日本人英語学習者用英作文評価基準作成の試み
スローラーナーにも使える基準の検討
馬場 千秋
ライティングの「全体的評価」のために用いられている基準は複数あり、中でもアメリカの大学に入学する学生のためのTOEFL Writing Scoring Guide (ETS)はよく知られている。しかし、この基準は、スローラーナーの書いた英作文を評価するには適しておらず、馬場(2012)では、TOEIC Bridgeスコア130以上の学習者であれば、評価可能であることが明らかとなっている。そのため、スローラーナーが書いた英作文を評価することが可能な新しい基準を作成をすることが急務であると考える。
そこで、本研究は、日本人英語学習者向けの評価基準(試行版)を作成し、信頼性、各項目の妥当性を検証し、修正すべき項目を検討することを目的とし、調査を行った。
被験者は東京都内の国立大学大学院生12名である。日本人大学生英語学習者が書いた英作文30編を、TOEFL Writing Scoring Guideを参考に作成した英作文評価基準を使用し、評価をしてもらった。その後、評価基準の各項目の使いやすさについて、アンケート調査に回答をしてもらった。
評価基準の信頼性を確認するために、(1)英作文の評価の平均値と英作文を書いた大学生のTOEIC Bridgeスコア、(2)英作文の評価の平均値と英作文の総語数の比較を行った。(1)の相関は.571**(p<..01)とやや高く、説明率も33.4%(F(1,28)=14.065, p<.01)である。一方、(2)の相関は.825**(p<.01)で、かなり高い相関があり、説明率も68.1%(F(1,28)=59.813, p<.01)であった。上記の結果から、試行版の評価基準が適したものであることが明らかとなった。
妥当性については、評価項目の使いやすさに関するアンケート調査から検討を行った。GrammarとContentsに関する項目は使いやすいとの回答が多く見られたが、VocabularyとOrganizationについては、評価しづらいという意見が散見された。従って、各項目を再検討し、具体的な数値等を提示する必要がある。
今後は、本研究で作成した評価基準を修正し、信頼性、妥当性を再度検討し、一般的に使える基準を作成したいと考える。
(帝京科学大学)
OV/V2型言語初期学習者によるV2適用と
それを決定する認知的要因
川村 三喜男
本論文はOV/V2型言語の学習者に定形動詞第2位(V2)の規則を正用法的および非正用的に適用せしめる文法的メカニズムを特定し、「等位接続詞(=CoConj)+主節としての平叙文」およびそれに非正用法において対応する形と、「(従位接続詞(=SubConj))+従属節」およびそれに非正用法において対応する形との間の相同性/非相同性の学習者による認知が関与していることをしめす試みをその内容とするが、この2つの認知様式は学習者が等位/従位接続詞の文法的ステータスをいかに認知しているかにより決定される。この研究はオランダ語をL4ないしL5として学習しているL1日本語話者がその初期学習段階で産出した筆記データの機能文法(Dik 1997a, b) の枠組みにおける分析に基づいている。
本研究は次の3点を明らかにした。
- 上掲の2種類の表現の基底構造が相同的であると認知した4人の学習者はすべて、他のOV/V2言語の知識をもっていない。
- これらの学習者は、CoConj、SubConjの双方を単一のタスク遂行において節内的構成要素と認知し、それを利用してV2適用を行ったことを表す非正用的表現であるCoConj-Vf…とSubConj-Vf…の双方を産出した。
(2)単一のタスク遂行において、これらの学習者は1人を除き全員が相同性認知に基づいた従属節であるSubConj-Vf…と、正用法につながる非相同性認知に基づいた従属節を同時に産出している。更にそれに続くタスク遂行において、これら3名はSubConj-Vf…を放棄し、非相同性認知に基づく表現を産出している。このことは、彼/女らの心(mind)において相同性認知が、機能文法により言語普遍的とされている非相同性認知と衝突している可能性を示唆している。
(武蔵大学非常勤講師)
気づきを促す日本語の発音指導
赤木 浩文
第二言語習得研究において言語学習及び習得における学習者の意識作用の重要性が報告されている。Schmidt (1990,1995)は学習者に意識的な注意を喚起させること、または「気づき」を起こさせることが第二言語習得において重要であるとし、「気づき仮説」を提示している。
この理論に基づいて、上級日本語学習者を対象にした発音クラスで気づきを促す指導を行い、学習過程、学習後に観察された学習者の「気づき」について、アンケート、インタビュー、学習過程の観察、学習日記などを用いて、大谷(2007)の4ステップコーディング法(SCAT)による質的な分析を行った。発音の向上(聞き易さ)の分析には、コース中に行った発音テストの結果を用いた。そして、どのような種類の気づきがどのような学習状況で起こり、どのような学習効果に結びついたかを分析し、気づきを促す発音指導の有効性を検証した。
