『外国語教育研究』(JAFLE BULLETIN)
第17号(2014年11月1日)
論文タイトルからレジュメにリンクします
●論文

第二言語習得研究に向けた学習者コーパスの開発:
『日本語学習者言語コーパス』の開発事例
海野 多枝・鈴木 綾乃
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



1-19


日本人フランス語学習者の語彙学習ストラテジーについて
押尾 江里子
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


20-39


英文復唱課題における学習者の文処理の考察
砂田 緑
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


40-58


日本語の「テイル」形式とそれに対応するキルギス語のアスペクト諸形式
―キルギス人日本語学習者の習得状況調査をもとに―
スバゴジョエワ アセリ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



59-76


愛知県立大学多言語学習センターにおける中国語のカリキュラム開発
-中国語運用能力判断基準(Can-doリスト)の作成
曲 明
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



77-95

●研究ノート

ツイッターを用いたアラビア語学習
榮谷 温子
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


96-111


言語内バリエーションの使い分け能力評価基準
―二層言語(ダイグロシア)アラビア語からの提起―
長渡 陽一
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

112-126


大学における英語変種を教える試み
TUFS×KANDA英語モジュールの開発を事例に
新城 真里奈、矢頭 典枝
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

127-146


日本語の作文・文章表現の授業における学習評価モデル
―Can-Do StatementおよびFacebookを利用した
「トライアングル・モデル」―
徐 アルム
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


147-160

●外国語教育学会2012年度シンポジウム

シンポジウム  外国語教育と言語コーパス                                   

 司会 黒澤 直俊

161-218

コーパス言語学とフランス語教育
秋廣 尚恵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


162-170


ドイツ語教育と言語コーパス
代表的な書き言葉コーパスと教育におけるコーパスの利用
時田 伊津子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




171-179


マレーシア語教育と言語コーパス
野元 裕樹・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



180-187


〈話されたことば〉のコーパスと韓国語教育
―日韓対照言語学と談話論研究から―
金 珍娥・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




188-197


日本語教育と日本語コーパス
鑓水 兼貴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



198-206


自由討論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


207-218


 

●書評  

『英語とはどんな言語か―より深く英語を知るために―』、安井稔著、
開拓社、2014年、212頁
馬場 千秋 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



219-225


Les variétés du français parlé dans l’espace francophone

ressources  pour l’enseignement、 Detey, S., Durand, J., Laks, B. &
Lyche, C.  (Eds), Ophrys、2010、295p.
古賀 健太郎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





226-231

   

2013年度 第17回大会・シンポジウム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

232-235

名誉会長、学会役員・外国語教育学会規約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

236-237

『外国語教育研究』 投稿規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

238

編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

239

編集後記

 第17号をお届けする。本号には、論文5件と研究ノート4件を掲載することができた。本号において研究対象となった外国語は、英語、ドイツ語、フランス語、日本語、中国語、朝鮮語、マレーシア語、アラビア語、キルギス語の9言語であった。さらに研究手法も、ストラテジー分析、評価規準、学習者コーパス、Web利用教材、対照研究等、実に多彩であり、まさに『外国語教育研究』の名にふさわしい内容的充実を実現することができたように思える。とはいえ、日本で学習される外国語は他にもたくさんあり、研究手法も多様化の一途を辿っている現状を考えると、会員の皆さんの研究を通して、本学会誌がさらなる飛躍を遂げることを期待したい。

(川口 裕司)

外国語教育研究 第17号
JAFLE BULLETIN
ISSN :1348-7639
2014年11月1日発行

発行 外国語教育学会
代表者 川口裕司
事務局 東京外国語大学
川口裕司研究室
℡ 042-330-5235
〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1

