株式会社/AK サトウ
℡ 03-3631-3861
〒135-0007 東京都江東区新大橋 1-5-4


語彙学習ストラテジー使用の変化に関する研究
大学入学前後で学習環境・学習目標が変化した学習者を対象に

山本 大貴

本研究は,高校時代は大学入試のために読解・文法を中心とした英語学習を行い,大学入学後にコミュニケーション能力向上を目的とする英語学習を始めた大学生英語学習者の語彙学習ストラテジーに変化があるか,またその理由は何かについて検討することを通し,教育的示唆を得ることを目的として行われたものである。語彙力は4技能全てに大きな影響を与えるため,適切に語彙学習を行い,語彙力強化に努めることは言語学習者にとって大変重要である。その際学習者は,学習目標などに合わせて適切な語彙学習ストラテジーを選択し使用する必要がある。本研究の被験者の場合は,大学受験に必要な受容語彙力の向上に主眼を置いた語彙学習ストラテジーだけでなく,発表語彙力向上に有効な語彙学習ストラテジーも使用するべきであると考えられる。実際に彼らが大学入学後,そのような語彙学習ストラテジーを使用するようになったか調べるためため,2014年の4月と10月にアンケート調査を実施した。4月のアンケートでは主に彼らの高校時代の語彙学習ストラテジー使用について,10月のアンケートでは主にアンケート回答時点での語彙学習ストラテジー使用について尋ねた。ただし,語彙学習ストラテジーの変化(あるいは無変化)の理由も検討するため,10月のアンケートには2題の自由記述形式の質問も加えた。
調査の結果,彼らの多くは大学入学後も発表語彙力向上に有効な語彙学習ストラテジーの使用頻度を増やしていないことが分かった。その主な理由は,大学入試終了後の英語学習全般に対するモチベーションの低下や,スピーキング能力向上に語彙力向上は必要ないという認識に起因する語彙学習に対するモチベーションの低下であることが示唆された。その一方で,スピーキングの学習を通して自分の語彙力の低さや語彙力の重要さに気づき,実際に語彙学習ストラテジーを変化させた学習者が一部存在することも明らかになった。
以上のことから,本研究の被験者と似たような境遇の学習者を指導する教員は,語彙学習ストラテジー指導を行い,彼らの語彙学習を改善する必要があることがわかる。その際,語彙学習ストラテジーを変化させた学習者を見つけ出し,その学習者に自身の学習経験や語彙学習法についてクラスメートに紹介してもらった上で,教員が有効な語彙学習ストラテジーを提示するといった方法が効果的であると考えられる。

(明治大学大学院博士後期課程)

東ティモールにおける英語教育の現状
―大学とNGOが担う役割とは―

                                                        麻生 久美子、等々力 けい子

東ティモールは21世紀最初の、インドネシアの植民地支配からの独立国である。多民族多文化多言語国家である東ティモールでは、公式言語はポルトガル語と、民族語(現地語)の中でも最も多く使用が認められるテトン語の2言語に定められ、加えてインドネシア語と英語が経済・実用言語とされている。その4言語の中でもグローバル言語である英語は、これから開発が進むであろう東ティモールにとって重要な意味を持つと思われる。この英語という言語が東ティモールでどのように認識され、位置付けされているのか、また現時点で英語教育は学校教育においてどのように実践されているのか、特に国立大学及びNGOでの英語教育に焦点をあて、研究を進めた。
東ティモールでの英語は外交的にもその必要性は認められているが、政府はまず公式言語のポルトガル語浸透を、学校言語の制定等を通じて推し進めている。グローバリゼーションが進む世界で発展国になるためには、英語の必要性は十分に認識されており、英語力を持った人材育成はこれからの英語教育にかかっている。特に高校卒業後の若い世代は英語の学習意欲は旺盛である。国立東ティモール大学教育学部英語学科では英語科教員養成を目的とし、オーストラリア政府支援による英語教育プログラムを通じて学生の英語力向上をはかっている。それに対し、貧困層の若者の英語教育を実践しているのがNGOであるSOLSである。SOLSは、大学に行けない若者の英語力そして生きる力を養うことを目的としている。大学での英語教育は公務員や教員などの将来の国を支える人材育成、そしてNGOでの英語教育は民間企業等の労働力・即戦力となる実践的な英語力をつけた人材育成、という、それぞれに別個の役割を担っている。本研究報告では、この2機関は補完・共存関係であり、ともに東ティモールという新しい国家を支える人材育成を、英語教育を通じて実践しているということを明らかにしている。

                                                       
(日本大学、国立東ティモール大学)