その結果、次の点が明らかになった。(1)発音指導においては、酒井(2002:741)があげる3つの気づき(インプット中の言語形式の気づき、中間言語で言えないことの気づき、目標言語との違いの気づき)の他に、学習目的、ストラテジーへの気づきが起こり、それらの気づきは発音の向上に結びつく学習効果がある。(2)学習項目の焦点化及び視覚化・記号化、実用性・経験に関するエピソードの提示、学習者に合わせたフィードバック、ペアワークが気づきの促進に有効である。(3)発音学習においては特にアウトプットの気づきによる試行錯誤が重要である。(4)気づきが多い学習者の発音(聞き易さ)の向上が顕著である。(5)学習者個々人の気づきの現れ方の違いは、学習者自身の音声に関する姿勢や敏感さ、気づきによるインプットがインテイクされた場合でもアウトプットに関連付けられるかどうかに左右される。
これらのことから、気づきを促す発音指導の有効性が明らかになった。さらに短期間で発音の改善を行うには、「気づき」を強化することが有効であることがわかった。
(専修大学)
海外メディア教材の授業活用と成果発信の試み
– 言語教育の多様化と社会貢献の観点から–
富盛 伸夫
東京外国語大学は「言語を通して世界の諸地域に関する理解を深めること」(学則第1条)を主要な教育目的とする大学として、世界諸地域の言語·文化·地域に関する豊かな教養と地球社会化時代にふさわしい人材を育成するために、先端的な手法を開発して言語教育を高度化する新たな言語教育方法を開発した。文部科学省の予算的支援(特別教育研究経費「地球社会と協働するための言語教育高度化・質保証プログラム」)を得て、学内組織である「世界言語社会教育センター」は、教育実践と社会貢献をリンクさせて、高度な言語運用能力を獲得し、かつ、多様な文化的背景を持つ人々と共同し地球的課題解決に取り組むことのできる人材の養成に寄与することが期待される。
2005年以来、アラビア語・トルコ語・ペルシャ語を専攻言語として学ぶ学生を対象に、中東イスラーム地域の新聞社などが発信する16紙のインターネット記事から重要な記事を選別し、授業と課外学習の教材に活用し大きな効果を挙げている。この教育実践においては、学生自身が日本語に翻訳したメディア記事を大学のホームページ(http://www.tufs.ac.jp/common/prmeis/fs/aboutus.html)から発信することにより、学生の学習意識を高める効果がある。単に授業で訳読等をして評価試験を受ける従来型の受動的学習から、学生が自分の訳した記事を社会に発表することで、学生にとっては翻訳技術の向上はもちろん、現代国際社会の中での日本と研究地域とのつながり、社会・文化的差異をこれまで以上に明確に意識し、日本と世界を相対化する資質が養成されると判断できる。
この中東メディア翻訳プロジェクト(Project «News from the Middle East»)の実績はこれまでに21,130記事の発信にのぼり、広く日本の外交やマスメディアに携わる多くの購読層を持つ。この教育手法のひとつの展開として、現在、アジア諸語地域の言語教育に実践的な試みを拡げつつある。本論文では、中東メディアの翻訳・発信を実践的に活用した教育的・社会的実践の実際と、それらの効果と意義を検討する。
(東京外国語大学)
中学校新英語教科書における文法項目の配列
馬場 哲生
中学校では、2012年4月より新学習指導要領に基づく検定教科書が使用されている。新学習指導要領では,英語の授業時間数と指導語数が3割増になった。一方,文法については扱う項目の増減はなく、増時間分は語彙の増加と活動の充実に当てられているが、教科書における文法項目の配列には変化が見られた。
本稿では、1) 入門期における一般動詞とbe動詞の提示順序,2) 過去時制と未来表現の導入時期,3) 受動態と現在完了形の導入時期,4) 現在完了形3用法の導入順序,5) 関係節および接触節の提示順序を対象に,2012年度版中学校新英語教科書における文法項目の配列の様態を2006年度版と比較し、その特徴、妥当性、今後の課題を検討した。
1) については,一般動詞から導入している教科書は1種類のみであり,一般動詞の先行導入には,英語表現の習熟や誤りの防止などの意義は認められるものの,その効果に関しては未検証であること,また,学習負担の軽重や表現の有用性の面では,両者それぞれに長短があることなどが考察された。
2) については,すべての教科書において過去時制は1年次に導入されているが,細部については試行錯誤が続けられていること,そして,未来表現は2年次に導入されているが今後検討の余地があることが示された。
3) および 4) については,新教科書においては,受動態を現在完了形より早く導入している点で一致しているが,両者の学年配当の仕方や,それぞれの細部における扱いについては教科書間に差異があることが示された。