印刷 日本ルート印刷出版株式会社/AK サトウ
℡ 03-3631-3861
〒135-0007 東京都江東区新大橋 1-5-4


第二言語習得研究に向けた学習者コーパスの開発:
『日本語学習者言語コーパス』の開発事例

海野 多枝・鈴木 綾乃

本稿では、東京外国語大学で開発した「日本語学習者言語コーパス(Japanese Language Learner Corpus)」の検討を通じて、第二言語習得(SLA)研究にむけた学習者コーパス設計のあり方に考察を加える。
まず、学習者言語データの特性の吟味と、既存の学習者コーパスの検討を通じて、コーパスの開発上重視するべきSLA研究の視点を考察し、本コーパスの設計で考慮したSLA研究の視点を①学習者特性による分析の視点、②母語話者との比較による分析の視点、③横断的/ 縦断的分析の視点、④学習者間 / 学習者内の分析の視点、⑤タスクによる差異の分析の視点、の5つにまとめる。その上で、この5つの視点がコーパスの設計上どのように反映されているかについて、(1)データ提供者の特性、(2)データ収集方法、(3)データ検索システムの設計の3領域から述べる。特に、可能な限り均質的な学習者の確保、学習者と同タスクによる母語話者のデータの収集、同タスク・同進度による縦断的データ収集、固定タスクと機能別タスクの設定、 2種類の検索システムと各種絞り込み機能等の工夫について説明する。
さらに、以上のような工夫を活かした研究例として、特に鈴木(2013)から具体例を挙げて検討する。この研究では、動詞「する」とのコロケーションについて、品詞検索システムで用例を抽出し、高頻度共起語の分析、タスクごとの分析、母語話者との比較といった量的分析と、個別のタスクと用例をつき合わせた質的分析とを行っている。こうした分析を組み合わせることで、学習者のコロケーションの特徴のより詳細な理解が可能となることを例示する。
本コーパスで施した工夫には、SLA研究における一定の有効性が認められる一方で、通常のコーパス開発に伴う人的、時間的、金銭的資源の諸般の制約に加えて、さらなる制約が加わることも事実である。最後に本コーパスの開発過程を反省的に振り返り、今後に残された課題に言及して本稿を締めくくる。

 

(東京外国語大学)
(早稲田大学)

日本人フランス語学習者の語彙学習ストラテジーについて

押尾 江里子

語彙力は外国語学習には欠かせない重要な要素であるが、日本人フランス語学習者を対象とした語彙学習ストラテジー研究は筆者が調べたところ存在していない。そのため、本研究では以下の研究設問を設定し、フランス語学習者の語彙学習ストラテジー使用の傾向と、語彙学習ストラテジーが習得語彙に及ぼす影響を調査した。

  1. 初級フランス語学習者はどのような語彙学習ストラテジーを使用しているのか。
  2. 語彙学習ストラテジーは学習者の習得語彙とどのような関係があるのか。

調査は145名の中学3年生(学習歴約140時間)を対象とし、語彙学習ストラテジー使用に関するアンケートと語彙テストを実施した。この調査に先立って、アンケート作成のために大学生を対象にインタビューを実施し、フランス語学習者の語彙学習ストラテジーを収集している。分析手法にはクラスター分析を用い、語彙学習ストラテジー・アンケートのストラテジーのクラスター分析と語彙テストの成績を基に参加者のクラスター分析を実施した。 
調査の結果、今回の調査対象者となった参加者が使用する語彙学習ストラテジーの中で最も多用されていたのが、「繰り返し書いて覚える」であった。対して、過少使用されていたのはメタ認知ストラテジーで、使用にばらつききが見られたのは認知ストラテジーであった。また、学校での授業の活動の影響を受けているストラテジーが全体的に多用される傾向にあり、初級学習者は授業内の活動を自分のストラテジーに取り入れやすいことが明らかになった。
語彙テストにおいて得点が上位であった参加者群の特徴として、豊富なストラテジーを頻繁に使っている点と体制化ストラテジーの使用が挙げられる。単語をグループにして覚えたり、イメージを使ったりする精緻化ストラテジーは長期記憶にも効果があるとされているが、このストラテジーの使用は下位群には見られなかった特徴である。
本研究における調査結果から、初級学習者には語彙力の向上に応じて体制化ストラテジーや精緻化ストラテジーの使用を勧めることで語彙学習が効果的になるが、既知語が少ない学習者に対しては反復ストラテジーが有効であると考えられる。

(東京外国語大学博士前期課程)