有標性から見た初期学習者の産出する補文
特にオランダ語の補文標識と構成要素順序に注目して

                                                 川村 三喜男

  補文を、形式を持った補文標識でマークしないこと(=a)は、そうすること(=b)より、通言語的にDik (1997a)のいう意味で有標性が高く、また補文の構成要素順序が主節のそれと異なること(=c)は、両者が同じであること(=d)より同じ意味で有標性が高い。有標性が高い言語項目は、それが低い項目より習得が難しいとする学説があるが、本稿ではこの学説を承認して、(1)の仮説を立て、それを、(b)と(c)が義務的であるという特徴をもつオランダ語の初期学習者が産出した、補文を含む言語表現に照らして検証する。

(1)学習者言語において、
(i) (b)(d)の特徴を持つ補文が現れる比率は最も高い。
(ii)(a)(c)の特徴を持つ補文の現れる比率は最も低い。
(iii) (a)(d)ないし(b)(c)の特徴を持つ補文の現れる比率は、両者とも、最も高くも、最も低くもない。

検証は(ii)のみが妥当であることを明らかにする。またそれは、(a)(c)の特徴を持つ補文が、その他の3つ(=(a)(d)、(b)(c)、(b)(d))の補文のデータ中に現れた比率(いずれも被験者総数の12.5%以上)と比べて著しく低い(被験者総数の4%)ため、オランダ語の補文のように(b)と(c)の特徴を併せ持った補文の習得について、(2)に述べる強い傾向が存在することを示す。

(2) (c)、すなわち主節と異なる順序に従って補文の構成要素を配列することの習得は、(b)、すなわち形式を持った補文標識で補文をマークすることの習得を前提とする。

                                               
(武蔵大学非常勤講師)

韓国語能力試験「初級」における語彙・文法問題
―― その現状と改めるべき方向 ――

高 槿旭(コ・グヌク)

本稿は韓国語能力試験(以下,TOPIK)「初級」に現れた語彙・文法の問題を分析し,その改善点を考察したものである.その結果,TOPIKで改善すべき点は以下のようにまとめられる:

① 新TOPIKの「評価基準」と「評価内容」を検討する
TOPIKは第35回から「受験者の負担軽減」を一つの目標として,試験体制を改編している.しかし,「評価基準」及び「評価内容」は従来のTOPIKと同一であり,事実上,初級で要求される学習量と難易度といった点では,それほど変わっていないと考えられる.新TOPIKの目標に応じた「評価基準」と「評価内容」を検討することが必要である.
② 重要度の高い語彙・文法項目を問題に反映する 
TOPIK初級では韓国語の基本語彙のうち,重要な位置を占めている「認知動詞」「抽象名詞」類は使用頻度が低く,語彙使用において偏りが見られる.文法項目においては初級段階において,習得が必要な接尾辞と連体形の使い方を評価対象として位置づけていない.バランスの良い問題構成が求められる.
③ 重要度の高い語彙・文法項目を「読解」「聴解」領域にわたって評価する
「抽象名詞」「数詞」は「読解」領域で多用される一方,「感嘆詞」「疑問代名詞」「挨拶表現」は「聴解」領域のみで現れている.それぞれの「評価領域」で要求される言語能力に焦点を当てて,重要度の高い項目は「聴解」「読解」領域にわたって,ある程度はまんべんなく評価することが望ましいと思われる.
④ 使用能力の評価に重点をおく
TOPIKでは語彙・文法の理解力を測定する問題が多く,使用能力を引き出せる試験構成から遠ざかっている.与えられた文の中で「このようなときは,どのような表現をするのか」という点を考えさせる問題を導入する必要がある.

(上智大学・明治学院大学非常勤講師)

ポルトガル語学習者の中間言語の分析
Computer-aided Error Analysisを用いて

山田 将之

本研究はポルトガル語を専攻する大学生を対象に、作文課題を課し、そこで現れた誤用や正用を定量的且つ定性的に分析し、言語特徴を記述したものである。具体的には、コーパス言語学で提唱されたComputer-aided Error Analysis(CEA)を用い、テキストにエラータグを付与し、誤用・正用の検索・分析を行った。
集めたデータの代表性の問題から、初級、中級の学生それぞれ12名(計24名)という非常に小規模なデータを扱うだけになってしまい、得られた結果を安易に一般化することは難しいが、両者の誤用・正用を比較することで前置詞や冠詞に関して異なる傾向が観察できた。
前置詞に関しては、i) 他の品詞と相反して、中級学習者になると誤用が増す、ii) 前置詞を伴う斜格関係代名詞に関する誤用の例から、中級学習者の関係代名詞の習得・使用傾向、とりわけ斜格、間接目的語の使用頻度が極端に低い、という傾向が観察された。
冠詞に関しては、i) 初級学習者は冠詞を全般的に過小使用する、ii) 中級学習者は定冠詞を過剰使用する、という傾向が観察された。
結果として、CEAは学習者言語の特徴を記述するうえで有益な手法であることが再確認できた一方で、今後更なるデータを収集し代表性を担保すること、そして現れた特徴に関してはその言語形式に特化した仮説検証型の研究を行うことが求められる。