5) については,a) 分詞による名詞の後置修飾と主格の関係節のどちらを先に提示するか,b) 関係節と接触節のどちらを先に提示するか,c) 主格の関係代名詞と目的格の関係代名詞のどちらを先に提示するかなどについて教科書による差異があり,それぞれの長短について考察が行われた。
最後に,教科書において明確な位置づけを与えられていない文法事項が挙げられ,その扱いの仕方をどうするかは今後の検討課題であることが示された。
(東京学芸大学)
韓国語初級学習者による学習自己評価は有効か
ーー日本語母語話者の韓国語初級Can-do Statementを用いた試みから
徐 アルム
2001年に発表されたCommon European Framework of Reference for Languages(ヨーロッパ言語共通参照枠組み、以下CEFR)は、ヨーロッパだけでなく、日本や韓国などのアジア諸国において、教育に関わるあらゆる側面に影響を与えている。本稿は、その中でも「学習者自身による自己評価」に注目し、CEFRを始め、JF日本語教育スタンダードおよび国際通用韓国語教育標準モデルを参照するとともに、韓国語初級学習者向けの教科書『ソウルアカデミー韓国語1』の内容を反映し、試案「韓国語初級Can-do Statement」の構築に至った。
本研究は、「韓国語初級 Can-do Statement」に基づいた評価表を用いて、日本語母語話者の韓国語初級学習における学習者自身による自己評価の重要性を確認することを目的としたものである。そのために、日本語母語話者の韓国語初級学習者5名に自己評価を行ってもらうと同時にその学習者について教師に評価を行ってもらう研究調査を行った。調査終了後、フォローアップ・アンケートおよびインタビューを実施した。
研究調査のデータを分析した結果、(1)学習者の自己評価と教師の評価は、全く重なったわけではないが、かなり類似性が見られた、(2)学習者の自己評価は教師の評価を下回ることが多かった、(3)学習者は自己評価を行うことによって学習に積極的に取り組もうという意識を持つことが分かった、(4)インタビューからは、学習者自身の言語能力を客観化した指標に対する要望が出された、の4つが明らかになった。
以上の結果から、CDSを用いた学習者自身による自己評価が重要であることを以上の考察を通じて確認し得た。しかし、教師の評価と学習者の自己評価に加え、テストや試験のような客観的指標と学習者間相互評価を実施し、学習者の言語能力を総合的に示すこと、「やりたい度」における選択肢の記述文を、極端な2択ではなく、3択に変えることについて再検討が必要となることが分かった。
今後は、教師の客観的・主観的評価を始め、学習者相互評価、学習者の自己評価を通じて、学習者自身の総合的な達成度が把握できるモデル構築に取り組むことを目指す。
(東京外国語大学博士後期課程)
品詞の理解状況‐日本人大学生に見る‐
小西 瑛子
品詞は英語学習において重要である。言語を効率的に使うために、品詞は大きな役割を担っている。日本の英語教育において、英文法は頻繁に品詞を用いて説明されるが、その品詞に含まれる内容を実際に学習者が理解しているかどうかは疑問である。品詞自体に関する研究は少なくないが、品詞の理解状況を研究したものは少数で、理解状況は不明瞭なままである。
本研究はその疑問を解決すべく、日本人英語学習者の品詞理解状況を調査したものである。研究課題は以下の二つである。①日本人大学生の英語及び日本語の動詞、名詞、形容詞、副詞の働きに関する理解はどの様な状態にあるのか。②英語の品詞理解と日本語の品詞理解状況に共通点はあるのか。
研究の対象は英語及び言語学を専門としない大学生65人である。英語力は多岐にわたる。彼らを対象に英語の品詞理解テストと日本語の品詞理解テストを行った。英語の品詞理解テストは同種判断テスト、正誤判断テスト、修飾判断テストの三種類のテストからなっている。日本語の品詞理解テストは同種判断テスト、修飾判断テストの二種類である。これらを一冊の冊子にまとめ、30分以内に回答してもらった。
その結果、以下の点が明らかとなった。(1)英語は動詞と形容詞に困難さは見られなかったが、名詞と副詞にやや困難さがみられた。(2)日本語の品詞においては名詞に困難さがみられ、形容詞にもやや困難さが見えた。しかし動詞と副詞には問題が見られなかった。(3)日本語と英語の間の相関はr = 0.375, p<.01であった。(4)英語、日本語ともに名詞に困難さあることが共通していた。(5)また意味的特徴に影響されることにより、形態的特徴、統語的特徴がおろそかになる傾向も共通していた。
以上の事から日本人英語学習者(今回は大学生)が品詞を十分に理解していない可能性が浮上した。特に名詞は最も学習しやすいと言われている品詞であるため、今回の結果をさらに追及する必要がある。今後は文法を勉強している途上の高校生等を対象にし、その理解の段階を観察していきたい。
(東京学芸大学博士後期課程) |