英文復唱課題における学習者の文処理の考察

砂田 緑

英文復唱課題(文字を見ずに、聞いた英文を復唱する課題)は、学習者の言語力を測定する方法として長く使用されてきた歴史がある。第二言語習得研究においても、学習者の言語習得過程を探る手法として用いられてきた。本研究は、英語力の異なる学習者の英文復唱課題の結果を分析し、比較する。英語力の異なる学習者の復唱の傾向を探ることにより、信頼性、妥当性の高くなる英文復唱課題のテスト文の条件づくりや採点時の重みづけ方法などに貢献したい。
本研究の目的は、英語力の異なる学習者の英文処理過程を、英文復唱課題における語の統語的機能ごとの復唱率から明らかにすることであり、二つの研究課題を設けた。1)英語力上位者、中位者、下位者の復唱率の平均の間に有意な差がみられるか。2)語の統語的機能によって、復唱率の平均に差が見られるか
119名の日本語を母語とする英語学習者が協力し、英文16文を用いて英文復唱課題を実施した。
異なる英語力の学習者の英文復唱成績を分析した結果、英語力の違いによって復唱の傾向にも違いがみられた。上位学習者の傾向と下位学習者の傾向の違いを検証することが、今後信頼性、妥当性の高いテストの作成や採点方法の改善に貢献することとなるだろう。具体的には、文中の主語・述語動詞・副詞のうち、文頭にある主語は下位学習者にとっても復唱しやすく、英語力の別による違いが大きく見られないことから、文頭の主語の復唱率よりもその他の要素の復唱率によって英語力を区別する方が妥当だと考えられる。また、名詞句を用いた場合においては、前置修飾を含む名詞句を用いた場合に英語力の違いによる復唱の違いが現れ、名詞句内の主要名詞句の復唱率が英語力を反映する要素となりそうである。品詞ごとの復唱率からは、名詞よりも他の品詞(動詞、形容詞、副詞、前置詞、冠詞)の復唱率の方が英語力に比例しており、名詞とそのほかの品詞の間に得点の差をつけるなど、採点時の重みづけをする必要があるかもしれない。
以上の結果より、英文復唱課題のテスト文作成時や採点時には、文中のどの要素がどのように英語力と関係があるのかを考慮しておくべきであるということが示唆された。今後もさらに研究を重ね、英語力を反映する要素の特定が必要である。

 
(東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科)

日本語の「テイル」形式とそれに対応するキルギス語のアスペクト諸形式
ーキルギス人日本語学習者の習得状況調査をもとにー

スバゴジョエワ アセリ 

これまでは、日本語の「テイル」に関して多くの先行研究があり、大きな成果が挙がっているなかで、キルギス語を母語とする学習者を対象とした習得についての研究は十分と言えない。
「テイル」は、日本語のアスペクト諸形式の中の代表的なものの一つであるにもかかわらず、キルギスの日本語学習者は形式が意味するものの特徴を十分明確に理解できていない。一つの形式が多様な意味機能を示すため、形式と意味との関係は学習者に理解しにくいものであり、さらに、その運用となると困難を極める。中・上級レベルでもきちんと学習項目として意識されず、ただロシア語訳やキルギス語訳が教師によって与えられるのが現状である。
本研究では、キルギス語を母語とする日本語学習者の日本語の「テイル」の習得のありように照らして、日本語の「テイル」形とそれに相当するキルギス語の文法的な諸形式を考察した。日本語学習者の習得状況の調査の分析の結果、以下のことが明らかになった。
(1)文法性判断テストと翻訳問題の結果から、〈結果存続〉と〈パーフェクト〉の用法を理解するのが難しいこと。
(2)キルギス語を母語とする学習者は、動作の〈進行〉以外の用法は十分明確に理解できていないこと。
(3)「jat」は補助動詞としてもっとも文法化しており、汎用性があるのに対し、他の「tur」「jür」「otur」にはそれぞれ本動詞の意味によって生じるニュアンスがあり、これら4つの間で明確な使い分けがあること。
以上から、学習者がどのような用法においても「テイル」の意味を〈進行〉だとで理解する傾向が強いことが確認された。また、〈進行〉以外の用法がどんな場面で使われるのかがわからない学習者や、それらの用法の存在について気付いてさえいない学習者に対して、日本語教育は特に対処を行っていない現状があることもわかった。

(宇都宮大学大学院博士後期課程)


愛知県立大学多言語学習センターにおける中国語のカリキュラム開発
-中国語運用能力判断基準(Can-doリスト)の作成

 