(上智大学大学院博士前期課程)

 

デジタルゲームの日本語
-公式サイトにおける使用語の特徴と傾向-

野口 芙美

日本語の学習動機がアニメ・マンガなどの日本のポップカルチャーだという学習者は多く、「日本のポップカルチャーが世界的に浸透し、日本・日本語への興味・関心の入り口となってきている」(国際交流基金 2012)という。こうした背景から、アニメ・マンガに関する研究や実践も活発に行われるようになり、2010年には国際交流基金のWeb教材「アニメ・マンガの日本語」が公開された。デジタルゲームもまた、日本のポップカルチャーの一つとして日本語学習者の関心は高いが、その言語的な特徴を分析した先行研究は見当たらず、日本語教育分野での実践もほとんど例がない。
学習者にとって、日本のゲームを日本語でプレイするのはどのぐらい難易度の高いものなのだろうか。どのぐらいのレベルでどの程度、ゲームで使用されている日本語が理解できるのであろうか。
これらを明らかにするために、まず、デジタルゲームの日本語の使用実態を調査すべく、3つの異なるデジタルゲーム作品の公式サイトに現れた日本語をデータ化し、形態素解析を行った。今回は使用語に焦点を当て、品詞別にその割合をみるとともに、品詞ごとにその高頻度出現語を抽出した。その結果、品詞別では名詞が最も多く、ゲームに特徴的な造語や固有名詞も見られた。また、名詞・動詞・形容詞については出現した高頻度語を異なる作品ごとに概観するとともに、日本語能力試験(旧試験)のレベルと比較して日本語の難易度をみた。その結果、名詞・な形容詞は作品によって使用語に差が見られ、共通する語が少なかった。特に名詞は、日本語としての難易度が高く、級外語彙も少なくなかった。一方、動詞・い形容詞は、ゲームの内容やジャンルが異なっても、出現頻度の高い語は共通して複数作品に見られ、初級前半レベルの語も多く難易度としては低いことが伺えた。しかし、実際にデジタルゲームで使用されている文を見ると、初級レベルの語であっても、その意味や使い方はバリエーションに富んでおり、日本語教科書のそれとは異なる例が見られた。

(お茶の水大学大学院人間文化創成科学研究科博士課程)


クリッカーを用いたスペイン語関連科目授業の実践報告

結城 健太郎、白澤 秀剛

本稿では筆者らの担当授業におけるクリッカー・システムの効果性を検証している。クリッカーは学生一人ひとりが持つことのできるリモコン型の機器で、その入力を瞬時に集計し、提示することができる。こうした機能により、授業の双方向性を実現し、アクティブ・ラーニング化する道具の一つとして紹介されることがある。この機器は、CALL教室の設備、タブレット端末等と比べて、汎用性・柔軟性・経済性の点で勝っているといえよう。この機器を、問題演習型の授業「スペイン語検定中級2」と講義型の授業「スペイン語文化と社会(スペイン)」で使用し、アンケート結果等を用いてその効果を調査した。
「スペイン語検定中級2」では、学習者全体の理解度の把握が課題であった。クリッカーによって、学習者は他の学習者に知られることなく自らの回答を明らかにすることができる。こうした匿名性に学習者は好意的であった。また、これまで一人ずつ当てられて回答していたが、全ての問題に全員が意思表示をしなくてはならなくなったため、参加意識も高まっていると考えられる。
「スペイン語文化と社会(スペイン)」では、授業内の諸活動を行うためにクリッカー・システムを使用した。4つの活動で使用したが、まず授業の学習事項に関する「クイズ」と、社会調査を追体験する「アンケート」は、後に行われたアンケート調査結果より、授業内容に対する関心を高めるために有効だったと思われる。またグループプレゼンテーションの学生間の相互評価を行うためにも用いたが、これは聴衆となった学生たちの発表への集中を高め、発表の評価ポイントを意識させるのに役立っている。また、前回の授業の復習用に用いた際も、学習者は授業内容を思い出す上でその有効性を感じ取っている。どれも挙手や紙媒体といった従来から用いられてきた手段でも可能な活動ではあるが、クリッカーを用いることにより、迅速に、そして匿名のうちに行うことができる。結果として学習者の授業への参加意識・集中力を高め、意思表示をする際の障壁を小さくし、より主体的な学びであるアクティブ・ラーニングへと近づくのに役立っていると言えよう。

