16世紀フランスにおける翻訳

フランス語とラテン語   横山 大

 

ラテン語は古典期の形をできる限り残している言語であるが、フランス語は規範となるものがなく、変化のある言語であった。確かにラテン語は統辞論的にそして語彙的にフランス語にほぼ直訳できるが、同時にフランス語を俗語的で独立した言語であるという考えがエティエンヌ・ドレにはあった。

ルネッサンス期の文法家や言語学者の資料を見ると、それらは次の二つの目標のために書かれたことが窺われる。まず、ラテン語学習を助けるため、次に、フランス語の規範化である。学習者がフランス語とラテン語との差違を知るために、フランス語の構文や語をそれに対応したラテン語と比べた。このことはロベール・エティエンヌ(Robert Estienne)の文法書や辞書[1]に多く見られる。そして、俗語から書記言語になりつつあったフランス語を古典言語と同じ文法規則に従わせようとしていたのである。1530年代ごろからフランス語の文法書が現れるようになり、なかでもルイ・メグレ(Louis Meigret)のもの[2] が有名である。(左図参照)

ロベール・エティエンヌやメグレのような当時の文法家はフランス語とラテン語とを文法的に一致させることやフランス語の厳格な規則を作りあげることによって、話し言葉と書き言葉の違いを無くすことに関心があった。ラテン語とフランス語との極端な一致を唱えていた当時の言語学者の研究をノートン(Norton[3] は「かんしゃく」と呼んでいる。翻訳においても同様に、ラテン語とフランス語が一致しているという考えから、直訳可能だとしていた。しかしながら、ドレの『一つの言語から他の言語へうまく翻訳する方法』では、ラテン語との一致と同様に不一致もあると考え、他の文法家ほどフランス語の規範意識は強くはない。そしてドレはラテン語とフランス語は完全に直訳できるとは考えていなかった。

 

翻訳の勃興 ―ドレの先駆者および同時代者達―    中田 俊介

翻訳を執筆活動の主とする職業翻訳家の出現によって、16世紀半ば頃にはフランス・ルネサンス期の翻訳はかつてない水準に達する。ここではドレの翻訳活動を時代の趨勢との関連において捉えるために、彼の先駆者および同時代者達によるキケローの翻訳について、その領域的関心・方法論的特徴を概観する。

 

16世紀前半のフランスにおけるキケローの翻訳

J.-B. Nicolas Raguenet, Musée Carnavalet

 

 
キケローは当時最も翻訳されたラテン語の散文家であった。その翻訳は、1)未訳著作の訳出、2)既訳著作の再訳、および3)教育目的の学習書用の翻訳の3種に区別される。著作の分野としては、出版上編集の容易な演説・書簡・哲学的著作から短いテキストが好んで選ばれた。翻訳の方法論については、以下の6人の翻訳家の作品に当時の幾つかの代表的な傾向を見出すことができる。

 

翻訳家

傾向

方法

マチュラン・コルディエ

Mathurin Cordier

逐語訳

学校教科書として使用するため、原文にある各語が逐語訳される。文法の習得を優先させ、文脈を把握するための説明や訳文への文体的な配慮は見られない。

ギヨーム・ミシェル・ド・トゥール

Guillaume Michel de Tours

ラテン語化

統語的にも語彙的にもラテン語を写しとる努力がなされ、フランス語は著しくラテン語化される。フランス語本来の表現による翻訳は意図されていない。

バルテルミ・アノー

Barthélemy Aneau

直訳主義・

仏語固有の表現

直訳主義を徹底した。統語的にはできる限りキケローを模倣しようと試みた。語彙的にはラテン語の語彙の転用ではなく、フランス語固有の表現が尊重された。

ジャン・コラン

Jean Collin

平易な仏語解釈を経た意訳

理解の容易なフランス語が目指される。統語構造のラテン語化を避け、フランス語による簡潔な翻訳をするため、原文の全体的な意味解釈がなされる。

アントワーヌ・マコー

Antoine Macault

文体の尊重・

翻訳言語の自律

キケローの文体的特徴にとりわけ関心を払い、フランス語で同様の効果を実現しようと試みる。統語的にも語彙的にも原語が尊重されるが、フランス語の翻訳文を自律的なテキストにするために、必要な場合にはフランス語固有の表現形態が選択される。

クロード・ド・キュズィ

Claude de Cuzzy

原語からの独立・

省略

原語とは全く異なる構文を用いて、原語から独立したフランス語を使ってキケローの文体を再現しようと試みた。原文の省略も頻繁で、逐語訳から隔たっている。

 

参考文献

Valerie Worth, Practising translation in Renaissance France : the example of Étienne Dolet, Oxford : Clarendon Press, 1988, pp.12-39, 85-119. 図書館分類番号 [K/817/13]

 



[1] Dictionnarium latinogallicum, 1546 ; Dictionnariolum latinogallicum, 1538 ; Dictionnaire francoislatin, 1540 ; De gallica verborum declinatione, 1540 ; Les Declinaisons des noms et verbes que doibvent sçavoir entierement par cueur les enfans, 1543などがある。

[2] Le Trętté de la grammęre françoęze, 1550.

[3] The Language of Translation, 1984, pp.113-38.