                                  曲 明

本研究では、日本において様々な場面で活用され始めているCEFRに注目し、愛知県立大学多言語学習センターの中国語授業のカリキュラム開発を試みた。開発に当たり、主に教師へのインタビュー調査と学生へのアンケート調査を行った。具体的には①アンケート用紙の作成、②教員へのインタビュー調査、③学生へのアンケート調査、④各項目の難易度レベルの判定と4つのステップを踏み開発を試みた。その結果、50項目、3種類の能力記述文(「コミュニケーション言語活動Can-do」、「コミュニケーション言語能力Can-do」、「方略Can-do」)からなる暫定的なCan-doリストを作成することができた。また各項目の項目難易度を測った結果、学生たちは私的領域、公的領域、教育領域の話題よりも社会文化的な話題を難しく感じており、また、接続詞、あるいは副詞を使って、単文間の意味関係を表す複文に苦手意識を持つことが分かった。今後これらの結果を授業内容に反映していきたいと考える。
指導、学習の目標を明確化すれば、学生たちが何を学べば良いのかを認識することができ、学習意欲の向上や自律的な学習に繋がることが期待できる。更に、教育目標が設定されれば、その目標に合わせた評価基準や評価方法が決まり、それを踏まえた効果的な指導方法も見えてくると思われる。

(愛知県立大学)


ツイッターを用いたアラビア語学習

榮谷 温子

本稿では、日本語母語話者による、ツイッターを用いた正則アラビア語(以下、アラビア語)学習の実例を紹介しながら、それをとおして、ツイッターによる外国語学習の利点と難点について考察する。
まず、小松 (2011) に基づいて、Social media全般の、外国語学習への活用例をみたのち、村上 (2012a, 2012b) の行なった、ツイッターを用いた日本語教育の実例報告を取り上げた。
ツイッターの利点は、140字以内という制限付きであることで、このため学習者は、気軽に外国語を書いて発信することができる。また、フォローという仕組みのおかげで、友達を増やしやすい。こういった点はFacebookと対照的である。
本稿では、日本語母語話者X氏の1ヶ月半のツイートのうち、アラビア語によるツイートを分析対象として、ツイッターによるアラビア語学習の実際を明らかにしようと試みた。
アラブ人のアラビア語自体が間違っていたり、必ずしも意思疎通がうまくいくとは限らないなど問題点はあるものの、X氏の実例その他をとおして、小松 (2011) の挙げる、Social mediaを用いた外国語学習の利点、すなわち「学習者中心の学習」、「行動中心の学習」、「協調学習」、「社会構成主義の学習」が確認された。
さらに、X氏は、ツイッターをきっかけに、スカイプでアラビア語会話をするなど、聞き話す技能の習得にも、ツイッターを役立てている。
ツイッターを、その問題点を補いつつ外国語学習に役立てていけるよう、教師の側も、学習者に対して、その効果的な利用法を教示できるように、さらに検討を進めていかなければならない。

(慶應義塾大学)


言語内バリエーションの使い分け能力評価基準
——二層言語(ダイグロシア)アラビア語からの提起——

 

長渡 陽一

CEFR(外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)の能力評価基準は、さまざまな言語の学習者の能力を同じ基準で評価するように作られた。しかし、ヨーロッパの有力言語、国語のような「単層」言語が前提とされており、口語体と文語体という言語内バリエーションが大きく異なる、いわゆる「ダイグロシア」(二層言語)であるアラビア語の実情に合わない部分がある。アラビア語では口語体と文語体が、日常の会話、本や雑誌、ニュースなど、テクストの種類によって使い分けられ、また公式度などによっても2つの文体の混合度合いが推移するため、口語体のみの評価、文語体のみの評価では総合的なアラビア語の能力評価にならない。このような二層のアラビア語の状況にCEFRを合わせるために、本稿ではCEFRの能力記述を検討する中で問題点を指摘しつつ、「言語内バリエーションの使い分け能力評価基準」を提案する。
これは、とくに文末表現にいろいろなレジスターを使い分ける、いわゆる敬語体系をもつ日本語などにも関わってくるかも知れない。また「使い分け能力評価基準」を検討する中で、アラビア語学習・教授には、口語体を基盤にするのが有効であるということも指摘した。

(東京外国語大学)