(東海大学講師)

日本人学習者によるフランス語母音の習得
-IPFC学習者中間言語コーパスの音響分析を通じて-

中田 俊介

フランス語の2つの狭母音、[u](円唇後舌狭母音)と[y](円唇前舌狭母音)とは、同様の円唇性や舌の位置による狭母音を持たない日本語を母語とする学習者には、音韻論的な習得が必ずしも容易ではない。本研究は、これらの母音が、日本語を第一言語とする学習者によって正確に習得されているか、またそうでない場合はどのような課題が認められるかを、IPFC(現代フランス語の中間言語音韻論)プロジェクトの枠組みにおいて構築された学習者中間言語コーパスの音響分析結果を踏まえて報告するものである。
学習者の音声において、[u]および[y]の調音に対応する音響的特徴として第一・第二フォルマントを計測し、母語話者による数値と比較した。第一フォルマントは、[u][y]ともに、先行研究における母語話者にかなり近い数値を示したが、どちらの母音も母語話者に比べ、値が高いことが認められた。調音的には、開口度がやや広い、言い換えれば、狭母音である[u]と[y]が(縦方向に)十分に狭くなっていない可能性があることになる。一方、第二フォルマントは、[u]と[y]で傾向が異なっていることが観察された。 [u]では、被験者の数値は概して母語話者よりも高くなった。このことは、被験者においては、舌の前後位置が母語話者よりも前方にある、言い換えれば、[u]が十分に後舌の母音として調音されていない可能性があることを示している。また [y]では逆に、被験者の数値は概して母語話者よりも低くなった。このことは、被験者においては、舌の前後位置が母語話者よりも後方にある、言い換えれば、[y]が十分に前舌の母音として調音されていない可能性があることを示している。また、時系列的分析では、[y]に改善が認められるのに対し、[u]では18ヶ月を通じて改善が見られなかった。その原因として考えられるのは、[y]が日本語にも存在する[i]と円唇性のみ異なっているのに対し、[u]は日本語の狭母音とは円唇性、舌の前後位置という2つの音声特徴で異なっているという、調音における難易度の相違である。また、学習者がそもそも[u]を実現できていないということに気づいていない可能性も考えられる。[u]の習得においては、したがって、調音における2つの要素を意識させると同時に、自身の中間言語の目標言語との乖離に気づかせることが重要であると考えられる。

(国際教養大学非常勤講師)

アラビア語初級学習者に対する
「名詞+形容詞」と「名詞+名詞」との教授方法

榮谷 温子

正則アラビア語の、「名詞+形容詞」(形容詞で名詞を修飾する)と、「名詞+名詞」(所有格の名詞で別の名詞を限定あるいは特定する。イダーファ表現と呼ばれるもの)は、初級学習者に困難をもたらす形式のひとつである。
本稿では、まず、この形式に関して、日本語とアラビア語の対照分析を行ない、次に、学習者のエラー分析をして、その原因と対策を明らかにすることを試みた。
あるエラーが、母語からの転移によるものかどうかは、もちろん簡単に断言できるものではないが、エラーの原因の一部は、母語からの負の転移である。
日本のアラビア語入門書の多くが採用する文法訳読方式などのフォーカス・オン・フォームズ型指導法では、文法項目を演繹的に教えていくため、文脈から切り離された形式を、意味や機能と離れたところで学習させてしまう。また、文法訳読方式では、2つの言語の間に一対一の関係があると学習者が誤解する可能性がある。
学習者が、「の」を所有格語尾の訳としてのみ認識し、そのため、「名詞+形容詞」と「名詞+名詞」とを混同してしまっている原因のひとつが、こうした指導方法にあるのではないかと推察される。
特に問題となるのは、関係形容詞である。関係形容詞の和訳は「~の」で終わる語になりがちである。その他にも「~の」と訳される形容詞がある。これらの形容詞を用いた「名詞+形容詞」表現を、日本語表現に影響されて、「名詞+名詞」と誤解するエラーが多く見られる。
こうした問題の解決方法の1つは、「名詞+形容詞」と「名詞+名詞」の、修飾部の意味や働きの違いに気付かせること。2つめは、2つの単語を並べるという形式だけでなく、その意味を考えさせること。3つめは、「名詞+形容詞」と「名詞+名詞」の形式の区別を明確にすること。ただ、このとき、重要になってくるのは、格語尾であるが、格語尾の教授については、別途、考察が必要だ。

(慶應義塾大学非常勤講師)