大学における英語変種を教える試み
TUFS×KANDA英語モジュールの開発を事例に

新城 真里奈、矢頭 典枝

本稿では、東京外国語大学と神田外語大学が共同で開発している<英語モジュール>多変種版を解説し、本モジュールを使用した大学の授業でのアンケート調査を報告する。本モジュールは、(1)標準アメリカ英語にしか馴染みのない多くの日本の学生や保護者、日本人英語教師が、教室英語の多様化が進むにつれ、戸惑うことが出てくるようになったこと、(2)様々な英語変種は異なる特徴を有するが、ある変種が他より優れているわけではないという考えかたの広まりに伴い、英語変種の研究が盛んになってきたという学術的傾向、(3) 2006年以降、英語能力検定試験TOEICのリスニングセクションで多方言の話者の発話を取り入れるようになったことを背景に開発される運びとなった。現在までに、アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語、ニュージーランド英語の4変種版が公開されている。
本モジュールでは、各方言で特徴的な語やフレーズをスクリプトに組み込み、それぞれに語彙説明を付した。発音説明では、各方言の分節音の特徴や、母語話者の自然発話で頻繁に起こる音変化について、基本的な専門用語とカタカナ表記を用いて説明している。また、スクリプトや動画の背景は、それぞれの国の文化的、社会的特徴を反映するよう工夫を凝らした。本モジュールの大きな特徴としては、スクリプト、語彙説明、発音説明は両大学に所属する英語学や社会言語学を専門とする研究者によって書かれた、専門性の高い学術的教材であるという点、無料で誰もがアクセスできるインターネット教材であるという点が挙げられる。
本稿の最後では、本モジュールを使用して行った大学での社会言語学の授業で行った質的アンケート調査の結果を報告している。アンケートでは、どのようなことを学んだかを主に調査した。その結果から、学生は各変種特有の語や言い回し、発音の特徴を学び、スクリプトや背景写真より各国特有の文化的背景に気づいていることが明らかであり、本モジュールの学術的教材としての有用性を示唆している。

(東京外国語大学大学院博士後期課程)

(神田外語大学)

日本語の作文・文章表現の授業における学習評価モデル
ーCan-Do StatementおよびFacebookを利用した「トライアングル・モデル」ー

徐 アルム

時代の変遷とともに言語教育・学習における評価の観点や方法は少しずつ変化してきた。1980年代に提案された「コミュニカティブ・アプローチ」を始め、近年は、「ピア・アセスメント」やCan-Do Statement(以下Can-Do)を用いた「自己評価」などのように、学生を評価に参加させた評価システムが「評価」における新しい観点の1つとして導入された。これは、Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessment(以下CEFR)に提示されている観点でもある。
本研究は、CEFRの言語運用能力の評価の観点とともに、近年、言語教育における試みが増えているFacebookを活用して作り上げた、作文・文章表現の授業における新たな学習評価モデルである「トライアングル・モデル」を提案する。そのために、現役の日本語教師16名および日本語学習者127名を対象に質問紙調査を行い、1) 日本語授業でのSNS利用における日本語教師および日本語学習者の意見、2) 日本語教師および日本語学習者におけるSNS利用実態を調べた。
研究調査のデータを分析した結果、(1) 教師および学習者においてFacebookの利用率が一番高いことが分かった。(2) SNSがコミュニケーションや意見・情報共有において活用できることが分かった。(3) Facebookはディスカッションや情報交換のためのツールとしてのメリットがある一方、「プライバシーの問題」や「アカウント取得の義務」といったデメリットがあるということが分かった。(4) 16名の教師のうち8名は、実際の授業の中で活用できるSNSとしてFacebookを挙げた。
以上に基づき、Facebookを「ピア・アセスメント」の支援ツールとして活用するうえで、「教師のフィードバック」、Can-Doを用いた「自己評価」を取り入れる学習評価モデルである「トライアングル・モデル」を構築することに至った。このモデルを通して、学習者を評価に主体的に取り組ませ、学習者の学びを深めることに繋がると期待される。
今回の研究調査は、「トライアングル・モデル」の提案にとどまったが、今後は、実際の授業への実践を図り、学習者を評価の領域に参加させることが学習者の学びにどのような影響を与えるかについて検討することが必要であると考えられる。

 
(東京外国語大学大学院博士後期課程)